今日も明日もただ、君が好き(1/4)

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     僕は今日、君と一緒に最高に幸せな日を迎えることが出来た。
     これから二人で手を取り合って、嬉しいことも辛いことも、ずっと一緒に感じて行こう。
     上手く言葉に出来ないけれど、出逢ってくれて本当にありがとう。

     君が、おばあちゃんになっても、僕はずっと、その手をにぎっているよ。だから、君もずっと、その手を離さないでいて——。




     *


     ——五月の初旬、真夜中。目を覚ますと携帯の明かりに照らされた、昔から見慣れている恋人の顔がぼんやりと見えた。静かに体を彼のほうへと向けて、その顔をじっと凝視してみる。いつもに増して眉間に皺を寄せている愛しい彼のその顔。画面をスクロールしては、小さく溜め息を吐いてみたり、なにが納得しないのか、うーんと小声で唸ったりしている。
     どれだけ見つめていても私が起きているということは想定外のようで、彼の視線がこちらに向くことはない。もうすこしだけ、と、彼のほうへに体を寄せたそのとき。シーツの擦れる音とともに異変に気付いたらしい相手の視線が、ようやく、スマホ画面からチラとこちらのほうへと向いた。

    「——うおっ!!」
    「ぎゃあ!!」

     驚いて、大きな声をあげたのと同時にスマホを手放してしまった相手のせいで、私の顔面にそのスマホが降ってきて私も素っ頓狂な声をあげる。しかし相手はとくに謝罪するでもなく「びっくりさせんな!」と至近距離で怒鳴ってきたうえに、しれっとスマホを拾って何食わぬ顔をして、またもやスマホをいじりはじめた。それに安定でイラっとした私は興味本位且つ悪戯心から、チラリとそのスマホの画面を覗き込んでやった。

    「——婚約、指輪……?」
    「!?——ばっか、覗くんじゃねえ!」

     そう言った彼は、カチャ、とスマホの脇にあるボタンを押して画面を消すと枕元にそれを置き、再度、布団を被り直した。私に背を向けるように布団にもぐった彼の背中にピタリとくっついて、そっと腕を回し「ねえねえ?」と、揶揄い口調で声をかける。

    「……声掛けんな。寝てんだよ」
    「うそつき。起きてるじゃーん」
    「はい、寝た。グー、グー......」
    「……あれれぇ〜、寝ちゃったのかなぁ〜?」

     私は、わざとらしく抑揚をつけて言ったあと、今度は、ひとり言のように話し出す。

    「検索バーに『 婚約指輪 女性 人気 』とか、わかりやすく、入力してたなあ〜」
    「……っ」
    「まだ��OK�≠チて、言ってないのになあ〜」
    「——オイっ!」

     そこで相手が、勢いよく布団を剥ぎ取り、私のほうへと体を向けた。それにくくっと笑って私は「……起きてるじゃん」と、小声でつぶやく。

    「——ンなことどうでもいいわ!待てよ、まさかおまえ、断る気じゃ——ねえよな……?」
    「えー? うーん、どうしようねぇ……」

     今度は私が彼に背中を向けるようにして布団を被り直す。相手はさっき私がしたように私の背中にぴったりとくっ付いてきて腕を回し私の耳元にくちびるを寄せて、囁くようにそっと話しかけて来る。

    「断ったら、また首絞めんぞ……」
    「こわー、ヤクザみたーい」
    「じゃあ、もういまここでOK出せよ」
    「やだよ、脅されて言ったみたいになるじゃん」
    「……名前」
    「ん……?」

     暗がりの中、私がゆっくりと体を彼のほうへと向き直す。するとすぐに、正面からぎゅっと彼の腕が、私を強く抱きしめた。この距離感だと顔が見えなくても相手の体温をじかに感じ取ることが出来るし、彼の小さく熱い吐息も聞こえてきて、なんだかそれに、安心する。

    「……断んの?」
    「……」
    「ここまで、引っ張っといてか?」
    「……」
    「なあ……名前、」
    「……ッ——、」

     私の彼氏は、ズルい——私がそうやって猫撫で声で、甘く名前を呼ばれたら、素直になることを知っているのだ。

    「……寿?」
    「ん、」
    「わたし、いらないよ?指輪。」
    「……え?」

     彼の体から顔だけをすこし離して、相手のその顔を覗き込んでみれば、暗がりに目が慣れて来たのか、やや驚いているような彼の顔がぼんやりと見えた。

    「もう、もらってるもん。」

     そう言って、右手をピッと彼の目の前に出してやれば相手も暗がりに目が慣れてきたのか微かに目を細めたのがわかった。そうして、優しくその差し出した手をぎゅっと握ってくれた彼はそっと私の額にキスを落とす。ちゅ、という可愛らしい音が寝室内に響く。くちびるが離れていったとき彼がじっと目を凝らして私の瞳を見据えたあと、勝気な笑みを浮かべて言った。

    「誰もお前にあげるなんて言ってねえんだけど」
    「えっ!?」

     すーっと相手の体が離れていき、次いで、彼のワッハッハという乾いた笑い声が聞こえてきた。そして私に背を向けたまま「おやすみ」なんて、さらりと言った彼の肩を、思わず私は強めにポンポンと叩いた。

    「え……どーいうこと?私にじゃないなら、誰に買うんですかー?」
    「いつまでもOKくれねえ奴になんざ、買うわけねえだろーが」
    「本当そこ拘ってるね、しつこい。嫌いだわー」
    「……ああン?」

     私の言葉に気分を害したのか彼がまたゆっくりこちらに体を向けてくる。そしてベッドに片方の肘をついて、その手に頭を乗せた。怒っているのかと思いきや私を見下ろしているその目がやけに眠たそうで、クスッと笑ってしまう。けれども、あきらかに不機嫌そうに、その瞳は歪んでいた。

    「嫌いなのかよ?こーやって、同じベッドの中で寝てんのにか」
    「……」
    「さっきまで俺の腕の中で散々、喘ぎ声出してたヤツがか?」
    「……っ、」
    「お前は嫌いな男から、平気で抱かれんのかよ」
    「だって、意地悪ばっか言うじゃん……」
    「だって、OK出してくれねーじゃねえかよ」
    「……。」

     ついに言葉に詰まってしまった私を見た彼は、フッ、と浅く笑ったあと「嘘だって」と言って、もう一度、わたしの額にくちびるを押し当てた。そうして「今度こそおやすみ」と言い置いたあと私にまた背を向けて寝る体勢に入った。しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてきて私はフウと安堵の溜め息をつく。
     わざと意地悪をしてプロポーズの返事を流しているわけではない。もうすぐ、彼の誕生日が来るので、その日に言おうと思っていたのだ、実は。彼は欲しい物を自分で求めて買ってしまうタイプなので、何をプレゼントしようか迷っていたとき思いついた案だった。プロポーズの返事を誕生日プレゼントにしようって。そう、まさに、サプライズプレゼント——。
     けれど、それにもそろそろ限界がきたようだ。彼はきっと私が本当にOKしていいのかと悩んでいると思っている。今、あらためてそう思った。
     だって、さっき見せた「今度こそおやすみ」と言ったあとの、すこしだけ寂し気なあの微笑みがそう語っていた気がしたから……。

     寿の誕生日まで、あとすこし——。
     それまで『プロポーズの返事』を、引っ張っていられるのかなあ、と、若干の不安を抱えながら私も静かに眠りについた。


     *


     翌日——彼が仕事に出たあと、私の携帯電話に彼氏以外の人物からメッセージが届く。見れば、相手は彩子だった。内容は午前中で仕事が終わるので、ランチをしようとのことだった。
     待ち合わせ場所は、以前、私が働いてたビルの側にあるお洒落な喫茶。一度入ってみたかったと彩子に伝えたら『じゃあそこにしましょ』という流れになったのだ。すこし早めに到着したので、先にコーヒーを飲みながら、新しく取得しようと思っている資格の参考書を眺めているとすうっとその参考書が奪われる。不思議に思って見上げてみれば参考書を奪った犯人は彩子だった。彩子は私のコーヒーカップの隣に、奪い取った参考書を置いて「お待たせ」と、笑顔で言った。

     彩子とランチをしているとき彩子が出し抜けに「今日アンタを誘った理由なんだけどね」と切り出す。私はきょとんとして、彼女を見やった。

    「——あんたさ、緑風高校って知ってるでしょ?設立されて、まだかなり新しい高校なんだけど」

     そう言いながら彼女は自分のスマホ画面を私に翳して見せた。そこにはいま彼女が言った『緑風高校』のホームページが映し出されている。

    「緑風?……ああー、あのお金持ちの私立高?」
    「そうそう。一回わたしたちもインターハイ行くまえに、練習試合やった高校よ。」
    「うん。その高校がどうしたの?」
    「当時のあそこのお嬢様マネージャーがね?今、コーチやってるんですって緑風高校バスケ部の」
    「へえ。……で?」
    「本業は外資系で働いてるらしいんだけど、まあボランティアでしょうね、コーチは。」
    「うん……てか、急になに?なんかあったの?」

     いつまでも本題に入らないでいる彩子を怪訝な顔で覗き込めば、彼女はチラっと私を見たあと、なにやら、気まずそうに視線を逸らして言った。

    「——きょう、湘北に行くそうよ?」
    「湘北ぅ? なにしに?」
    「湘北バスケ部(・・・・・・)に、用事——ですって。」

     彩子はそう言い終えて、品よく、運ばれてきた食後のコーヒーを啜った。とりあえず、私もつられるようにして、二杯目のコーヒーを啜る。しばらく私たちのあいだに沈黙が流れたがなんとなくこちらから会話を繋げてみた。

    「——で、彩子。それがどうしたの?」
    「藤沢恵里。」
    「え、だれ?」
    「なぁーんでわざわざ、湘北を選んだのか、気になるのよねぇ〜」
    「………寿、目的?」

     ぽつりと言った私のその言葉に彩子がぴくりと眉を動かした。思いつきで言ったと言うか自然と口から出ていただけなのに、その反応は困る。

    「ほんと、三井先輩のことになると勘が働くのねアンタって」
    「はい? 他でも勘はいいほうなんですけどー」
    「えー?どうかしらねっ!……てか、あのお嬢様なら、海南あたりに話を持ち掛けそうなのにね」
    「……」
    「当時からタカビーなマネージャーだったのよ、あのひと〜。」
    「ふうん……。元マネージャーなんだぁ……。」
    「……なんか、嫌な予感がすんのよ。あんたも、気をつけなさいよ?」

     親友からのそのストレートすぎる警告の言葉になんだか背筋がぞわっとしたけれど。まあ、今日寿が帰ってきてからでも、聞いてみよーっと。

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