消せない、情景。(2/3)
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p.m17:00。全員で駅に付けてあった花火大会の送迎バスに乗って現地に向かう。男の子はもうずっとハイテンションで私はすでにお手上げ状態だったので、今日は相手をしてくれる人がたくさんいて本当に助かった。彼はいま大好きな桜木くんの膝の上に座って窓の外を見てはしゃいでいる。
「男の子くん可愛いわぁ〜!名前さん、男の子くんに甚平着せたんですねぇ!」
「そうなの。花火観に行くって言ったらさ、寿のお義母さんから貰っちゃって」
「え!じゃあもしかしてあの甚平って三井先輩が着てたやつ?」
「ご名答。寿、甚平嫌がって二回しか着なかったみたいでまだ全然着れた。絵柄も可愛いしね。」
「ははっ!まるで三井先輩の幼少期その物ね!」
「そうなのー。そっくりすぎて、引いちゃうよ。いや、マジで。ドッペルゲンガーかってね。」
結局、流川くんにも声をかけたけれど案の定、帰国する予定はないらしく不参加の運びとなった。
そう言えば流川くん……結婚式以来、会ってないなあ。彼の活躍はテレビで拝見する程度で、今や雲の上の人って感じだ。今でも晴子ちゃんは想い続けているのだろうか。それって本当に凄いことだけど、その反面、とっても寂しいだろうな……
会場についてチケットを購入する。一人2,000円で小学生以下の子供は無料だった。さっさとお金を収集して支払っていた彩子の姿を見て唖然唖然としつつも、もはや感心してしまう。さすが元マネージャー。
ぞろぞろゲートを潜り抜ける男性群のあとに続いて私たち女性群もゲートをくぐる。男の子は相変わらず桜木くんにピッタリひっついていて、人の往来から男の子を守るように桜木くんが肩車をしてくれていた。
寿よりも大きな桜木くんのお陰で人混みの中でも男の子のことを確認することが出来る。トレードマークの、坊主頭の赤い髪が目立ってるってのもあるけどね。
「あっ!あそこじゃないですかぁ?!」
晴子ちゃんが指さした先に��メッセージ花火受付所�≠フ看板が見えた。足早に向かう晴子ちゃんに続いて私と彩子も駆け足で追い掛ける。
その場に到着すると先に席を確保しに行った桜木軍団と赤木先輩以外のメンツが、興味ありげに、担当スタッフから話を聞いていた。
晴子ちゃんと彩子はスタッフからペンと紙を貰い簡易テーブルの上で楽し気にメッセージを書き込んでいる。そのとき、不意に寿と目が合って寿がこちらへと歩み寄って来る。
「なんだ、名前は書かねーのか?」
「うん。私の願いはもう叶っちゃったからね〜」
「ほーん、叶ってんのか。なんだよ、願いって」
「えー? ヒ・ミ・ツ♡」
「うわ、気持ち悪……」
「うぉーい! コラっ」
寿の肩をグーで軽く殴りつけると「痛って」と、大袈裟にリアクションする寿にげんなりする。
そのときスタッフの一人から「ちょっといいですか?」と私に声がかかった。それと同時くらいにリョータくんが「三井サン!ちょいこっち来て」と呼んだことで、寿がリョータくんたちの元へと戻って行く。
私が先に行ってしまったと思ったらしい彩子と晴子ちゃんがメッセージを書き終えてさっさと先に歩いて行く姿が見えて、すこし焦った私は早々にスタッフとの会話を終えようとこちらから声を掛けた。
「——あ、はいっ。なんでしょうか?」
「先程メッセージを書いて頂いた彩子様のご友人の方でしょうか?」
「彩子? あ、ああ……ええ、そうですけど」
「リョータ様も会場にいらっしゃいますか?」
「え——。」
—
ちなみに置いて行かれた私は急いで彼らのあとを追ったが結局、見つけられず。会場となっている芝生のエリアに目を凝らしているとすでに大きなレジャーシートを広げて宴会をしていた赤い坊主頭と金髪のリーゼントが目印になっていて、意外とすぐに発見することが出来てホッと一安心。
「あら三井先輩、名前と一緒じゃなかったの?」
「あ?……うおっ!居ねえ!」
「ほんとにもう……。男の子じゃなくて、ママの迷子呼び出ししてもらわないといけないじゃないですかぁ〜」
「アイツどこ消えた?!ちょっくら探して……」
何やらあたふたとしている寿と彩子の姿を発見した私が「見つけた〜!」と声を張って手を振る。それに気づいた寿がこっちこっちとブンブン手を振り返してくれた。
なんか寿……めっちゃ目立ってる。周りの人たちがちらちら見てる気がするもん……気のせいかなぁ。まあ寿って背も高いし男前だろうからなー。それって、私が惚れてるからそう見えるだけなのかも知れないけどさ。
とりあえず私は人の往来を掻き分けて、寿たちのいるところまで駆け足で向かった。
「名前、よく見つけられたな。こんな人混みの中でよ。さすが母親は違げぇ」
「そう?意外とすぐわかったよ?赤と黄色の頭」
「ははーん、そーいうことか」
「ちょっとアンタ!」
寿と話し込んでいると、腰に手を当て呆れ果てた口調で声をかけてきた彩子にハッとする。
「なにしてたのよー、焦ったじゃない」
「えっ!……あ、ああー、ちょっとね」
「まあ、無事でよかったわよ。なにか飲む?」
「あ、じゃあ水もらおっかな」
赤木先輩と何故か水戸くんという異例のコンビは屋台に食べ物を買いに行ったらしい。お酒や飲み物はコンビニで山ほど買って来たので大丈夫だったけどやっぱり軽く買い揃えてきた食べ物たちは早々に消え失せたらしい。きっと桜木くんだな。
「あっ! ちょ、俺……、便所行ってくらぁ」
「うん。仮設トイレあったよ、あっちに」
「ああ知ってる。見た。何か欲しいもんあるか?戻ってくるときにでも買ってくるぜ」
「平気。あ、そうだ!しないかもだけど男の子のことも連れてってくれない?」
私のいつもと変わらぬようなその頼み事に何故か寿がゲッ、と顔を歪めて明らかに動揺し始める。
「え、なに? ダメなの?」
「あ、いや……わかった。」
寿は後頭部を掻きながら桜木くんと座っている男の子の元まで行き、ひょいと男の子を軽々と抱き上げてトイレに行くため、その場を離れた。
そのときレジャーシートの上に投げ捨ててあったリョータくんのスマホのバイブレーションがけたたましく音を上げる。
「もしもーし! おっ、深津サン!」
その名前を聞いてその場にいたみんなが反射的にリョータくんを見やる。
「えー!マジぃ?来てたんスね。このためにわざわざ秋田来たんすか?」
「会えるかなー俺らDブロックっす」なんて立ち上がって辺りを見回しながら会話をしているリョータくんを横目に、彩子と私もドリンクを持ってレジャーシートへと座り込む。
「買って来たぞー」
水戸くんの声に、みんなで声のするほうを見れば赤木先輩と水戸くんが山ほどフードを抱えてこちらに歩いてくる姿が見えたので手を振り返す。
私たちはその後、打ち上げ開始までの時間をお盆の夜、過ぎゆく夏を感じながら緩い宴を開いて、ゆっくりと過ごすことにした。
—
「男の子ー、桜木くんゆっくり出来ないんじゃないのー?」
みんながシートの上で花火開始を待っている中、私がそう声を張り「こっちおいで」と手招きしたら「ヤダ!」と、啖呵を切られてげんなりする。それを見て寿は、ふは!と、揶揄うように笑う。じと目で寿を見れば「フラれたな」なんて言われる始末。
『今年も花火を打ち上げる前に大事なお話をします。地震や緊急事態が発生した場合の対応です』
時刻は19:20。あたりはとっぷりと日が暮れていて、夕日が西の空から地平線の下へと完全に落ちたころ、会場内に男性MCの声がマイクを通して響き渡った。
『避難するという状況になりましたら皆様にご協力頂きたいことがあります。この会場には、耳が不自由な方もいらっしゃいます。また避難の最中で親御さんとはぐれ途方に暮れている子供がいるかもしれません。元気で体力に自信のある方は、例え他人でも情報が届かない人や子供を見つけたら手を繋いで一緒に避難してください』
そのアナウンスを幼いながらにしっかりと聞いていた男の子が「男の子、手繋ぐよ!」と桜木くんや、そばにいた桜木軍団に得意げに話している。それを見て、桜木くんや水戸くんが男の子の頭を愛でるように撫でていた。
「大丈夫だ、俺らがまずは男の子のことを担ぎ上げて、そんでもって他の人たちも助けるからな」
水戸くんがそう言って、優し気な視線を男の子に向けたあと、へらりと眉を下げる。
「……大丈夫だって、心配しなくても」
桜木軍団と我が子の微笑ましいやり取りを見ていたとき突如、隣から揶揄い口調で声をかけてきた寿のほうを私が見やる。
「え? なにが?」
「名前のことは俺がおぶってやっから」
「大丈夫ですぅー。それより助けを求めてる人に手を貸してあげてくださーい」
「あら。三井先輩の言う通りじゃないの。私も、アンタがヘマするのに一票入れるわよ」
「俺も俺もっ!」
まさかの、彩子とリョータくんからの突っ込みにぎょっとする私に、やっぱり寿は「ほら見ろ」と軽口を叩いてくる。思わずぶー垂れる私の肩に、寿の腕が回されて、寿が耳元で囁いた。
「安心しろぃ。名前も男の子も、困ってる奴らもみーんな俺が、必ず助けてやっから」
反射的に、勢いよく寿のほうを見れば彼は白い歯を見せて、ヒヒっと笑った。本当にこの人なら、有言実行してしまいそうだ。ヒーロー症候群も程々にして自分の命も優先してほしいと言いそうになった口を、私は咄嗟に噤む。
『他にも体が不自由だったり怪我をしていたり高齢で動けない人を見つけたら屈強な方はおぶって一緒に避難してください。ご協力いただける方はぜひ拍手でお返しください』
会場内に大きな拍手が響き渡る。心温まる花火大会の序章だなぁ。ほんと、素敵で真摯な心配りに感動してしまう。子供を産んでから更に涙脆くてだめだな……。
けど、男の子にとってもさっきの一連の桜木軍団との会話で、自分のヒーローはいつもそばにいるのだと改めて知れたはずだ。あの子のキラキラした目を見ればわかる。お手本になる人たちが周りにたくさんいてあなたは本当に幸せ者なんだよ?
桜木軍団に限らず、この場にいる元湘北メンバーなら先陣を切って他人を助けるのだろう。男の子の周りには目標となる立派な大人がたくさんいるんだな、と思えば感謝と共に誇らしい気持ちにすらなる。
『ありがとうございます。感謝致します。さて、今日はお盆です。お盆は、ご先祖様や亡くなった人たちが苦しむことなく成仏してくれるようにと私たち子孫が報恩の供養をするときです』
いよいよ花火の打ち上げ間近という雰囲気満載で何だかわくわくしてくる。私の右には寿、左には彩子。彩子の隣には自然とリョータくんが座っていた。晴子ちゃんはいつの間にか赤木先輩の隣に腰を下ろしている。さすが仲良し兄妹の代表だ。
寿は両足を立てて両手を後ろにつき片方の手には缶ビールが持たれている。その横顔がいつにもなく綺麗だったので思いがけず見惚れてしまった。
『三本の火柱が三度あがり、大大が三度鳴り響きます。皆様、手を合わせてください』
ドーン、ドーン、ドーン。夜空に三本の火柱が高々と打ちあがり、周りを見渡せば、夜空を見ながらみな手を合わせている。男の子は音にびっくりしたのか桜木くんの膝の中から勢いよく私めがけて突進してきた。
ドーンと、花火の勢いと同じように私に突っ込んできた男の子を受け止めた私を横目に見ていた寿が目を細めて優し気に微笑む。私は男の子の顔を覗き込んで問いかける。
「男の子、どうしたの?」
「……びっくりちたの」
「花火の音?」
「うん」
「はっはっは、男の子は弱虫だなぁー」
男の子と私が向かい合って話す姿を見ていたらしい寿がそう言ったあと、男の子の頭を、ガシガシと撫でつける。そして、私の頭もポンポンと軽く撫でてれた。こういう気遣い、本当に安心するし幸せだなと思う。
『第26回
男鹿
(
おが
)
日本海花火、〜ifもしもの世界〜 ステージ
1
(
ワン
)
。オープニングスターマイン』
パチパチパチ、と拍手が鳴る中、男性MCの開催宣言と音楽が流れたあと綺麗な花火がお盆の夜空を彩りはじめる。大歓声と共に流れるBGMと夜空に舞う花火はそれはそれは見事なものだった。
男の子もすっかり花火に夢中になり、ぽかーんと口をあけて花火を見上げている。ふと、前の方に視線を向ければ桜木くん含む桜木軍団は頭の後ろに手を組んで、すでに寝転がって観賞していた。
「ヨーへー! 花火が降って来るみてーだな!」
「ほんとだ。すげーな」
そんな桜木くんの楽しそうな声にリョータくんも彩子の横で、寝転がり始めた。それを見て彩子が綺麗に微笑む。
——好き、なんだろうなあ。実はリョータくんのこと……なんて、乙女チックなことを考えてしまった。花火の相乗効果かもしれないけど。
男の子も真似てみたくなったのか私の膝に膝枕をする要領で寝転がる。寿はそんな男の子を見て「俺の場所取るなよ男の子」と男の子の頬っぺたを抓る。
みんなでこんな綺麗な景色を見られてよかった。
私は花火を見上げた。パラパラと頭上から落ちて来る火柱に、なんだか嬉しい気持ちと寂しい気持ちが混合する。
綺麗な物って儚いのかも知れない。だからこそ、一瞬一瞬を大切にしなきゃと、そばにいる愛する人たちを見ながら思った。
—
「ママ、おしっこ……」
花火とBGMが奏でられるなか、男の子がぽつりと呟く。もじもじして気まずそうに言う男の子に「ええ!おしっこ?!」と聞き返すと寿が花火に向けていた視線をこちらに向ける。
「いーぜ、俺が連れてってくるわ」
「あっ、ううん、寿は花火見てて。」
「大丈夫かよ?暗いし、迷っちまうんじゃね?」
「大丈夫だよ! 急いで行って来ちゃうからっ」
言いながら男の子に靴を履かせて私も自分の靴をさっさと履き終える。それを見ていた彩子とリョータくんが「トイレ?」とか「迷わないよーにねー」と声をかけてくれたので返事を返す意味も込めて手を軽くあげて応え急いでトイレに向かった。
「ママ、だっこー……」
「抱っこしない! ほら、早く行こ?」
男の子の手を引っ張って、さっきよりは少しだけ落ち着いた人の流れを掻き分けながら仮設トイレが並ぶところへ向かっていると、不意に男の子の手を繋いでいた私の右手が軽くなった。
はぐれた!?と思って勢いよく振り返れば目の前には寿が立っていて、すでに男の子を抱きかかえている状態だったので、思いがけず、きょとんとしてしまう。
「えっ、寿……? どしたの?」
「あ? 心配で来たんだよ。一緒に行こうぜ」
そう言って肩を竦めた寿は余った手で私の手を取る。久しぶりに恋人繋ぎをされて一瞬躊躇ってしまったが寿に誘導されるがまま私も足を進めた。
けれど、私が男の子を連れて歩いていたときよりもスムーズに進むことが出来た。やっぱり頼りになるなあ、と、寿の広い背中を見上げて背後には花火の音と、綺麗なBGMを背負いながら私は、ふっと小さく笑った。
「うわ……、すっげー行列。」
ぽつりと零したその寿の言葉に私もその長蛇の列を見て何だか気が遠くなるような気がした。男の子はずっと寿に抱きかかえられていたからか、少しうとうとしている。寿はそんな男の子に気付いて、さっきまで私の手を握っていた手で男の子の背中をぽんぽんと叩き始める。
「寿、寝かせちゃったら、あとあと大変だよ?」
「いーだろ、また起きるだろうし」
「寝起きの男の子の機嫌の悪さを舐めてるな?」
「ふはっ、そしたら選手交代な」
「なにそれっ! ずるい!」
ドーンドーンと花火の音とBGMが心臓にやたらと響く。寿はその花火の音に吸い寄せられるようにトイレ待ちで正面を向いていた姿勢を花火の方に向けた。私は自分よりも頭上高くにある寿の顔を見上げる。花火の光りが、寿の横顔を照らす。
「——きれい、だな。」
寿がぽつりとそんな言葉を零す。私は「うん」と声にならない声で返す。すると、ふと、こちらを見た寿と目が合った。じっと見つめ返す私に寿はやっぱり目を細めて優しく微笑むから敵わない。
「……けどよ、」
「……?」
「名前が一番、綺麗だぜ。」
「え——。」
ひゅう……ドォン!バラバラバラ……。
さっきまで優し気に細められていた目元が真剣な眼差しに変わる。久しぶりに見た寿のその、真っ直ぐな瞳にドキッと胸が高鳴る感覚が——すごくリアルだった。
「……」
「……、」
キス——する、そんな雰囲気を漂わせてまるで私を射抜くようなその視線から私は目を逸らすことが出来ない。寿の顔がゆっくりと近づいてくる。私は思わず、ぎゅっと目を瞑った。
「……っ、」
「——なんてな。」
「……はっ!?」
ぱちりと目を開け素っ頓狂な声を発した私の目の前に無表情の寿の顔があった。すぐに距離を取ってガハハハ!と笑う寿に私の顔は条件反射で赤くなる。こ、こいつぅ……!
「大っ嫌い!!」
「だっはっは! 目つぶってやんの!」
「やかましいっ!ほんとサイテー!!」
豪快に笑う寿に、私は久しく赤面になりながら、ギャーギャーと噛み付く。なんだか不意にこんな光景、昔もよくあったなぁと、懐かしく思った。
『ここからは花火に想いを託し、メッセージを添えて打ち上げます。五組のメッセージ花火です』
今度は女性MCの声でプログラムが読まれ私たちを照らしてくれていた花火の光りが消え、辺りはまた真っ暗になり、空には一番星が輝いていた。
『ご友人から、昨年8月31日に43歳で逝去されたなまえさんに送るメッセージです。あなたに誘われてからすっかり家族全員が魅了され、お盆の恒例行事となった
男鹿
(
おが
)
の花火大会——』
一通目のメッセージが読み進められトイレの順番も気付けばあと残すところ、二組となっていた。寿は花火のほうに向けていた体を正面に向き直して男の子に「トイレだぞー」と声を掛ける。目を擦りながら起きた男の子は寿の胸に顔をうずめて駄々をこねはじめる。
「男の子、パパから降りて。おしっこでしょ?」
私がポンポンと背中を軽く叩くと不機嫌な幼少期の寿の顔をした我が子に睨まれる。寿から男の子を受け取り地面に立たせると私の足をバシバシと叩く男の子。無視無視。——と、思ってたら、迷わず寿がしゃがみ込み男の子の頭を撫で付ける。その間に一つのメッセージが読み終わり、ドーンと一発大きな花火があがった。
「ほら見ろ、男の子!花火すげーぞ!」
「わー!!しゅごーい!」
なにがしゅごいだ……アンタさっきまでぐっすり寝てたでしょーが。ああ、毎日この怪獣の相手をしているから本当に寿がいるときは助かる。世のパパもみんなこんなに率先して子供をあやしてくれるのだろうか……寿に感謝しないとなぁと私はハァと深く溜め息を吐いた。
三つ目のメッセージ花火が終わる頃、男の子と一緒にトイレに入って行った寿が「めっちゃ仮設トイレ暑ィわ!死んじまう!」と顔を歪ませながら出てきた。寿はそのまま男の子を抱き上げたので、すかさず私が注意する。
「ダメ、歩かせて!甘やかしすぎ!」
「あン?いーじゃねーか、人多くて危ねーしよ」
「……もう。」
自然と、寿と肩を並べてみんなのところへ向かう最中、なぜかまた寿に手を握られた。思わずビクンと肩を揺らしてしまう。ダメだ……こういうのご無沙汰すぎて……免疫がないんだな、きっと。ポーカーフェイスを決め込まないと。
「……なァに照れてんだよ」
「——なっ!なにがっ!照れてないしっ!」
「初めて手繋いだみてーなツラしやがって」
ふははっ、と笑う寿を置き去りに、私は尚も強く握りしめられた手に意識がいってしまって困惑するばかり。人の往来がすごいから見失わないようにと無意識に出た行動なのかもしれないけれど。
どうしよう——本当に私、まじで処女みたいなんですけど……!あーあ、ダメ……はずかしっ。
そのとき、不意に目の前を歩くカップルに目がいく。男の子はハーフパンツに半袖、女の子は浴衣を着ていた。手を繋いで歩くその二人の後ろ姿を見ながらふと高校時代のことを思い出してしまいぷっ、と吹き出してしまった。
それに気づいたのか、もともと、私と同じように見ていたのかは分からないけれど寿が「なあ、」と少し屈んで私に耳打ちをする。
「ん?」
「俺らみてーだな、昔の」
ふはっと耳元で笑う寿の柔らかな笑い声が聞こえた。自分と同じことを思っていたことが嬉しくてくすぐったくて……温かい気持ちになる。
「うん、わたしも同じこと思ってた」
「コーコーセーぐらいか?」
「たぶんね。女の子、浴衣かわいいね」
「なんだよ、俺も期待してたんだぜ?」
姿勢を戻して、正面を真っ直ぐに見ながら、寿はそんなことを言う。私が、「えっ?」と寿の顔を見上げれば、寿は、口の端を微かに釣り上げて、にやりと笑う。
「え? 名前の浴衣姿。」
そう言って目を細めた寿の顔は教師でもパパでもなくて、いままで幾度となく恋焦がれて見上げてきた、幼馴染の寿の顔だった。なんだかどきどきする。
「ねえ、寿……」
「あー?」
「来年もさ……また、来たいね。」
チラ、と私の手を引いて、すこし先を歩く寿が、こちらを振り向いたのが雰囲気で伝わって来る。それでも私は、恥ずかしさから足元を見ているばかりで顔をあげることは出来ないんだけれども。
「——なんだ、」
「……?」
「素直じゃねえかよ。」
ドーンと、四つ目のメッセージ花火があがる音に掻き消された寿の声。それでも私にははっきりと聞こえていた。
そして、ここからでも分かる。寿が綺麗に笑っている、大好きな、その笑顔で——。
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