今日も明日もただ、君が好き(3/4)
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翌日——。案の定、彼女が湘北高校へと、再度出向いて来た。そして今度は、他の偉そうな人も引き連れて。
あいかわらず丁重にお断りをしたがその翌日もそのあとも、彼女が出向いてくるので、いい加減やめてもらうように説得したがまったく聞く耳を持ってもらえず、俺もさすがに困り果てていた。
その日の晩。水戸の店で軽く飲むかという話になり、俺と彼女はそこで、晩飯も済ませた。手を繋いで歩いていた帰り道、ふとした瞬間に会話が途切れる。とくに居心地が悪かったわけでもないため、その空気感を気にも留めていなかったが、彼女のほうから不意に、会話がつながれた。
「——結局、毎日来てるの? 藤沢恵里さん。」
「ああ。一週間、ぶっつづけだな。参ったって、さすがによぉ……」
「ふうん。練習の妨げになっちゃうもんね、それだと。」
「それもだし、めんどくせーんだってアイツ。」
「そっか……どうしても寿に監督やって欲しいんだね?」
「その気持ちはありがてえし、彼女の持って来た案も、悪いもんでもねえから、なかなかな……」
はあーあ、と深く溜め息をつく俺の横で彼女はくすくすと笑っていた。それを横目に俺が言葉をつづける。
「ヤツの持って来た案はおもしれえよ、確かに」
「うん」
「あー、バスケ好きなんだなーって思えば、力になってやりてえとも思うんだけどよ。」
「うん……」
「湘北で、手いっぱいだしなあ……」
「……湘北の監督やってなかったら、引き受けてたの?」
「——あ? まあ、そうだな。やってたかもな」
「……そっか。」
自分の誕生日を一週間後に控えたこの日、俺は彼女がいまどんな思いでこの話を聞いていたのかなんて知る由もなく、易々とそんなことを言ってしまったことをあとになって悔やむことになる。
それから毎日のように藤沢恵里から職場に電話が入ったり出向いてきたりと相変わらずだったが俺が誕生日の今日——まさかの展開が待ち受けていた。
今年のマイバースデーは平日なので、恋人から誕生日くらいは外にご飯でも食べに行こうと誘われた日時は三日後の土曜日。だから俺はその日に改まってもう一度ちゃんと、彼女にプロポーズをしようと、密かに計画を立てていた。
そんな自分の誕生日の日も、俺はあいかわらずバスケ部の指導をし、なぜかこの日に限っては、藤沢恵里からは、連絡もなければ、本人が出向くこともなかった。ほっと胸を撫でおろして恋人に『きょうは、あのお嬢様来なかった!』なんて、呑気にメッセージを送る。
この日は、桜木が練習に顔を出してくれたが、なぜかこともあろうに練習終了後、水戸洋平宛にお使いを頼まれる始末。とは言っても、預かっていた車庫の鍵だかなんかを、持って行かなければならないと本人が言ったので、生徒の指導をしてもらった恩もあり、桜木が住んでいるマンションよりも、俺たちの住んでいるマンションのほうが水戸の店からいくらか近かったというだけの理由で、帰りに店に寄って渡してやるよ、と自ら申し出ただけなのだが。
誕生日当日に、まさか後輩ふたり——しかも、過去に、ボコボコにぶん殴られた相手のツラ……桜木と、水戸の顔を拝まなければならなくなったことに、思わず自嘲した。
水戸の店に向かう途中で、彼女に一応報告しておくか、とメッセージを送る。
三井 寿
練習終わったけど桜木にお使い頼まれたから水戸んとこ寄ってから帰る。
名前
了解! よろしく伝えてね〜。雨降りそうだけど傘は?
三井 寿
持ってねーから急いで帰るよ。
そうして水戸の店に到着すると、ちょうど店の入り口から、誰かを見送る水戸が出てきた。俺の顔を見た水戸が、「あっ、ちょうどいま来たね」なんて見送ろうとしていたその相手の女性に話しかけている。
なんとなく過った嫌な予感は的中しその相手はきょう姿を現さなかった藤沢恵里だった。聞けば俺がよく出没するとの噂を耳にして、水戸の店に来たらしかった。本人曰くプライベートで会ったほうが説得しやすいだろう、と思ったのだそう。
水戸に桜木から預かっていた鍵を渡し終えて、とりあえず駅まで見送ることを口実に、一緒に駅まで歩く。再度きっちりと断りを入れて、もう、こういったのは金輪際辞めて欲しいと言うつもりだったのだが先に彼女から話を振られてしまう。
「意地でも、了承しないつもりね?」
「しねえよ……それにさすがにしつけえぞ。その意欲、他の監督捜しに使えよ。」
「……」
「ほんと、悪ィけど……俺——」
「あなたに教えてもらいたいって子たちが、大勢いても、そう言うのね?」
不意に立ち止まって俺の言葉をさえぎり、そうぽつりと言った彼女の言葉に、俺も反射的に足を止める。そして自然と二人向き合う体勢になる。
「……え?」
「……三井寿に、バスケットを教えて欲しいって言ってる子たちが、たくさんいるのよ」
「……」
「だから、こんなことしてるの、わたし。」
「……」
「私だって、そうでもなきゃ、ここまで通いつめないわ。わざわざ、湘北高校なんかにね……。」
彼女は目を伏せる。そうして、ハア、と初めて俺のまえで人間じみた、溜め息をついてみせた。俺はそんな彼女の姿を見てフッ、と小さく笑ったあと、彼女の目のまえを通り過ぎ、防護柵に手をついて海のほうを眺めた。それにつられるようにして彼女も俺の横にすこし距離を開けて立った。相手は防護柵に腰を軽くあずけて、下を向く。
「アンタってよ、ほんと、頑張り屋だよなー」
「え……?」
「昔からなんでも手に入って優等生で、失敗したことなんか、ねえんだろうなぁー」
「……」
「まじでそういうの、尊敬する。」
「……、」
「いつも��完璧な藤沢恵里�≠ナいるために必死に戦ってるんだろ?」
「……。」
そっと彼女に視線を落とせば、彼女が先に俺を見ていた。俺は視線をまた海のほうに戻してから出来るだけ、あかるい口調で先をつづける。
「——でもよ。四六時中それって、ちょっとしんどくねーか?」
「……そっか、わたしね?」
「ん?」
「おまえといると疲れるって言われちゃうのよ、いつも。それで、フラれてばっかりなのよね。」
「ハッ、などほどねえ……」
「私がずっと張り詰めたままだから、一緒にいる人にまで疲れさせちゃっていたんだわ、きっと」
彼女は自嘲するように、そして、なにかに納得したように、小さく笑ったのだった。俺と彼女のあいだにまたしても生まれた沈黙。俺は真っ暗な地平線の彼方に視線を向けて、ひとり言のようにつぶやく。
「……だからよ、たまに失敗したっていいんじゃねーのか?」
「……」
「もうちょっと肩の力抜いて行こうぜ?失敗したら、またやり直せばいいんだからな。」
「……さすが。元キャプテンにおいて中学MVPの言葉は、違うわね。」
「ふはっ。なんだぁ、それ。」
「フフ、」
「まあ、俺は色々とやらかしすぎだけどな〜。」
俺と彼女は不意に目を合わせて、意味もなく、ふたりで笑い合った。そうやってしばらく二人で海を眺めていたが、彼女が突然、口を開いた。
「——私、諦めるわ。三井寿が監督の提案書。」
「……オイオイ、提案書ってなあ。言い方がな」
「それでも、興味が湧いたらいつでも連絡して」
「ああ。お前さんも、がんばれよ。」
「ええ」
「声、掛けてもらえて、嬉しかった。バスケット好きは、みんな仲間だ。」
「え……?」
「俺の持論。モットー、みてえなヤツ?」
「……。見送りはいいわ、じゃあ失礼するわね」
彼女はそう言い置き、礼儀正しくぺこりと俺に向かってお辞儀をしてから、隙の無い動作で駅のほうへとスタスタ歩いて行った。
その背中をなんとなく呆然と見送っていたときぽつぽつと、頭上からは雨が降って来た。今朝の天気予報では雨が降るといっていなかったのに。ほんとつくづく、天気予報なんてものは、あてにならないものだ。
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