夏休み、インターハイ、文化祭……と、高校生活の中でも重要なイベントをほぼ終えたと言っても過言ではない10月上旬。残すイベントは体育祭くらいかもしれないなぁ。あと冬休みとか。あっバスケ部は選抜とかもあるかぁ。

なんて、そんなことをぼんやりと考えていたある日の出来事。たしかにその日、私の幼馴染にして彼氏の三井寿は、すこぶる機嫌が悪かった。

それはきっと、今回の中間試験の順位が思っていた以上に悪かったんだろうなと私は思っていた。だから、いつも通り頑張った彼を、超える努力をした誰かさんを称えると共に部活の休憩中、彼氏に励ましの言葉を掛けてあげたのだ。

「どんまい!落ち込むことないよ、次頑張ろっ」

って。肩をぽんぽんと叩きながら。そしたら寿は急に私を睨みつけ外の水飲み場へと無言で行ってしまった。








「意味わかんないんだけど……」

思わずそう漏らした私に、父は不思議そうに私を一瞥する。そうとは気づかない私は静かに溜め息を零した。

その日は夕飯当番だったので寿の練習が終わるのを待たずに、ひとりで帰宅した。

部活中の寿の態度が気になった私は、食器を洗い終えソファに座ってテレビを眺めている父親に声をかける。時刻は20時を回ったところだった。

「ねえ、お父さん」
「ん?」
「……その、寿ん家、行って来ていい?」
「こんな遅くにか?迷惑なんじゃないか?」

エプロンを取って気まずそうにもじもじしている私を一瞥して、父は鼻で笑うように息を吐いた。

「——寿くんの家に行くなら、そこに置いてある出張のお土産持って行きなさい」
「え?」
「今日、渡しそびれたんだ」

父は微笑み、「よろしく伝えてくれ」と言った。そのまますぐにテレビに視線を戻したので私は、小さく「ありがと」とつぶやき父からの言づけを手に取り、急いで玄関に向かった。

靴を履いて玄関の扉に手を掛けたところで、ふと思いとどまる。もしかしたら、勉強中かもしれない。部活の疲れで眠っているかもしれない。そう思って私はポケットに入れていた携帯電話を取り出す。


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  🕑 10/19 20:17
  FROM 名字 名前
  件名
  本文

  なにしてる?
  今から寿の家に行ってもいい?

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送信してすぐに開いたままの携帯電話の画面に『メール受信中』との表示が出た。画面が切り替わると同時に、彼専用の受信ボックスにマークが付く。


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  🕑 10/19 20:18
  FROM 三井 寿
  件名
  本文

  寝てる

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たまに寿の練習帰りに寄らせて頂く寿の家。今日は一緒に帰ってこなかったことを不思議に思った寿のお母さんが玄関口で「寿、きょう機嫌悪いのよ」と呆れ顔で言った。そして「あがって?お父さんまだ帰ってきてないから」なんて言う。

「そうだ回覧板、回覧板」

と、お母さんは気を利かせたのか、そそくさと、お隣さんの家へとお喋りしに行ってしまった。


湘北のバスケ部の練習は長いしハードなうえに、寿は三年生。もちろん部活も大事だが、今は特に勉強にも集中しなければならない。だから迷惑をかけちゃいけないと思って、インターハイが終わってからというもの、この家には本当に、ほんのすこしの時間しかいられない。

そんな貴重な時間を、奴、三井寿は堂々と真っ向から拒否したのだ。

時計の針の音だけがちくたく響く。私は溜息をひとつ吐いてから彼の部屋へ行く決心をし、自宅の中に「おじゃまします…」と言って入った。このままでは、らちがあかないと思ったからだ。

廊下をひたひた歩き、階段を登り彼の部屋のドアをコン、コン、コンと、ノックする。

「三井せんぱーい? 彼女がお呼びですけどー」

言ってもシンとして反応が無い。シカトは腹立つ。絶対に寝ていない事なんてお見通しなのに。

「ねえー? 入っちゃうぞー」

聞こえて無い訳がないし、何も言わないなら肯定と受け取る。ガチャリと軽いような、そうでないような扉を音を立てて開く。中に入ると、電気も何も点いてない真っ暗な空間。

廊下の電気の光を頼りに目を凝らすと、ベッドに大の字になって寝る彼氏の姿。電気を点けようとスイッチに手を伸ばすと寿が「付けんな、」と、呟いた。仕方なく私は手を引っ込める。


「……」
「……」

どうしようか考えながら入口で突っ立っていると今度は「閉めろ、」なんて声が聞こえた。

……マジ、ですか?なんなの、
ありえないんですけど……。

「閉めろよ」

今度ははっきりと聞こえ、あからさまに不機嫌そうな彼に軽く溜息を吐く。ドアを閉めると、当然真っ暗で、黒ばかりが視界に広がる。きっと寿はもう目が慣れているから、私の姿は見えるんだろう。当の私は全く見えていないけれど。


「名前、俺は怒ってる」

……どんな台詞だよ。思わずそう言いたくなったけど、そんなことしても怒りを煽るだけだから、とりあえず私は黙り込む。

「理由わかるか?」

え、期末考査じゃないの?いや、言ったら怒鳴られかねない。私は、尚もおし黙る。

「なんか言えよ」
「……」

それきり沈黙が生まれた。私も寿もとても負けず嫌いなのだ。きっと、寿は私が何か言うまで何も話さないだろう。

「……わかりません」

そうつぶやくとぎしっ、とスプリングが鳴った。寿が動いたらしい。私の目は未だ、暗闇に慣れていない。ほんと、馬鹿な目だ。


「……おまえ、本気で言ってんのか?」

心なしか、声が聞こえてくる場所が近付いた気がする。でもそれは、彼の声がさっきよりでっかくなったからかもしれない。

「今日の放課後、俺がおまえンとこ行ったとき、喋ってただろ」

怒りが増した声を放つ寿。急になんの話をしているのだろうと私は思いがけず「へ?」と素っ頓狂な声をあげてしまった。

「誰と?」

私が問うと、すこしの沈黙が流れた。すー、っと息を呑む寿の気配。ハァとあからさまな溜め息のあと、彼は言った。


「……水戸、とか」

そう答える。本当に意味がわからなかった。突然なにを言っているのだろうか、私の彼氏は。部活と勉強の両立で頭が沸いてしまったのではなかろうかと、心配になってみたりする。

「え? そんなの毎日でしょ?」

今さら何を言われるのかと思った、本気で。水戸(くん)とか、と話すことなんて最早日常すぎて記憶さえ薄い。

「……」
「……」

放課後、珍しくリョータくんに用事があったらしい桜木くんが水戸くんと一緒に二年一組に来た。桜木くんは丁寧にリハビリの経過を報告してた。そのまま病院に行くと言っていた桜木くん。そこに一緒に水戸くんがいただけ。ただ、それだけのこと。

桜木くん、リョータくん、彩子がバスケの話をしている間、見物者の私はどうしても暇になる。そんな時間に同じく暇を持て余していた水戸くんが相手をしてくれていた、ってだけなのに。


「ふざけんな」

「え、」と返す間もなく、ぎし、とまたベッドが鳴った。すると突然、寿の匂いがした。

「頭、撫でられてたよな?」

視界がだんだんクリアになっていく。匂いが近いのは寿が私の目の前にいるからだ。思わず後ずさると、どん、とドアに背中をぶつけた。

「……」
「……」

寿は私の左側に腕を置いた。そして、左手でかちゃっと鍵を締める。あれ、寿の部屋って鍵ついてたっけ?……いつ付けたんだろ。なんて思っている内に、そのままドアと彼に挟まれた形になる。

「——ほ、褒められた、の……」
「なにを?」
「毎日夜まで飽きずにみっちー待ってて、えらいねって」
「……」

たしかにそれは今日の放課後、水戸くんに言われた言葉だ。嘘ではない。そしてそれから私は——頭を撫でられ……違う違う!そのあとに私の頭に綿ゴミが付いてて、それで——!


「俺以外の男に触らせていいって言ったか?」
「——は、」

すると寿は耳元で私に囁く。私だけがわなわなと焦っているのだ。吐息がかかる。重低音が芯まで響く。

「なに、それ?どんな独占欲……?」

私がそう吐き捨てた瞬間、寿が至近距離で溜め息を吐いた。そして「……てめえよ」と怒り口調で話しはじめる。

「合同合宿ンときで、懲りたんじゃねーのかよ」
「え、なにが?」
「水戸と浮気まがいのことして……喧嘩になっただろーが」
「あー。待って!てかあれは寿の勘違いじゃん」
「勘違いだあ? 俺には祭りの一つも誘わねーでなんで野郎軍団とは簡単に行くんだよ」
「だって! あのとき寿いなかったじゃん!」
「うるせぇ!何やるにも初めては俺としろよ!」
「え、えぇ……」

そ、そんな、勝手な……と言いそうになった私の視界は、一瞬にして天井へと変わった。

腕を掴まれて、ベッドに捨てられた。そんな気がする。天井だった視界には、寿がいたから。

「……怒りにまかせてやっちゃう感じ?」
「減らず口を叩くのは、この口か?お?」

態度も台詞も冷たいくせにどうしてキスだけは、こうも甘いのか——。こういうとこ嫌いじゃないんだよね、残念ながら。私も、大概だなあ……。


「さっきも言ったけどよ、俺は怒ってんだよ」

口を離すと、彼はそう言った。私はやっぱり押し黙るしかないのだ。

「……そのこと、忘れんなよ」
「……」

——あ、笑った。幼馴染にして彼氏の三井寿は、ドSだ。……まあ、知ってたけどさ。

言うや否や、ブラウスのボタンをやられた。引き裂く、引きちぎる……もう、どっちでもいっか。


三井先輩・・・・=v
「……」
「弁償……してよね?」

私が呟くと、下着のホックを外した彼が、ぽつりと言った。

ひさし・・・、だろ。」

そう、ふっと口元をつり上げて。私も思わずぷっと噴き出してしまう。寿は「なンだよ」と私の頬を痛くない程度に抓んだ。


「……もう、9時過ぎだけど」
「……。知らね」

言われて、私がすこし微笑んだとき、がちゃっと玄関が開き「ただいまー!」なんて、元気のいいお隣から帰ってきた寿ママの声がした。










 息もまるくらいに。



(声、聞こえちゃうからやめようよ……)
(……)
(って、言っても無駄か!)
(うるせ抑えろ、そンなもん)
(ほんと、ドS……)

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