—11月11日。秋晴れ、学校、屋上、昼休み。花道の護衛隊と、もっぱら呼び名がついている桜木軍団≠ニやらの中の一人、高宮が声高らかに「ということで罰ゲームゥゥゥ!」と、叫んでいるのを聞き捨てて、俺は購買で買って来た焼きそばパンのビニールを雑に剥がす。生まれてこのかた幾度となく口にしてきた焼きそばパン。どうしてこんなにも毎度ビニール袋をビリビリに開けてしまうのだろうかと思わず溜め息がこぼれた。

「なんだァ宮城、溜め息なんて漏らしてよォー」
「んー?」
「こんな晴れ渡る秋空の下……辛気臭せェな」
「はぁ……ほっといて」

 晴天の下、こうして屋上の冷たいコンクリートの上に腰を降ろす面々を見渡して見れば、いま声を掛けてきた目の上のタンコブ——三井サンと花道と流川に俺、というバスケ部問題児軍団の他には晴子ちゃん含むいつもの女子三人組。なお流川については、いつから屋上にいたのか、今も横になって寝ている始末。そもそも奴は、俺が屋上に来たときから寝ていたのできっと授業もサボっていたクチだろうなァ……と、なんとなく察した。そして少し離れた位置では円を描くようにあぐらを掻いて、弁当やらパンやらおにぎりを喰らっている花道軍団の姿が見えた。そんな奴らの先週の賭け事のテーマは花道が午後の練習中に何本シュートが決まるか、というものだった。なのでさっき聞こえてきた『罰ゲーム』というのはその賭け事に対しての代償だったのだろうけれど、そう言えば罰ゲームをしなきゃいけない対象人物って、たしか……。

「でもよぉ、肝心の罰ゲームやってもらう本人がいねェじゃねーかよォー?」

 大楠のその言葉に高宮が「ん?」と、あたりを見渡しはじめる。
 あの日、今日と同じようにここ、屋上で、俺と三井サン、彩ちゃんはそのゲームに参加せずパスをした。そのときも流川は寝ていたため、流川もパス。花道軍団四名は0本と予想。「0本はないわよぅ!」と晴子ちゃんがぼやいていたかと思ったら次の瞬間には「私もゼロっ!」と言った晴子ちゃんの笑顔をふと思い出し可愛い顔して本当にあの子は残酷だなと、俺は小さく苦笑した。
 確かに晴子ちゃんの「ゼロはない」という言葉を聞いたときは俺も密かにそう思ってた。ヤツが素人とはいえ、ゼロはねーだろ、みたいな。でもなあ……マジで一本も入らなかったんだもんよ、このバスケ部問題児代表はよっ!キャプテンは、悲しいゼ、花道ィ……。

「さっきアネゴと一緒にいること見た気がしたんだけどなー」
「じゃあ待ってりゃ来るんじゃねーか?」

 そう……唯一「1本!」と声高らかに言ったのは、やっぱり彼女、名前ちゃんだった。なので罰ゲームを受けるのは紛れもなく彼女一択ということになる。そんな罰ゲームを受けるはずの対象人物の姿が確かに見当たらない。高宮も冗談混じりに「気づいて逃げたか?」とか何とか今ではヒソヒソ話の姿勢で軍団に耳打ちをして、愉快そうに笑っている。

「花道……お前のせいで名前ちゃんが被害被りそーになってんじゃねーかよォ」
「ぐぬ。あ、あの日はレイアップの練習だったからだ!あんな小賢しい技なんか天才は使わん!」

「天才ならダンクひとつでガツンと!」とガッツポーズで拳を高々と天高くつき上げたとき、その手が隣に座っていた三井サンの肩にぶつかりわざとらしく「痛って、俺を殴るな俺を!」と、手で肩を摩って怒鳴り散らかしていた。そんな花道に対して軍団は「ハイハイ」と安定に声を合わせて流すが奴は悔しそうに未だ言い訳を述べている。
 つーか、そんな大声で会話してるなら俺らの方に座ってないで向こう行けばいいのにな花道も、なんてことを頭の片隅で思いつつ、まぁそーいうとこ可愛いよなとも思ったりする。あくまでも、問題児を抱える、センパイ目線で見るとだけど。
 軽く溜め息をつきながらぼーっと空を眺めて、再度、焼きそばパンを頬張る俺の横で今度は三井サンが突如「……うっ!」と、口元を手で抑えながら声を詰まらせた。

「ぬ? どーしたミッチー、前歯取れたか」
「いや、口ン中、嚙んだんじゃねーの」

 俺と花道が、怪訝な顔をしてそう声を掛ければ三井サンは眉間に作っていた皺をゆっくりと解きゴクン、と口の中に入っていた物を飲み込んだ。

「う、うめぇ……卵と砂糖のバランス最高……」

 俺と花道はぽかんと口を開けて三井サンを見つめる。それでも三井サンは今にも涙を流しそうな勢いで「はぁ〜」と溜め息をもらし、目を瞑って感動している模様。俺と花道が、さっきの高宮のようにヒソヒソ話の要領で身を屈めたときガチャと屋上の古いアルミの扉が開いて、俺の想い人と隣で現在感動中の三井サンの彼女が現れた。彩ちゃんが三井サンの姿を確認してこちらに指を差しながら「あっちにいるわよ」的なことを名前ちゃんに言ったのだろう。すぐに二人がこちらに向かってくるのが見えた。俺は、パッと顔を綻ばせて手を振って二人を出迎える。

「先生のとこ行ってたら時間食っちゃったわ〜」

 彩ちゃんがそう言いながら迷うことなく俺の隣ではなく……花道の隣に腰を降ろしたことで俺が花道をキッと睨む、が、花道は気付いていない。

「うまい、うますぎる……」

 そんな中、未だ弁当に感動して涙を流している三井サン。それを見て当たり前に三井サンの隣に座った彼の現彼女が三井サンの手に持たれていた弁当の中を訝しげに覗き込んでいた。

「入学早々グレてたから母ちゃんに作ってもらった弁当、ロクに食ったことなかったって言ってたっけ」

 俺がそんなことを思い出し言葉の通り口に出して言えば花道と彩ちゃんが俺の方に顔を向けた。俺は呆れたように目配せしながら言葉を続ける。

「つったって泣くほど?そんな旨い?オムレツ」
「なるほど。前歯無いと食いにくいからな……」

 まさかの花道のそんな斜め上からの見解に俺は口に含んでいた焼きそばパンを「ン゛ッ!」と、喉に詰まらせた。

「いや、それは関係な……ブハッ!」

 言ってる最中にツボってしまい、花道と一緒に笑っていたとき、未だじーっと三井サンの弁当の中身を覗き込んでいた名前ちゃんが「あ、そっか!」と何かに閃いたように声をあげた。ここでようやく三井サンも現実世界に戻ってきたらしく俺達と一緒になって名前ちゃんの方を見る。

オムオム・・・・だからそんなに感動してたのね!」

 謎のオムオム≠ニいう突っ込みどころ満載の単語に俺と花道、彩ちゃんが思わず顔を見合わせた。そしてすぐに視線を三井サンに戻せばさっきまで涙を流して感動していたのに今は顔を真っ赤にしてプルプルと肩を震わせていた。百面相だ。

「おばさんの作ったオムオム、だ〜い好きだもんねっ!」
「名前ちゃん……オ、オムオムって……?」
「えっとね、オムレツ! ねっ、ひさ坊♡」
「「「——ひ、ひさぼう!!?」」」

 まるでアニメのワンシーンのように、その場にいた俺たち三人が声を合わせて復唱した。騒ぎに気付いた軍団連中も、どしたの?どしたの?と、目敏くも、こちらに歩み寄って来る姿が見える。

「むかし寿ねぇー寿のお父さんにひさ坊≠チて呼ばれてたんだよっ」

 軍団が安定のハモりで『えぇー!!』と、声を上げれば俺の隣に座っていた花道がガハハ!と涙を流して笑い出した。そんな花道の隣にいた彩ちゃんも堪え切れずクスクスと笑い出す。可愛い。そして当の本人、三井サンを見てみればこちらは未だ赤面して、今にも噴火寸前といった様子だ。

「オッムオム♪ オッムオム♪」

「ってスプーン持って歌ってたじゃん!」なんて彼の幼馴染兼、彼女が座ったままで上体を左右に揺らしながら笑顔で煽るその姿は、まさに天使——の顔をした悪魔に見えたのはきっと、俺だけではないはず。
 三井サンが恥ずかしさからか目を潤ませながらこの悪魔、いや天使、もとい恋人を睨んでいる。
 お調子者の軍団もすぐに事態を察知し、彼女に合わせて『オッムオム♪』とハモるので俺もブハッ、と無遠慮にも噴き出してしまう始末。そしてその三井サンの殺気に満ちた視線が、今度は俺に注がれる羽目になったのは言うまでもない。

 ひとしきりその場にいる全員で三井サンをおちょくったあと、三井サンが彼女に詰め寄ってガミガミと説教を垂れていた。それを横目に、残りの連中はまた自身の弁当を食い始める。全員でさっき彼女から聞いた三井サンの過去話をネタにしつつ笑いあり涙ありの昼食を食い終えた頃、突然、高宮がゴソゴソとバッグから何かを取り出して『じゃーん!』と、それを高々と天に翳す。それに気付いた三井サンと彼女も言い合いを一旦取りやめ、視線を高宮へと向けた。その手に持たれていたのは、なんと——メンズポッキー。ずいっと目の前に差し出す高宮に全員が「ん?」と頭の上にハテナマークを浮かべると高宮はニヤリとほくそ笑んだ。

「先週の花道のシュート数を当てられなかった人は〜、だぁーれだっ!」
「——あ。たぶん私だ、……よね?」
「その通り!なので今日は罰ゲームとしてポッキーゲームだァァァ!」

 え……いま何て言った?と言いたそうな彼女の表情を盗み見て俺はふと、そう言えば今日は11月11日、ポッキーの日だったな、なんてことを思い出して納得したのは多分当事者じゃないからだ。

「えええ!?」

 ややあって、状況をしっかりと把握したらしい彼女の驚く声を聞き流して冷静な口調の水戸が「ポッキーゲームって一人じゃできないぜ?」ともっともな意見を述べる。それに対して、ハッとした野間と大楠が、そーだそーだ、と声を合わせる。すると高宮が、フッフッフと不敵に笑った。

「名前姐さんがこないだの賭けに負けたのは言うまでもない。だから……」

 皆が、先の言葉を待つように高宮を凝視する。なぜか、誰も口を挟まず続く言葉を待っていた。

「ジャンケンして、勝った奴が名前姐さんとポッキーゲームだァァ!」
「いぃ〜やぁぁあ!!!」

 頭を抱えて叫ぶ彼女の姿は、もはやコントだ。「おー!!」と歓声を上げる軍団。すると高宮がポッキーの箱を振り回し、俺含む残りの面々は、ぎゃははは!、あははは!と声を出して大笑い。三井サンは言葉を失ってぽかんと口を開けながらも途端に眉間に皺を寄せて不機嫌を露わにするという高度な感情テクニックを披露し、花道だけが不思議そうな顔をして「ポッキゲームって何だ」とか言っている。

「ハイハイ!さっさとジャンケンするぞ!」
「や、やだよ、待って高宮くん!なんで私が!」
「なんでって……そりゃ罰ゲームだからだろー」

 今は高宮が悪魔に見えているのだろう、彼女の青ざめた顔がそう物語っている。そしてポッキーの箱をびしっと向けられ彼女はたじっと後ずさる。そんな彼女を置き去りに高宮は花道も強制参加だとか言って花道も参加するよう促していた。

「じゃーいくぞ!最初はグー!」
「待て!!」

 高宮の掛け声に合わせて拳を握った残りの軍団が、中央に円を作るようにして片手を差し出したときに待ったをかけた主、言わずもがなそれは、いま罰ゲームの標的にされた彼女の恋人——オムオム大好きひさ坊、じゃなくて三井サンだった。

「なんだよミッチー」

 高宮がくちびるを尖らせて言えば、三井サンが円陣の中に無理やり入り込みゴホン!と咳払いをしてから得意げに言った。

「俺がパーを出すからな?てめーらは絶対にグー出せよ」

 勝気に意気揚々と言い切った三井サンのそんな提案、というか指示というか命令?に当たり前に軍団の面々は呆れた顔で言葉を失っている模様。

「まあ……じゃあ行くぜ。ジャンケン——」

 面倒くさいと思ったのか、早々に仕切り直しと言った感じで、高宮がもう一度掛け声を掛けた。彼女は三井サンに呆れてるんだかこんな罰ゲームを考えた高宮に驚愕しているんだか未だ青い顔で円陣を組んでいるメンツの姿をただただ見つめている。

「——ポンッッ!!」

 全員が凝視するジャンケンの結果——三井サンと水戸以外の全員が思わず「あ」と、声を揃えた理由は以下のゲーム結果にあった。三井サンは、宣言した通りパー。そして、花道、高宮、野間、大楠も何故かパー。きっとあいこにしようと負けず嫌いの精神から無意識に出た行動だろうが……なぜか、水戸だけがチョキという事態。なので、思わず二人以外の全員が驚いて「あ」と声が出てしまったのだと思う。誰がどう見たって水戸の勝ち——ということにはなるのだが、何となく水戸以外の全員の背中に悪寒が走ったのは、気のせいではないだろう。どうかこの秋晴れが雷鳴八卦の如く豪雨で大荒れ、なんてことになりませんように……。

「あー、オレじゃん」

 そんな俺たちの心配をよそに水戸はあっちゃーとか言いながらヘラッと笑って、チョキを作った手をヒラヒラとさせていた。大楠が「ちぇー」とか言ってわざとらしく舌打ちをしたのはその場の空気を和ませようとしたからだと思う。そして、高宮はしぶしぶ(三井サンの様子を窺いながら)メンズポッキーを箱ごと水戸に手渡した。

「なぁー、だからポッキーゲームって何なんだ」

 そんな空気を物ともしない花道は未だぶつぶつとそんなことを言っている。「オメー知らないでジャンケンしたのか」と野間がやれやれといったふうに苦笑していた。

「ポッキーゲームっつーのはな、そのぉー、なんだ?合コンとかでよくやるゲームのことだ!」

 大楠がご丁寧にも身振り手振りを使って花道に説明をする。花道は理解したのかしてないのか、とりあえず「なるほど」と間抜けなツラを晒して手でグーを作りポンっと自分の手のひらを叩いていた。本当に幸せなヤツだなってつくづく思う。

「み、水戸くん……」
「ん?」
「別に……フ、フリだけでいーからね……?」

 ポッキーゲームの餌食となった彼女が慌ててそう言うと水戸は箱の中から食べかけのポッキーが入った袋を出しながら「それじゃノリ悪いだろ」と眉を下げて笑う。なんだそれー!と思わず俺や彩ちゃんが心の中で突っ込んだのは言うまでもない。だって、あきらかに彩ちゃんも、そんな顔をしてた気がしたから。

「よし、じゃー俺が止めって言うまでな!」

 野間がニヤニヤしながら突然仕切り出して対象の二人を煽る。しかし水戸はやっぱり相変わらず淡々と「おう」なんて短く返して袋からポッキーを一本、慣れた手つきでさっさと取り出す。そのままパクって喰っちまうんじゃないかってくらいの早さだった。さすが、水戸洋平——。

「ちょちょちょ、待ってよォマジでやるの!?」
「諦めるんだな、名前姐さん!いいじゃねーかぁ〜高宮とやるハメになんなくて!」

 彼女の最後の必死の抵抗、いや抗議に、大楠が笑いながら言って高宮が「どーいう意味だァ!それ!」と大楠に殴りかかる。花道はそれを見て、ガハハ!とまた呑気にも笑っている。まぁいつもの光景と言えば、いつもの光景なんだけど、さ?

「そんなマジになんなよ名前姐さん、な!」

 野間はやっぱりニヤケ顔で軽口を叩く。水戸は相変わらず飄々としてるし、彼女は未だに青ざめている。あ……忘れてた、三井サン。と思って、チラッと三井サンのほうを見てみれば、思わず「ひぃ!」と声を上げそうになった。それくらいに三井サンは今にも人を殺めそうな形相で水戸を睨みつけていた。いや、なんか空もマジで曇ってきてね……?あんなに晴れてたのに……。

「まいったなー、でもしょーがないかー」
「ほんと、ね? フリでいいから、ね……?」

 チラッと彼女を見た水戸が苦笑するとやれやれと言いたげに頭を振る。そうして自らポッキーの先をはむっと口にくわえた。まるでタバコを吸うそれのように。あまりにも慣れすぎていて引く。

「み、水戸くん!ま、待って!心の準備がっ!」
「ハイ、くわえてくわえて」

 反射的に逃げようとした彼女を野間の手が捕らえ、嫌々ポッキーをくわえるはめになった彼女もようやくここで観念したようで、流されるままに抵抗する動きを止めたようだった。

「目ェつぶれー」

 そんな大楠の煽りに、水戸が素直に目を瞑る。もういいんだ!フリで!適当で!と半ばヤケクソ気味の彼女の心情を読み取ると、なんだか可哀想にも思えてくるが、これこそ青春!ってな感じで俺はやや目を細めその同級生の必死な姿を眺めていた。すると彼女がぎゅっと強く目蓋を閉じた。ヒューヒューとギャラリーの声が屋上内にこだまする。あーあ、やっぱまだガキだなぁ、高校一年生は……なんて心の中でバカにしつつも一歳しか変わらないのでもはや俺も同類だろうと思った。その証拠に、ちゃんとすぐにヒューヒューと奴らと一緒になって煽ってるわけだしね。

「せーのっ」

 俺たちが声を合わせてスタートの合図を出した刹那——パ キ ン ッ!と、水戸と彼女の唇を繋いでいた、一本のポッキーが折れた音がした。

「——え、」

 先に彼女がハッとして目を開ける。そのあとに水戸もゆっくりと瞼を開いた。二人の目の前には真っ二つに折れた、メンズポッキーの残骸が。

「「「あーーっっ!!!」」」

 水戸以外のギャラリーもとい軍団が一瞬にして絶叫する。しかしすぐに二人の口に残されたポッキーを誰かがバッと奪い取った。犯人は三井サンだった。先程オムオム事件のときに見せたような真っ赤な顔で彼が叫ぶ。

「バッカ野郎がっ!普通にやろーとしてんじゃねえ!!」

 体育館襲撃時に彼が発した「バッカじゃねーのバーカ!」と叫んだ光景がふと蘇ってくる。なぜなら、そんな感じの声の張り方だったから。そうして彼はその奪い取ったポッキーを、軍団めがけ投げつけていた。どうやら三井サンが、既の所でポッキーを割ったらしい。瓦割りみたいにして。ポッキーを投げつけたあとは勢いで事もあろうに水戸ではなく、なぜか彼女の方の胸倉をつかんだ三井サンに思わず俺と彩ちゃんが顔を見合わせて深く長い溜め息を吐いた。

「ぎゃあああ!暴力反対っ!!」
「うっせ!!てめェもなに普通に俺以外の野郎とキスしよーとしてんだ!」
「ぎゃはは!なに本気になってんだミッチー!」
「ダッセー!!」
「うるせーなテメぇら!ちょっと待ってろ!」

 その言葉に一目散に逃げ出す高宮と大楠と野間を陸上部並みの速さで追いかける三井サン。ガッハッハッと花道の笑い声がその場に轟く。ぽかんと呆ける水戸と俺に彩ちゃん。向こうでは仲良く談笑していた晴子ちゃん達も楽し気にその光景を眺めていた。そして、こんな騒ぎの中でも一向に目覚めない流川に関しては、もはや感心するしかなかった。だけどしばらくして、俺も彩ちゃんと一緒に笑い合った。

「……もぅ、なんなのアレ……」

 三井サンの幼馴染でもある彼女が溜め息をつきながら追いかけっこをしている三井サン達の方を見やる。同じようにその光景を眺めていた水戸がやっぱり、やれやれと言うように小さく溜め息を吐いたあと、ぽつりと言った。

「止めるの遅いんだよなー、もう少し遅かったら本気でしちゃってたからなぁー」

 まさかのその発言に「え」と彼女だけではなくもちろん、俺と彩ちゃんも声を上げる。それでも水戸は「へ?」と、何か変なこと言いましたか?みたいなツラを晒して首を傾げてみせるのだから彼女は、みるみる内に顔が赤くなっていく始末。でもきっとこれはわざとだと思った。水戸がわざと揶揄って、そんなこと言ったんだろうなって。
 ——いや、仮に水戸が本気で彼女を好きになる世界線があったとしたら……え。三井サン、敵いっこないんじゃね?ご愁傷様。

「もうその辺にしてやってくれよー、ひさ坊!」

 水戸が楽し気に走り回っている連中に向かって声を張る。三井サンが「あン…?」と立ち止まり水戸を睨みつけたあとに何故かハッとして、目を見開く。そのとき俺も、ハッとした。三井サンの心情を読み取ってしまったからだ。多分、そばで照れて赤くなっている彼女の顔を見ちゃったんだろうなって。案の定今度は勢いよくこちらに一目散で走って来るその姿に、ギョッとしている俺と彩ちゃんは置き去りで彼は戻ってくるなり彼女の目の前にヤンキー座りでしゃがみ彼女の赤面して俯いている顔を覗き込んでから、大声で叫んだ。

「お前は何で顔赤くしてんだよ!コラァ!」
「し、してないよっ!!」
「まあまあ、落ち着いてよ——ひさ坊っ」
「水戸ォ!!お前はもうその呼び名忘れろ!!」

 花道と彩ちゃんはそんなコントまがいの光景にずっと涙を流して笑っているし水戸はずっとヘラヘラとスカしてやがる。そのとき、遠くで並んでこちらを見ていた軍団がいま目の前で情けなくも嫉妬心をむき出しにして騒いでいるどうしようもない先輩の名を、高らかに声を揃えて呼んだ。

「ひさ坊〜!!」
「——!! てっめェら……!」

 三井サンはまた立ち上がり、軍団らを追い掛けはじめたけど……いつだったか同じこの屋上で、いま奴らを追い掛け回しているあの先輩にぼっこぼこにされた過去を思い出し、俺は浅く笑った。
 まさか、こんな青春じみたことをするなんて夢にも思ってなかったから、あの頃は。でもそれはアンタも同じでしょ?——ねっ、三井サン。


「ホントいいヤツらだなァー」

 花道が誇らしげに腕を組んで、ニッコリ笑顔でそんな事を言うもんだからちょっと唖然とした。でも今だけはその意見に素直に乗っかってやろうかなって思って「あー、だな」と短く返したけど俺の表情は想像以上に穏やかだったと思う。なんてったって俺達はまだ十代。15歳、16歳の、ガキなんですから——ってね。

 きっと数年後、大楠が言ったように合コンなんかで今日と同じ光景を目にする日がくるかもしれない。いつの時代もきっと変わらない、今も昔も受け継がれるそのゲームの名は、ポッキーゲーム——なんつって。










 ひさ坊 と愉快な仲間たちの
        オムオム 日和な日。




(今日も気合入れていくぞー!湘北ーっ!)
(よっしゃ宮城!俺にバンバン、パス回せよ!)
(よし、そしてこの天才にパスくれひさ坊!!)
(ンなっ!! 桜木てめぇ……!)
(ほら、ボーッとしてんなよ!オムオム坊!)
(宮城ゴラァ!!新種のあだ名作んじゃねェ!)
(わぉ!テンポのいいノリっこみっ♪)


※『友よ〜この先もずっと/ケツメイシ』を題材に

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