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  🕑 **/** 15:46
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  心を満たすものってなんだろうね


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 湘北高校に来てからというもの、新しい生活に慣れる事ばかりに必死で以前からの友人たちとの連絡が、疎かになっていたのは言うまでもない。そんな私の元に突如メールが届いた。

 ——心を満たすものってなんだろうね。

 と、文字の通り心の中で復読する。その文章を送ってきた相手とは小学校の時に出会い、武石中時代も一番仲が良かった子だ。私が転校すると言ったとき声を上げて号泣してくれた大切な友人。そんな彼女が、あきらかに「今、病んでます」という現状を比喩的に伝えてきた。きっと中学時代からずっと交際している彼と何かあったのだろうと察した私が返信しようと思った刹那、立て続けにまたメールが飛んでくる。


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  🕑 **/** 15:48
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  浮気されてるんじゃないかと思う


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 ——やっぱり!と、予想は的中。とりあえず、何でもいいから何か早めに返信だけは返してあげないと、と今度こそ、返信メールを作成しようとした私は、大変な事態に気づいてしまったのだ。

「やっば、充電無いや……5%だし。」

 見れば赤く光る電池のマークが右上に表示されていた。電波は問題なく三本も立っているのに、電池だけがなかった。何でもない日こそ、無駄に充電器を持ってきていたりするくせして、今日に限って忘れた。もう本当に救えない。
 チラッと彩子とリョータくんの方を見てみればどうやら掃除を終え、今から部活に行きます!というムード全開だった。そんな二人に「あのさ、充電器持ってないよね?」と聞くのはなんだか気が引けた。しかも、よりによって今日は歯医者に行かなければならない日で、バスケ部の見学にも行けない。だから仮に充電器を借りたところで、返すのが明日になってしまう。どうしたもんかと悩んでいると「先行ってるわね〜」と彩子が教室の入り口に立ち手をヒラヒラと振っていた。その隣で同じようにリョータくんも手を振っている。そんな二人の姿に呆気に取られている内に二人は姿を消してしまった。仕方ないので、とりあえず歯医者に向かうおうと席を立ったと同時にピー、ピー!と充電がついにすっからかんになったのを知らせる警告音が虚しくも教室内に鳴り響いたのだった。


 *


 歯医者は滞りなく終わり、看護婦さんに携帯も充電してもらって私の携帯電話は復活を遂げた。100%ではないけれど、これだけあれば問題なく友人にメールが返せるだろうと思う。
 それでも歯医者はいつも通り混んでいたため、外に出て携帯で時間を確認してみれば、あと一時間くらいでバスケ部が終わるだろう時刻を示していた。湘北まではそんなに遠くないのでせっかくだし幼馴染兼、彼氏を待っていようと思い、そのまま学校へと戻った。校門の前に辿り着いたとき先ほどメールを送ってきた友人から着信が入る。

「もしもし?」
『ねえ!充電切れてたでしょー』
「そうなの!ごめんごめん、で?何があったの」

 校門の脇に寄り壁に背をつけて電話をする私を部活終わりの生徒達が追い越して行く。その中にはもちろん知った顔もいて手を振られれば電話をしながらもちゃんと手を振り返したりしていた。
 初めはメールの内容の通り彼氏が浮気しているかもしれないという相談だったが話している内に何故か昔流行った女の子向けアニメの美少女戦士セーラームーンの話題になっていった。湘北高校の制服が、セーラームーンのそれに似ているとかいう流れからそんな話になったのだけれど。それでも彼女が電話口で笑っている様子に嬉しくなり私はただこのまま彼氏に関係のない話をして気を紛らわせてあげたい一心だった。

『なんだっけ?変身シーンの掛け声』

 彼女がそう問うので私は「えっとねー......」と頭を捻らせる。私たちが幼少期の頃に流行ったアニメなので、もちろんすぐには思い出せなかったが、しばらくして突如、私の元へと当時の記憶が舞い降りてきた。

「はっ!!そうそうっ!ムーン何とかなんとか〜メイクアップ!——だよ、たしか!」
『えー、そんな感じだったぁ?何か違う気が…』
「……あっ。あー!!思い出した思い出した!」

 その爆上げテンションのまま、私は携帯を耳と肩に挟み両手が使えるようにすると変身ステッキを持っているかのごとく右手を高々と夕焼け空にめがけて目一杯に伸ばし、甲高い声で叫んだ。

「ムーンプリズムパワぁー!メイクアップっ!!だよね!?絶対これだってぇ〜!」
『あー、それだそれだぁ!って、名前、あんた今ジェスチャー付きで変身したでしょー?』

 絶対にやってる風な声だったわー、とくすくす笑う彼女の声に、とりあえず安堵した私が「元気出た?」と聞けば、彼女は即答で「もう、なんで悩んでるのか忘れちゃうくらいにね」と穏やかな声色で言った。
 ——心を満たすものってなんだろうね。それはもしかすると、こうして何でもない事で大好きな人たちと、笑い合うことなのかもしれないよね。

 彼女のすっかり元気になったであろうその姿を電話越しに感じ取り「じゃあよかった——」と、一息ついてくるりと身体ごと校舎の方に転じると少し先でその場に立ち尽くしていた見覚えのある黒と赤のジャージを身に纏った団体様が見えた。
——しまった!今の、見られてた……!?
 私と目が合ったその湘北バスケ部御一行様は、鮮やかに笑ったあと、ゆっくりとこちらの方へと歩み寄って近づいてくる。中でも同級生のリョータくんに関しては、ご丁寧に手まで振ってくれている始末だ。私はそれに手を振りかえすことなく咄嗟に視線を地面に落とし込んだ。そのまま今度は私がその場に立ち尽くしていると、隣に並んだリョータくんが、肩から力を抜いて一つ息を吐き出した。残りの部員は、笑いを堪えるようにして私の目の前を素通りして行く。

「なんだよ、ラーメン行けねーじゃん三井サン」

 私の真横に立ったまま声を張るリョータくんに桜木くんが「ぬ?」と言って少し先で立ち止まりこちらを振り返った。

「三井サン名前ちゃんと一緒帰るんだってよー」
「ああ、ラーメンよりもっと大好きな名前さんと帰るのか!それは仕方あるまい」

 明らかに冷やかしているふうな桜木くんの声のトーンが上がる。それに対して、桜木くんの隣にいた彼は「その言い方ヤメロ」とこれ以上調子に乗るなと言わんばかりに、バッサリと言って釘を刺していた。
 その間に、電話の向こうの友人が何やら異変に気づいたらしくコソコソと小さなトーンで『ごめんね長電話しちゃって。切るね』と言いさっさと電話を切ってしまった。今切られると非常にまずいと思った私が「あ!ちょっと待って」と待ったをかけたが、その声はプープープーという虚しい機械音にかき消されていったのだった。

「やっぱ迎えに来たじゃん……ずっと八つ当たりして来てたの謝ってよねー」

 未だに私の隣に立ったままのリョータくんが、不満を露わにして叫ぶ。3バカトリオと称されるメンバー中で比較的に一番落ち着いていると言っても過言ではないリョータくんは私の顔を見て「ずっと名前ちゃんから何も連絡ねェ!って荒れてたの、練習中」と呆れたように抑揚つけて溜め息を吐き散らかした。確かに携帯の電池が切れてからは、バスケ部に見学に行けないと誰にも報告しないまま急いで学校を出て歯医者に向かった。別に毎日必ず見学に行くと約束していたわけではないけれど仮にも彼は私の彼氏なのだから携帯の充電がなかったとは言え、なにも言わずに勝手に帰ってしまった事には素直に反省した。同じことをされたら嫌だなって。

 ちょっと唇を尖らせた感じで両手をジャージのポケットへと収め、私の元へと気だるげに歩いてくる彼を見たリョータくんを除く残りのバスケ部員達は何かを察したみたいに「早くラーメン食べに行こう」とか言ってそのまま私達に背を向けて帰って行った。
 目の前が僅かに翳ったのは私の元へ辿りついた彼が目の前に立ったからだった。私はそっと顔をあげて彼を見上げた。目が合うと少し不機嫌そうだったその表情が、ゆっくりと、鮮やかな笑みに変わっていく。ここで私は悟す。いま余計な事を言ってしまうと死ぬほど過剰な反応をされて家に着くまでネタにして、笑い者にされるだろうと。さっきの見てた?なんて聞いてしまった暁には、付け上がって真似までして来そうだ、この人の場合は特に。それは重々承知していたためとりあえず私は、言葉を発さずに黙っている作戦に出た。そんな私の様子を横目で見ていたリョータくんは小さな溜息を吐いて何とも微笑ましそうな表情を浮かべたあと「俺、花道たちとラーメン食って帰るから、じゃーね」とだけ言い置きリズミカルに駆け足で桜木くんたちの後を追って行った。一応見てはいなくてもリョータ君の背中に向けて手をヒラヒラと振ったあと、私が先に口を開いた。

「帰る?私たちも」

 私から先に声をかけられたのが嬉しかったのか彼は口角を吊り上げて、悪戯っ子のように笑う。その顔を見てすこし頬が熱くなったように感じたのはきっと、さっきの変身シーンを見られたせいではないんだろうな、と思った。


 *


 駅に降り立ち、夕焼けをとうに通り越して夜に変貌をとげた街並みを進んで行けばようやく海が見えてきた。それを横目に入れて毎日変わらない風景に安定を感じながらも、じっと前を歩く彼の背中を眺める。中学生の頃よりも更に背が伸びた幼馴染は背中だけを見ても随分と男らしくそして逞しくなったなと、感じられた。年齢だけ見ても年上の彼は昔から私よりも先に成長してしまうので、何だかもどかしい気持ちにもなる。どんどん先に行ってしまうなって。追いつかないなって。
 中学三年生だった彼に、募る想いを打ち明けたこの海で、返事はなくとも彼はそっと私の左手を握ってくれた。久しぶりに握るその手は私よりも震えていた。
 それでも彼の背中を追い掛ける事には慣れていたんだ。けれど慣れたからといって飽きるという事は決してない。今だってそうだ、少し前を歩く彼に私は触れたくて触れたくて仕方がなかった。恥ずかしがり屋のあなたはそうやっていつも少し早足で、隙があればじゃれつこうと企む私を悩ませる。だけど私がちょっかいをかけると大抵彼は烈火のごとく怒るのだ。それが照れ隠しという事はもうバレバレなのに。
 昔から『運命の人』『白馬の王子様』なんて、恋する乙女のような台詞を言うたびに、あなたは照れて聞き流すけど。でもね肝心な事はちゃんと伝えて欲しいんだ。どうしようもないくらいに、寿のことが、好きだから——。

 軽く口を尖らせつつも、彼の背中をじっと見つめる。スタスタと先を歩く彼は、後ろを歩く私に構うことなく、帰路を急ぐ。一歩の長さだけでも違うのだから、そんなに速く歩けないのに……。
 恨みがましい視線を向けつつ彼になんとか追いつきジャージからはみ出たTシャツを引っ張ってみる。思ったよりも強く掴んでしまったようで、お腹でも冷えたのか珍しくズボンにインしていたそのTシャツが、べろんとズボンからはみ出てしまった。彼はもの凄く嫌そうな顔をして私の方へは振り向く事なく、その手を振り払った。

「ひっぱんなっつの」

 負けじともう一回後ろから引っ張ってやると、今度は「だぁーっ、だから引っ張んなって!」と言ってやっと立ち止まってくれた。ほんのすこし胸が高揚したのも束の間で、彼は乱暴な手つきでまた私の指先を振り払ってしまった。たしかに、鬱陶しい事をしてしまったのは悪いと思うけど、そんなに本気で怒ることないのに……短気め。

「だって、歩くの速いんだもん」
「お前の短い足と違ってな、俺の足は長げーの。今さら仕方ねぇだろ、ンなもん」

 珍しく素直に言ってみても、まだ不機嫌そうな今日の彼には何ひとつ響かないようだ。
 そうして、そんなふうに憎まれ口を残した彼は乱雑な手つきでTシャツをズボンの中へと仕舞い込むとまた私を残して歩みを進めてしまう。それでもすぐに私は早歩きで、その背中に追いつく。そのまま無言で隣に並んで彼の横顔を窺い見る。
 いつしかこの横顔を、こうして覗く事が好きになった。その視線に気づいて赤らむ彼が可愛くて私が転校してきて間も無くの時「キスして」って言ったらほんのり赤くしていた頬を茹でダコみたいに真っ赤にして、プリプリと怒ってたっけ。
 
 私がそんな事を思い出しながら普段のスピードで足を進めていると、距離が離れないことに気がつき、彼が歩みを遅くしてくれた事を知る。私はにんまりと口元を緩めた。しかし気持ちが上向くままに話しかけようと試みたが、彼は相変わらず怖い顔をしたまま真っ直ぐに前を向き一心に歩みを進めていた。これではさすがの私でも、口火を切るきっかけを見い出せない。
 浮かんだ気持ちがまた沈んでいく。悔しくて、彼の肩に掛かったスポーツバッグのショルダー紐に手を伸ばし意味もなくぶらんぶらんと二回ほど揺すってみた。そんな、私の何気ない行動一つに対しても彼は過剰なまでの反応を示した。

「だぁーかぁーら!やめろっつってんだろ!」
「だってさぁ……」
「ったく、鬱陶しいやつだな……めんどくせェ」

 あからさまにチッと舌を打ち鳴らした彼にまたしても手を振り払われる始末。挙句の果てには、もうバッグにちょっかいをかけられないようにと反対側の肩に掛けられてしまった。チラリと上目遣いで彼の表情を確認したが、ひどく顰めツラをしているということがわかるだけだった。ぼうっとその表情を見上げていると、彼は咎めるように唇を尖らせて私の額を小突いた。私は片手で額を抑えて彼を睨む。

「……痛ったぁ。」
「はぁー、ったくよォ……ふにゃふにゃすんな。しゃきっと歩けっつの」
「わかったってば……もう、すぐ乱暴振るうんだからぁ」

「人聞きの悪いこと言うんじゃねェ!」と二回目の衝撃が今度はつむじに落ちる。まさかのチョップをされた。しかも今回はちょっと強めだった。素っ頓狂に「あだっ」と言って痛む頭のてっぺんを両手で抑えながら彼を再度睨みつけたが、彼の鋭い視線が返ってくるだけだった。またも敗北。
 不貞腐れて唇を尖らせたのは、あなただけじゃないんですけど……と、ぶすっと腑に落ちないというのを隠しもせずに私はなおも彼の隣を歩く。
 歯医者終わりにわざわざ学校まで戻って待っていたのに彼はこうして、まるで私が居ない者かのように振舞う。話しかけても反応してくれなくてちょっかいかけたらやっとこっちを向いてくれるけれど、それも長くは続かない。こんなの一緒に帰ってる意味なんてないじゃないかと思う。
 幼稚園や小学校低学年のときみたいに四六時中手を繋いでいたいなんてわがままを言うつもりはないけど、もう周りには誰も知り合いはいないんだし、それに私たち付き合ってるんだよね?ちょっとくらい、構ってくれたっていいじゃないか。
 本当は欲を言えばギュッとしてほしくもある。そんな事をされたら私はまた舞いあがってしまうけど。抱きしめられたときに、見上げた先にある彼の顔が微笑んでいるのを見るたび、私の鼓動はいつもリズムを刻むんだよ。
 ねえ、寿。好きだよ、大好きだよ。いつまでも一緒にいてね。寿に恋している事が素直にわかってくる。悔しくなるくらいに、好きだから——。
 
 右手の人差し指をそろりと伸ばす。彼のズボンの後ろポケットに突っ込んで引っ張ってみたけれど、力が弱かったのか特に彼は反応を示さない。そんな状態でじっと見上げたところで彼がこちらを振り返ることもない。
 小さく溜息が漏れる。眉を顰めて俯いていると途端に目の前が翳った。顰めツラのまま目線だけを上げると彼が怪訝そうな顔をして私の顔を覗き込んでいた。そうしてプッ、と吹き出し、眉根を寄せて含み笑いをしながら言った。

「……なんつーツラしてんだよ」

 私が膨れっツラをしている事に気付いた彼は、呆れたように長く息を吐き出した。この流れは、お互いが素直でない事の証明のようなものだから致し方ない。しかし私がこんな状態になっているのは間違いなく彼のせいだ。それなのにあたかも自分が迷惑を被っているのだと言いたげな、その態度が気に入らない。
 結果、私はますます唇を尖らせて不愉快であるということを表に出さざるを得ない。ふいっ、と視線のみならず顔全体を彼から反らすと彼が小さく笑う声が聞こえた。私はさっきまでとはちょっと違った要素に静かに胸を高鳴らせた。こうして毎回ドキドキするのが私だけなんて何だか不公平に思う。
 横目でその表情を確認してみれば彼は眉を下げて笑っていた。その表情にますます気持ちの奥底が意固地になっていく。寿がそうやって私の事を恋人同士になっても昔と変わらず適当に扱うから怒ってるのに、どうしてアンタは笑ってんのよ。

「お前なあ、何でそんなに機嫌悪ィんだよ」
「だって……寿が構ってくんないんだもん」
「構ってくんねぇって、あのなぁ。連絡もなしに勝手に帰ったのはどこのどいつだよ」
「だから、携帯の電池切れてて……ごめんって」

 そう言ってシュンと縮こまる私に彼は「あー、もう悪かったって」と半笑いしながら先程チョップをお見舞いされたばかりの私の頭を労わるように撫でてくれた。私がその手を跳ねると彼の手はそのまま下ろされたがすぐに私の左手を掴んだ。暖かな熱がじんわりと肌に馴染んでいく。幼い頃から触れていたはずのその体温は、成長する事で差が付いてしまった大きさの違和感をいとも簡単に打ち砕いていく。
 そうして左手を強く引かれた衝撃に私はバランスを崩しそうになって、たたらを踏んでしまう。思わず「もっと優しくさぁ!」と文句を垂れれば「嫌なら離すぞ」と、ドスの効いた声が頭上から降って来てぷるぷると頭を横に振った。足のおぼつかなくなった私を振り返った彼は小さく笑い、一方的に掴んだだけの手を離し今度はお互いの指を絡めるようにして恋人繋ぎで握り直してきた。

「——おら、名前。さっさと帰んぞ」

 私の考えていることなんて絶対に解ってないくせに。自分のしたいようにしてるだけのくせに。私がしてほしい事はこうしてさらっとしてくれるんだもんなぁ昔から。敵わないよ。普段は単なるただの幼馴染で俺が保護者なだけだ、みたいな口ぶりで周りには強がるくせにこの手の繋ぎ方は、完全に幼馴染のそれではないじゃん。付き合ってなかったら確実に誤解しちゃうやつじゃん。他の子にしたら、シメてやるんだからね。
 何だかよくわからない羞恥と悔しさでいっぱいになった私の頬は迫る夏の暑さになんて負ける気がしないほどに今燃えていることだろうと思う。

「ねえ。てか、どこで覚えたの?こんな繋ぎ方」
「別にどこだっていいだろ。だから、嫌なら離すって」
「えー。嫌じゃないけどさぁー」
「けど、なんだよ」
「……別にっ!変態だなって思ったの!」

 悔し紛れに憎まれ口を叩いてみた。怒ったふりをして、絆されたりしないと振る舞いたかった。だけど私がいくら天邪鬼なことばかり言っても、彼の態度は変わらない。そういうのも全部見抜かれているからこそ、彼はこの手を離さないんだ。
 さっきまでは、人でも殺めたみたいな怖い顔をしていたくせに今では機嫌良く笑っている彼が、よくわからない。ニヤニヤとした口元を隠さない彼を怪訝そうに見上げる私を見下ろし彼はさらに口の端を歪めて意気揚々と言い放った。

「俺は——こういうのはお前としかしたことねぇからなァー」
「えっ……!!」
「あ?」
「まさか寿……童貞なの?」
 
 思うがままに間髪を入れずポツリとこぼすと、繋いだばかりの手を、いとも簡単に勢いよく振り払われた。

「信じらんねっ、バッカじゃねーの!?」

 とかなんとか、ぶつくさ言ってまたプリプリと怒って先を歩いていく彼の姿に笑いを堪えながら「待ってよー」とその後を追えば同じ方向なのに「着いてくんなっ!」と言われ困惑した、そんな夏が目前に迫っていた日の、二人のお話——。










 ごめんね、 素直 じゃなくて。



(ムーンプリズムパワーメイクアップ)
(——!!?やめてよ!しかも棒読みっ!)
(ほら、もっかいやって見せろよ変身付きで)
(寿ってタキシード仮面様の足元にも及ばないね)
(うっせ、お団子頭)
(ッッ!!?私お団子頭なんかしたことないっ!)
(ふはっ)


 ↓next——大人になった二人の話。











 彼が、ジャケットのポケットに突っ込んだままだった手を抜いて、私の手をそっと取る。思わずその顔を見上げてみれば彼は優しげに目を細めて笑った。

「ありがとう」

 自宅から出た先で自分の巻いていたマフラーを空いた方の手で外した彼はそれを私の首へと巻いてくれた。赤と黒のチェック柄のこのマフラーは実は私が高校生の頃に彼にプレゼントした代物だった。引っ越しの際に、実家から持って来たのだそう。たしかに男女問わずつけていても違和感は無い感じのデザインだがいくら妊婦だからと言って、流石に過保護が過ぎる気がしないでもない。今日はそこまで寒くはないし、寿がつけてくれてよかったのに。

「大丈夫だよ?寿がつけてなよ」
「いーから」

 繋いでいた手を離して私の目の前に立ち、首にマフラーをしっかりと巻き直してくれる彼にされるがままになったのは、意地を張ったところで、敵わないことを初めから解っていたからだ。
 昔から彼は自分のしたいようにして、私を振り回すことに長けては天才だった。
 綺麗に巻けたのが嬉しかったのか「ヨシツ」と言った彼の口元から白い息がふわっと吐かれた。そうして彼は自らが着たジャケットのファスナーを一番上まで締めて、そこに顔を埋める。

「……寒いんじゃないの?」
「俺はこうすっからいーの」

 ファスナーを上げ終えた手をもう一度握るのだと思い私は手を再度彼の方へと差し出した。するとその手は握らずに私の腕を掴み、そのまま自分の手と一緒に自身のジャケットのポケットへと収めた彼の行動に驚いて私はやや目を見開く。さっきよりも密着する体勢になってしまいくっつく左半身だけやけに熱が篭るような気がした。少しでも温かさを逃さないためにか、彼は肘に力を入れて私を自分の体の方へと引き寄せる。そのまま歩き始めると普段よりも歩幅が狭い事に気付いた私は訝しむように彼を見上げた。
 要は、歩きにくいんだけど、と伝えたかった。しかし立ち止まる事はせずに、今度は空いた方の彼の手が私の額に伸びてくる。

「具合は?大丈夫なのか?」

 実は二、三日前に熱をあげてしまった私。まったくたいした事はなかったのだけれど、彼はそのことを労ってくれているのだろうと察した。触れ易いようにすこしだけ背伸びをしてみれば、彼の冷たい指先の感触が額を覆い、その冷たさが心地良いと思ったのは、病み上がりとかそんなんじゃなくて今、私の身体が彼に対して熱を生んでいるからなのだろうと思った。

「平熱だな。もう腹出して寝んなよ」
「出してないけどね」

「てか、手で触ってわかるの?」と聞き返す私に彼は「おぅ計れるぜ」と得意げに言うのだけれど何というか……風邪を引いた事を心配していると言うよりも「ほれ見たことか」と言わんばかりでまるで母親のようだな、なんて思ってしまった。本当にお腹なんて出して寝ていないのに。

「汗かいたら治ると思って死ぬほど汗かいたの」
「バカだなー名前は。病気のときはな、安静第一なんだよ」
「バカって言うな、バカ、変態。」
「なんか余計なの一個増えてね?」

 飽きもせずに毎回同じような会話をするなんて馬鹿げているとは思いつつ、小競り合いにも似た言葉の応酬を、この寒空の下で続けるのは流石にしんどくて肩で息を吐くと彼は不満そうな表情を抑え、すぐに心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「俺、学校休むか?」

 試験週間入るから部活も休みだしな、とか言い出した心配性な旦那さんに対してちゃんと病院に行っていればもっとこの心配性がマイルドになったのかな、とか思ったけれど、今更それを言ったところでどうにもならないだろうと諦めて、私は口を噤み大丈夫というように首を横に振って答えた。しかし心配性すぎる彼がおかしくて、思わずくすくす笑いだすと案の定、顔を顰めて彼は不満を露わにする。

「……ンだよ」
「ううん……なんでもないです」

 彼は何がおかしいんだと言いたげに首を捻っていたが、諦めたのか特に思い当たる節は無かったのか「変なやつ」とだけ言い置き、なぜか彼も、私からの誘い笑いを受けて、くすくすと笑い出した。その尾が引くことはなく次第にふたりで笑い合ったあと彼が「何に対して笑ってたんだっけ」なんて聞いて来るからコントの如く私は彼の頭に軽くチョップをお見舞いしてやった。

「痛って、」

 と、ニヤニヤしながら大袈裟な反応を示しつつチョップをする前にやりやすいように少しこちらに頭を寄せてくれたことを、私は知ってるよ。

 ゆっくりとゆっくりと、これからも、この手を導いて。好きだよ大好きだよ、何度でも言うよ。あなたに……そう、寿だけに恋をしてるの——。









 ル オ



(もし女の子だったらよ、どんな遊びすんだろな)
(女の子かぁ……さぁ、どうだろうねー)
(変身系だと悪役演じねーとな、パパは)
(変身系って、たとえば?)
(セーラームーンじゃね?)
(……今はプリキュアでしょ)
(ほぅ、もうムーンプリズムパワーじゃねえのか)
(……チッ)
(ふはっ。)


※『 コイスルオトメ-激情編-/いきものがかり 』を題材に

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