今日も明日もただ、君が好き(2/4)
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「ディフェンス甘めーぞ、一年っ!」
「三井先生〜!」
放課後——。バスケ部の練習中、生徒がいつも『綾瀬はるか似』と豪語している教師が体育館の入り口に立って俺の名を呼んだ。それに気付いた俺はマネージャーとキャプテンにあとを頼んで、駆け足で体育館の入り口まで向かう。
「すんません、練習中で。はい、なんすか?」
「あの……三井先生宛に、お客様なんですよぉ」
「はっ? 俺あて?」
「ええ。緑風、高校の……バスケ部?のコーチをしていると言う、女性の方なんですが……」
「え? 緑風高校って、あの……?」
「はい。生徒指導室が空いていましたので、先にお通ししましたよ?」
なぜだ?あの緑風が?と不思議に思いながらも「わかりました」と言って、急いで生徒指導室に向かった。
ガラガラー!と扉を開けると、女性がひとり、ソファに座っていていた。そして振り返って俺の姿を見るやいなや、すっと立ち上がり一礼する。俺は、うしろ手でドアをしめながら、とりあえず「どーも」と、軽く頭をさげた。俺が向かい側のソファに座ったとたん彼女は、鞄の中から分厚い資料らしきものを取り出して机の上に置き、俺の前へとすーっと、その資料を突き出してきた。
「わたくし現在、緑風高校のバスケ部のコーチをやっております——藤沢恵里、と申します。」
言って慣れた様子で名刺まで差し出され一瞬、目をぱちくりとさせてしまったが、とりあえず、それを両手で受け取る。
「は、はあ……湘北のバスケ部顧問の三井です。
——で?……なんでしょうか?要件は。」
「単刀直入に言いますわ。わたくし、高校生の、クラブチームを設立しようと考えていますの。」
「へっ……?」
「その資料に内容は書いてありますので、あとで必ず、隅から隅まで全て目を通してくださる?」
やはり、目をぱちくりとさせて相手を見つめる俺。しかし相手は顔色ひとつとして変えぬまま、俺から目を逸らさず、ずっと俺を見据えている。
「……クラブチーム?高校生、バスケットの?」
「ええ。有力な選手を集めておりまして、そこで湘北高校の監督をやっている��元、中学MVPの三井寿�≠ノ——そのクラブチームの監督をお願いしたいのですわ。」
「ですわ、って……いや——やれねーですよ?」
「はい?」
「悪いスけど、湘北高校で手一杯なもんでな。」
俺の言葉に固まる彼女。そのときガラガラーと先ほどの教師がお茶を運んで来た。それに対して「すんません」と言い置き、すぐに手に取って、ズズ……と、品なく茶を啜ったあとで一応「あ、どーぞ」と相手にも茶を飲むように促した。茶を運んできた教師が部屋を出て行ってから、またも二人のあいだに沈黙の時間が流れる。
「練習試合とかなら……全然お受けしますけど、申し訳ねーんですが……自分は——」
「湘北高校の元OBからは、すでに宮城リョータさんと赤木剛憲さんにコーチのお声がけをさせていただいておりますの。」
俺の言葉をさえぎるように言った彼女の言葉に思わず、先の言葉を詰まらせてしまう。やや困惑している俺を置き去りに彼女は淡々とつづける。
「仙道彰さん、流川楓さんとは連絡が取れず、」
「……」
「牧伸一さんと藤真健司さんは現在そもそも国内にはおられないようで連絡は付きましたが……」
「……」
「——藤真さんの方からは資金提供ならいつでも手を貸すと舐められた返事が返ってきましたの」
「……、」
「しかも、メール一通で。電話はずっと留守電、仕舞いには、着信拒否。ほんと失礼な人だわ。」
思わずフッ、と鼻先で笑ってしまった俺を見た彼女がすこし不機嫌そうに顔を歪ませた。そして俺は、茶の入った湯呑みを再度持って、またもやズズズッ、と啜ったあと、ぽつりと言った。
「でしょうねぇ——ヤツは、外車を何台も持ってるような、成り上がりなんでな。」
「……知り合い、なのね?」
「いや? これ以上、知り合いたくもねーな。」
「……、」
さらに不機嫌な表情になった彼女からの、未だこちらを見据えているであろうその視線には気づかぬふりをした俺は目の前に差し出された資料を手に取ってパラパラとそれを捲り、ざっと中身に目を通す。
「……へえ。専用の、体育館を設けんのか……」
「ええ。専用のトレーニングルームや宿泊施設、サウナなんかも、設ける予定なんですのよ?」
「ふうん。」
「いずれは全国から選手を集めます。奨学金制度なども作ってバスケットをやりたいと望む優秀な子たちを集める予定ですの。」
「……。」
資料からチラっと視線を彼女に向ければ、彼女用語で言うところの「なんですの」と言いたげに彼女が眉をぴくりと動かした。俺は、バサッ!と資料をテーブルに一旦置いて、出し抜けに言う。
「つか——あんたと、どっかで会ってねえか?」
「……!」
「なあ? 会ってるよな?」
「……え、ええ。一度、三井監督が高校三年生のとき我が校に練習試合に来ていただきましたわ」
「高三……?あぁ〜はいはい。なるほどな、あんときのマネージャーさんか?」
「……」
「久しぶりだな、元気そうじゃねえか。」
「え?」
俺の言葉に驚いたように素っ頓狂な返事をする彼女に「あ?」と言えば「い、いえ……」とあきらかに動揺しながらも、目を伏せた彼女。
「まあ——バスケットやりてえ子たちを集めたりっつーのは、いいことだと思うけどなぁ。」
「……」
「でも、監督やらコーチやらを引き受けることは出来ねえぜ?」
「……」
「つっても俺には資金提供する金もねーけどな」
「……っ、」
あきらかに悔しそうに顔を歪める彼女。あー、これだから金持ちっつーのは苦手なんだ。自分のことしか考えてねえ、なんでも金で解決させるっつーのが、俺の性に合わねえんだよなぁ……まぁアイツ——藤真への嫌味も多少含まれてるけど。
「それはこちらでやりますので、お気遣いなく。手当も手厚くします、資料にも記載しているわ」
「いやいやそういうんじゃなくて。どっちもだと手が回らねえから出来ねえって話をしてんだよ」
「……。」
「……悪ィけど、ほか当たってくれよ。」
すっと資料を彼女のほうに差し戻すと、それをぴたっと制した彼女の手先が、俺の手に触れる。咄嗟にその手から自分の手を離した俺に、彼女がやや声を張った。
「わたし、諦めませんからね!」
「はっ?」
「わたしの辞書に、諦めなんて言葉はありませんのよっ!」
「なっ——!?」
すくっとソファから立ち上がった彼女は「また来ますわ」と言い置いて、颯爽と生徒指導室から出て行った。それでもバンッ!と勢いよくドアを閉めた様子から察するに、相当腹立たしかったのだろうとは俺でも理解出来た。そして、ほんとに諦めが悪そうだったので思わず溜め息が零れる。
なんか、めんどくせえことになりそうだぜ、と俺はポリポリと、溜め息まじりに頭を掻いた。
*
「ただいま」
家の玄関を開けていつも通りにそう言ったあと玄関先に腰をおろし靴を脱いでいるとぱたぱたとスリッパの音が背後からした。玄関に座ったまま見上げてみれば同居人に彼女が不機嫌そうな
面
(
ツラ
)
を晒して、俺を見下ろしてる。
「おかえり」
語気を強めに言われて思わずブッと噴きだせばさらに頬を膨らませた彼女が「なに?」と、聞き返してくる。靴を脱ぎ終えて立ち上がった俺が、「いや?」と言って、彼女の真横を通り過ぎた。そのあとバッグを肩から降ろすときもジャージを脱いで、部屋着に着替えているときも、ぴたっと真後ろに張り込みされていて、ついに「なんだようっとーしいな!」と叫べば、相手は絵に描いたように眉を歪めた。まるで宮城の野郎のソレだ。
「——ねえ、聞きたいことある」
「ちょっと、待てよ……まず着替えていいか?」
「じゃあ着替えながら聞いて!」
その言葉に「なんなんだよ、せっかちだな」とつぶやけば、それが聞こえていたのか、俺が言いおわるまえに「あのさぁ!」と食い気味に彼女が言う。思わず隠しもせずに、半笑いしてしまう。
「おーおー、怒ってる怒ってる」
「緑風高校の人、来なかった?」
「……あ?」
意外な質問にきょとんと彼女を見やれば彼女は「やっぱ来たんだ……」と、まるで絶望みたいな且つ、諦めたみたいにしてとぼとぼとリビングに向かうその背を、俺は急いで追った。
「——おい、なんで知ってんだよ、」
「彩子から聞いた」
「……あー、宮城が言ったんだな?」
「……」
「来たよ、今日。緑風高校の、元マネージャーの女がな。なんか、」
「藤沢恵里——って、ひとでしょ?」
俺の言葉をさえぎって、ぽつりと言った彼女が振り返り俺に明らかな疑いの視線を向けてくる。そしてすぐに眉間に皺を寄せた。
「……っ、」
「オイオイ、なァんで泣きそうになってんだよ」
「だ、だって……寿の、うわきもの……。」
「はあ?……ったく。……なんだ、それ。」
思わずこっちが情けない表情になってしまい、俺を潤んだ瞳で見上げる彼女の頭をわしゃわしゃと撫でつけてやった。一度その手を離してから、そのまま台所で手洗いうがいを済ませた。そしてキッチンテーブルの椅子に腰を下ろした俺と少し距離を取って突っ立っている彼女に向かってやや低い声で言う。
「——座れ。」
「え?」
「いーから。はい、座る。」
顎で目の前の席に座れと促せば、彼女は小さく溜め息をついたあとに素直に従って俺の目の前の席に腰を下ろす。やや肩をすくめている相手に、再度溜め息を吐き散らしてから、口火を切った。
「なにがあった、彩子からなに言われたんだよ」
「と、とくには……ただ、気を付けな、って。」
「……」
「でも——わざわざランチ誘ってそれを言うってことは、さぁ?」
「……」
「寿、その藤沢恵里って人と、なんか……あったって、ことだよねぇ?」
「はあ〜?」
黙って聞いていれば、なんてことを言い出すんだ、コイツは……。と、そんな、まさかの見解に言わずもがな、素っ頓狂な声を発してしまう俺。
「元カノ……とか?」
「……オイオイ、」
「好きだったの?お嬢さまだもんね、もしかして憧れの……ひと、だった、とか?」
「待て待て、」
「文通してた仲とか?あっ!さては——許婚?」
「——おいっ! ストップ!」
「へっ……?」
ずっと落とし込んでいた顔を持ち上げて彼女がようやく俺を見る。俺はそれに思わず片方の眉を歪めて本日何度目かわからない溜め息を吐いた。そもそも、文通ってなんだ、文通って。昭和か、どあほうが……。
「すさまじい想像力だなぁ。感心するぜぇ……」
「だ、だってぇ……」
「ンなこと、あるわけねーだろ。過去に一回しか会ったことねえのに」
「……、」
「おまえ、それよ?彩子と別れてから俺が帰ってくるまで、ずーっと考えてたのかよ?」
「う、うん……」
「ったく、暇人もいいとこだぜ〜。」
「……っ」
「ンな妄想してる暇あったらなあ?その取りてぇ資格?やら、なんやらの勉強でもしろよ」
「す、すみません……」
教師になってからと言うもの、誰彼構わず説教じみていてダメだな、と盛大にいま一度ため息を吐き散らしてやれば相手はたいそう気まずそうにして、顔をすこし顰めてみせた。
「クラブチーム作りてえんだと。で、監督やって欲しいってよ」
「……へえ、」
「宮城や、赤木にも声かけたらしいぜ?」
「うん」
「帰りにふたりに連絡して聞いてみたら、丁重にお断りしたんだと」
「そ、そうなんだ」
「俺も、ちゃんとその場で断ったよ。」
その言葉を聞いたとたんに彼女の顔色がパッと明るくなった。わかりやすー......コイツ本当に。やれやれだぜ、まったく。
あ、藤真にも連絡したらしいこと、言った方がいいか?——いや、いいか、言わなくても。まぁともあれ……
「名前?」
「ん?」
「安心したか?」
「……うん!」
彼女は笑顔で返事をしてすくっと椅子から立ち上がると「ご飯の準備するねっ!」と音符をしょいながらキッチンに立って、ガスの火をつける。鼻歌交じりでご機嫌な様子の彼女に、いま思っていることを隠さずに素直に伝えるべきだと思ったのは、この数ヵ月のあいだに彼女と起こったことを振り返ってみた俺の決意のようなものだった。
言葉だけじゃもちろん、伝えきれないけれど、言葉にして、伝えなきゃいけないんだと。なにがあってもこの先も、二人でずっと、いたいから。たとえば、強い風の日も激しい雨の日も。ずっとそばで支えていたい、俺の愛で。俺がもっと強くなるために、愛する彼女のために。だからこそ、思ったことを胸に秘めず、率直に言葉にして伝えようと「……なあ、名前」と、彼女の背中に声を掛けた。
「ん〜?」
俺に背を向けたまま、あいかわらずご機嫌で、声のトーンを上げて返事をする彼女のうしろ姿を見据えて、俺は言う。
「——けどよ、諦めねえって言われちまってな」
「え……?」
味噌汁のお椀を持ったままで振り返った彼女。俺は真っ直ぐに彼女を見て、言い淀むことなく、はっきりとした口調で伝える。
「きっと、また来る。なんか、しつこそうだったしよ?」
「……」
「お前のことだ。気になるだろうから来たらまたその都度、教えるよ。」
「……、」
「なんも、ねえと思うけどな。」
「……うん、わかった。ありがとう。」
ニコッと笑った彼女にほっとして、俺も早々に話題を切り替え「今日の飯なんだ?」なんていつものように日常会話のごとく、言葉をつづけたのだった。
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