彼の犯したすべての罪と僕の愛情

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  •  この時期、と言うか学生時代の親ってすっごくわからずやだと思う。大人は私たち高校生が思春期だからそう思うんだ、とかよく言うけどそれってどうだろう。だって実際のところ私はただ自分の進みたい進路を掲示しただけだ。それなのに、真っ向から無理だ、無茶だ、なんてさ。そんなんやってみなきゃわからないじゃないか、と思う。
     確かにお金を払ってくれるのは紛れもなく親だけど私は自分の道を自分で決めたい。自分が一番やりたいことをやりたい。だからこそ、この道を選んだというのに……。

     父親と珍しく派手に口喧嘩をして家を飛び出した、ある冬の土曜日の夜。ゆるだぼニットにデニム、それと履き潰したスニーカー。あと最近買ったユニクロの薄手のダウン。これ、めちゃくちゃ重宝してる。だけどこの格好は確実に家着だ。近くのポストに行くときとか彼氏の家兼、幼馴染の家に回覧板を届けに行くときとかのスタイル。髪の毛も結ばないで適当にぼさついてる状態だし。そして所持品は携帯電話にイヤホン、それとポムポムプリンの小銭入れ。いつだったかゲーセンで寿に取ってもらったものだ。
     それにしてもこんなところで知り合いにあったらたまったもんじゃないコーデだよなと思いつつ電車に乗っかって普段は利用することのないコンビニに立ち寄った。単に喉が渇いたので。
     入口を通るとぴんぽーんぴんぽーんと客が来たという合図の音が鳴る。この瞬間がなんだか嫌いだったりする。レジの店員は、挨拶すらしないでなにやら書類のようなものを書いていた。レジでやるなよ、裏でやれ。レジ行きにくいだろうが。
     よくよく見るとその店員は黒髪のオールバックの男性だった。顔はよく見えない。ふんふん、背はまぁまぁ高いかな?いや、世間一般で言ったら高いってほどじゃないのかも。そもそも対象となる相手があの無駄に長身で顔がいい幼馴染だから大抵の男性が小さく見えてしまうだけだ。私からしたら基本、みんな背なんて高いはずなのに。
     なぜかコンビニに入るとお目当ての物があっても必ず雑誌コーナーの方から回ってしまう。見ると、幼馴染の彼氏が好きなエロ雑誌が視界に入り軽く吐き気をもよおした。それから同級生のリョータくんが好きなメンズ雑誌。私の好きなファッション雑誌の新刊はまだ発売日じゃないからか、やっぱりなかった。発売日じゃない日にあるわけないんだけれども。
     お菓子のコーナーはスルーした。いつもは買いもしないのに立ち寄る癖があるけど今はとにかく喉が渇いているからスナック菓子なんて見たくないって気分だ。今ばっかりは天敵になりうる。
     結局、ポムポムプリンの小銭入れを開けたら300円しかなかったので、家に帰ってお風呂上がりにでも食べようとガリガリくん一つとカルピスだけを持ってレジに向かった。
     なんで300円しかないんだろう、相変わらず寂しい私のお財布事情、とか思っていたら急に「名前さん?」なんて名前を呼ばれてしまった。……え、わたしこのコンビニの店員さんと交流あったっけ?うそだ、いやまさか。だってよくよく見たら一個下の後輩、水戸洋平くんだったから。

    「え! 水戸くん!?」
    「水戸です。250円です」

     水戸くんはふっと微笑んで名乗ったあと、そう値段を告げた。私はおつりの50円とレシートをもらいながら少し興奮気味に訊く。

    「えー!水戸くんここでバイトしてたんだぁ!」
    「うん。結構前からだけどな」
    「そっか!私ん家この駅使わないから来ないもんなーここのコンビニ。全然会わないワケよね!」
    「な。」

     水戸くんはそう短く言うと、私が買ったものを一番サイズの小さい袋に入れて渡してくれた。

    「え、え!夜何時まで働いてんの?偉いね、すごいね。私も思い切ってバイトしよーかなぁ、確か湘北ってバイトOKだったよね!?隠れてバイトしてるわけじゃないでしょ?え、ここってバイト募集してたりしない?」

     私が矢継ぎ早に尚も興奮して問うと水戸くんが眉毛を下げて浅く笑った。私は「え?何っ?」と聞き返す。

    「すっげ、質問攻めじゃん」
    「あ、ああ……ごめん」

     しゅんとした私を一瞥して彼は「もうバイト終わりだから待っててよ」と言い残し、奥の部屋に消えていった。私は不思議に思いながらも言われるがまま言う通りにしてコンビニを出た。
     私が耳にイヤホンをぶち刺して外に出ると水戸くんもちょうど外に出てきたところだった。私服姿の水戸くんを見たのは久しぶりだったからなんだか新鮮だった。……はっ!わたしったら、こんな家着で……!はずかしい!

    「やっ!わ、わわ、わたしこんな家着で!」
    「ん?似合ってるからよしじゃない?」
    「いやいや、スッピンで髪ボサボサだし……!」
    「へー、スッピンに見えないよ?」

     水戸くんはまた、ははっと笑った。なんか学校にいるときよりさわやかだなあ、なんて思った。いったい、どっちが素なんだろうか。

    「どうやって覚えるの?化粧とか」
    「え?どうだろう…雑誌とかテレビとかかなぁ?あとやっぱ、友達と情報交換とか?」
    「ふーん。でも薄いよね、名前さん。化粧」
    「あーうん。ファンデとかはたまにね。基本的に力を入れてるのはリップ。安くて、色づきいいの探すんだよ、JKはお金がないからさぁ」
    「あーなるほど。いつも唇ぷるっぷるだもんな」
    「え。」
    「あっ、今のはちょっと変態発言か。ごめん」
    「あ……いや、あの、別に……」

     そうだ。彼はこういう人だったと今更ながら思い出す。飄々とそんなことを言ってのけるので真面目に受け取ってしまった私は素直に照れてしまう。間に受けている自分がなんだか恥ずかしい。

    「化粧しなくてもいけるんじゃない?月曜日スッピンで来てよ」
    「えっ!! む、無理だよ」
    「無理か。残念」

     わー、なんか緊張する。柄にもなく私は緊張している。おかしいな、学校ではちゃんと話せるのに。周りの子たちは「怖くない?」とか言って近寄らないけど私は普通に話してた。もちろんバスケ部のおかげだけど。たしかに見た目はおっかないのかも。でも中身は案外やさしかったりするんだよなぁ。これは私服だから尚更そう見えるのかな、よくわかんないや。でも実は陰で水戸くんが人気なこともよくわかっている。

    「それ、なに聴いてんの?」

     唐突に声を掛けられて水戸くんの方を見ると、水戸くんは「ん」と、私の耳にはめたままでいたイヤホンを人差し指で刺す。私が急いで片耳だけ外し「えっとね」と答えを述べる前に水戸くんが外したイヤホンをそっと私の手の中から奪い取り自身の耳の中に突っ込んだ。
     
    「あー、はいはい。いいよね、これ」
     
     私がポカンと水戸くんを見ていても彼は特に気にする素振りも見せずにそのまま曲を聴いているんだから、なんだかどうしようか考えあぐねる。
     だってさ、これってなんかいけないことをしている気分なんだもん。一つのイヤホンを二人で聴くなんてさ。とか色々悶々と考えている私をよそにイヤホンに繋いだ携帯からは冬の定番ソング、清水翔太の冬が終わる前に≠ェ流れている。

    「あー、そっか。こーいうの聴いて、みっちーを思い浮かべるんだ?」
    「え、ど……どうだろ、ラブソングが好きってだけだよ、うん、そうそう。深い意味はないよ」
     
     ははは、なんて笑って見せたけど、水戸くんは素知らぬふりでサビの『世界中の会えない恋人達が〜』の部分を鼻歌混じりに奏でていた。歌うまいな。案外、声高いんだなとかどうでもいいことで頭がいっぱいになった。
     
    「ねえ、さっきから気になってたんだけどね」

     水戸くんがイヤホンを私に返してくるとなぜか改まった様子で切り出してきた。私はイヤホンを受け取り、自分の耳からも外してそれをポケットへと乱暴に仕舞い込む。そして、私たちは自然とコンビニの近くにある公園へと向かっていた足の速度を緩めた。

    「泣いてた?」
    「へ?」

     思いがけず水戸くんを見たらパチっと目が合った。水戸くんの背景は月と星が綺麗でまるで夢をみてるみたいだった。しかもすごくまじめな顔をしている。……この子、本気で訊いているんだ。じゃあ私もまじめに返さないと。

    「……はい、泣いてました」
    「やっぱり」

     水戸くんは笑った。
     この子、さりげなくよく笑うんだよなぁ。

    「あとが、ついてるので」

     え、まじですか。スッピンなあげく泣きはらした顔をみられていたのですか。わたしは今、どこまでブスなんだ、と一気に憔悴する。

    「親と、喧嘩をしまして」

     そうして、辿り着いた公園のブランコに並んで座って父親とさっきした口喧嘩の内容を全部、彼に吐き散らかした。水戸くんは私の話にいちいちうなずいてくれて、私が時折声をつまらせるたびやさしい眼差しを向けてくれる。
     公園は街灯と月に照らされて不思議な空間だった。きっと日中なんかは、いつもこの辺で近所に住む子供たちが駆けずりまわってるのかと思うと信じられない気分だ。今の公園はなんというか、少しくさい言葉で言うと大人の雰囲気って感じだった。だめだ……わたしセンスない。これだからお父さんにあんなふうに言われるのだろう。

     全てを話し終わって、私たちは駅に向かう。駅からは私と反対側に帰るらしい水戸くんが、いいよって言ったのにこんな時間に女の子1人で帰すやつは男じゃないだろーとかなんとかお決まりな台詞をさらっと吐いて(かなりさまになっていたけど)私を最寄り駅まで送ってくれた。頭が上がらなかった。
     一緒に私の最寄り駅に降り立ち水戸くんが乗る電車を隣で待っていると、「もう帰っていいよ」なんて言うから「電車来るまで待たせてよ」って言ったら水戸くんは困った顔をして仕方ないなって感じで待つのを了承してくれたようだった。

    「しかし、この寒いのにガリガリくんとはね」
    「寒くてもアイスは好きでさ」
    「だろうなって思ったけど、なんか面白かった」
    「面白かったって何?ひどーい」

     そんな会話を緩く交わしていると「オイ」と、背後から地獄の門番みたいな低い声が掛かって、水戸くんと一緒に振り返る。そこには、まさかの幼馴染の彼氏、三井寿の姿があった。

    「あ、寿。遅かったね、ご飯でも行ってたの?」

     今日は午後から練習だったはずで一、二回ほどメールのやり取りをしていたら急に返信が返ってこなくなったからバスケ部のみんなとご飯でも食べに行ったのかと私も携帯に意識を向けてなかったのだ。寿は驚いたのか不機嫌なのかよくわからない表情で私と水戸くんを見下ろしている。そしてその手には開かれたままでいる彼の携帯電話が見えた。

    「何通メール送ったと思ってんだよ」

    「オイ」のあとに放たれた地獄の門番の言葉は、そんな内容だった。あ……やばい。これでは完全に、シカトしていたことになってしまうフラグ。マナーモードだと気づかないんだよなぁ、なんて今思っていることを素直に言ったとしても、寿の機嫌は直りそうにないよなと寿の顔を見て瞬時に察した。しかも、こともあろうに他の異性といるところに出くわしてしまうという事態。どうしよう、なんて言ったら穏便にこの場を切り抜けられるだろうかと無い頭で必死に考えた結果。

    「あ、の……携帯、忘れてきちゃって、さ?」

     咄嗟に思いついた言い訳がそれだった。あははと乾いた笑いを残す私を睨んだまま、寿は自分の開いたままでいた携帯電話を操作して、どこかに電話をかけ始める。
     寿が携帯電話を耳に当てがったとき本気で「あ、やばい」と、思った。嫌な汗が背中を伝う感覚を感じながらなんとか電源を切ることは出来ないだろうかと、コンビニの袋を持っていない方の手をサッとダウンのポケットに突っ込み携帯の電源ボタンを探す。

     ——ブー、ブー、ブー・・・。

     私の指先が携帯電話の電源ボタンを探し当てる前に閑散とした駅のホームにバイブレーションが鳴り響き寿は電話を切り私を睨みつけたまま舌を打ち鳴らした。私は急いでダウンのポケットから自身の携帯電話を取り出して受信メールボックスを開く。彼氏専用に作ってあるメールボックスが光っていて、未読メールが届いていることを知らせてくれた。とりあえず、一番最初に届いていたらしい一通目のメールを開く。


     ――――――――――――――――
      
      🕑 12/09 19:07
      FROM 三井 寿
      件名
      本文

      飯食ってきた。
      何してる?

     ――――――――――――――――


     この時間帯は多分、電車に乗っていた頃だなと思った。電車の揺れと音で気づかなかった。
     続けて二通目のメールを開く。


     ――――――――――――――――
      
      🕑 12/09 19:58
      FROM 三井 寿
      件名
      本文

      風呂?
      暇してるなら俺の家来るか?

     ――――――――――――――――


     このときは多分コンビニにいたかも。そして、すでにこの頃には携帯電話の存在を忘れていた。そして最後に届いた三通目のメールを開いた。


     ――――――――――――――――
      
      🕑 12/09 20:34
      FROM 三井 寿
      件名
      本文

      駅着いた。
      確実に寝てんだろ(笑)

     ――――――――――――――――


     これはついさっきだなきっと。寿が携帯を開いていたからその時に送ってきたのだろう。ああ、やってしまった。水戸くんに人生相談をしていたので完全に携帯電話の存在(というか寿の存在)を忘れていた。こういうところだろうな私の残念なところって、なんてまた憔悴しきっていると、先に言葉を発したのは水戸くんだった。

    「みっちーのために選んだ大学の話。」
    「は?」

     寿はやっぱり不機嫌そうに水戸くんを見やる。それでも水戸くんは、いつも通りといった感じで淡々と先を続ける。

    「進路のことでお父さんと話し合いしてたんだってさ。んで、煮詰まったから気分転換で散歩しに来たら偶然会ったってだけなんだけどな」
    「……そうなのかよ?」

     と、寿が私の方を見ながら問う。声を掛けられるとは夢にも思っていなかったのでハッとして、少しおどおどしながら答えた。
     
    「あ……う、うん。入ったコンビニで水戸くんがバイトしてて夜道危ないからって駅まで送ってくれて」
    「なんで俺に連絡しねーんだよ」
    「だって、練習だろうし。返事返ってこなかったから忙しいのかな、って」
    「……メールは?いま見たんだろ?どーせ」
    「はい、本気で気づきませんでした。次に機種変更するときはマナーモードが爆音で聞こえる機種にします」

     しばしの沈黙。けれど、それを破ったのも水戸くんで、まさかの台詞を寿に投げつける。

    「なんか、モラハラ彼氏みたいだな、みっちー」
    「ンなっ!」

     寿が顔を赤くして言葉に詰まっていると水戸くんは「結婚したら大変そーだな」なんて言った。そのとき丁度、水戸くんが乗る予定の電車が目の前に停まった。水戸くんは、じゃあまた月曜日、と言い残し、さっさと電車に乗り込んでしまう。

    「あ!うん、ほんとにありがとう、なんか色々」
    「いえいえ。 あ、そだ」
    「ん?」

     電車の扉が閉まりかけのタイミングで水戸くんがへらりと笑って言った。

    「月曜日、スッピンで」
    「!!?無理だから!」

     思わずノリツッコミの勢いで返せば「うそうそじゃあね」と微笑みながら手をひらひら振る水戸くん。ほんとうによく笑う人だ。でもその笑顔はどこか寂しくて……私は公園で向けられた笑みを思い出し、たまらなくなって叫んだ。

    「やっぱわたし、月曜日スッピンで行くから!」

     叫んだ私の声が駅のホームに響く。すでに電車の扉は閉まっていたので水戸くんに聞こえたかはわからない。その証拠に彼はもう奥の席に座ってしまってこちらに背を向けている状態だ。だから遠すぎて表情はわからなかった。だけど笑ってたらいいのにな、なんて思った私がここにいた。
     すると不意に水戸くんが振り返り私を指さして何か口パクで話していた。私は急いで彼の座る窓のそばまで駆け寄り「え?なにっ?」と聞こえもしないのに聞き返す。水戸くんは駆け寄ってくるとは思っていなかったのか、一瞬だけ目を見開かせたが、すぐに眉毛を下げて再度口パクで何かを告げる。

    「ガ、リガリ、く、ん……?」

     無意識に口に出して復唱した私の口の動きを見た水戸くんが頷く。多分、続く言葉は「溶けさせてごめんな」だと思った、なんとなく。なぜかはわからないけどそんな気がする。あ、そう言えばガリガリ君。忘れてた。
     水戸くんがコンコンと窓を叩いた音で我に返ると水戸くんが私の背後を指差していた。それに従って振り返れば、寿が眉間に皺を寄せ、おぞましい顔でこちらを見ている。
     もう一度、水戸くんに視線を戻せば「怒ってるぜ」と水戸くんの口元が動いた気がした。そうして電車は発車し、その場に取り残された私がそのまま突っ立っていると隣に気配を感じたので横を見れば正面を向いたままの寿が立っていた。
     気づけば喉は究極のカラカラ状態だった。カルピスを一口飲んでみたが、喉を潤すために買ったのに意味がなかった。

     しゃべりすぎた気がする。水戸くんがそばにいたときはそんなこと全然感じなかったのに。私、どれだけ水戸くんにのめりこんでいたんだろう。
     苦笑しながら水戸くんの笑顔を思い出して歩き出す私の横に、寿が並ぶ。彼に無言で持っていたカルピスを取り上げられて、それを半分ほど飲み干された。そうして半ば強引に手を繋がれる。

    「思った以上にお金なくてさ。お菓子とか買えなかったの」

     そう言いながらポケットから小銭入れを出し、シャカシャカと振ってみせれば、それを一瞥した寿の眉間に深く刻まれていた皺がようやく解かれた。

    「まだ使ってたのか、そのポム。」
    「え?あ、うん。気に入ってるの」

     寿はへぇとだけ相づちを打ち、そのあとは特に何も言葉を発さなかった。
     しばらく二人で歩いていると、コンビニが見えてきた。最近出来た新しいコンビニだ。ビカビカと真っ暗闇の中佇むコンビニの光をぼーっと見ながら歩いていると寿が不意に足を止めた。
     
    「コンビニ寄ってくぞ」
    「え?なに買うの?」
    「……アイス。」

     え、と固まる私を無視して寿がコンビニの敷地内に入っていく。とりあえず私も着いていけば、寿はすぐに入口付近に設置されているアイスコーナーの扉を開けた。
     
    「アイス買うなんて珍しいね」
    「俺のじゃねえよ」
     
     お前のだ、とガリガリ君を取り出し、さっさとレジへ持って行くと会計を済ませこちらに戻ってきた。そして乱暴に「ほらよ」と渡されたので、それを受け取ることにし水戸くんからコンビニでもらった袋に入れた。
     外に出るとまた手を繋がれて、ここでようやくなぜガリガリ君を買ってくれたのかの真意を諭した。水戸くんとのやり取りが気に食わなかったんだろうな、って。
     
     
    「モラハラ彼氏って言われてたね」
    「うっせ、誰がモラハラだ」
    「え、寿でしょ」
     
     私は笑って言ったけど、寿は本当に納得いかないみたいな顔をしていた。けど——確かにあの時駅で、私と水戸くんの姿を見たときの寿の表情、やばかったもんなぁなんてことを思い出す。絶望みたいな顔してた。まるで彼女の浮気現場を発見したみたいな感じで。
     
    「そんな家着みたいな格好して外出んなよな」
    「別に裸で歩いてたわけじゃないじゃん」
    「そーいうこと言ってんじゃねえ!そもそも水戸なんかと会うかも知れねーならなぁ上下制服でもビシッと着込んでだな」
     
     とか一人で熱弁?説教?をしている長身の彼氏を見上げながら水戸くんが私を本気で相手にするわけないじゃん、なんてこっちがむしろ悲しくなってくる始末。

     でも、確かに水戸くんが言うように結婚したら大変かもしれないな、とも思う。そんな未来がこの人ともあるのかな?なんて妄想してみたら楽しみなんだか不安なんだか、よくわからない感情が押し寄せてきた。
     が、未だプリプリと怒っている寿を見て、こういうのに実は幸せを感じている私は、やっぱり変なのかなって考えたりもする。だけど本気で寿が相手ならモラハラでもなんでも全部、受け入れてしまいそうだもの。
     それにさっきだって嫉妬からくる行動だとしても同じ銘柄のガリガリ君を渡されたとき嬉しかったんだよなぁ。……あ、私やっぱり変なのかも。ドM?変人?いやここまでくるともはや変態か。


     ——拝啓、水戸洋平さま。
     先ほどは人生相談に乗っていただきましてありがとうございました。どうやら私は三井寿になら何をされても許してしまうようです。なので寿がモラハラ彼氏かもしれない疑惑はそっと胸の奥へとお納めください。そして、寿のために食物栄養学科のある大学に行きたいだの何だの言いましたが、素直に同じ大学を目指して頑張ることにします。と、時期を見てお父さんにも伝えたいと思います。お騒がせしました。

     なんて水戸くん本人に言ったら「結局ね」って仕方ないなー、単純だなーって顔で笑われちゃうんだろうな。だからやっぱり月曜日はご希望通りにスッピンで登校しよっかな。そうしたら少しはバカにされずに済むかも知れないもんね。










     絶対に 三角関係 に成り得ない
          永遠の 三角関係




    (つか、スッピンって何の話だったんだ?)
    (ああ、水戸くんがねスッピン見てみたいって)
    (……なぁ、おまえよ、)
    (ん?)
    (もう水戸に近づくの禁止な)
    (え!? なんで!?)
    (天然タラシが過ぎんだろ、バカヤロウが)

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