宮城リョータ

彩ちゃん、今何してる?


彩子

お疲れ様。今は藤真さんと名前とご飯食べに来たけど、どうしたの?


宮城リョータ

ごめん、なんでもない!楽しんでね!二人にもよろしく!




 藤真さんが到着する前に、一杯ひっかけていた私と彩子。不意に彩子の携帯電話にメッセージが入り、彼女はその相手からのメッセージを読んで首を傾げていた。それを横で見ていた私は「どうしたの?」と問う。

「あ……リョータからのメッセージなんだけど」
「リョータくんから?もし予定が空いてそうなら呼んだら?」
「いいえ、なんか『なんでもない』って……。」

 そう言って彩子は携帯電話を、脇に置いていたバッグに仕舞い込んだ。私は「そう?」と返して手に持っていたグラスに口をつける。正面にぶら下がっている液晶からはレッドカーペットを歩く今流行りの俳優たちの笑顔が映し出されていた。

「あら、綺麗なドレスね」
「彩子も似合うと思うよ?」
「やめてよ。おだてても何も出ないわよ?」
「おだててないよ、本心だもーん」

 ——例えば、どんなに有名なブラウン管の向こうにいるいわゆる『芸能人』の人たちも、こんな一般市民の私たちのように傷ついたり悲しがったり怒ったり、笑ったりするのだろうか、と……。
 あくまで芸能人は芸能人であってどこか自分とズレているような感覚が私の脳にはある。これはただの偏見なんだろうとは思うけれど人生十数年生きて来てもなぜか、その考えは止まらないでいた。だから私は今思ってる、自分が芸能人だったら、こんな傷ついたりしなかったんだろうかと。全然そんなはずは、ないんだろうけどさ。

「あたしねぇ、三井先輩のうしろはアンタの特権だとばかし、思ってたのよね」
「……え、なに急に」
「んー?別に?深い意味はないわよ」
「私もあの頃は、そう思って舞い上がってたよ」

 よく——あの頃も、幼馴染と別れて彼も湘北を去って行ったあと、彩子とこんな話をした。
 彼と別れた後も、たまにバスケ部の練習を少し見学して私は見学というよりも水戸くん達と適当にくっちゃべって時間を潰していただけだけど。





 16歳 冬
― 16歳 冬 ―


 冬休み明け。その日は、体育館に向かわずそのまま下校する予定だった。そしたら下駄箱前で、水戸くんを見つけて声をかけた。「バスケ部見に行くんだ」と言った彼になんとなくついて行ったけれど、帰る予定だったくせに、と自分で自分を嘲笑った。

 体育館までの長い廊下。いつになく元彼がこんな時間帯に部室から出て来て。あれ?今日は練習出ないのかな?なんて思いつつ、水戸くんと目を合わせて身を隠しながらそのあとを追いかけると校門前にセーラー服の女の子がチャリを支えながら立っていた。すると次の瞬間——その女の子が乗ってきたチャリのサドルに座った元カレ、と、その後ろに跨がった、その女の子の姿。

「……はぁ?」

 思わずそんな間の抜けな声。だって出さずにはいられなかったから。私が何度も、やりたいって言っても、かたくなにしてくれなかったくせに。だから私は思ったんだ、きっとあの席は私だけの特等席なんかじゃなかったんだと。私じゃ、だめだったんだろうなと。そもそも、ここに転校してきて、彼が誰かとニケツ≠ネんてしている姿、みたことがなかったから。だから、あの子は特別なんだな、って……。
 去っていく自転車をただ茫然と眺めながら私は呟いた。

「もーやだ」
「ん?」
「うざい」
「ハハ、お口がヤンチャ」

 そう言って困ったように笑う水戸くんをジド目で流し見て逆走し校門からバスケ部の練習が行われている体育館に舞い戻った私とそれをゆっくりと追ってきた水戸くんは、桜木くんの親友であり私のよき理解者の後輩でもある軍団を、マックに連れ出した。桜木くんが通院中の今こうして彼が体育館にいない時でも律儀に応援に来るあたり、本当に良い子たちだなあ、と思う。


「あーっ、うざい!」

 駅前近くのマックに到着して私が爽健美茶のSサイズをズズッと飲み干しながら言うと3個目のチーズバーガーをちょうどむっしゃむっしゃ食べ終えた高宮くんが「え?俺かっ?」と訊くので、私はううん、と首を振って答える。

「憎らしくも可愛いと思ってる、君たちの事は」
「肉らしく?」
「テメェの脳内変換はどうなってんだよっ!!」

 私の返答と、高宮くんの返しを聞いていた野間くんがすかさず突っ込む。しかし高宮くんは微妙に会話が噛み合わなかった事に首を傾げていた。あーちくしょう……かわいいなぁ後輩ってのは。

「やっぱあの子、彼女だと……思う?」
「じゃねーの?」

 ここへ来る前に水戸くんが簡単に、先ほど見た光景を軍団に説明してくれていた。私がぽつりと溢した問いかけに明るい声でそう答えたのは野間くんだった。

「大好きなバスケの練習をすっぽかすほど会いたかった相手だもんね……」
「たぶん近所のコートでやってんじゃねーのか?ミッチーんちの近く、コートあるんだろ?」
「あー、うん。だいぶ古いコートだけどね」

 私の嫌味のような嘆き文句に返してくれたのは大楠くんだった。このメンバーもすっかりそっち≠フ仲間になってしまったな、と思う。きっとバスケ一筋になった親友の桜木くんを見ているからなのだろう。私なんて「あの子は彼女なのか」ということしか頭になかった。部活に出なくてもコートで練習してるのでは?なんて今、想像もしていなかったから……やっぱり純粋にバスケ部を応援している人たちは違うな。元カレ本人も結構今ではこの子たちと練習の休憩中とかに喋ってるみたいだし。結局私なんかはただの幼馴染≠セなぁ、って思う。そう、普通の幼馴染……。

「キスシーン見るよりつらいよな、ある意味」

 Sサイズのカップのふたを、ぱかっと外して、ストローで氷をがしがし押し潰している私の目の前で野間くんがそんなことを言う。そうして水戸くんに対して「洋平の見立てはどーなんだよ」と問う。水戸くんはMサイズのコーラのストローを口に咥えたままもう片方の手でテーブルに頬杖を付いていた。

「さーな、でもあれ中学生っぽく見えたけどな」
「げっ!ついにミッチー、そっちに手出し始めたのか……ヤベェだろ、捕まるぜ?」
「姐さんと別れてから、誰でも良くなったのかも知れねーよなぁー」

 野間くんが返したあと彼の隣に座っていた大楠くんがそう言いながら私と同じようにLサイズのカップのふたをぱかっと外して、がしがしと中の氷をストローで攻撃するので、氷のかけらが私の頬に弾け飛んでくる。冷たいんですけども……。

「あー、うざい」

 がしがしと、私も中の氷を攻撃する。氷の粒が飛ぶ。ざくざく、爽健美茶と溶けた氷が混ざっていく。もういいや、飲みたくない。

「……うざい。」

 混ざる。混ざるな。あーあ、うるさい。確かに私と寿は別れたけど。未練があるなんて、言ってないけど。そう、もう……彼女ではないけど。

「超うざい」
「……」
「……」
「……」
「……」
「——くやしい。」

 そう、思ってる自分が——。手を止めて、下を向いた私に軍団四人組は何も言わなかった。言わなくていい。だって多分一番辛いのが私だって、みんな知ってるから。うざいなんてこんな言葉、普段の私からはそうは出てこない。一番傷ついているのは私だ。わかってる。私だってわかってるんだけど……。

「名前さん」

 水戸くんが私を呼んだ。私は顔を上げない。

「泣かないの」

 マックの椅子に立て膝で座り直した水戸くんはカップを持っていない方の腕を伸ばして人差し指で私の目の淵に触れた。指先からタバコの匂いがする。

「……っ」
「強く、なるんだろ?」
「……ごめんっ」
「なんで。謝らなくてもいーけどさ」

 彼の指が離れていき、微かに私の目の淵に熱が残る。私は、鼻水を啜って制服の袖で目を擦る。涙が染み込む、涙は——止まらなかった。

「ごめん——っ」
「だからっ、洋平は謝らなくていーって言ってるんだぜ!」
「そーだそーだ、次謝ったら俺にバーガー追加で奢るの刑だからな、姐さん!」
「そりゃオメェが得するだけじゃねーか」

 大楠くん、高宮くん、野間くんのそんなコントまがいのやり取りに、プッと吹き出してしまったけれど、涙って一回出たら、そうは止まってくれないんだよね。それは、もう知っている。だってクリスマスイヴの後、たくさん泣いたから。

「ありがとう——」
「……」
「……」
「……」
「……」

 ごめん、みんな。ありがとうね……うん、強くなるって誓った。もう泣かないって、誓ったはずだった。でも、やっぱりまだダメだよ水戸くん。私、こうやって来年も再来年も、大人になっても彼を思ってメソメソしてるのかな……不安だよ、もうどうする事もできないよ、誰か、助けて——


「——じゃあ、俺が代わりに……泣いとくかな」


 水戸くんの、優しげで困ったような声色。私はなにも言わなかった。「お、じゃあ俺が泣かしてやろーか?」とか「タイマン張るかっ!?」と、残りの軍団が揶揄い口調で水戸くんに返している中、水戸くんが、声高らかに笑ったあと言った。

「いやぁ?爪でも、剥がそっかなーって。」

「それくらいじゃねーと、俺は泣かないねぇ」と言ったあと当たり前に漂う沈黙の中、野間くんがぽつり「怖えーよ」と呟いた声に私はまた、吹き出してしまった。それを見て「笑った!負け」と高宮くんが私を指差す。

「賭け事してたのかよ?じゃあ姐さんの負けな」
「よし、みんなもう一個ずつバーガー奢ってもらおうぜ〜!」

 なんて、そう言いながらレジに向かって行った水戸くん以外の軍団たちの背中を見送って不意に水戸くんと目が合う。ふっ、と鼻を鳴らした水戸くんが笑った。私もそれに釣られて笑った。

 あーあ、マックでなに泣いてんだろうな、私。でも、本当にありがとう、みんな。そう心の中で呟いて、私は後輩たちにバーガーを奢るべく席を立った。





 *


「……なんてことが、あったんだよねぇ〜」
「……」

 彩子に過去の思い出話を語った後、しんみりとそう言い終えれば彩子は溜め息にも似た息を吐いたあと、呆れ口調で言った。

「もっと、良いエピソード思い出しなさいよね」
「え?」
「ラブラブだった時期だって、たくさんあったでしょー?なんでいつも暗い話なのよ?」
「……すみません。」

 確かに……彼との思い出は楽しい事もたくさんあったはずなのに。何故だろう、今になって思い出すのはあの、別れ話をした後のことばかりだ。普通思い出って美化されて、良い事しか思い出さないとか昔から言われているけれど、私の場合はなんかちょっと違う気がする。きっと、トラウマになってしまっているのだろうな、と思う。
 そんなことを一人脳内会議をしているとカランカランと入り口の扉が開く音がして彩子と一緒に視線を向ければ、そこには藤真さんがいた。

「まあ、今は幸せそうだから良いんだけどね?」

 彩子が笑顔で藤真さんを手招きしながら、私にそう呟く。私は小さく「うん」と、言い返した。しかし、藤真さんは携帯が鳴ってしまったらしくこちらに「悪い」と言うように目配せをしてまたお店を一度出て行ってしまった。

「……でも、アンタ大人になったわよね」
「え?」
「だってー、三井先輩が卒業するまではいっつも泣いてばっかだったけど、三年生になったら泣かなくなったでしょー?」
「あー、そう……だっけ?」
「あっ!一回だけあったわね、あのほら、学校祭のとき!」
「……」

 その時、ふと思い出した。私たちの卒業式の日のこと。水戸くんの胸の中で号泣した、あの日の記憶——。あれは、このまま墓場まで持って行くべきだと私は彩子にバレないようにふっと笑って目を伏せた。
 それにしても……さっきリョータくんから連絡があったって彩子が言っていたけど、何の用事だったんだろうか。リョータくんも、予定が空いているなら今日そのまま誘えばよかったのに……。


 *


「……てかさぁ〜、アンタ、本気で合コンする気ありました?」
「あるわっ!なめんなよ吊り上がり眉毛のチャラチャラパーマ!」
「ハイハイ。つったって、あんなんキモいって。引かれるに決まってんじゃん、ほんと腹立つサラサラロン毛のエセヤンキー」

「それは昔だ、ばかやろう!」と、カラオケボックスから出てきた俺と三井サン。今日はアンナに珍しく、飲みに誘われた。待ち合わせ場所が地元だったので、最近やたらと連絡がくる三井サンに「息抜きにどーすか?」と誘ったら意外にものこのこやって来た彼。しかし実態は、美女たちとの合コンだった。当然、主催者はアンナなんだけどアイツはああ見えてモテるから合コンなんかしなくても何ら問題ないとかで、現地に来なかったと言うオチ。
 
 結局、アンナが組んだ合コンは女子五人、男子五人で俺たち二人以外はみんなピッチピチの若者だった。ただムサ苦しいだけの湘北卒のバスケ部の先輩に気を取り直して「青春レモンスカッシュを味合わせてやりますよ」とか言って何とか参加を説得した。俺は何回かした事があったから別に何もビビっちゃいなかったんだけど三井サンのアホが合コンをした事がない人だったので驚いた。今は婚約者がいるらしいけど、本当にあの幼馴染一筋だったんだなーなんて感心しつつも、なんて寒い人生なんだ……と俺は、心の中で哀れんだのだった。
 んで、この元サラサラロン毛の先輩。カラオケに入ったはいいけど俺の傍を全く離れないで始終くっついてくんの……合コンの流れ知らねーの?女子とくっつくの、女子と!とか耳打ちしても、「あ、あー」とかサルみたいな声しかあげない。ほんと差し歯折ったろか、って。そして三井サンがくっついてるから俺らんとこには、全く女子が来ない!そっちのヤツ≠セと思われたらどーしてくれんの、この元歯抜けロン毛のエセ不良め!

 強引に若い野郎からマイクを回してもらって、さっきから、ポテトを一本一本チマチマチマチマ食べて一言も話さないガチガチな三井サンに無理矢理歌わせたら、良心で誰かが入れてくれたのは今は懐かしい『DA PUMP』の『USA』であり、あーいうのは彼らが歌うから楽しいんであって、映像もジョイサウンド独自のやつでMVじゃねーし謎の若者が騒いでる映像だし三井サンがそれを歌うのは、それはもう、しらけた。これ以上ないほどに、しらけた。あ、女の子たちは笑ってた。
 さっさとマイクを三井サンから奪い取って他に回して、次に流れてきたのが、まさかのバラード『C&K』の『みかんハート』でメチャクチャに歌の上手い男子が完璧に歌い上げちゃったもんだから女の子たちはメロメロ。俺も「絶対狙ってんだろうなー」とか心の中で思いつつも聴き入っていたら隣で三井サンが大号泣。カラオケのお酒をちゃんぽんするからこうなるんだ、と呆れて介抱して。歌って恥ずかしくて酒をちゃんぽんして、そして失恋ソングで号泣……何なら歌い終わった彼に握手を求めていて、もう完全に引いた。

 そんなかんじで、二次会の計画を立てはじめた他の子たちを見て焦った俺は三井サンを連れ出しカラオケを途中退場、不完全燃焼。
 ……ありえない、あのカラオケ上手かった男子よりか俺の方がいい男じゃん、どっからどう見ても。なんつーか総合的に、すべてが!だって介抱してるんだよ?この、泥酔してる元エセ不良を。
 介抱してあげたわけだし彩ちゃんは藤真夫妻と食事中だし、このままこの人のことは置き去りにしようと思った別れ際——ブロックに、ヤンキー座りをして、頭を項垂れさせていた三井サンに、「もう誘わないね」と苦笑気味に言ってその肩をポンと叩いたときだった。


「——っんで、藤真なんだよ……」

 とか、弱々しく漏らすから。そのままその場に立ち尽くしている俺に気づいているのか「あー」とか「なんなんだよ」とか後頭部を掻きむしって呻いてその場から離れようともしない。とにかくため息をつくしか、俺には仕様がなかった。仕方なく「三井サン」と声をかけて一緒に駅に向かうことにした。


 *


「……」
「……」
「……結婚、すんだろ?」
「……、みたいだね……」
「……そか。」
「……うん。」

 野郎二人で寂しく駅に向かい、見慣れた地元を俺達は口数も少なく歩いていく。しかし、徐々に三井サンの足が速度を緩めた。そしてそのまま、横を流れる海の方に引き寄せられるように歩いて行って手すりに手をつき、海を眺め始めた。俺も一応隣に立って、三井サンとは逆向きに海に背を向け、手すりに腰を預ける。

「……こないだよ、実家の前で会ってな。」
「ん?」
「名前と、藤真——父親に挨拶に来たんだと」
「……それ、もう聞きましたぁ」
「……だっけ?ふは、悪ィ悪ィ」

 めちゃくちゃ酔ってるな、と言うのを今の会話で改めて実感し、苦笑する。口調はいつもと変わらなかったのですっかり酔いが覚めたのだろうと思っていたけれど、とんでもない。こないだ自分で報告してきたことをまた話してる始末。それに俺はあのあと二人にカマをかけてデートをさせた張本人であり、そのことすらも今この人は忘れているのだろう、と思った。

「……ヤった、と思うか?」
「は?」

 思わず三井サンの方を見て素っ頓狂な声を発してしまった。まさか、この人から、こんな質問を投げかけられる日が来るとは……この手のタイプは絶対に避けそうな案件である。けれど思い出した。いま彼は、酔っ払いだったという事を——。

「……まあ、シたんじゃん?案外あの二人うまくいってっからね。てか、そこ重要?そんなに。」
「……重要。」
「あ、そ?うーん、なんつーか……流れつかむのうまそう、藤真。モテそうだしアンタと違って」
「おいコラ」
「……」
「うぜェ……くそ。」
「——、」

 ……きっと三井サンは、明日になったら今日のことは忘れているだろうと思う。「ヤったのか」なんて聞いてきたよ?とか言ったら、俺が殴られそうでもある。なので後になって今日のことは、俺も持ち出さないと、この瞬間に自身に誓った。だから、聞いてあげようと思った。珍しく素直に剥き出している、先輩の本音とやらを……。

「宮城、おめぇ……想像した事ねーだろ?好きな奴が、他の奴とヤってるとこなんてよ」
「あー、ないね。そういうへきないんで、俺……」
「じゃあ想像してみろよ、もしも彩子が突然——赤木と結婚するとか言って目の前に現れた日を」
「え、何でダンナ?んー、まぁ動揺はするかも」
「婚約指輪、してんだぜ?左手の、薬指に——」

 三井サンは帰り際立ち寄ったコンビニで買ってきたらしい缶チューハイを開けてグビグビと飲み出した。しかも、ストロング……この人、完全に悪酔いしようとしてるじゃん。めんどくさ……。大丈夫かよ。こんなんで教師って務まるのかな。てか——好きな奴≠ネんだ。好きだった奴じゃなくて、好きな・・・……やつ、ね。

「海外か……もう、会えねぇんだな……」
「……」
「なあ、宮城」
「はい」
「今からだと、もう……遅いと思うか?」
「……え」
「全部捨てて、親とも縁切って、おめーらとも、これ以上迷惑かけらんねーから縁切って——んでアイツを、奪いに行ったら……ふは、遅せーか」
「……三井サン。」

 そのまましばらく沈黙が続いたが、突然横からさっきカラオケで若いメンズが歌っていたあの曲三井サンが大号泣したあのメロディーのサビが、鼻歌で聞こえてきた。なんとなく流れで、それに口笛を被せたら「ハモんな」と、鼻で笑われた。
 ——泣いて、泣いても泣き叫んでも叶うはずのない恋だから何度も「やめよう」言い聞かせても想いは増すばかり……か。

「あの曲、いーよね」
「ああ、あの曲は知ってた」
「へえ……聴くんスね、ラブソングなんて」
「アンナに、教えてもらった。高校時代に」
「え?アンナに?」

 三井サンは「おう」と短く返して、残りのストロングを一気飲みした。俺は、その横顔をじっと凝視する。その視線に気づいたらしい三井サンが「あン?」と、こちらに顔を向けた。

「いや、アンナ?……高校時代って?」
「あー年明けにほら、着替え持ってきた時あっただろ?セーラー服着て。帰りに鉢合わせになってチャリ漕げって言われたんだよ」
「あーなるほどね。んで勧められたの?」
「ああ……イヤホンで何か聴いてたから、なんだそれって言ったらハマってるとか言って」
「そか、あの曲そんな前の曲だったっけ」
「最近また流行ってんだろ?生徒が言ってたぜ」

 へえ、と軽く受け流して俺はまた正面を見る。このとき俺は、実はやっぱり三井サンは、酔ってなんかいないんじゃないかなって思った。やけに記憶が明確だし、この人に限って彼女との思い出以外、酔っているなら尚更そこまで詳しくなんて覚えていないだろうなって思ったからだ。

「水戸とかなら——まだ、諦めつくのによ……」
「いや、アンタは荒れ狂うでしょ、むしろ相手が水戸だった場合。またロン毛なっちまうっての」
「うっ……」
「しかも、藤真でも充分負けてるよ、アンタは」
「……うっせーなぁ、ちょっとは労われよなぁ」
「もうさ、そういう昔の仲間で固めようとすんのやめた方がいースよ?」

 え?と三井サンがこちらを向いた気配を感じたけれど、俺は正面を向いたまま、視線を少しだけ足元に落として、そばにあった、小さな石ころを蹴飛ばしながら言う。

「引き合わせようとした俺が言うのもなんだけどさ、間接的に会おうとすんの、もうやめなって」
「……」
「自分から避けたんじゃねーの?大学時代」
「……」
「まあ、気持ちはわからなくもないけど。実際、目の前で『結婚します』って言われちゃったら」
「……」
「しつけーと、今よりもっと嫌われちまうよ?」
「——、」

「綺麗な思い出のままでいーじゃん」と、チラと目配せすればそっと正面を向き直った三井サンが駅の方に向かったので、俺は後から追ってついていく。そして、すぐに横に並んで声のトーンを少しだけ上げて言った。

「つーかさ、いくら合コンが初めてだからってさ緊張しすぎ。男の俺から見てもキモかった本当」
「あのよ、俺がなに言われても平気な奴だと思ってんだろ?甘めぇーな、俺のハートはな?ガラスのハートなんだよ、デリケートなの!」
「そんなだからさぁ〜婚約者しか相手いなかったんじゃねーの?」
「くぉら!宮城!」

 田舎な地元に帰って来て互いに緊張もほぐれたのか、いつも通りの俺達が目を覚まし出す。あーあ、ほんと、この人のせいで誤解されたじゃん、ホモって。時間と俺の無駄遣いもいいとこだよ。

「——で?三井サン」
「あ?」
「いい子見つけた?なんやかんや結構かわいい子揃いだったと思うけど」

 俺は頭をボリボリかきながら、なんとなく呆れ口調で訊けば三井サンは「うっ」と一瞬眉を寄せた。

「い、いたっちゃあ、いた、かもな……」
「……え、マジ?なんだよ、何気に見てたんだ」

 今からでも遅くないよ、アンナに連絡先教えてもらう?と揶揄い気味に言うと、三井サンはまた照れたように「は?あー、えー」と曖昧な返事をした。そして顔をあげて、今度は俺に訊く。

「つか、宮城は?」
「え?俺はーアレ、あの子。向かいに座ってた、えーっと、名前はぁ……」
「……」
「——あ、そうそう!名前ちゃん♡」

 答えると、三井サンは「え!?」と顔を顰めて一瞬あたりに沈黙がうまれた。

「……テメェもかよ?」

 ……なーんて。嘘に決まってるのに。きっと、三井サンなら、彼女を選ぶんだろうなって思って聞いたんだから。だって、幼馴染の彼女と同じ、名前だったもんね?

「お前!結局目の前の奴しか見てねーんだろが!何で俺がな!?お前なんかと同じ好み選ばねーといけねぇんだよ!」
「それまるっとそのままアンタに返すよ俺だってアンタなんかと同じなんて嫌だよ、全力拒否!」

 そこまで一気に言って、二人でハアハアと息を整える。そうして二人でなぜか吹き出した。あーヤダヤダ、こんなの、側から見たらただの仲良しじゃーん……心外。

「……てか、三井サンだって買ったんでしょ?」
「あ?なにを」
「婚約指輪?」
「買ってねえ」
「買ってねえの!?」
「いらねーかな、って。もう結婚決まってたようなもんだしな……つーか、もうやめろ」
「はい?」
「蒸し返すなっつの、この吊り上がり眉毛」
「なんだ……やっぱ酔ってねーじゃん、サラサラロン毛」

 俺らは歩きながら隣同士で睨み合う。けれども自然と二人で正面に向き直って歩みを進め、次に三井サンが「ラーメン食ってこうぜ」と言った。
 収穫があったのか無かったのか、とりあえず、最悪な合コンだったけれど、先輩の本音が聞けてよかったな、とは思う。彼女が空に旅立つ前に。
 
 けど実際、今の婚約者を選んだ理由までは聞き出せなかった。そんなことを考えていた俺の隣で三井サンがぽつり「あーあ、カラオケでなに泣いてんだろうな俺、だっせ」と呟いたのを聞いて、やっぱ近いうちに何で今の婚約者と結婚する事になったのか、聞いてやろうと思った。










 略奪 、あたわず。



(——三井サン、なんで結婚決めたの?)
(あ?……神の御業みわざ。)
(へぇ〜難しい言葉知ってんだね)
(ったりめーよ、教師なの、俺は)
(かみのみわざねぇ……)
(宮城……今日の事は、墓場まで持ってけよ?)
(……はいはい。言えねーし、こんなの誰にも)


※『墓場まで持ってくわ/アルコサイト』&
 『みかんハート/C&K』を題材に

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