消せない、情景。(3/3)

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    四通目のメッセージ花火が終わるころに私たちもみんなのところへと、戻ってくることが出来た。靴を脱ぐと、待っていたかのようにリョータくんから寿に新しい缶ビールが手渡される。

    「おかえりー」
    「おう。クソ混んでたぜ、トイレ」
    「あー。だろうね」

    寿はあぐらをかいて受け取った缶ビールをプシュッと開ける。私は彩子からペットボトルを受け取り先に男の子に少し飲ませたあと私も水分補給をした。


    『メッセージ花火の結びは、旦那様から、奥様と小さな息子さんへ送るメッセージです』

    男性MCの声が響く中、優し気なBGMが流れはじめ、彩子は入り口でもらったプログラムを広げてリョータくんと眺めている。男の子は寿の膝の間で花火を見ていたので、私も「いまどのへん?」と言いながらそのプラグラムを一緒に覗き見た。


    『——名前と男の子へ。』


    ——え。

    思わず私は勢いよく顔をあげた。するとその場にいた全員も驚いた様子で視線をこちらに向いている。ゆっくりと私が寿の方へと顔を向ければ寿は口角を少しだけ吊り上げて真っ暗な夜空を涼しい顔で見つめていた。

    『男の子が生まれて三年半が過ぎました。すくすくと育ってくれて色々と出来ることが増えてきましたね。いつもニコニコ名前と男の子が楽しそうに遊ぶ姿を見て僕は毎日、本当に幸せです。あなたたちの笑顔のためなら仕事も全力で頑張れる。ありがとう。』

    またチラッと寿を見てみたけど寿はどこ吹く風という感じでじーっと真っ暗な夜空の一点を見つめたままMCの人が読むメッセージを聞いていた。

    『今日、男の子にとっては家族三人揃って初めての花火大会。男の子の健やかな成長と名前の絶えることのない笑顔、そして側にいる大切な仲間たちの幸せを願って花火を送ります。これからも家族三人、いや、みんなでたくさん思い出を作ろう。寿より』


    ドーン。ドーン。パラパラ……大輪の花火が夜空へ打ちあがり、綺麗に散っていく。気付けば私の瞼からは、涙が零れていた。

    真横に座っている寿を横目に盗み見れば、それはそれは誇らしげに散りゆく花火を見上げている。この横顔をきっと一生忘れることはないだろう。男の子にはちゃんと伝わっていたのだろうか、ああ、わたしは、本当に幸せ者だ。

    ありがとう、寿。これからも、ずっと三人……、
    いや、ここにいるみんなで沢山の思い出を作っていこうね。


    『以上、心温まる五件のメッセージ花火をお届けしました。今日ご紹介しましたメッセージ花火は愛する人たちへの感謝を、共に、普通に暮らせる喜びを届けてくれました』

    男性MCの声を聞きながら、その場にいる寿と私以外のメンバーがニヤニヤとこちらに視線を送ってくる。寿はやっぱり我関せずといった感じで、今は、さっき水戸くんから受け取ったらしいタコ焼きを男の子と一緒に頬張っていた。

    全員からの視線を総なめしている寿は「あ?」といつものように間抜けな顔で応えていたけれど。それでも本当は照れているのだろうなということが見て取れる。きっとみんなも知らんぷりしているだけで気づいているんだと思う。やっぱりこういうオチは、昔から変わらないんだなと思えば、なんだか安心しちゃうなぁ。


    『最後にここで——本日、会場前に設けられた、メッセージ花火受付ブースに寄せられた数多くのメッセージの中から、もう一通だけ読ませてもらいます』

    男の子のテンションがまたもあがって来て寿の膝の間に座りながら一丁前に小さな手で拍手をしている。それを見た彩子も男の子の方へと身を乗り出して「男の子、拍手上手ねえ〜」と言いながら笑顔で一緒にパチパチと拍手を送っている光景がとても微笑ましかった。

    『高校時代からの友人、彼女から彼に当てたメッセージです。打ち上げるのは十号玉』

    そう説明した男性MCの声のあと、すこし、間が開いて、今度は女性MCの声が会場に響き渡る。


    『リョータへ——。』


    寿に揶揄いと労いの視線を向けていた、この場にいるメンバー全員の視線が一気にリョータくんへと向けられる。みんなと一緒になって野次を飛ばしていたはずのリョータくんが途端にきょとんとして「お、俺?」と、自分のことを指差す。

    『出会ってから、初めて一緒に見れた花火大会。突拍子もなくみんなで花火大会に行こう!と提案されたときは、心底驚かされました。その、提案された花火大会の会場がまさかの秋田県。きょうこの場に、高校時代、バスケットボールの強豪校秋田県立山王工業から勝利を勝ち取った、神奈川県立湘北高校のバスケ部員とその仲間たちが一緒にいれること、いまでも笑ってみんなで過ごせること、誇りに思っています』

    花火会場が秋田県ということもあって、山王工業の名が出たとき、会場が一瞬、わっ!と沸いた。ここで改めて、山王工業の凄さを知る。

    『いつもみんなを盛り上げてくれる前向きで明るい、そんなリョータが大好きです。またいつか、みんなと一緒にこの花火が見れたらいいね。長いことはぐらかして来ましたがリョータの気持ち、とても嬉しく思っています。最後に私の気持ちを伝えます。私もずっと、リョータのことが好きでした』

    この場にいる私たちも、会場の観客たちも一気に気持ちが昂って拍手やら幸せな野次が飛び交う。

    『ここにいる大切な仲間、それと、離れて暮らす仲間と、リョータの幸せを願って。彩子より』

    女性MCが言い終わると私たち全員から注がれていた視線に、気まずそうにも珍しく照れたように顔を背かせる彩子。リョータくんは口をぽかんと開けて、彩子を見ている。

    隣に座っていた寿が「公開ポロポーズされてやがらぁ!」と野次を飛ばす。その言葉に、みんなでドッと笑う。彩子は「やめてよ!」と照れながら怒鳴っていた。


    『……すみません、打ち上げを止めて下さい。』

    未だザワザワと騒がしい会場内に男性MCの声が響く。

    『会場にいらっしゃるリョータさん。今、あなたの携帯電話のマナーモードを解除してください。僕は、あなたの携帯電話番号をあなたの友人から聞き出しています。今から電話します!』

    途端にシンとなる会場。彩子に向けられていたはずの視線が、一斉にリョータくんに向く。彩子もそれに合わせてゆっくりとリョータくんの方へと照れて俯き加減だった顔をあげた。


    「……宮城、おめーのことだぜ」

    寿の声が低く響き渡る。そのお陰で、周りにいた他の観客たちからのチラチラと私たちの座っている方に向く視線や、ヒソヒソ話をする声が聞こえてきたことで、辺りがまたもざわつきはじめた。

    「うぬ。りょーちんしかいねえ。」
    「……み、宮城、マナーモード解除しろよ!」

    桜木くん、木暮先輩の言葉に、「え……友人から番号聞いたって……」と困惑するリョータくん。

    そう、さっき入り口でスタッフから声を掛けられたのは私だった。詳しいメッセージの内容までは言われなかったが、リョータくんの番号を聞かれたので不思議に思いながらも教えたのだ。それでみんなとはぐれてしまったというわけだ。


    「へ?ま、待ってよ!マ、マジで、お、俺?!」

    リョータくんはそう言ってあたふたと焦る。寿が「いいから早く解除しろって!」と言うと、動揺しながらも、すぐに後ろのポケットからスマホを取り出しマナーモードを解除しはじめる。まるで舎弟だ。

    「ハイッ! 解除したっ!」

    わざわざ実況しなくてもいいのに、リョータくんがそう声を張ってしまったことで辺りの観客が、やっぱりいま読まれたメッセージ花火の主人公がこの人なんだと決定づけることとなってしまい、いくつかの野次や指笛なんかが聞こえてきた。

    「バーカ。逆に目立ってやがるぜ」

    そう鼻で笑って言った寿の言葉のあと突如、リョータくんのスマホが、タンッタッタッターン♪と場に似合わず、軽快な音を上げる。


    『もしもし。——出た! リョータさん?』

    会場にはマイクを通じて男性MCの声がこだまする。隣からは「は、はい…」と動揺しながらも、行儀よく返事をするリョータくんの姿。彼はあぐらをかいていたのに、いつのまにか正座になっていて、それが何だか滑稽だった。

    『いま、彩子さんからのメッセージを聞いて男として、何か言うことはないですか?』
    「え、……」
    『——あるでしょ?じゃあ今からマイクを持ってあなたのところへ行きます』
    「え、あ……あ、……え?!」
    『では——、その場所に向かいたいと思います』

    辺りが歓声で包まれる。『会場の皆様は私を援護してリョータさんの元へと誘導のご協力をお願いします!』と言うMCの言葉を聞き捨てて私たちは、じーっとリョータくんを凝視する。

    彩子も何だか動揺しているようだ。ふう、と溜め息をついたリョータくんはとりあえず携帯の通話を切った。周りにいた観客からの野次を受けて、リョータくんは苦笑いしながら手を軽く翳す。

    『彩子さんから、長いことはぐらかして来ましたがリョータさんの気持ち、とても嬉しく思っています。私もずっと、リョータさんのことが好きでしたと、そんな話を頂きました。——どこだ、どこだろう……お!リョータさん見つけました!』

    周りの観客が「ここです!」「こっち」と携帯のライトを照らしながら煽って誘導してくれたお陰で、無事に発見できたらしく、男性MCとスタッフ数名が赤いランプの付いた誘導灯を振りながら私たちのレジャーシートのほうへと歩いてくる。

    『お立ち台を持ってきましたよー!』

    その言葉になぜか会場からは拍手が起こる。動揺しているは彩子とリョータくんだけ。私含む他のメンバーは愛の籠った野次を飛ばしながら盛大な拍手を送る。寿は男の子と手を重ね、同じ顔を並べて一緒に拍手をしていた。

    寿に「立てよ宮城!」と促され「あい」と言いながらすくっと立ったリョータくんを見ていた彩子が、反射的に一緒に立ちあがると、さらに周りの観客からの拍手の勢いが増した。

    『はい、では彩子さんはこっち、リョータさんはこっちに立ってください』

    スタッフと男性MCの指示により彩子とリョータくんが用意された簡易的なお立ち台の上へとあがる。桜木軍団の「いよっ!」という野次と指笛がその場に響き渡る。まるで試合の応援みたいだ。

    スタッフが彩子とリョータくんにライトを当てるので会場の視線が一気にこちらに注がれた。それでもリョータくんはさっきまでの動揺なんてなかったみたいに凛としていて素直にかっこいいなとさすが、湘北バスケ部のキャプテンだと思った。

    でも——��平気なフリ�≠�、してるんだろうなぁって、私にはわかったよ……リョータくん。


    『——じゃあ言おう。リョータさん。言うこと、あるよね』

    男性MCがリョータくんに向けてそう言ったあと持っていたもう一つのマイクを、彼に差し出す。それを迷うことなく受け取ったリョータくんに、彩子は目を見開く。


    「あ、彩ちゃん——。」

    リョータくんが彩子の名をマイクに向けて呼んだとき、ざわついていた辺りの声や音がシンと静まり返った。まるで、試合中にフリースローを打つ瞬間みたいに。

    「ありがとう、とても感動しました。実は俺……高校でもバスケ部に入るか迷ってたんだ。けど、練習を見に行った体育館で、はじめて見たんだ、彩ちゃんを。んで、速攻で入部した」

    その言葉に会場がドッと沸く。赤木先輩は「たわけ」と腕を組んで鼻を鳴らしているし、寿や桜木くんは「ひっこめひっこめー」と野次を飛ばす。

    それを見ていた男の子が「しー!」と寿の口を小さな両手で塞いだことで桜木くんと寿が面食らって押し黙る。

    「でも、一個上に赤木のダンナというおっかねえ先輩はいるし、チームは弱いしさ。何度も止めてやろうって思いました」

    会場内がまたシン、と静まり返る。他のメンバーも真剣な表情で二人を見守る。でも、その視線はとっても、温かいものだった。

    「あれは西中との練習試合のときだったと思う。どんな負け試合だろうと、彩ちゃんは必死で……そんな君の姿を見て、俺は決めた。バスケに——命を懸けるって。俺がチームを強くして、試合に勝って……それで彩ちゃんが笑ってくれたら最高だと思ったんだ。」

    言いよどむことも言葉に詰まることもなく淡々と作文でも読むみたいに言葉を繋げるリョータくんは素直に純粋に、かっこよかったし、真っ直ぐで、男らしくて——。思いがけず私は目頭が熱くなる。そして彩子はずっとリョータくんを見つめていた。

    「彩ちゃん。」
    「……?」
    「出会ったときからも……もちろん、これからもずっと、愛してるよ。僕と、結婚してください」

    ひゅー!という歓声や拍手、指笛が鳴り響く中、リョータくんは彩子にマイクを渡す。そして跪いて、右手をスッと差し出した。

    今ではファッションとして付けられている右手の赤と黒のリストバンドは、高校時代に試合で付けていた物と同じ色だ。その差し出された真っ直ぐに伸びた手が彼の純粋で熱い想いを伝えていた。


    『彩子さん。僕と付き合ってください、ではなく結婚してくださいとリョータさんが言いました。お返事は?』

    またもシンとなる空間に、私含む、その場にいる元湘北メンバーがゴクンと唾を飲み込んで二人の姿を見つめていた。


    「……よろしく、お願いします——。」

    鳴り止んでいた歓声が今日イチ大きいものとなり男性MCが『おめでとう!それでは二人への花火があがります!あがれ〜!!』と言うと、音楽と共に十号玉一発ではなく、何発もの花火が夜空を彩った。

    一気に全員の視線は花火のほうに向けられ、彩子やリョータくん、私たちもそれにつられるように夜空に咲き乱れる、花火を見上げる。


    『彩子さん、リョータさんおめでとーう!!』というMCの声。さっき��会場にいるリョータさん�≠ニ言ったあの緊張感を思い浮かべたとき夏の温度を宿した私の手に、寿の大きな手が重なる。

    花火が打ちあがる衝撃と共に寿と目が合ったとき優し気に細められた瞳から「よかったな」と言われた気がして、私は小さく、コクンと頷いた。

    今日のことは一生忘れない。一瞬のきらめきも、永遠の宝物だね——。





    —


    公開プロポーズが無事に終わったあとも、みんなで花火を堪能しているなか、周りの人から「おめでとう!」と、声を掛けられていた彩子と宮城。照れながら頭を下げるふたりのその顔は、とても幸せそうで、俺も柄にもなく、幸せな気分もお裾分けされた気分だった。きっとここにいる仲間もそうなんだろうなと思う。


    『第26回男鹿(おが)日本海花火、いよいよ次の花火がプログラム最後の花火です』

    会場に大拍手が起こり、俺たちも拍手を送った。野郎軍団はお決まりみたいに「えー!」と叫び、彩子と宮城は、拍手をしながら、目を見合わせて微笑んでいる。

    『プログラム最後の花火。二十歳(ハタチ)以上の方を対象に過去に戻れるとしたら、いつの時代がいいですか?というアンケートを実施したところ、第一位は高校時代が、1/4のおよそ25%でした』

    ここで、俺と名前の結婚式のエンドロールでも使った曲が流れ始めて、まさかの展開に心臓がひくっとなった。

    思わず名前と顔を見合わせたとき赤木の妹が「マリーゴールド!三井さんと名前さんの結婚式の歌だわぁ!」と言って、手をパチパチと叩きながら空を見上げていてそれが聞こえたらしい水戸たちが「おー!」なんて抑揚つけた声をあげる。


    『あなたが高校時代に戻るとしたら何をやり直したいでしょうか。勉強?それとも恋愛?フィナーレワイドスターマイン��もしも、高校生の時代に戻れたら�=x

    言葉の通り、フィナーレと言える華々しい花火が夜空に打ちあがるなか、俺の膝のあいだに座って花火を見上げていた男の子がつたない歌声で、その曲を歌い始めた。

    それを見て、俺のいないところで名前が男の子に二人の思い出の曲を、聴かせていたのだと知る。思いがけず、嬉しくて頬が緩んだ。


    高校生の時代に戻れたら——。俺はいったい何をやり直したいだろうか、とふと考えてみる。安西先生と出会っていたとしても、湘北を選ばなかったら。もしくは、湘北に入って膝を怪我したときしっかりと治してリハビリをしていたら……。

    でも、どんなに足掻いても安西先生に救いの手を差し伸べてもらっただろうし、湘北に入学したはずだ。もちろん膝の怪我も回避できなかったと思う。逆にこいつらや、もちろん名前と出会う運命からも逃れられなかっただろう。だったら俺は、やり直さなくてもいいか、とも思う。このままがいい。何も変わらない、この人生が。

    いま、この場にいるみんなと離れたところにいるだろう同志たちが、俺にとっての大切な人生の軸そのものなんだ。それは、時間を巻き戻したところで変わらない、揺るぎない真実だから——。


    ふと名前に視線を落とせば綺麗な横顔を覗かせて夜空を見上げている。何年経ってもこの世の中で一番美しく、綺麗だな、好きだなと改めて思う。

    盛大なフィナーレ花火が打ち上がり全てが散ると会場内に、大歓声と大拍手が起こった。俺たちも手を高く上に挙げて拍手を送る。

    歓声と拍手の音が止んだ頃、突如、俺と名前の愛の結晶、我が子でもある男の子が「あんこーる!あんこーる!」と叫び始めた。その声に俺ら含む辺りの観客の笑い声が響き渡ったあと、男の子の掛け声に続けて周りの人たちの「アンコール!アンコール!」との声が徐々に増えていく光景に俺は驚きを隠せない。

    それはまるでインターハイ、山王戦のとき、会場内に「湘北!湘北!」と応援の声が増えて行った瞬間の情景を想起させるようだった。


    不意に桜木がどこかに電話を掛け始める。一向に出ない電話口の相手に「あの野郎、寝てやがるな」なんて小言を付いている。それを見た、桜木の隣に座っていた水戸が「花道、誰に電話してんだ?」なんて聞いていた。

    程なくして電話口の相手がようやく出たらしく、すぐにビデオ通話に切り替えた桜木が会場のアンコールの声に負けないくらいの声量で怒鳴り散らかす。

    「ルカワ!出るの遅せぇ!!」

    その名前に、その場にいたみんなが桜木を見る。暗闇の中、無機質に光っている桜木の携帯画面には完全に今起きましたというような表情で、目を擦る海外で大活躍中の俺の後輩でもある、流川の姿が映った。

    「流川くんっ!」

    身を乗り出して、真っ先にその名を呼んだのは、やっぱり赤木の妹だった。自然とみんなで桜木の側へと寄って行き、その画面に映し出されたスーパースターに手を振ってみたりする。

    「何時だと思ってんだ、どあほう」

    流川の言う通り、奴のいるアメリカは今、夜中の一時過ぎだろう。半分寝ぼけているとは言えそれでもしっかりとカメラに顔を正面から映す流川が何だか滑稽だった。

    「流川! 久しぶりだなっ。元気だったか?」

    いつものように爽やかに木暮が言えば、流川は「うす」と短く返事をする。興味津々で、桜木の携帯の画面を覗く男の子の存在に気付いた流川が「先輩の、子?」と、つぶやいた。

    「おーよ、流川。久しぶりだな、元気そうで安心したぜ」
    「ウス。てか……子供、おめでとうございます」

    淡泊でもちゃんと礼儀をわきまえていて、可愛いとこあるじゃねえかと感心しつつも嬉しくなって顔が緩んでしまう。俺も丸くなったもんだ。

    「もう3つだ。今度帰ってきたら遊んでやってくれ。もうバスケットボールに興味深々でよぉー」
    「……そ、すか。わかったっす」

    彩子と宮城も流川に手を振っていて流川はそれを見て、小さくペコッと頭をさげていた。

    「今、みんなで花火大会に来てんだよ。急に電話して悪かったな」
    「うーん……寝てた。目がしぱしぱする」

    水戸が桜木の勝手な行動への謝罪を述べれば言葉の通り目をしぱしぱさせる後輩のその姿は、高校時代と何ら変わりはなく、こいつが日中はコートの中をあの有名なNBA選手らと走り回っているのかと思えば、なんだか感慨深いものがあった。


    「あんこーるっ!あんこーるっ!」

    いまだ鳴り響くアンコールの声に合わせて、また男の子が大きな声でアンコールを送る。それを見た桜木含む野郎軍団も一緒になって大声で叫びはじめる。

    「おい、ルカワ!お前もアンコールしやがれ!」

    そんな桜木の無茶ぶりに画面越しの流川はやれやれと言いたげにハァとあからさまに溜め息をつきそばにいた俺たちは、そんな相変わらずな光景を見て声を出して笑い転げた。

    間もなくして、ゆったりとしたBGMが会場内に流れ始める。


    『可愛いアンコールの声、最高です。ありがとうございます』

    会場がまた、わっと、どよめく。俺は男の子の頭をガシガシと撫で付けた。名前も男の子の顔を覗き込んで「男の子の声が届いたんだよ」と笑顔で話しかけた。男の子も満面の笑みを名前に返す。桜木が「さすが男の子だ!」と言って野郎軍団とこちらを振り返り、グッ、と親指を突き出す。

    それに気をよくした男の子もしっかりとグッドサインを返していた。いつか我が子もバスケットボールを手にしてコートを駆け巡りシュートを決めたとき、観客席にいるこいつらにこうして親指を突き立てるのかもしれない。そんな光景が目に浮かぶようで、思いがけず目頭が熱くなった。


    「オイ、ルカワ!この天才が、お前にアンコール花火見せてやるからしっかり見とけよ!」

    そう言って画面はこちらに向けたまま、カメラを外側に切り替えた桜木が両手で携帯を横に持ち、高々と手を挙げて夜空にそのカメラを向ける。

    画面には相変わらず流川の無表情が映し出されていて赤木の妹は今から始まるであろうアンコール花火なんかそっちのけで、その桜木が高く掲げている携帯の画面を、目を瞬かせながら見つめていた。


    『第26回男鹿(おが)日本海花火、今年の男鹿の花火はいかがでしたでしょうか』

    会場にいる俺たち含む観客が個々に拍手や指笛、歓声で、その問いにしっかりと応えてみせる。

    『ありがとうございます。打ち上げの前にお尋ねします。あなたやあなたの大切な人は、楽しんで下さいましたでしょうか。あなたと結婚してよかった、あなたと結婚したい。そんな、家族になる幸せ、故郷があって健康で家族がいて友達がいて大切な人がそばにいて、ここで一緒に花火を見ることが出来る。今この時間はとっても贅沢で幸せな時間のはずです』

    俺は名前の肩を叩く。名前が「ん?」とこちらを見る。一度、膝の間から男の子を退かしてこっちにこいと言うようにクイクイ、と手招きをすると一瞬、首を傾げた名前が俺の言わんとしていることを悟ったのか、照れながらも、おずおずと俺の膝の間に移動してきた。

    『さて本当にこれが本日最後の結びの花火です』

    しっかりと名前をホールドして、男の子を名前の膝の間に座らせて後ろから二人を抱え込むように座り直して俺は、夜空を見上げた。

    『男鹿(おが)の花火のお約束です。隣にいる友達や家族や恋人と手を繋いでください。中学生の君も高校生のあなたも手を繋ぐことを今、照れてはいけません。大人になったらあのとき手を繋いで花火を見て良かった、必ずそう振り返って、よかったと思えるときがきます』

    男の子を抱えるように座っていた名前の手を包むようにして俺は腕を回す。不意に横を見れば、隣同士に座っていた、宮城と彩子もしっかりと手をかさねていた。

    『もし大切な人が離れて暮らしていたら心の中で手を繋いで下さい。来年はここで一緒に花火を見ることが出来ますように。離れて暮らす大切な人が幸せで健康でありますように願ってください』

    そのMCに俺含む今この場にいる元湘北メンバーはきっと桜木の携帯に映し出されている生意気なツラを、目の前に広がる日本海の向こうで活躍しているであろう相手のことを想っただろう。流川の耳に、今の台詞はちゃんと届いただろうか。

    『手を繋ぎましたか?最後は思い出のフォトグラフの曲に乗せて打ち上げたいと思います。では、打ち上げます』

    アンコール花火に色を添える最後のBGMが流れ始め、桜木の携帯画面に映っている流川を見ていた他のメンバーも自然と視線を夜空へと向けた。


    『これをもちまして、第26回男鹿(おが)日本海花火をお開きとさせていただきます。皆様のますますのご健勝、恋愛成就、末永い幸せを祈り申し上げます。本日は皆様、ありがとうございました』

    ふと桜木の携帯に視線を戻せば、さっきまで目を擦って不機嫌そうにしていた流川も、じっと携帯画面を見ているようだった。

    『また、今日この場で、新たな家族もご誕生いたしました。リョータさん、彩子さん、本日は誠におめでとうございます!』

    今日イチと言っても過言ではない華やかな花火が打ちあがる。会場が拍手と歓声に包まれるなか、流川はと言えば相変わらず真面目腐ってちゃんと画面を凝視している。部屋が真っ暗なせいか画面越しの花火の光りで奴の顔がいつもよりもすこし血色よくも見える。

    流川はスマホをテーブルか何かの上に立て掛けていて、ソファに座らず背を預けながら膝を立てて画面を無表情にも穏やかな顔で眺めていた。

    不意に見えた黒っぽいスエットのズボン。その脇にプリントされた白地のアルファベット。遠目には、はっきりと見えなかったけど……それが��SHOUHOKU�≠ナあればいいな、なんて柄にも無く思ってしまう。

    無意識でもいいんだ。部屋着にするほど奴の中で湘北バスケ部が記憶に残っていてかけがえのない物だと思ってくれているだけで、俺は、救われる気がするから——。


    「ママ、きれー!!」
    「うん、きれいだねー!」

    目の前で夜空を見上げている愛する家族と、その仲間たち。男の子と一緒になって思い出の曲を口ずさむ名前と本当に出会えてよかったなと思う。

    これからもここにいるみんなを大切にしていこうと夜空に咲き誇る花火を見上げて静かに誓った。


    いつまでも続きそうな、灼熱の夏の日差しと熱い眼差しを感じながら、支えてくれた仲間や家族に輝く姿を見せるためにやりきるしかないと、遠い過去、強い意志を持って立った、インターハイの舞台、広島。今でも鮮明に蘇る、あの記憶。

    過去の自分は何度だって超えてきた。その全てを瞬間(イマ)に懸けるために……。

    肩を寄せ合って歩いてきたこの道も二度と戻らない笑い合った日々も讃え合って流した涙さえ今は記憶の中の大切な、フォトグラフになっている。

    みんなで見た、この景色を俺は絶対に忘れない。


    『アンコール花火の打ち上げが終了し北日本花火工業のスタッフがこれよりトーチに点火しご歓談いただきました皆様へ感謝をお伝えいたします。ご歓談いただきました皆様もお持ちの懐中電灯や携帯電話のライトで花火師さんたちに労いの光りを送ってあげてください』

    男性MCのその声のあと、今日一番大きな花火がドーンと打ちあがった。

    『打ち止め、大大!』

    会場内が手持ちのライトや、拍手と歓声で、その最後の打ち止め花火を見送った。


    寿を含め、湘北高校バスケ部員と応援団の私たちが夢見た、全国の舞台。キラキラと光る体育館のライトが、シャンデリアのように見えたあの日。

    みんなで手と手を合わせて祈ったあの日の想いもあと一歩届かなかった、そんな日々も。

    悔しくて流した涙さえ、いまは綺麗な、思い出のフォトグラフになっている。


    ずっと忘れないよ、遠いあの日、みんなで、心が一つになった、消せない情景も。

    いまこうして、あのときのみんなで、同じものを見つめて煌く、このかけがえのない瞬間も——。










     君の 笑顔 が 世界を照らす



    (名前、)
    (……ん?)
    (いつもありがとな、愛してるよ。)
    (え!なにー?怖い。今日は素直じゃん)
    (ちー!男の子はー?)
    (ははは、そうだよ、寿。)
    (あ?)
    (今は愛の言葉を��二人�≠ノ伝えなきゃねっ!)
    (……ふはっ、おう。男の子も、愛してるよ。)


    ※『フォトグラフ/ATSUSHI feat.東京スカパラダイスオーケストラ』を題材に

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