忘れられない青がある(1/5)
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——『まもまく二番線に電車が到着します』——
すでに雨によって、はたまた、涙によってか。いずれにせよ藤真さんの整った顔も濡れてしまっていることなんてどうでもよかった。心根が真っ直ぐな彼とは正反対にずる賢い私は彼が決まって安心する一言を知っていた。それを言えば彼は、きっと私に映画みたいな甘くて優しいキスをしてくれることだって……。でも、言えなかった。
付き合っても合わなくても、結婚してもしなくても、私が頑張ると、私が相手にハマると、いつだって必ず相手は離れていく。泣きたい。だけど泣く場所も泣く時間も大人にはすくない。なにもしなくても、無情にも明日は来る。私はやっぱり恋の仕方を、どこかで間違えたのかも知れない。好きな気持ちはいまも同じなのに。好きなのに、捨てるしかない恋を、また、するなんて。
私ってつくづく成長出来ないんだな、と思う。頭が悪いのかも。いや……悪いのか。
「……。」
——来てしまった。寿の住むこの町へ。なぜか来てしまった。
一目会いたい。元気で明るいあの笑い声を聞くだけでもいい。最後に、一目だけ……。
地元の駅に到着したその足で神社へ向かった。何年もまえに書いた、自身の絵馬を探してみる。なんとか見つけ出した筆跡が薄く残っている古く脆い絵馬。高校生のころの記憶が蘇り思わず苦笑した。私はその絵馬を手に取ってそのまま神社の隅にあった返納箱へと、それを納めた。
神社を出たあとは幼馴染とよく歩いた通学路をひとり歩いて思い出の詰まった海へと足を運ぶ。いつも二人で腰をかけていたあの石段を遠くから眺めていたら、記憶のなかにぼんやりと見えた、二つの面影。なぜだろう、想い出のなかの二人はいつだって笑顔なのに。
ねえ、わたしたち……。どうして、こうなってしまったんだろう。わたしたち、どうして別れてしまったんだろう。
「………、あれ——?」
え……? 無い。ふとコートのポケットに手を入れたときだった。自宅の鍵につけていたあの、ストラップの感触が手に触れないことに気づく。たしかにコートのポケットに入れたはずなのに。もしかしたら、どこかに落としてしまったのかもしれない。あぁ……ついに、無くしてしまった。幼馴染の彼と唯一繋がっていた、大切な、小さな��証�≠�——。
�� 一生一緒に居て欲しい ��
そんな約束を、彼にも求めた私が悪かったの。好きだったのに。ただ、好きだっただけなのに。
結局私は母のことも寿のことも忘れられない。複雑に絡み付いた二つの思い出を上手に解きほぐすことすらできない。私の愛は重いのだろうか。
だれかが言っていた。人生はまるで、ジグソーパズルのようだと。どんなにキラキラと輝く思い出も、運命の女神を呪いたくなるような理不尽な仕打ちも人生にとっては、かけがえのないピースなのだと。
わずかな光でもよかった。私が照らしていくと心に誓った。強くなれないままで「ごめんね……ごめんね」と、心の中で叫んで、手を強く繋いで眠った夜もあった。変われたのかな?いや、なにひとつとして、変われていないのだろう。きっと彼の望む��保証�≠焉A出来ていなかった。
それでも、たとえ歪んだ未来でも私はあなたといたかった——。
*
「よーへーっ!!」
けたたましく店の扉が開くと同時に、些か馬鹿でかい声が、店内に響き渡った。
はァはァと。ついで、ぜェぜェと肩で息をする真っ赤な坊主頭の親友を一瞥してからいまさっき火を付けたばかりのタバコを灰皿へと押し付けて先端に灯っていたその火を消した。
「花道——。」
「はァ、はァ……」
「……どうしたー? きょうはもう閉店だぜー」
「彩子さんから、電話が来たっ!」
「うん? アネゴ?」
「名前さんが——行方不明だってよ。」
「……。」
花道のいたであろう場所から鑑みるに二駅分の距離はある。走ってきたため、息が苦しそうではあるが、それでも言うほど汗も流さず涼しい顔をしているその様に、こいつはもう立派なスポーツマンなのだと、あらためて思い知らされる。
カウンターの椅子にドカンと座った親友にとりあえず、コップに入れた冷たい水を提供すれば、ものの数秒でその中身をぜんぶ飲み干してしまう始末。それなりのサイズ感のコップだったのに、まったく、こいつときたら……。
「まあ……落ち着けって。なにがあったんだ?」
「俺もよくわかんねー。彩子さんが焦った感じでそう言うから、名前さん知らねーかって」
「ふうん。残念ながら、ここには来てねーぜ?」
「よーへーに、直接電話とかもきてねーのか?」
「ああ。何年も連絡すら取ってないしなぁ……」
「そーか……」
ややくちびるを尖らせて斜め上を見やる花道に「なんか食うか?」と問えば、「食ってきた」と言うので、このままここで悩んでいてもしょうがないと伝え、なにかあったらお互いに連絡を取り合うこととし、花道を一旦帰らせることにした。
花道を店先で見送り、扉を閉めて耳をすましてみれば、どうやら、ランニングをしながら帰って行ったらしいその軽やかな足音に思わず苦笑してしまう。
ほどなくしてその足音も聞こえなくなり、店の中は、またシンと先の静けさを取り戻した。俺がカウンターのなかに戻り、換気扇のまえで煙草を一本咥えて、そばに置いてあったライターを手に取り火を付けたタイミングで、カウンターの奥にある部屋から出てきたある、ひとりの人物——。
「あら、おはよう。」
「うん……おはよ。」
——シンデレラのガラスの靴はぴったりなのにどうして途中で脱げたんだろうね。あれってさ、王子様の気を引くためにわざとやったとしか思えないんだよなー、俺。
そう高校時代にも教えてあげたのに、やっぱり彼女は
今回も
(
・・・
)
そのガラスの靴を脱ぎ捨てることができなかったらしい。
��愛�≠ネんか、後付けだって。人間なんて所詮みんな自分が一番可愛いんだから。己の欲望を、より多く満たしてくれる相手を愛してしまうものだって。たまには道を大きく踏み外さないと自分や周りを客観視することは出来ないんだよ?ってあんなに何度も言ったのに。だけど彼女はそれが出来ないのだろうなとも思う。自分の気持ちに、嘘がつけない子だから。いつだって素直で、真っ直ぐで清く美しい子だから。そう、昔から——。
「お水……もらってもいい?」
「はいよ。あー、もしかして店のなか、寒い?」
「え?」
「んー?……あ、はい。どうぞ、お水です。」
「ありがとう……」
きみが悲しいとき、きみが嬉しいとき、最初に頭に浮かぶのが、自分でありますようにと願った瞬間が、過去に一度だけあった。それは、親友の大切なものを取り上げようとしたあの人ときみが別れたと聞かされたときだ。
きみが仕掛けたイタズラにね?俺はいつだってわざと引っかかるんだ。だって、きみの笑顔が、見たいから。ううん……見たかったから。
「ほら、ずーっと胸のまえで腕組んでるからさ?寒いのかな、って」
「あっ、ごめん……無意識だった。寒くないよ」
きみの笑顔が僕の世界を晴れにした——なんてクサい台詞を、一輪の花とともにいま伝えたら、きみは笑ってくれるかい? あのね、いつだって善き人にこそ、悪魔が訪れるんだぜ。そう何度も教えたろ、忘れちゃったか?うん、忘れてるね。
「……きっと、心が深く傷ついちゃったんだな」
「え……」
「これ以上、傷つかないように守ってるんだよ。多分それ人間が無意識にする防衛本能ってやつ」
「……、」
「……」
「……。」
沈黙は金なり——なるほど。よく心得ていらっしゃる。そう言うのばっかり、身につけちゃうんだもんなぁ。ほんと、参っちゃうよな。
涙を越えたその先に今回はなにが見えているのだろう。愛情?友情?希望?……それともまた、絶望——?
恋か憧れか、愛か友情か。はたまた情か——。もしくは、やっぱり��無�≠ゥ。自分で決められるものならば、こんなに中途半端な関係にはならなかったのかもしれない。
大胆なようで慎重で、図太そうだけど不安定でとっても繊細な16歳の彼女の人生が、愛に溢れますようにってずっと願っていた。疲れたきみがひたすら海を見るためだけの、小さな椅子でありたいと、高校時代から変わらずにいまでも思う。
「……いろいろと、大変だったんだな。」
「……っ、」
こんな不器用な優しさに先回りで寄りかかってくれた。決して美しい花束じゃない、名前のない花を選んでくれた。きみが隣にいれば闇夜に光が灯った気がした。きみといるから怖くなかった。抱きしめたい——優しく正しく、守れるように。わずかな光でもいいから照らしていくと誓った。だから今日だけは特別扱いをして死ぬほど甘やかしてあげようって……。そう、思ったんだ。
「すこしは眠れたかい? 名前さん——。」
雨に濡れた姿で、久方ぶりにきみが俺のまえに姿を現した、その瞬間に。ついでに……思いやり強めで、って——。
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