日本三大花火と言えば一般的には茨城県土浦市の「土浦全国花火競技大会」、新潟県長岡市の「長岡まつり大花火大会」、秋田県大仙市の「全国花火競技大会 (大曲の花火)」の三つが挙げられる。

今年はみんなで旅行がてら、その三つの花火大会のうちどれかを見に行かない?とリョータくんが提案してきたのは、ゴールデンウィーク最終日の五月上旬のことだった。

メンバーはリョータくんに彩子、桜木くんに桜木軍団、赤木先輩に晴子ちゃん、木暮先輩に寿と私それに私たちの我が子、男の子の13人だ。

流川くんは海外に滞在中なので日程が決まり次第声をかけてみようということにはなったけれど、たぶん参加は難しいだろうということを、みんな口にこそ出さなかったが、心のどこかでは諦めていた。


メンバーが決まったあとはメインの花火会場だ。さてどれを見に行こうかというところだが土浦は11月。だとすると桜木くんのレギュラーシーズンが開幕されているため早々に却下。また長岡は八月上旬。それには湘北バスケ部のインターハイがあるからと、まだ県予選も終わらないうちから寿が却下した。

じゃあ残りは8月末に行われる大曲の花火だけ、ということになったわけだけど、その時期は木暮先輩が海外出張(8月末頃かららしい)があるため、これまた無理だなという結果に終わった。

全部行けねーじゃんと自ら提案したリョータくんが唇を尖らせてブー垂れていたとき「あ!」と、突如閃いたみたいに、そそくさとどこかに電話を掛け始める。

相手はすぐに電話に出たらしく数分話して会話は終了した。電話を切ったリョータくんは誇らしげにゴホン!と咳払いをしてから「ねえ、ねえ」と私たちに再度、提案を持ち掛ける。

「秋田にさ、お盆にやる花火大会があんだって」
「秋田ァ?! 宮城、盆っつっても何日だよ?」
「8月14日。さすがに湘北バスケ部も休ませるっしょ?盆くらいはさ。インターハイ後だろうし」
「まあ……、13日、14日は確かに休みだな。」
「……てかリョータくん、誰と電話してたの?」
「え?あー、深津サン。あの、元山王工業の。」

リョータくんから収集を掛けられて後日水戸くんのお店で早い時間から行われた打合せ兼、ただのいつも通りの飲み会。「深津サン」との名を聞いて眉を歪めたのは言わずもがな、寿だった。寿は男の子を膝の上に乗せてお酒をぐびっと呷ってからジョッキをテーブルにガン!と置いて隣に座っていたリョータくんに不機嫌そうに聞き返す。

「深津だぁ?オイオイ、なァーんでお前が連絡先知ってんだよ」

まるで、好きな子が他の男子と連絡先を交換していたのがおもしろくないみたいな態度で唇を尖らせてリョータくんに寿が詰め寄る。

「へっ? 国体ンときから連絡先知ってるし」
「はあ?なんだよ。言えよな」
「はいぃ? なんでいちいち三井サンに教えねーといけねーの。俺のプライベートのことまで!」

「ねー?男の子くーん」とリョータくんは男の子の顔を覗き込んで頬をぷにぷにと触る。

「くらぁ! 触んな、その汚ねぇ手で!」
「ひっで、なァーんでパパはこんなに性格が悪いんでちゅかねー?真似しちゃダメでちゅよー」

いつものようにリョータくんと寿が噛み付き合っていて、それを男の子が意味も分からず楽しそうにキャッキャと笑っている。そんな見慣れた光景を呆れたように見ていた私の横にいた彩子が会話を繋ぐ。

「……でも、秋田って遠いわよね?」
「まあ、そうだね。車だと何時間くらいかかるんだろう?運転は寿になるだろうけど」

おかわりを持ってきた水戸くんが「八時間くらいだな、たしか」と言った。その言葉に私と彩子は目を見合わせて、ひぃ!と驚愕する。

「車は無謀だろが。じゃあこの際、ちゃっちゃと新幹線か飛行機とかで行っちまうか。」

気付けばさっきまで触るなだ、汚いだのと言っていた寿の膝の上から男の子がリョータくんの膝の上に移動している。仲がいいんだか悪いんだか、ほんと、この二人って昔からよくわからない。

「えー飛行機だとつまんねーじゃん。ピューンで終わっちまうし」

リョータくんが漬物を頬張ってバリバリと歯で噛み砕きながら男の子の頭を撫でてそう言い返す。

「だって盆だろ?絶対混んでるぜー、高速道路」
「あー、そか。まあ一泊二日にするとしてぇ……だねっ、往復飛行機にしちゃおっか」
「待ちなさいよ。男の子連れてくるんだから新幹線とか見たいんじゃないの?男の子だし」

リョータくんがそんな彩子の意見に「たしかにっ!」と同調して、また頭を捻りはじめた。

「三井サン」
「あ?」
「男の子くん、どっちが好きなの?」
「あン? どっちって?」
「だからっ、飛行機と新幹線っ。」

そのやり取りに口を挟まず見ていた私は、不意に水戸くんと目が合う。水戸くんがカウンターの中から「これ持ってってもらっていい?」とジェスチャーするので、私は座敷席を立って水戸くんのほうへと向かう。

「どっちって……船。たぶん今は。」
「船ぇ?! どっちも掠ってねーじゃん!」
「海が好きなんだよ。名前が何故か今ごろ海猿なんか見てっから。あーあと消防車も好きだな」
「あらー、好きそう。さすが三井先輩の子ね」
「あ?好きそうってどーいう意味だ?彩子。」
「豪快で、危険なものに突っ込んでく感じよっ」
「ははっ、言えてるぜ、ミッチー。」

座敷席の寿と彩子、大楠くんの声がカウンターのほうまで聴こえて来る。

私が水戸くんから渡されたものを座敷席に運んで来たとき、今度は高宮くんと野間くんが男の子の世話をしてくれていた。

こうして側から改めて見ると私と寿の子は本当に幸せ者だなぁと思う。当たり前に世話をしてくれるみんなには、感謝の気持ちでいっぱいだ。








結局、いまいる人たちだけでは決定できず参加者全員からの意見を集めないといけないよね、ということになり、その日の会議は一旦、保留と言うかたちになった。

まだまだ宴は盛り上がりを見せていたけれど私と寿は男の子いたので先にお店を出た。時刻は午後の七時過ぎ。

男の子が生まれてから前のように遅くまでみんなとゆっくりお酒を交わせる機会はぐーんと減ったけれど、そばにある幸せが一番だよなと、寿がいつだか言っていた。うん、本当にそう思う。それでも、いつもああいった場に必ず男の子も連れておいでと誘われることは私と寿にとっては喜ばしいことでもあった。

寿が男の子のリクエストで肩車をしながら私の歩幅に合わせるように横に並んで三人で駅に向かう。

「……でも、楽しみだね、秋田旅行。」
「ああ。しかもいつものメンバーだしな、結局」
「うん、ほんと楽しみ」
「今年は男の子もいるしよ、楽しさ倍増だぜ」

そう言った寿の顔を見上げて見れば、本当に言葉の通り、楽しみだとでも言うように満面の笑みを浮かべている。

それにしても……男の子って、ほんと寿の幼少期によく似てる。リョータくんが私の妊娠がわかったときに言っていた、三井サンの子供だからDNA爆発しそうって。正にそうだなあと思う。私のDNA入ってます?と言いたくなるくらいに完全にこの子は寿似だ。いまのところ九割くらいは。

男の子は母に、女の子は父に似ると幸せになれるなんてよく言うけれど大丈夫かなあ……高校にあがっていきなり反抗期を迎えて寿みたいな不良になっちゃったら。ワンレンの男の子かぁ……やだな。

「——あ? 俺の顔に何かついてっか?」
「えっ? あ、いや……ううん」

思わず、じーっと寿を見すぎていたらしい。私は顔を勢いよく寿から背けて正面に向き直る。


「……なあ、名前」

不意に訪れた沈黙のあと寿が私の名を呼ぶ。もう一度寿のほうを見れば、今度はじっと寿が私の顔を見つめていた。そして寿は目を逸らしてすっと視線を正面に戻す。

「男の子、降りたら?パパ疲れちゃうよ」
「ちー、つかれたの?」
「わはは。疲れてねーよ、だいじょーぶだ」

男の子は何故か寿のことを「ちー」と呼ぶ。きっと私が未だに「ひさし」と呼んでいるからし≠記憶したのだろう。あとは桜木くんの「ミッチー」の印象が強いんだろうな、うん。絶対それ。

そんな男の子の父親、寿はやっぱりパパと呼んで欲しいらしく、しきりに「パパ」と強調して自分のことを呼ぶけれど男の子は絶対に「ちー」呼びを譲らない。最近では、もう半分諦めたようにも見える。寿の方が折れたって感じかな。

男の子って何気に桜木くんに一番懐いてるんだよなあ……。あのメンバーの中でもダントツに会う機会が少ないのに。彼なりにオーラというものを無意識にキャッチして惹かれているのかもしれないけど。

男の子はさすが寿の子供って感じで、有名なスポーツ選手とか人助けのスペシャリストの消防士とかドラマの海保とか救急隊員が大好きだし。もう今日までに近くの消防署に何回顔を出したことか……。それでいて自分自身が一番目立ちたがり屋だから困るんだよなあ。ホント寿そのものって感じで、すこし怖くもある。


「——で、なに? 寿。」
「あっ?」
「え?さっき、私のこと呼んだでしょ?」
「あ、ああ……」

言い淀む寿を不思議に思って私は首をかしげる。寿はチラと私を見て気まずそうにまたすぐ視線を逸らした。

「最近よ……」
「うん?」
「その…………、なくね?」
「ない? なにが?」

寿は「あー」とか言ってやっぱり先の言葉を言い淀む。どうしたんだろう。まったく分からない。

「その、なんつーか……あのー、夜の、よ?」
「ん?夜?」
「……」
「……!」

尻すぼみする寿に彼が何を言わんとしているのかようやく分かった私は思わず呆れ果ててしまう。出すつもりはなかったのに、無意識に鼻で笑った私の乾いた声がその場に響いて、寿がぐっと喉を詰まらせる。

「だっ——なんで笑うんだよっ!重大だろが!」
「それ男の子の前で言う話〜?」
「や、だってよ……。最近なんか時間もバラバラじゃねーか。ゆっくり二人で何か話す機会とかもあんま、ねーし……」
「そうだねえー。男の子が第一優先になっちゃってるからねー」
「だからよー、そのー、……今夜……、なあ?」
「ふふっ。なあ?って言われてもね。まあ、タイミングがあえばねっ」

私が努めて明るく言い放つと今度は寿がハアーと深い溜め息を吐いた。その姿がなんだか可愛くて思いがけず微笑んでしまう。

「だよな……。あーあ、世知辛い世の中だぜ」
「ははっ、大袈裟だってばー」
「ちー、どちたの?」
「んー? ちー、ママと仲良しできねーの」
「コラっ、やめなさい! 子供の前でっ!」
「へいへい」

そんな生産性のない会話をしているとあっという間に寿の実家の土地に建てた、私たちの愛の巣、新居が見えて来た。

男の子も私の実家と自分の家はしっかりと認識しているようで、自宅に着く手前、私の実家の前を通れば「じーじんち」と指さす。そして自宅が見えると必ず駆け出して行くので、この辺は車の通りが少なくて本当にほっとしている。

今日も相変わらず自宅めがけて駆けて行ったのでそれをすかさず追いかける寿。すぐさま寿に確保されて「キャー」と叫ぶ我が子の声は本当に癒される。子育ては重労働で大変なことも多いけど、この笑顔のためなら頑張れちゃうんだから不思議だ。

そんな愛すべきふたりの姿を後ろから見ていて、不意に8月の秋田旅行を思い描く。初めて三人で花火が見れるんだなあ、と改めて思えば、自然と頬が緩むのだった。








最終的に全員に連絡をして日程やら意見等を確認してくれたのは、やっぱり彩子で、花火大会が行われる14日に秋田入りするかたちで飛行機の往復チケットと、会場近くの温泉宿を手配しようという話で、とりあえずはまとまった。

花火大会の二ヶ月前とは言え飛行機も宿もすでに予約が入っていてギリギリ予約できた感じにはなったけど。そこは彩子の手際の良さでスムーズに全員分の予約を取ることに成功。さすがだなーと思う。本当、頼りになる。


そして8月14日、花火大会当日。花火の打ち上げ開始は19:30からとのこと。

私たちが無事に秋田入りしたのは、13時過ぎ。みんなでお昼ご飯としてご当地グルメを堪能して電車で会場方面に向かう。さきに旅館にチェックインした私たちは、会場に向かうまでのあいだ、しばし個々に休憩しようということになった。

部屋割りは三井家三人の部屋がひとつ。彩子と晴子ちゃんの部屋、本来はあと二部屋取って残りの男性群を割り振りする予定だったのだが、世間はお盆の真っ只中。帰省客等も多く、大部屋ひとつに残りの男性群が泊まることになったのは半月前の話。旅館側から彩子宛に連絡が来たのだそう。

彩子は面倒だということで、男性群に確認もせず一部屋でいいと了承したらしい。さすが、彩子。まるで絵に描いたようなオチに寿と大爆笑したのを思い出す。


「すっげーなー。めっちゃ自然」

不意に寿がそんなことを呟く。語彙力どうしたと言いたくなるような感想文だ。寿は部屋の窓の外を眺めたまま続けて「うわー」とか「みどりー」とか言っている。男の子も一緒になって「わー」とか「きれー」とか覚えたての言葉を寿の隣で発している。……だめだ、ちゃんと調教していかないと。これじゃ本当に正真正銘のおバカさんになってしまいそう……。

「男の子く〜ん」

私が呼べば「ん?」と男の子が言って同じ顔がふたつ(寿と男の子)勢いよくこちらを振り向き、ぎょっとして思わず身を引く。ほんと、ドッペルゲンガーみたいだ。

「……あ、そうそう。ママとお風呂行く?」
「いくー!」
「おっ! まさか混浴か?!」
「バカ。違うっつの。パパは元バスケ部員とごゆっくりどーぞー。」
「っンだよ、つまんねーな」

へっ、と鼻を鳴らして寿は側に会った縁側にある椅子に深く腰を落とす。男の子はそれを見てすかさず寿の膝の上に勢いを着けて乗っかる。寿は大袈裟にも「うお!」とか言って反応を示すのだ。このくだりは毎回のこと。

寿の動きが何をするにもオーバーリアクションだから動くたび追い掛けたくなるんだろうな。それでいて座ったままでも高い高いをしてあげたり、ちゃんと100%対応してあげちゃうもんだから、男の子はこんなにもパパっ子になっちゃったのだろう。

私にはもはや怪獣過ぎて100%相手なんてできないもの。だからこそ寿のことは本当に尊敬している。お互いにパワー有り余ってるんだろうなぁ。

と、そんなことをぼーっと考えているとコンコンと、ノックの音がした。「はーい」と言いながら入り口の扉を開けると彩子と晴子ちゃんが立っていた。

「名前さん、男の子くん連れて温泉行きましょうよぅ」

晴子ちゃんのお誘いに彩子もニコッと笑みを浮かべる。さすが!本当に今行こうと思っていたから何だか以心伝心って感じで嬉しくなっちゃった。

「行く行く!男の子ー、晴子ちゃんと彩子来たよー」

言い終わる前に、ダダダダダ!と駆け寄ってきた男の子は晴子ちゃんの足に思い切り抱きつく。晴子ちゃんは慣れたようにすっとしゃがむと男の子を抱きあげた。ふと桜木くんとの子供を想像してしまった。……いけない、いけない。晴子ちゃんは、永遠に流川くん推しなのにっ。

「三井先輩!名前と男の子借りますよっ!」
「おーおー、持ってけ持ってけ」

椅子に座ったまま手をヒラヒラと振って私たちを見送る寿を置き去りに私も軽く準備をして四人で女湯へと向かった。


女湯は時間帯的にか、そんなに混んではいない。地元の人なのか二人組の同い年くらいの子たちと何故か仲良くなり少し会話をした。二人とも保育士さんらしく、男の子を見て声をかけてきてくれたのがきっかけだ。

私たちが神奈川から来た旨と今日このまま男鹿おがの花火を見に行くと伝えると、彼女たちも同じ予定だったらしく、花火大会に行くのだそう。そこで聞いた男鹿おがの花火の、少し変わった風習。

約一万発の花火が打ちあがる中、毎年全てにテーマを設けていて花火、音楽、観客が一体となる一夜限りのエンターテイメントで、BGMを添えながらDJが進行していくらしい。

そしてこの花火大会、クライマックスのバカでか花火なんかよりも見物なのは、だいたい花火大会の中盤あたりに行われる、公開プロポーズ≠ニいうイベントだと言う。

選ばれた人がマイクを使って言葉の通り、公開プロポーズを行い成功すると一発の花火が打ちあがるという流れ。二人のうち片割れの子もこの花火大会でプロポーズをされて今では二人のお子さんがいると言っていた。今日は、旦那さんに子供を預けて友人とゆっくり静養に来たんだとか。


「以前は募集形式でメッセージ花火をあげてたんですけど、近年は入口で当日応募も行ってるのでぜひ書いてみてくださいね」

そう言われて私たち三人は、興味津々でその話を聞いていた。やっぱりいくら歳を取っても、女子なんだなーとこういうとき改めて思ったりする。

「ねえ、書きましょうよぅ!」
「そうねー。混雑してなきゃね」

そんな晴子ちゃんと彩子の会話を聞き捨てて自分なら何て書こうかなーとぼんやりと考えてみた。

きっと寿とまだ結婚していなければ、そんな類の内容を書いていたのかも知れない。で、あれば、本当に気持ちを伝えたい人が、一人でも多く当選するように私は遠慮しておこうと、晴子ちゃんの楽し気な表情を見ていて思った。

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