五月中旬。名前が二泊三日で父親と以前住んでいたところへ二人で旅行に行ったため、俺は水戸の店に夜飯も兼ねて飲みに行くことにした。

水戸に唐突に送った『急に悪い。きょう店に行ったとき改めて言うけどお前に頼みがある』とのメッセージを受け取ったからか、店の中に入るといつものいつメン°{城、彩子、木暮、野郎軍団がすでに宴会を開いていた。


「おー!本物のダイヤモンドだ、それもたくさん……ミッチー、洋平の店に置いておいて大丈夫なのか?」

そう問い掛けてきたのは野郎軍団のひとり、大楠だ。座敷席、酒や飯が並ぶ中、パカッと開けられた指輪のケースを取り囲むように全員が身を乗り出して、そのキラキラと光り輝く代物を凝視している。

「おん?なんだよ、誰か盗むつもりか?」
「俺たちを何だと思ってんだ、ミッチー。さすがに金に困ってもそれはしねーぞ」

野間が当たり前と言った感じでそんな返しをしてきて俺は、ふはっと緩く笑う。

「家に置いておいて名前に見つかると困るからよ」

未だ指輪を眺めている全員を横目に俺はそう言い置いてジョッキの杯を呷る。

「きれいな指輪だな、おめでとう。三井」

木暮が俺の隣で品よくウーロン茶を飲みながら言う。それに俺も素直に「ありがとな」と返した。

「これみたら名前ちゃんはぶっ飛ぶだろうなぁ」
「あとはこれを買ったお陰でいつか産まれてくる子供の大学資金が減って、あの子も働かなきゃならない羽目になるかもね」

宮城と彩子のそんなやり取りに、俺は鼻で笑って勝気に言う。

「分かってねえなーお前ら。そんなに金は使ってねえ。貯金は残ってるっつの」
「でも婚約指輪を買う時くらいは思いっきり贅沢しないとな」

飲み物のおかわりを運んで来た水戸が、そう言い置く。それに面食らって俺は眉を顰めた。ほんとはそれなりに高価だったことを水戸に目敏く悟られた気がして動揺したからだ。

「それにしてもマジで嬉しいニュースだよな。おめでとう、みっちー」

俺の分のおかわりのビールをテーブルに置いた水戸が眉を下げながら言う。それに「おぅ」と小さく呟いて俺も首を縦に振った。

「ねぇ三井サン、俺が司会を務めよっか?もしくは付添人」
「え?付添人の答えはもう決まってるわよね?」

宮城の悪ガキみたいな顔で言った言葉に、彩子が素早く口を挟む。

「花嫁は私の親友ですからね?三井先輩、そこ、ちゃんと分かってますよね?」
「いや、付添人は洋平にやらせたほうがいいんじゃねーか?」
「たしかに。洋平は昔から、二人のめんどくせー恋バナばっか聞かされた張本人だからな」
「オイオイ。みんな待てよ、一気に話を前に進めすぎだ」

俺が軽くあしらうように言うと全員の視線が俺に向く。

「俺にプレッシャーかけんなよ、まずはもう一度ちゃんとしたプロポーズしなきゃなんねーのに」
「お、三井。ちなみにどんなプランだ?」
「おいおいメガネくん、ミッチーだぜ?きっと、バシッと決めるに決まってるって」
「あ!ほら、前に海外のニュースでスカイダイビングしながらプロポーズした奴いなかったっけ?あれでいけば?」
「あらリョータ。それって降り立った時に両足を骨折して肋骨に三本ヒビが入った人のこと?」
「あっ!そーそー、それそれっ♪」

木暮、高宮、宮城、彩子の揶揄い口調のやり取りを聞き捨てて俺はまたジョッキに口をつける。

「宮城てめぇ、俺にプロポーズしながら死ねって言ってんのかよ」
「えっ?だいじょーぶ、だいじょーぶ。アンタは絶対死ななそうだから」

そんな宮城の言葉に全員がどっと沸いて笑う。それに溜め息をつきながら手に持っていたジョッキをテーブルに置いて俺はゴホン!とひとつ咳払いをした。

「シンプルにやろうと思ってんだよ」
「シンプルって?」

宮城の問いに俺が片眉を吊り上げて得意げに言った。

「レストランで夕飯食った後にでも片膝をついてジャーン!ってな」
「なによ。ありきたりね」

やれやれと言うように言い放った彩子の言葉に、その場にいた全員がまた笑った。








やっぱり俺は予定通りに事が進まない運命のあるのだろう。結局、水戸に預けたままの婚約指輪は未だ名前に渡せぬままでいる。

指輪はいらないと言った名前。
それでも、あの高校時代の因縁の相手……いや、救世主に預けてあるダイヤモンドが並ぶ指輪を、いつ渡そうかと隣で楽し気にゼクシィを眺めている名前を見ながら考える。

「ねえねえ、寿」
「……ん?」
「こっちのドレスとこっちのドレス、どっちが好み?」

開かれたページを覗けば名前が細い指で「これ」と差し示す。女子の趣味なんてまるで分からない俺も不意にあー、名前が好きそうなデザインだな、と柄にも無く思ったりして、そんな自分がなんだか滑稽だった。

「……どっちでも、いーんじゃね?」
「ねぇー!これだから男はっ!」

ふん!とわざとらしく言ってソファに深く座り直した名前がペラペラと雑誌のページを捲る。その横顔を見ながらそっと「名前」と名を呼んでみた。「ん?」と、いつもの調子で返事をしてこっちを向いた名前と目が合う。

「明日、水戸の店行こうぜ」
「え?水戸くんのお店?」

言いながら持っていたゼクシィを目の前のローテーブルに置いた名前。

「ああ……。どーせなら全員呼ぶか」
「飲み会?いいね、久しぶりじゃない?」
「こないだは桜木が来れなかったから、桜木にも声かけて日程合わせねーとな」

そう言いながら立ち上がった俺が冷蔵庫に飲み物を取りに行く。その背後から「え?寿、みんなと飲んだの?」と質問が飛んで来て短く「おぅ」と返す。

「えー!ずるい、いつ?」
「あ? お前が父さんと旅行行ってたとき」

冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出しシンクに背を預けて名前の方を向く。名前はソファに座ったままこちらに体を向けていた。そんな彼女をじっと凝視すれば名前は「ん?」とでも言いたげに首をかしげた。俺は飲みかけのミネラルウォーターをシンクの上に置き、またソファに戻って腰を下ろす。


「……名前に、渡したいモンがあんだよ」

名前を見ながら言えば名前は「渡したいもの?」と俺の言った言葉をそのまま返してくる。

「そ。 もうこうなったら全員に証人になってもらおうと思ってよ」

両手をソファの背に伸ばして天井を仰ぎながら言えば名前はやっぱり不思議そうに首を傾げる。

「よく、わかんないけど……わかった」
「お!いま、わかったつったな?」

勢いよく体を起こして名前を見れば、ぎょっとして身を引く名前が「う、うん」と、どもりながら言う。

「よっしゃ、これで名前はもう俺から逃げられねーからな!」

わはは!と豪快に笑って俺がまたソファに深く腰を落として両手をソファの背に伸ばせば名前は片眉を歪めて「変な寿」と言って立ちあがり昼飯を作るためかキッチンに向かって行った。

なんだかその顔が不意に俺に似てるかも…なんて思って、思わずフッと笑みをこぼした俺は、なんでもないこの名前との日常に幸せを噛みしめた。


大切な人たち全員に、証人になってもらおう。
名前との未来を誓う、その瞬間を——。










 たくさんの
  「いまさら」で出来ている。




(それでは会場後方扉にご注目ください。新郎新婦ご入場です!)
(……そう言えば洋平、あの指輪どーしたんだ?)
(え?ああ……後日取りに来たよ、みっちーが)
(へえ。じゃあプロポーズ成功したんだな)
(たぶんなー。まあ、どんなシチュエーションでしたのかは知らんけどな)
(じゃあ二次会で聞き出してやろうぜ!)
(ハハハ、だなっ)


※結局みんなの前でプロポーズできなかった中学MVPの話。

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