ふたりのためのふたりの秘密(1/3)
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日本には��サトリ�≠ニいう妖怪がいるらしい。古くからサトリは��人の心を見透かす事が出来る妖怪�≠ニして語り継がれてきた。私は……そんなサトリの能力を持つ夢を見た。
他人の心が読める事で思考を先読みし、相手を喜ばせたり安心させたりと、夢の中の私は、その能力を巧みに操り自分も相手も、みんなが幸せになれる世界をまんまと作り上げる事に成功した。
人の心が読めるとこんなにも人間関係を上手く構築していけるものなのだなと感動した。なんて素敵な能力なんだろうかと驕っていた私の生活が一変する。突如、暗闇の中へと落とされたのだ。
幸せが壊れる音がする。ただ一心不乱に暗闇を彷徨っていると、誰かが私に言った。
��話せる時に話す。もっとも単純で難しい事を��
誰の声かはわからない。それが誰だったのかももちろんわからなかった。その声の主を探して、真っ暗闇を歩いていたら、今度はまた別の誰かが私に語りかけてくる。
��二人にしか分からない話をしていたいし誰からも受けたことがない愛で愛してあげたいし、誰もいない場所に二人きりで行きたい��
と——。その優しさは善意なのか好意なのか、友人なのか、異性としてなのか。私に語り掛けてきたのはいったい誰だったのだろう。もうすでに出会っている人?それとも、これから先に出会うまだ、私と巡り合っていない人?
暗闇を抜け出すとそこには青空みたいに綺麗な花が咲き乱れていた。何か、物語が始まりそうな気がした。
*
「おはよう」
朝、リビングに向かうと、朝食を用意した父がそう声をかけてくる。「おはよー」と返して父の目の前の椅子を引き「いただきます」と手を合わせたとき、父がぽつりと言った。
「卵焼き……ちょっと甘すぎたかな」
「ううん、そんなことないよ。美味しい」
特に深い意味はなく、そう言い返したが反応がない。不思議に思い、顔を上げて正面に座る父を見やれば、父はひどく驚いた表情で、私をじっと凝視していた。
「え……何? 私、なんか変なこと言った?」
「い、いや……心の中で言ったつもりだったが、声に出てたみたいだな。父さん疲れてるのかも」
「そう……?まあ、無理しないでね」
苦笑いを浮かべる父を一瞥して私はまた視線を卵焼きへと戻した。黙々と食べ進める私と父——のはずだったのだが、今日の父は延々と独り言を呟いている模様。今日は暑いから、ジャケットはいらないか、とか、会議の資料は昨日……とか。やけに今日は珍しく口数が多いなと思いつつ特にそれには返答せず朝食を食べ終えた私が立ち上がり食器をキッチンに運ぶ背後から聞こえた「今日は火曜日か」という声には、さすがに私もそこは言葉を返した。
「今日は水曜日でしょ?」
食器を下げ終えて振り返った先、父の青ざめた顔を見て、もしや、と私の顔も徐々に青くなっていく。まさかとは思ったがどうやら私は夢の中で得た能力をそのままに目を覚ましてしまったらしい。けれどそんなことはありえない。もしかしてこれもまだ夢の中なのかもしれない。私の家系が決して特別というわけではないし私や家族は別に妖怪じゃない、はず……。
そっと自身の頬を抓ってみたら驚きだ。だってちゃんと痛かったから。
私は急いでリビングを出て鞄を持ちそそくさと自宅を飛び出した。「行ってきます!」とまるで父から逃げるように玄関のドアを勢いよく開けた先に見えたのは——まさかの幼馴染の彼だった。
「お、おはよ、寿……どうしたの?朝練は?」
「はよ。あー、今日は珍しく寝坊しちまってよ」
「そ、そっか。迎えに来るなら、メールくれればよかったのに……」
「あー、めんどくせーから直接来ちまったわ」
「そ、そう……」
(メールして一緒に行きたくねーとか言われたくなかったしなァ……)
「えっ!!!?」
「……あ?」
今のって……心の声だよね?だって寿、口元が動いてなかったもん。やばい、これは……私一人じゃ抱えきれない問題かもしれない。知りたくもない相手の心が自動的に読めると言う事だもん、そんなの絶対に良くない。でも回避策はあるはずだ……そうだ、思い出せ。たしか夢の中では心の中を読みたいと思った相手の半径5メートル以内にいなければ心の声は聞こえなかったはず。よしこうなりゃやってみるしかないっ!と、私は隣を歩く彼から距離を取ってスタスタと早歩きで離れていく。案の定「おい!何で早歩きなんだよ!」と言って追いかけてきた彼に向かって私は思わずラブコメの如く、声を張った。
「着いてこないでっ!」
「なっ……!?」
ポカンと口を開けて立ち止まった彼をチラッと一瞥した私は、猛ダッシュで駅まで走った。
妖怪という定義が何かは知らないが心が読める以外は見た目も身体構造も普通の人間と一緒だ。だからこそこの能力は他人に隠したまま生活するのが常だし、不意に誰かの心を読んでしまわないように、制御する術を身につけていくしかない。
私ならできる。いつかこの能力も、自然と消え失せてくれるだろう。そう思っていたのに……。
*
なんとか一本早い電車に乗り込む事に成功した私は駅を降りて顔をあげることなく早歩きで学校まで一心不乱に歩いた。
幸運なことに、途中で誰かから声をかけられることもなく、校門にたどり着いた私はホッと胸を撫で下ろす。気を取り直して教室に向かった私は音を立てないようにそーっと教室の扉を開けた。
「おはよ〜」
ビクッと肩を揺らしてその場で固まる私の視線の先、挨拶を投げかけてくれたクラスメイトに、「お、おはよ…」と挨拶を返しながら自分の席に向かう。隣の席にはすでに安田くんが座っていてやってきた私に気付くと笑顔で挨拶をしてきた。
「名字さん、おはよう」
「おはよう、安田くん」
(あぁ……もう好き。ホント好き)
「はぇっ!!!?」
さらりと、いつものように挨拶を交わして着席した私の頭に声にならざる声が響いて驚愕する。
「走って来たの?すごい息切れだね」
「えっ!?あ、うん……遅刻しそうでさ、ハハ」
「ふーん、そっか」
「う、うん……」
「……」
「……」
(名字さん、今日も可愛いなぁ……)
「え……?」
きっと、クラスに好きな子でもいるのだろうと軽く受け流して、鞄から教科書を取り出していた私の手が一瞬にしてピタリと止まった。しかし、焦りが周りにバレてはいけないとすぐに気を持ち直し、手を動かし始める。
(あ、名字さん古文の宿題やってきたかな、もしまだだったら俺のを見せてあげよう)
「……、」
「ねぇ名字さん、今日の古文の宿題だけど——」
「ちゃんと!!……やって、きたからっ……!」
「え……?」
「だ、大丈夫だよ……うん、大丈夫っ……!!」
安田くんが全て言い終わる前に私は笑顔で返答する。ちょっと驚いたように目を見開いた彼は、すぐに柔らかい表情で「あ、うん。それなら良かった」と言った。やや残念がる彼の心の声を聞き捨てて私は声に出さないように溜め息を吐いた。
ああ、何でこんなことになってしまったのか。夢の中では私が心を読みたい相手を意識しないとその人の心は読めなかったはず。例外もあるのだろうか……でも電車の中では誰の心の声も聞こえなかった。と言う事は無意識下で私は安田くんの心の声を聞きたいと思っていると言うこと?兎にも角にも、一番の問題は聞こえることよりもその内容だ。だって——「可愛い」って言ったよね?さっき確実に「可愛い」って……いや、私の空耳だったかもしれない。うん、そういうことにしておこう……。やばい、これすっごい疲れる……。
*
何とか上手いこと乗り切り、もうすぐ昼休み、という時。今朝からずっとこの調子なのですでに疲弊している私を心配する彩子とも、少し距離を取ってはいたものの意外にも彩子やリョータくんは私が頭を抱えるほどの影響はなかった。彩子はずっとバスケと美容と勉強の事を考えているし、リョータくんは言わずもがな、ずっと彩子のことばかり考えている。
そうなると、残る不安要素は二つ。一つは彼氏でもある寿の事だ。学年が違うため避け続ければなんとかなる。そう、思っていたけれど……
「おい、名前!」
そんな事を考えながら一人、移動教室のため、廊下をトボトボ歩いている私の背後から聞き慣れた声がした。ギクっ、と足を止めた私は振り向く事なく早歩きで歩みを進める——が、パタパタと駆け足で追ってきたその足音に、私はもう諦めるより他なかった。
(今、完全に俺から逃げようとしたな、コイツ)
「……、」
背後から聞こえたその声が、実際に口に出して出た言葉なのか相手の心の声だったのかは分からない、が、ゆっくりと振り返った先に見えたのは不服そうなオーラを放つ彼氏の姿だった。
「なんでメール返さねーんだよ」
「授業中にそんな頻繁に携帯開けないって」
「休み時間あんだろーが」
「……」
(何だよ……つーか、何で今朝からこんなに機嫌悪ィんだよ、めんどくせーな……女の考えてる事はよくわかんね)
「……。」
後頭部を掻きながら、困ったように眉を歪めるその仕草は彼のよくする癖のようなものだった。いつも……そんな事を考えていたのか。私は馬鹿だからてっきり「どうすればいいのかな?」とか「何かあったのかな?」とか私を案じていたのだとばかり思っていた。私っていつも自分の事しか考えてなかったんだな……ほとほと自分に愛想が尽きる。
「——っ、もうっ!放っておいてってばっ!」
「あ!?テメェ、何でンなに怒ってんだよ!」
「……べつに、怒ってない」
「はぁ?どー見たって怒ってんだろ」
「……」
自分のことを理解してくれる誰かが、一人でもいてくれたら、どんなに素敵だろう。言わなくてもいいことを言わないままでいる努力——それができたら好きな人と喧嘩なんかしないでずっと、仲良く過ごせるはずなのに……夢の中のようにはいかない。現実世界の私は素直になれないただの子供だ。
「特に今は寿と話したい気分じゃない」
「は?……ンだ、それ。特に今はって」
「……」
(意味わかんねーし。何なんだよ可愛くねーな)
「——、ハイハイ。どうせ、可愛くないよ……」
「……!」
「どうせ可愛くない!分かるんだよ寿が心の中で何を考えてるのかってこと、ぜんぶ!!」
「は?お前、マジで何言ってんだ……?」
(病んでんのか、こいつ。まさか……生理——)
「生理じゃない!このデリカシー皆無男!寿にはわかんないでしょ、私の気持ちなんかっ!もう、私に関わらないでっ!」
「——あ、おいっ!」
ふん、と彼に背を向けて、私はその場から走り去った。彼が追いかけてこないことを確認して、この調子では授業を受ける気にもなれずそのまま屋上に向かおうと屋上の階段に足を踏み出した時もう一つの不安要素が現れる事態に……
「おっ!姐さん!」
一個下の彼らのことだ。��彼ら�≠ニいうか——対象はその中の��彼��......一人だけだけど。ただ願う事は、その場にどうか今は��彼�≠ェいませんように、ということだけ。
「おぅおぅ姐さん、逃げる気かー?」
「に、逃げてないって」
「嘘つけ!明らかに早歩きになったじゃねーか」
高宮くんと大楠くん……よし、心の声は聞こえない。あとは、桜木くんと野間くんと……げっ!やっぱいるじゃん……そりゃ、いるかぁ。
一足遅れてゆっくりと近づいてきた桜木くんと野間くんと水戸くんの三人組。水戸くんがポケットに手を突っ込んで、笑いながら言う。
「はははっ、新手のナンパみたいだなー」
「洋平ー、人聞きの悪いこと言うなよなァ〜」
「に、してもセンスねーよ。そのナンパじゃ」
「なんだと!じゃあ、洋平やって見せろよォー!得意だろ?」
「またそんな、藪から棒に」
「あっ!あのっ!!わたし、急がないと!!」
思っていたよりも、大きな声を出してしまった私を、五人がきょとんとした顔をして見ている。キョロキョロと目を泳がせた先、何故か水戸くんとばっちり目が合ってしまう。水戸くんが、目を見開いてやや首を傾げた瞬間に、なぜか水戸くんの心の声だけが聞こえるという緊急事態。その、彼の心の声とは……
(可愛いなー)
「!!?」
(好き。)
「はっ、はぁ!!!?」
「……ん?」
ハッとして私は両手で口元を抑えた。そのとき腕に抱えていた教科書やらペンケースがバサバサと廊下に落ちてしまう失態。それを、やれやれと拾ってくれた野間くんと大楠くん。拾ったものを手渡されて受け取ったとき、私の顔を覗き込んできたらしい水戸くんの顔が近いことに驚き動きが止まってしまって変な声が出た。
「うぎゃ……っ!」
「ハハハ。そんな、人をオバケみてーに」
「……ご、ごめ——」
「……」
(顔近いな……まつ毛長いんだな。あー、好き)
「ぎゃー!!もう無理っ!!さよならっ!!」
キーンコーンカーンコーンという予鈴と共に、私はそのまま屋上まで猛ダッシュした。バタン!と屋上の扉を閉めてしばらく扉に耳を当てていたけれど、彼らが追ってくる事はなかった。ほっとして改めて屋上を見渡してみれば、どうやら今は貸切のようだ。フェンスの前で体育座りをして、ポケットに入れていた携帯電話に刺さったままのイヤホンを両耳に差し込み、適当に音楽を流す。
……疲れる。何故にこんな能力を夢の世界から持って帰ってきてしまったのだろうか。
屋上のコンクリに、大の字になって目を瞑る。聴いていた曲が終わりを告げる頃、目を瞑っていた視界が翳った。そっと目を開けてみればそこには随分と見知った顔が私を現実へと引き戻した。
「サボりかい?」
「み、水戸くん……」
「何聴いてんの?」と私の隣に胡座をかいた彼が私の片方の耳からイヤホンを奪い取り自身の耳へ突っ込む。流れていた曲を聴いて「はは」と浅く笑った彼が「ディズニー?」と問いかけてくる。私は体を起こして、彼と並んで体育座りの体勢に戻る。
「……トイストーリーの曲。��君はともだち�=v
「彼氏と喧嘩した後だからラブソングでも聴いてるのかと思ってました」
「え、もしかして……見てたの?」
「はい、バッチリ。」
ニッと笑う彼に気まずくなって、目を逸らす。そこで異変に気がついた。何故だろう、水戸くんの心の声が聞こえてこない。もしかして、一眠りしたから魔法が解けたのかな?え……そんなメルヘンな展開ある?やっぱりこれは夢の中なのかもしれないな……なんて考えていたら、水戸くんが正面を向いたまま不意に目を細めて言った。
「この歌——なんて曲?」
「えっ?あ、今流れてるやつ?」
「うん、そう」
「Your Best Friend……だったかな?たしか。」
(親友、か——)
「……え?」
「へ?」
「あっ、い、いや……」
心の声だ。やっぱりまだこの能力継続してる。私がじっと水戸くんを見つめているのを知ってか知らずか、彼はポケットからタバコを取り出して100円ライターで火をつけてフゥーと、煙を空に向けて吐き出した。
「みっちーと名前さんの歌みたいだな」
「……そ、そう?でもベストフレンドだからどっちかって言ったら私と水戸くん、っぽくない?」
「……」
「あ、ごめん。調子に乗った。ごめんごめん」
「……」
(強がっていても君の瞳をみれば分かるよ、すぐにね)
「……!?」
歌の歌詞を……読んだ、だけだよね?びっくりした。でも、何となく。これ以上彼と二人きりでいるのはまずいのではないかと私の中の本能が、警告を出す。勝手に鼓動が速くなっていく。何か他のことを考えなくては。じゃないと無駄に彼の心の声を読んでしまうから——
「��好き�≠ヘ信じないくせに��嫌い�≠ヘ信じて、傷つく」
「……え?」
「��本音�≠ヘ、なかなか言えないけど��嘘�≠ヘ、容易に言える。んで、すれ違ってばかり」
「……」
水戸くんはそう言って耳にはめていたイヤホンを外して私に「はい」と戻してきた。それを受け取って私も耳からイヤホンを外した。相変わらず水戸くんは正面を向いたままでタバコをふかしている。そんな彼の姿を私はじっと見つめていた。
「昨日、偶然見てたドラマでそんな事言ってた」
「……」
「まるで、みっちーと名前さんのことだな」
「……。水戸くん、ドラマなんか見るんだ」
「そりゃまぁ、健全な男子コーコーセーなので」
「……」
「恋愛って、難しいよなァ。」
「……うん、難しい。私には向いてないかもね」
桜が散り、あんなに煩く感じていた蝉の鳴き声が、遠くに聞こえる気配。秋の匂いがする——。夏が、もうすぐ終わる。
出会う季節や出会うタイミングを自分では選べないけれど、そこにはちゃんと意味があって出会うべき人に出会っている。偶然のようで偶然じゃなくて。だから、今いる大切な人を心から大切に想いたい。でも、言葉で言うのは簡単だけど実際に行動に起こすのは難しい。
「強がってるだろ?」
「え?」
「名前さんの目を見てれば分かるよ、すぐに」
「……」
「大丈夫さ、名前さんとみっちーは」
「……何が?」
「ずっと信じ合ってるから。うん、大丈夫。」
「……うん。ありがとね、水戸くん。」
人の心が読めたらいいなって思った事はあったけれど、実際に読めるようになったって私は何も変わらない。大切な人とすれ違って傷つけて落ち込んでばかり。もしも水戸くんみたいな人が他人の心を読めるようになったら、きっと人間関係を更に上手に構築していけるんだろうな。
( 好き。)
聞き捨てならない声が突然聞こえてきたので、咄嗟に彼を見やれば「ん?」と何もなかったかのように首を傾げていた。空耳かもしれないと私が「ううん、何でもない」と言って正面に向き直ったとき、また聞こえた「可愛いな」って——。
再度、ゆっくりと水戸くんの方を見やる。彼はいつもと変わらず柔らかい表情で、こちらを見ていただけだった。
「……あの、水戸く——」
(みっちーと喧嘩して屋上に逃げてくるんだもんなー、可愛すぎ)
「——!!?」
「次も、サボるのかー?」
「え、あ、あの……私、も、も、戻らないとっ」
「へっ?」
勘違いではない事を知り、赤面しすぎて顔から火が吹き出しそうだった私は、吃りながらもそう吐き捨てて猛ダッシュで、その場から逃げた。
けれどもそこからが地獄だった。以降、廊下ですれ違えば「可愛い」休み時間も「可愛い」下校する時も「可愛い」ときた……それに付け加えてずっと「好き」と言われ続ける。まあ、彼の心の中でなんだけど……。
いやもう何の罰ゲームなのか、これは。慣れるわけもなく顔が赤くなりっぱなしで、屋上で二人きりになって以降まともに水戸くんと会話が出来なかった。そして何とかこの悲惨な一日を終えて夜に彼氏から着信が入った。
「……もしもし」
『おぅ、今帰ってきた』
「あ、おかえり。部活お疲れ様」
『部活前にメール見たけど、何だよ、具合悪くて先に帰ったって?』
「う、うん……そーなの、なんか風邪ぽくてさ」
『そうか……確かに今日ずっと変だったもんな。明日は?学校来れそうか?』
「うん、行けるよ、そこまで体調は悪くないし」
まあ、風邪っぽいなんて言うのは真っ赤なウソなので体調はすこぶるいいけど。こうして一日を終えてみて謎の能力については今でもまだ心臓の鼓動が大きく鳴ってはいるけれど多少慣れた気がしないでもない。それでも……どうしようもないこともある。
『じゃあ——明日の昼よ、一緒に飯食おうぜ』
「え」
『明日は朝練出てぇから寝坊しねーで行く予定。だから昼、屋上で食おうぜ。どーせいつものメンツも揃ってるだろーしな』
「……」
ほらね……どうしようもないこともあるのだ。いつまでもみんなを避け続けることは不可能だ。私自身もそれは気づいていた。学校という、同じ屋根の下にいるのだ。回避できないことも自ずと出てくるのが自然なこと。
ならば、相手の心を読みたいと、思わなければいいのかもしれない。そうだ、私が��無�≠ノなればいいのだ。明日はそれを心がけて一日を過ごしてみようと心に決めた。
*
——翌日。早々にそんなに甘くなかったと知る羽目になる。教室では、安田くんと目が合わないようにして、彩子とリョータくんとも相変わらず出来るだけ、距離を保った。そうしてやってきた昼休み。彩子たちを先に行かせて私は少し遅れてから一人で屋上に向かったのだが……
(みっちーとは仲直りしたのか?まあ、その顔を見ればすぐにわかったけど)
「……」
……おかしい。どうしてこんなことに。何で、何で……?なんで、水戸くんの心の声しか聞こえないわけっ——!?
(肌すべすべだなー、触ったら気持ちよさそう)
「……っ」
屋上でお昼ご飯を食べている時にこんなことを言われて平静を保てという方が無理だ。というかいつも何でもない顔でみんなの会話を聞き流しているくせして、この子はこんな事を常日頃考えていたのか。しっかりと年頃の高校生じゃないか、まったく……。
けれど心の声に対して注意する事は出来ない。想像するのは自由という言葉があるように心の中ではどんな事を言おうがやろうが構わない訳で。だって、普通の人たちには分からないのだから。変に指摘して��サトリ�≠セとバレるのもまずい。みんなに私の頭がおかしいと思われて終わりだ。
(何、そわそわしてるんだろ。まるでリスだな)
「……(リ、リスっ、とは!!?)」
それよりも何が困るってその対象が確実に私、ということだ。そばには他の異性(彩子とか晴子ちゃんとか)だっているのに。でもなぁ……特に相手の名前が出ているわけではないから他の人が対象という可能性だってある。(もちろん男性の可能性も有)
桜木くんの手前、晴子ちゃんって可能性は低いだろうし……え、もしかして彩子?彩子に気が?何だかそれもそれで複雑だなー......って!!嫉妬している場合か、私はっ!
「名前さん?」
「——はっ、はい!?」
(唇……可愛いな、キスしたい)
「キっ!!?はっ!?」
「……ん?」
(顔真っ赤。それはちょっと可愛すぎないか?)
「ま、ま、待って、えっ!?」
(ホント可愛いなー、好きだよ)
「〜〜〜〜〜っ」
照れすぎて死ぬっ!きっと死因は��恥ずか死��
では——この状況をどうすれば改善出来るだろうか。もうこのままでは心臓が持ちそうにない。よし、ここは冷静になって考えてみよう。
案その一。水戸くんにわざと嫌われる。そうすれば少なくとも好き好きと毎日言われなくなる。しかし……本当に嫌われたら、今度は毎日嫌いと言われ続けることになるかもしれない。好意より悪意の方が聞いていて辛いだろうし、そもそも、私が水戸くんに嫌われたくないので却下。
案その二。水戸くんを振る。そうすれば今よりも多少は好意の熱が冷めるだろう。きっとハシカみたいなものだろうし。けれど、顔を合わす度に心の声が泣いていたら私の方が泣いてしまうかもしれない。第一告白もされていないのにどうやって振るのか、という問題もある。よって、却下。
案その三。いっそのこと水戸くんと付き合う?そうすれば……いやむしろ今よりも悪化しそうなので(何よりも今の彼氏がまたグレてしまいそうだし)却下。第一、告白もされていないのに……以下省略。
案その四。私がサトリだと打ち明ける。信じてくれるかどうかはさておき『水戸くん、毎日毎日あなたが私に対して、好きだ好きだと思いすぎるせいですごく恥ずかしいから思わないようにしてくれないかな?』とお願いしてみる。……うん、完全に私がおかしな人みたいだ。却下。
結局、有効な手立てなんて思いつかなかった。時間経過で、気持ちが薄れるのを待つくらいしかないか……だってハシカだもん。水戸くんなんて黙っててもモテるだろうし相手はいくらでもいるだろうから。今はただ単に私のブームが来ているだけってことにして……と、半ば諦めて、自分にそう言い聞かせた。
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