春の傲慢をくゆらせながら(1/3)
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——いつもの道をいつも通りに登校する。そのありがたみを私たちは、苦しいほど、よく知っています。花の香りに鳥の声に、春を感じるようになりました。
移りゆく季節の花は、その一瞬が儚くていつの時代も変わらずに愛おしいです。胸が痛むほどの勇気と向き合った日々。震える弱い背中を支えてくれた、大切な仲間たち。いまも心に残る、春の想い出たち。シワが増えた今でも桜を見るたびに元気にしているかな?と、日々のなかでふと手を止めてみることがあります。
お元気ですか——?今年の桜もいよいよ満開を迎えようとしています。
いまも大好きなバスケットボールを追いかけてあなたは笑っていますか?
ねえ……会いたいよ。
18歳、春
― 18歳、春 ―
湘北高校までの道のり。青春を彩った甘くほろ苦いこの通学路を、あと指折り数えて何回くらい歩けるのだろうか。
教室に入りふとカレンダーに目を向けてみれば二月ももう残すところあとわずかとなっていた。月日が経つのは早いもので、気付けば私たちも、高校三年生の冬を越そうとしていた。卒業が——目前に迫っている。
結局、二年間おなじクラスになった彩子と私。クラスは違えど安田くんや潮崎くん、角田くん、それに、リョータくん。みんなそれぞれ、進路も無事に決まって、本当にもうお別れなんだなぁとあらためて思えば、しんみりしてみたりする今日このごろ。
放課後。どこかのだれかさんとおなじように、いまでも部活へ顔を出すリョータくんをみんなで冷やかしながら見送って帰り際にマネージャーの晴子ちゃんを見かけたら手を振って。
陽が短くなったせいでもう暗がりの午後四時の通学路をリョータくんを除く元バスケ部員たちと歩く。吐く息が白い。そんな中、ガヤガヤと騒がしい声のするほうに視線を向けてみれば私たちのまえを歩いていたらしい桜木軍団を発見。そして彼らの会話を全員で盗み聞く。これも今となればよくある光景だ。
「そういや、もうすぐバレンタインじゃねーの」
「今年は日曜らしいなー。キツいなコレは!!」
野間くんと高宮くんがそんな会話をしている。大楠くんは「まっ、俺は彼女がいるから関係ねえけど!愚かな意地の張り合いにはな!」と、ケラケラ笑っていた。
「何だとコラ!さっさと別れちまえ裏切り者!」
「そうだそうだ、別れてしまえ!」
「んだとコラア!!」
冷たい潮風の中を三人が元気よく駆けて行く。「あーあ、行っちまった」と、取り残された水戸くんが、タバコをポケットから取り出して、その先端に火を燈しながら苦笑していた。
「校門前で堂々とタバコ吸ってんじゃないわよ!水戸洋平っ!!」
彩子が背後から声を張るとあからさまにぎくっというリアクションで肩を竦めた水戸くんが立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り返った。彩子を除く私たち四人が、くすくすと笑う。なぜかそのまま六人で横並びになって歩くスタイルとなり、水戸くんはタバコを消し、ボロボロの携帯灰皿にまだ一口も吸っていなかったであろうその吸い殻を手際よく捨てていた。本来なら吸い殻を地面に捨てそうでもあるが今日はそれをしないらしい。さすがに元スポーツマンたちの手前、というか、彩子のまえなので、しっかりしているふうを装いたいのかな?なんて。ふとそんなことを思った。そこはあえて言わないし、聞かないけれども。
「寒いのに、あいかわらず元気だね〜アネゴは」
「ちょっと〜、年寄りくさいわよぉ〜水戸洋平」
「あんたらより若いけど。でも寒いもんは寒い」
「マフラーつけないからでしょー?」
「そっちだってスカート短いくせに」
水戸くんは彩子のセーターから、下5センチも出ていないであろうスカートの裾をピッと指差した。それを横目で且つ、ジト目で見やった彩子が溜め息にも似た白い息を吐きながら、ぽつり、とつぶやく。
「観点がもうジジイね……」
「ははは、すんませんねぇ」
彩子はマフラーの中で言ったのに、その言葉をしっかりと拾ったらしい彼が、素直に謝罪した。そして急に静かになった駅までの帰り道。二酸化炭素入りの水蒸気は空へと向かって消えていく。鼻のあたまが冷たくて、ほんのすこし痛かった。
駅に着く途中で水戸くん以外の同級生チームと別れ、水戸くんと私は、そのまま駅に向かった。水戸くん、バイトじゃないかな?もしバイトなら駅は使わないはずなんて思いつつ、でもこのままなにも言わずに甘えていようって思っちゃった。だって独りぼっちで電車を待ってるのって暇だし
……ごめん、ちょっと付き合ってね、水戸くん。
「名前さんは、大学だっけ?」
水戸くんがなんの気なしにぽんと言葉を投げてきた。だから私は「うん」とただ、うなずいた。しかしすぐに「水戸くんは?来年就職するの?」と訊けば「うん」と、彼も私と同じ返答をする。そうしてタバコのケムリがほわ〜っと舞い上がった。歩きタバコはダメなのに。まったく、生粋の不良なんだから。でもさっき彩子に待ったをかけられてしまったから、体の中がニコチンを求めて仕方ないのかもしれないから、ここは、目を瞑ることにしようって、あえて注意はしなかった。
「なんか早かったぁー、二年間。」
「あーそうか、名前さんは二年か。まあ、わりとあっという間かもな」
「楽しかった。とくに、桜木くんの成長が。」
「はは、そっか。」
年が明けてからというものこうやってしみじみと、感傷に浸ってしまうことが増えように思う。来年の今頃、私たちはどこで、いったい、なにをしているんだろう。だれと、一緒にいるんだろうって。
桜木くんは大学からスポーツ推薦が来るだろうと、いまからすでに陰では噂されていた。そして彼の夢は、世界へ行くことらしい。初めてそれを聞いたとき軍団含めバスケ部員は、喜んで騒いでいたが、なぜか水戸くんだけは、周りの反応とは違ってハハと、苦笑していただけだった。それがちょっと気になって声をかけようとしたらすぐに流川くんと桜木くんがいつものケンカをはじめてしまって、水戸くんに声をかけそびれてしまったけど。
そんなことを不意に思い出していたそのとき、市役所が鳴らす四時半の放送が流れた。うるさいエコーの轟きが、脳に響く。
「わたし、てっきりさぁ?桜木くんは水戸くんとおなじ道を、歩むと思ってたっていうか……」
「あー就職組ってことか。まぁ、最初はどーなることかと思ったけど。」
「……」
「バスケに出会ってから人生変わっちまったからなぁー、アイツは。」
「……うん。」
「もう俺らみてーなろくでもない道には来れねえから、ああなっちまうと。」
「……」
「一回ハマっちまったらな。でも……それでいいんだ。花道はもう、大丈夫だよ。」
水戸くんが空を見上げたので、なんとなく私もつられて上を向く。そこに、一番星を見つけた。どうやらそれは水戸くんも同じだったみたいで。どうして彼もその同じ星を見ているということがわかったのかと言うと小さな声で「あっ、一番星か……」って、彼がつぶやいたからだった。このとき私はなんとなく、水戸くんにとっての��ヒーロー�≠ヘ、もしかしたら、桜木くんなのかもしれないな、って思った。じゃあ私は?私にとってのヒーローって、いったい……だれなんだろうか。
「きっと、世界も夢じゃねーさ。」
「そうだね」
「俺は——タバコでもやめてみるかぁー」
「やめられるー? いまさら」
「おっ?男に二言はないぜ?」
「へえー?なんか意外。」
「はははっ、それ心外。でもやっぱ無理かもな」
「もーぅ、なにそれー。どっちだよぉ〜」
思わず頬がほころぶ。水戸くんは、私にかからないよう配慮して肺から思い切りふーっと、煙を吐いた。残念なことに副流煙が苦手じゃない私はもしかしたら近いうちに喫煙者の仲間入りをはたしてしまうかもしれないなんて思ったのは単純に水戸くんのタバコを吸っている姿にちょっとだけ憧れていたからなのだろうと思う。
「——でも。俺も、人生で一回くらいは……」
「……」
「だれかの憧れになるような——」
彼はコンクリートに吸い殻を落として、それを踏み付けた。やはり毎回ご丁寧に携帯灰皿なんて使ってないじゃんって思ってすこしホッとした。だって……リーゼントのくせに携帯灰皿なんて、らしくないんだもん。そうして私は、水戸くんをそっと見やる。
「尊敬されるような人に——なってみたいもんだなぁ……。」
そう、自分に言い聞かせるかのように彼はつぶやいた。思わず立ち止まってしまう。そんな私に構わず先を歩いていく彼の背中をなんだかいつまでも眺めていたくなった。
桜木くんだけじゃないよ、人間だから、みんな多少は成長できるの。そんなことを思ったら熱を持ちはじめる、自分の目の裏——。
たくさん悪さして来たね。死ぬほど先生に怒鳴られてたね。先生から逃げてきた軍団のだれかをよく教室に匿ってあげたこともあった。赤点も、いっぱい取ったね。ケンカだって、たくさん……
でも、どんなにいまが、ろくでもない人生だとしても、私たちはいつかきっと胸を張って歩いていけるって、最後くらいカッコよく、水戸くんに言ってみてもいいかな。水戸くんに、笑われたりしないかな。
「早く……桜、咲かないかねぇ」
「……え、桜?」
「そう、桜。俺ねぇ、桜——好きなんです。」
「……そう。」
��誰かの憧れになるような、尊敬されるような人になってみたい��
と、そう密やかに笑って言った彼の決意は脳を震わせた。また明日も、強く生きようと思えた。まだまだちっぽけな私たちはいつだってスタートラインに立てるんだって今でも信じてるよ——。
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