優しすぎた思い出たち(2/2)
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「臭うね。」
神妙な面持ちで宮城が両手を絡ませてその上に顎を乗せながら呟く。鋭い目つきの悪い眼差しのその先には一向に便所から帰ってこなかった俺の幼馴染、彼女と水戸が笑顔で楽しげに会話をしている姿。
「確かにちょっと臭せぇかもな。お前の香水が」
「違うっつの!アンタほんとどんな脳みそ?あの二人だってば、水戸と名前ちゃん。」
その声に反応したのは俺だけではなく、宮城の隣に座っていた木暮もそうだったらしく導かれるように、視線をカウンターの方へと向けていた。宮城を挟むようにして木暮とは逆側の席に座っていたはずの彩子はいつの間にか桜木たちとテレビゲームに白熱している模様。
「ちょっと〜!なんで助けてくれないのよっ!?桜木花道っ!!」
「彩子さんだけっすよ、取り残されてんの」
「アネゴ一番最初にキャラ選択しといて、結局は一番遅いんだもんなァー」
「うるさいわね!可愛いじゃないのよピーチ姫」
そんな声をBGMに宮城は眉を吊り上げて目の目に座っている俺をチラ見した。思わずピクッと眉を動かした俺を流し見て宮城はゆっくりと語り始める。
「——ありゃ、なんかあったな」
「……あ?なんかってなんだよ」
「ヤったな、間違いなくアレは」
「はぁ!?ヤ、ヤったァ!?バカ、宮城この野郎縁起でもねーこと言ってんじゃねえ!!」
「ウルサ。耳ぶっ壊れたっス」
「てっ、てめェがわけわかんねー事ほざくから」
他人に対してものすごく寛容(?)な俺でも、聞き捨てならないその言葉に間髪入れず突っ込みを入れた。しかし宮城はカウンターに向けて顎をしゃくる。
「だって、ほら。どー思う?あのゼロ距離感。」
俺は努めて音を出して目の前の料理を食べ進めた。そんな回答の合間でも。そして「許せねぇ」と、無意識下で手に持っていた割り箸をバキッと片手で真っ二つに割った俺を見て、ギョッと目を見開いた宮城が「はい?」と聞き返した。
「何が許せねーんスか?」
「俺の気持ち知ってて手出したんなら、そりゃあ真っ当な、俺に対する裏切りだろーがよ」
宮城はあからさまに嫌な顔をした後「ハァ〜」と盛大に溜め息を漏らす。木暮はそんな俺たちのやり取りを、まるで、自分のガキでも見るような雰囲気で見ていて手元のウーロン茶に品よく口をつけて浅く笑っていた。
「おい宮城。なんだよ、その溜め息は」
「ええ?だってさぁ〜?べつに別れてる間に誰と何があろうと、三井サンには関係ねーじゃん」
「そ、そりゃそーだけど。でも、もしそうだったら一発くらい、ぶん殴らせてもらわねーと……」
「ハッ、何言ってんの。アンタなんか秒で負けるっしょ」
ギリッと宮城を睨めつければ木暮が、まぁまぁと、宮城の肩を叩いて宥めていた。そんな宮城は「だって木暮サン、この人さぁ」と続けていたがふとゲームで盛り上がっていた桜木が視界に入った事で俺は折ってしまった箸をテーブルに置き、ぽつりと「なぁ、桜木……」と声をかけた。
「ぬ?」
ゲームに熱中していた桜木がこちらに顔を向けたとき、その隙を狙ってヤツのそばにいた大楠にコントローラーを奪われた桜木が舌打ちをしつつテーブルに向き直り、自分の杯を煽る。ゴクリと唾を飲んだ俺が「あ、あのよ」と言葉を続ければ桜木のほか、宮城と木暮も俺を見た。
「あの時の……水戸の怒りレベルが、どんくらいなのか知りてぇ」
「あぁ?よーへーの?」
「ああ……10段階で言うと、どんくらいだ?」
あの時——と言うのは言わずもがな高校時代に俺が体育館に殴り込みに行った時の話だ。宮城と木暮はすぐに察したようだが相手はあの桜木だ。案の定「あ?」だの「なんの話だ?」だのと顔をしかめて頭を捻らせている。そこですかさず助け舟を出してくれたのは、やっぱり木暮だった。
「ほら、桜木。あの時だよ。お前達が高一の時、三井が体育館に来ただろ?」
「あ?体育館?」
��体育館�≠フ部分に抑揚をつけて言った桜木が「お!なるほど」とポンっとグーを作った右手で自身の左手の手の平を叩く。そしてまた「ん〜」と腕を組み、苦い顔をしていた。
「まだありゃー手加減する余裕があったからな」
ビールを飲んでいた宮城がぐっと喉を詰まらせゴホゴホッと咳き込んだ後「手加減?あれで?」と桜木を見る。木暮は困ったような顔で「大丈夫か?」と、宮城の背中を摩っていた。
「ん〜、5くれーか?」
「5ォ?おいおい、10段階だぜ!?桜木、お前ちゃんと計算できてんのかよ……」
「なンだと!できてる!まぁ、五体満足だしな、ミッチー」
「ご、ごたいまんぞくってお前……」
またもゴクリと唾を飲み込んだ俺をチラ見した野間が「なんだミッチー、洋平に宣戦布告か?」とニヤニヤしながら話に割り込んでくる。そばでゲーム観戦していた高宮もそれに気づいてこちらに向き直ってから言った。
「メガネくんがあそこで間に入らずして、もしもミッチーがその後オヤジに泣きながら土下座してなかったら……」
「な、なかったら……?」
「マジで二度と体育館に近寄れん体にされてたと思うぜ」
高宮の後に野間がそう言って、勝手に話を締め括ってしまった。うんうんと腕組みをして聞いていた高宮は、まだ手付かずだったチャーハンを、皿ごと持って豪快に頬張る。桜木がそれを見て、「俺にもよこせ!」と皿の取り合いが始まった。
「バスケ続けれてよかったな、みっちー」
「うおっ!出たッ!!」
どこからともなく水戸洋平——なんて、冗談はさておき、突然背後から声を掛けられてオーバーリアクションを取った俺に今まで話題に上がっていた張本人、水戸が涼しい顔で「いやそんな人をオバケみてーに」と、持ってきた盆をテーブルの上に置く。盆の上には追加のビールやら、今出来上がったであろう煮物やら焼き鳥が乗っていた。
「うお!うまそーだなっ!よーへー!」
「今日は久しぶりに花道も来たからなー、特別」
「さすが洋平〜。花道には相変わらず甘ぇな!」
「ははっ、そんなことねーって」
幼稚園に通いはじめた頃、好きな子ができた。いま思い返すと、いつも彼女を目で追っていた。彼女を見ていると、なんだか楽しかった。どこを好きになったのか言葉ではうまく言えない。ただ彼女が笑うと嬉しかった。
再会して改めて思った。あの笑顔を一番近くで見ていたいと。彼女が笑ってくれるなら何だってするって。
「洋平!ミッチーが喧嘩してぇってよ!」
「おい!バカ野郎!ンなこと言ってねーだろ!」
「えー?いいよ、みっちー弱いから」
「なっ……!?」
「ガハハハ!そりゃ違いねーな、洋平!」
大切な人が、笑顔で幸せそうならそれでいいと思っていたけれど、やっぱり、その笑顔のそばにいたくて、なんでもないことで笑い合えたなら、きっと他には、何もいらない——。
*
「おかわりは?」
水戸くんが座敷席に飲み物等を運び終えてカウンターに戻ってきた。私は「レモンサワー」と、笑顔で言う。水戸くんは目配せだけして、自分の分の水割りと一緒に、私の頼んだレモンサワーを作り始めた。
「……」
「……」
あの日は——勢いで色々やってしまったから、今になって、後悔の念がどっと押し寄せてくる。もっと、自然な頼り方があったんじゃないのか、もっとこんな結末にならないアドバイスもらえば良かった、それに、やっぱり水戸くんには彼女がいたかもしれない……こんな私が、好きだなんて言ってごめんね、などなど……。
頬杖を付いて目を伏せると頬に若干熱が籠っている事が分かった。出されたレモンサワーのグラスに浮かぶ氷がカランと音を立てて溶けていく。私はそれを手に取って、一口だけ喉に流し込む。
「名前さん?」
「んー?」
「もう、来ないと思ってた」
「思わず逃げちゃってたの」
「うん。気づいてた」
そして二人で顔を見合わせて高校時代のようにくすくすと笑い合った。
せめても貴方だけは不幸にならないでほしいと願う相手の事は、いつまでも好きなままなんだと思う。そう願う相手が私には多すぎるけれど平等にみんなが、幸せであって欲しいと願っている。
「そう言や、ちょっと前に同窓会があってさ」
水戸くんはそう言って、自身の携帯電話を私に差し出してきた。条件反射で受け取ったその携帯の画面に写っていたのは——まさに私が��不幸にならないで欲しい�≠ニ常々願っている、そんな、見慣れた顔ぶりだった。
「えっ。もしかしてこれ、流川くん?」
「そーそー。あとこっちが藤井さん。あとこれが松井さんで、あと晴子ちゃんに——花道。」
カウンターから身を乗り出しながら指を差して説明する彼の言う通り少し大人びたみんなの姿がそこには確かに写し出されていた。
同窓会……か。きっと成人式でもこのメンツで集まったのかな。素敵だなぁ、いまでもこうして交流があるって。それにしても流川くん……わざわざこのために帰国したのかな?意外と、可愛いとこもあるんだなぁ。
「まあ、ちょっと前って言っても結構前だけど」
「そうなの?」
「ああ。うーん……二年くらい前?かな。湘北の同窓会があってさ、その時の写真」
「へえ……」
「んで藤井さんは今、外資系の何だかをしてて、松井さんは保護犬の何とかって団体にいるとか」
「そう……あれ、水戸くんは?映ってないけど」
「俺は撮影係」
「そっかぁ……でもさ、みんなすごいね。目標があって羨ましい」
「目標?」
私はコクンと頷いて、もう一度その写真を目に焼き付けてから、携帯電話を水戸くんに返した。それを受け取った彼が後ろポケットに携帯電話をしまう動作を見つめて、ゆっくりと口を開く。
「私はみんなみたいに、何かに必死になったことなんかないもん。いつも、なーんでも中途半端」
「そんな事ないだろ。ほら、まだ見つかってないだけかもしんないぜ?絶対に諦めたくないって、心から思えるものに」
「どうなんだろう……あまり、期待しないようにしてるんだ、私。」
「期待?なんで?」
「んー。傷つきたくないから、かなぁ……」
「……」
つまづいたのは誰かのせいかもしれない。でも立ち上がれないのは誰のせいでもない。傷つく事なく成熟なんかできない、そんな事は知ってる。
——好きだった。本当に、好きだった。来るはずだった未来が訪れず私達の時間はずっと止まったままだったから……。
「んー、まぁ……確かに。人に期待しすぎるのは良くないかもなー。けどさ、自分には期待してもいいんじゃないか?」
「ん?」
「たとえばさ?明日の自分は、今日よりもいいんじゃないかぁーって」
「でも……もし、良くなかったら?」
「んー、次の日はいいかもって?明日どうなるかなんて誰もわかんないだろ?明日の自分が笑えるように、今日を頑張るっていうかさ」
「……なるほどね、水戸くんはポジティブだね。でもさ、流石にもうこんな歳だよ?」
「何言ってんの、これからこれから」
「ハハ、絶対そう言うと思ったぁ〜」
私は、未来を待てないで何かに焦って走っては転んでばかりだった。そして過去を捨てられないで重い重いと、泣いてばかり……進んでいるのか逃げているのか分からない今を、助けてあげられないって自分に嘆くのは、もう終わりにしたい。
「ほんと、変われたらいいんだけどねぇー」
「大丈夫、名前さんなら。変わりたいと思ったら絶対に変われるさ」
「水戸くんは……ずーっと変わらないね。昔から水戸くんに言われると出来る気がする。不思議」
「それはそれは……なら、よかったです」
「……うん。」
一生、忘れられない恋だった。四月、桜の花を見るたびに思い出す。かけがえのないあの日々の事を。太陽みたいな人だった。その人といると、信じる事ができた。明日もきっと明るい日だと。
他愛のないやり取り、風に膨らむシャツの背中笑い声、一緒にいる時間の全部が、宝物だった。一生......忘れられない恋だった。
「名前さんはさ、自分にどんだけ影響力があるのか、もうちょっとわかった方がいい」
「……ん?」
「こっちはいつも揺さぶられる。昔も今も、な」
「……。」
「
今回
(
・・
)
も、たくさん悩んで頑張ったんだな。」
「え、なにそれ?今回って?」
「今回の功労者、名前さんに乾杯——。」
「……ふふ、ありがとう。じゃあ……乾杯。」
それにしても寒いなと思ってお店の窓を見る。窓が結露して透けていて、ちらちらと、動く白い何かが見えた。——雪だ。次から次へと白いふわふわが落ちてきて、真下にある道を、白く染めていた。
「ゆっくりでいいさ」
「ん?」
「昔みたいに、楽しく気楽に行こうぜ」
「……うん。」
ゆっくりでいい、一歩ずつ……。明日はきっと今日より明るい——。
*
「終電なくなるだろ?もう大丈夫。サンキューなお二人さん」
掛け時計をチラ見した水戸くんが言って私達に帰るようにと促す。楽しかった宴もお開きとなり私と寿はみんなを見送った後、閉店作業を手伝っていた。テーブルを拭いていた寿が「そうか?」と、カウンターに布巾を置いて水戸くんの言葉に返す。
「なら俺らも、そろそろ帰るとすっか」
「うん。あの……水戸くん、」
「んー?」
「今日は、どうもありがとう」
「……。いーえ。」
困ったように眉を下げて言った彼に別れを告げお店の扉を開けて出ていく寿に続いて外に出る。扉を閉める間際、二人一緒に水戸くんの方を振り返ると、彼がニコッと微笑んだ。寿が小さく手を上げ返して私の腕を引き、そのまま私達はお店を後にした。
外はもう雪は止んでいたようだが、寒さからか二人の吐く息が白くなって夜空へと昇っていく。
「せっかくなら晴子ちゃんとか流川くんにも会いたかったなぁ……」
「オイオイ、そんな会いてぇヤツらにいっぺんに会っちまったら死んじまうって」
「何それー、ほんと寿って極端」
寒い寒いと言いつつも両手をポケットに入れることはせずに彼の左手は、恋人繋ぎで私の右手に繋がれている。横を見上げれば、幼馴染がいる。
一生、忘れられない恋だった。私はどうしてもあなたがよくて。私にはやっぱり——あなたしかいないと思う。
「なあ、名前……」
「んー?」
「俺もすごく……会いたかった。」
「……え?」
「何をしてても、頭に浮かんだ。」
「……。」
手を繋いだままで立ち止まった彼に合わせて、私も足を止めて横に並ぶ彼をもう一度見上げる。正面を向いたまま、ぽつりぽつりと語り出す彼の口元から、白い息が微かに漏れる。
「体を酷使して気を引き締めて……酒も飲んだりしたけど。やっぱりすごく、会いたかった」
「……」
「お前が男と遊びに行ってんの想像するとなんかこう、モヤモヤしてよ。湘北祭で会えたとき俺、素直になれなくて……ずっと、後悔してた」
「……」
「考えもしなかったか?なら——ちょっとでいいから考えてみてくれよ。今のが、俺の本音だ。」
人生は『あのときの自分の行動は恥ずかしすぎる』の連続だと誰かが言っていた。いや、本当にそうだと思う。文学的に言うと��恥の多い生涯�≠ォっと太宰治が『人間失格』を書いたときも同じ気持ちだったのかもしれない。
「それって、質問?」
「……いや、独り言」
「ふふ、独り言ね」
「おぅ、独り言。」
人は人を好きになってしまうとその相手の心を知りたいと願ってしまうものだ。けれど人の心の中は誰も覗くことはできないし全てをわかり合うなんてことは不可能だ。
「ねえ、寿?あのさぁ……」
「あー?」
「生まれ変わったらまた三井寿に生まれたい?」
「は?生まれ変わったら?」
「そう、生まれ変わったら」
「そーだなァ……」
だけど、それでいい。たとえ、ほんの少しでも本当の心を分かり合えたらそれは、奇跡なんだと思うから——。
*
「やっぱ、家まで送ってくか?」
「ううん。寿、逆方向でしょ?終電間に合わなくなったら困るだろうし、大丈夫」
「……そうか?じゃあ、お先。」
「家着いたら連絡しろよ?」と言ったあと電車に乗り込んだ彼は私に背を向けるようにして入り口横の椅子に座った。同時に駅構内にアナウンスが鳴り響く。
『——線路内に人が立ち入った影響で安全確認のため、しばらく当駅で運転を見合わせます……』
そのアナウンスに反応した彼がややあってからこちらを振り向いた。そうして、窓の結露を袖で拭い始める。窓の上の方から順に窓の中程くらいまで。私が首をかしげて見ていると、姿を見せた幼馴染がニッと笑って、こちらに手を振る。私は驚いて暫く固まっていたけれどすぐに小さく手を振り返した。すると満足したのか彼は、もう一度小さく笑って窓硝子の上の方——結露したままのスペースに、長い指で何やら描き始める。
「ん……?」
何だろう……。何やら、大きいものを描こうとしているらしい。座ったままで少し背伸びをしている。そうして描き上がったのは大きなハート型だった。こちらを窺い見て得意そうに、でも照れたように手を振る幼馴染は、私が泣き出したのを見て、今度はおろおろと右往左往していた。
『安全確認が終了しました、順番に運転再開致します……』
泣きながら見る景色はどこもかしこもきらきらしていて、幼馴染の髪も、私の髪も、空気も——何もかもが、等しく輝いていた。
電車がゆっくりと発車する。愛しい君へ——。私は両手を高く高く伸ばして周りの目なんて気にすることなく、できるだけ大きなハートマークを作った。
君が
不幸せ
なら
私も
不幸せ
がいい。
(ねえ、寿?あのさぁ……?)
(あー?)
(生まれ変わったらまた三井寿に生まれたい?)
(は?生まれ変わったら?)
(そう、生まれ変わったら)
(そーだなァ……横に、名前がいるならな。)
※『 You Are My Everything/Gummy 』を題材に
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