ふたりのためのふたりの秘密(2/3)
表紙
目次
しおり
しおりを挟む
しおり一覧
前へ
2/3
次へ
「あら、奇遇だね」
放課後、掃除当番だった私はバスケ部の見学に行こうとゴミ袋を持ってゴミ捨て場に向かった。背後から声が掛かり振り返ると、同じくゴミ袋を持った水戸くんが立っていた。ゴミを互いに捨て終えて二人で並んで体育館に向かって歩いていると、水戸くんが唐突に言った。
「そろそろ体力テストだな」
「え?そういうの気にするタイプなんだ、意外」
「するさ、どんなイメージ?」
「いや、何と言いますか、そう言うのは問答無用でサボるタイプかと……」
「ま、わりかしここの生徒は面倒くさがりが多いからなー。サボる奴も多いんじゃないかー?」
「はは、かもね」
と、笑いながら私は自分の胸の鼓動が速くなっていくのを感じていた。水戸くんが先程から何かを決心したように「言うか、どうしようか」と、心の中で繰り返している声が聞こえてきたから。
これはまさか告白されるのでは!?と私は気が気じゃなかった。自意識過剰かも知れないけど、もう自意識過剰でもなんでもいい、ここまで来れば。私が一人で焦っているのだから誰にも迷惑はかけていない……はずだ。
「あのさ、名前さん」
「な、なに?」
「良かったら、ジョギングに付き合ってくれないかい?」
一人、自意識過剰で身構えていた私に水戸くんが言い放ったのは、そんな斜め上からの、意外な提案だった。
「……え?」
「ほら、花道が一緒だとさすがに何も準備しないのもアレだしな。何かアイツ、ヤル気満々だし」
「……桜木くん、受けても大丈夫?体力テスト」
「ああ。ちゃんと通院してるしな。だから俺も、バイトない日とか河川敷あたりをジョギングしようかなって。一人で走るのも味気無いからさァ」
「な、なるほど……」
「名前さんさえ良かったら一緒に走ってよ。あ、たいした距離じゃないし、本当に軽く流すだけ」
「な、なんだ、ジョギングか……」
ほっと胸を撫で下ろすと水戸くんが不安そうに私を見た。
「やっぱり走るの疲れるし、イヤかい?」
「え?あぁ……いやっ、そんなことないよ!ジョギングくらいだったら、全然大丈夫!」
反射的に口走ったあと「しまった」と思った。ジョギングに付き合うくらいたいした事はない。ないが、一緒にいる時間が増えるということは、つまり、水戸くんの心の声を聞く時間も増えるということだ。
しかし今更「やっぱりやめた」なんて言い出せないほど水戸くんが嬉しそうに微笑んでいる。
「よかった」なんて心の声が言っているが表情にはその喜びがほとんど現れていないのがちぐはぐ過ぎて少し面白い。
「ほんと?じゃあそうだなー、明日からとか?」
声に混ざって彼の心の声が「本当は今日からでも走りたいけどなー」と、私に語りかけてくる。その圧力に屈して、私は気付けば頷いていた。
「あ、うん」
「わかった。それじゃあ明日。集合場所は——」
携帯で地図を見はじめた水戸くんの心の声——「ジョギングデートか」という言葉が私の脳内にダイレクトに響き渡る。
「えっ!?デっ——」
「ん?」
��デート�≠ニいう単語に反応しそうになって、慌てて取り繕う。
「いや、なんでもない!うん、その辺なら行ったことあるから大丈夫」
「そうなんだ。えっと確かここに原チャを置けるスペースがあったから……ここでいいかい?」
「う、うん」
「じゃあ明日からな。学校終わったら集合で」
水戸くんはにこやかにそう言うと、思い出したように「あ、みっちーには内緒な?」と人差し指を口につけて、ウインクを投げて寄越した。
その日はそのまま一緒にバスケ部を見学したがその間、彼の心の声は練習に少しずつ復帰をした桜木くんのことばかりだった。さすが花道、とか花道すげーな、とか。そんな喜ぶ心の声が意識をしなくても私にだけは全部聞こえてきてしまって私は自然と顔を綻ばせたのだった。
*
翌日の放課後——夕日が河川敷を茜色に染めている。歩道は広めに整備されておりジョギングをしている人や犬の散歩をしている人や、自転車に乗っている人たちの姿がちらほらと見える。
一度自宅に帰り動きやすい服装に着替えてきた私は河川敷で水戸くんと合流した。彼も同じく、動きやすそうなラフな格好をして腰には小ぶりなウエストポーチをつけていた。
キャップを被ってる姿、初めて見たかも……。似合うなぁ、男前は何を身につけても。
「柔軟してから走ろっか。あ、携帯とか財布あったら俺が持っとくよ」
「ありがとう。そっかぁ、私もそういうの持ってくれば良かったね」
「いや、俺も言わなくてごめん。持ってきた方がいいって言えばよかったな」
(楽しみでそこまで気が回らなかったな……)
「……!」
たかだか一緒に走るだけなのに大袈裟だなぁと思うがそれだけジョギングがしたかったのかも。そう考えると何だか可愛らしいなと思った。桜木くんも今、一生懸命頑張ってるから一緒に体力をつけて、陰ながら応援したいんだろうなって。
私たちは手足の柔軟を済ませてから夕日を背にしてジョギングを開始した。こうして走ったのは何年ぶりだろうか。体力に不安はあったけれど、とても気持ちがいい。
少し走り出して、水戸くんが得意そうに言う。
「こっち向きに走れば眩しくないだろ。帰りはちょうど太陽が隠れるくらいになるから問題ない」
「あー、なるほど。もしかして水戸くんって結構走り慣れてる?」
「え?あぁ、たまーに走るくらいかなぁ。ここに来るのも久しぶり」
(走るの好きだしわりとよく来るけど。そういや最近はほぼ毎日走ってるな、夜に)
「……そうなんだ」
「へ?」
「ううん、何でもない」
水戸くんの心の声が、彼の私生活を教えてくれた。別に嘘をつく必要なんてないのに、と思っているとまた、彼の心の声が隣から聞えてくる。
(前から走ってるって言ったら、急に誘ったのも不審に思うかもだしな)
「……」
(体力テストって理由がないと誘えなかったなんて、口が裂けても言えねーよな)
「……。」
これ以上深く追求しないようにしよう。それがお互いのためだと思った。
それからは学校のことやニュースの話題を話しながらジョギングは続いた。水戸くんが『軽く』と言っていた通り本当にスローペースで走った。でも、私に合わせてくれているんだろうなって、すぐに分かっちゃったけど。
だいたい一時間ほどでスタート地点まで戻ってきた。太陽はすでに地平に隠れ空にも夜が混じり始めている。汗ばんだ肌には秋が迫っているこの夜の涼しさがありがたい。ベンチに座って額をぬぐう私に全然余裕そうな水戸くんが尋ねてくる。
「なにか飲みたいのある?おごるよ」
「いや、そんなの悪いよ。自分で買う」
「いいから。付き合ってもらったお礼」
(そのくらい払わせて)
「……」
水戸くんと水戸くんの心の声にダブルで説得されて私は折れかけた。そんな私を見兼ねて近くにある赤い自販機を見ながら、水戸くんが言う。
「じゃあ、俺とジャンケンして俺が名前さんに負けたら奢らせて?」
「……え、」
でも——私は心の声が読めちゃうから、きっと水戸くんが何を出すのかわかってしまう。ならば手を出すときに、目を瞑ってみると言うのはどうだろうか。それならもしかしたら相手の出す手を読まなくて済むかもしれない。よし……要は試しだ。やってみよう。
「うん、わかった。」
「よし、じゃあ行くよ?ジャンケン——」
水戸くんの掛け声に合わせて拳を握った片手を目の前に突き出し私はギュッと強く目を瞑った。「——ポン」という水戸くんの声をしっかりキャッチして私はパーを出した。シン、と静まり返るその場の空気に、そっと目を開けると——
「あららー、負けちゃった。俺、ジャンケン弱いんだよねー、実は」
「……。」
「では改めて。何飲みます?」
「え?あ、じゃあ……ポカリにしようかな」
「りょーかい。買ってくるね」
予想は的中。目を瞑ったら水戸くんの心の声は聞こえなかった。私は自販機に向かう彼の背中を見つめる。もしかして水戸くん、わざと負けた?何となく、そんな気がした。目を開けたとき……グーを出して負けたはずの水戸くんの顔がなぜか勝ち誇ったように、微笑んでいたから——。
真相はわからないけど、これはデートで男性が良い所を見せるために食事等をおごるようなものなのだろうか。私としてはおごってもらっても、申し訳なく思うだけで嬉しくはないのだけれど。
「はい、お待たせしました」
「うん、ありがとう」
飲み物を受け取り蓋を開けて口をつける。運動のあとのスポーツ飲料は美味しい。彼も私の隣に腰を降ろしてから、私と同じものを飲み始めた。
「ジョギングどうだった?しんどくなかった?」
(走るのしんどそうだったなー、必死に頑張ってる姿、可愛かったけど)
「……。う、うん。ちょっと疲れたけどね、このくらいなら全然平気」
「よかった」
(楽しかった。また一緒に走ってくれるかなー)
「……。」
たとえ本当に疲れていて走るのが嫌になったとしてもこんなに楽しそうにしている心の声を聞かされてしまった後に、嫌だと言えるわけがない。
「……いいよ、水戸くんと走る。」
「……え?」
「体力テストが終わるまで、一緒に頑張ろうね」
「……ああ、そーだな。」
とりあえず体力テストが終わるまではこのジョギングに付き合うことにしよう。もしかしたら、その後も走ろうと誘われるかもしれないけどそうなったら、そうなったときに考えればいい。
でもまぁ……水戸くんとジョギングをしながらおしゃべりするのはそんなに悪くないかな、とは思う。心の声がうるさくて恥ずかしい事を除けばだけど。
「ねぇ、名前さんってさ」
「うん?」
「ずっと、みっちーの事が好きだったのかい?」
「え」
「中学の頃から……とか?ずっと?」
そのまま少しの間ベンチで休んでいるときに、彼が聞いてきた質問は、何とも彼らしくない内容だった。辺りは薄闇が広がりつつあり、歩道脇の外灯に明かりが点灯し始めている。
「えっ……?急に、どうしたの?」
言葉の通り「どうしたの」と聞きはするが理由なんて冷静に考えてみれば聞くまでもない。水戸くんが本気で私に恋心を抱いているとすれば私の寿へ対する想いがどれくらいなのかはとても重要な部分だろう。私が水戸くんを見返すと彼は軽くいつものように笑ってみせた。
「別にどうもしないけどさ、やっぱり年頃の女の子としては、恋バナくらいしたいだろうなって」
「……」
(みっちーのどんなとこを好きになったんだろ)
「……、」
建前と本音が見事に食い違っている。もしこれで寿以外には考えられないと答えたらどうなるんだろうか。きっとすごく落ち込んで、悲しい心の声をあげて、それでも態度は平静を装うんだろう。
「私……記憶にある初めて出会った男の子って、寿だから……なんとも……」
「あ、そっか。幼馴染だもんなー」
(なるほど、誰も入り込む余地はないって事か)
「……」
どっちみち、落ち込む結果は変わらなかった。複雑な乙女心というやつか。それはさておきここからどうするべきかと考える。普通の女子高生の会話なら間違いなく『水戸くんは?』と聞き返す場面だろうけど話を広げたくない私は何も言えずにいた。
「……」
「……」
数秒の沈黙の後「聞き返しては来ないんだな」と言う、水戸くんの心の声が聞えてきて、ハッとする。
「……水戸くんは、いるの?」
「……」
耐え切れずに聞き返すと水戸くんは目を見開き「えっと、俺は……」と少し困ったように左手で口元を抑えて苦笑しながら答えた。
「いる、かなァ」
「……」
(目の、前に——)
「……!」
(……なーんちゃって)
「……っ」
この会話の流れはまずい。水戸くんは「なーんちゃって」なんて言ったけどこのままでは完全に水戸くんのペースに流される。この先に続く会話なんて容易に想像できる。
『え、ホント?水戸くんの好きな子って、誰?』
『秘密』
『いいじゃんいいじゃん。教えてよー』
『参ったなぁ……実は、俺——』
というテンプレに乗ってしまう気しかしない。だからと言って、ここで会話を掘り下げないのは逆に怪しすぎる気がして……葛藤すること数瞬、私は、会話の妥協点を探ることにした。
「全然気付かなかった。え……どういう、感じの人なの?」
「……」
「……ほら。雰囲気とか、さ?見た目とか!」
と。名前を問うのではなく風貌や性格的なものをふわっと聞く作戦に出てみた。あまりぐいぐい聞くのは失礼だから、という、言い訳まで考えている今日の私は、珍しく冴えていると思う。
「んー、どういう感じかって聞かれたら——」
ちら、と水戸くんが一瞬私を見た。やばい……心の声が聞こえる。「可愛い、優しいな、抱きしめたいな」って——。
違う!これは私の妄想だ、絶対に!水戸くんがまさか、本気で私のことなんて——!
「うーん、まぁ可愛らしい人、みたいな?」
「へっ、へぇ〜」
「いつも頑張ってる姿が、可愛らしいんだよな」
「……っ」
私は次に言う台詞を必死に探した。薮をつつくような言葉ではなく会話を終わらせられるような簡単なものが好ましい。人物像について、詳しく聞くのはダメ。応援するよ系も、墓穴を掘りかねないのでダメ。それよりさ、と話題を急に変えるのも水戸くんをおざなりにしているように思われるので、ダメ——じゃあ、もう何も言えないじゃないか……っ!
「……」
「……」
再びの訪れた沈黙に彼もさすがに訝しみ始めたのか沈黙の中で彼の心の声がまた私を焦らせる。
(何で黙ったままなんだろう、まさか俺の気持ちに気づかれたとかじゃないよな。いやまさかな)
「……っ」
これ以上は本気でマズい。私はとりあえず水戸くんに笑いかけてから何とかその場をしのごうと試みる。
「ごめんごめん!水戸くんが好きな子って、どういう人かなーって考えこんじゃってた」
「……。そっか」
「うん、そうそう!」
「へぇ、そう?」
「う、うんっ!」
二人して愛想笑いで見合わせる。私は水戸くんみたいにうまく笑えているだろうか。とりあえず次の沈黙が訪れる前に私は先手を打った。
「あっ、そういえば!!」
「ん?」
「お父さんに、買い物頼まれてるんだったぁ〜!私、そろそろ帰るねっ」
「……」
もちろん嘘っぱちだけど、解散できれば、もう何でも良かった。私はベンチから立ち上がり側に置いてある自転車の方へと歩きだす。それを見ていたのか彼も「じゃあ俺も」と、後に続いて来たことに、驚きを隠せない。
(もっと一緒にいたかったけど、仕方ないか)
「——っ」
彼の思考が逸れた。帰るなら今がチャンスだ。私は自転車に乗り「また明日ね!」と、ペダルを踏む足に力を入れようとした。だが、そのとき。
「もし——」
「へっ?」
「俺の好きな人が名前さんだって言ったら、どうする?」
「——、」
全身が固まり「しまった」と、私は内心で言い放った。
心を読めるとはいえその能力は万能じゃない。まず反射行動は読むことが出来ない。まばたきのように無意識下で行われることに対してはどうやっても知りようがないのだ。そして、もう一つ。突発的な思いつきも読む事は出来ない。前を歩く人が忘れ物か何かを思い出して急に立ち止まる時思考から行動までの間が極端に短すぎるので事前に対応のしようがないからだ。
今回の事で言えば後者だった。それが聞こえたと思った時には、すでに水戸くんが喋り終わってしまっていた。しかしそれはもういい。彼が告白してくる可能性がある事はこの能力が身についてからと言うもの、想定していた。私がやってしまったと思ったのは、何も反応しなかったことだ。「いきなり何?私も水戸くんのこと好きだよ」と冗談めかして言い返せば、まだ本気で受け取っていないアピールも出来ただろう。けれども私は、黙ったまま、水戸くんを見返してしまったのだ。
「あ……」
と……水戸くんが一歩後ずさり、乾いた笑みを浮かべる。私は依然、彼と向き合ったままの体勢で、その場に突っ立って固まったままだった。
「あはは、なんてね。冗談冗談。」
「……あの、水戸くん、」
「変なこと言ってごめんな。俺ももう帰ろっと。じゃあまた明日」
「……」
(あーあ。油断したな、やっちまった……)
「——。」
背を向けた水戸くんの心の声が私の頭に響く。それは水戸くんがピンクの原チャリで走り去って見えなくなっても暫くの間消える事はなかった。
結局私は、あんな告白をされて承諾することも拒否することもなく、ただ、突っ立っていただけだった。それは告白の返答としてはある意味最も最低だったかもしれないと思う。だって何も言わないということは何も聞いていないことと変わらない。私は告白を受けたことにさえなっていないのだから……。彼の性格を鑑みると、私の無言の返答を彼は、婉曲的な拒否と受け取っただろうと思っていた。
しかし、翌日。学校での彼はと言うとすれ違い際、いつものように挨拶をして来て表面上は変わりなかったので驚いた。けれども心の声はずっと後悔を繰り返していたのだ。
居た堪れなくなり、その日は彼の事を避け続け最終的に保健室に逃げ込んだのは昼休みを終えた午後の事だった。
*
「あン……?水戸ぉ?」
休み時間。騒がしい教室でクラスの中でも目立つ女子二人組から尋ねられたのは水戸洋平についてだった。思わず眉間に皺が寄った俺を見た女子達の口元が引き攣った。俺は慌てて平静を装う。
「三井ならくわしーでしょ?いっつも、バスケ部覗いてる、ちょっと背が低めのさぁ〜」
「そうそう♪短ランで端正な顔立ちのっ!」
「だーっ!わかった、わかったからっ!!ンなに寄るなっつの」
俺の机に女子二人が、ずずずいっと迫るので、俺は片手で制す。女子達は嬉々とした声で言う。
「一生のお願いっ!メアドとか聞き出してよ〜」
「あっ、彼女がいるのかも知りたい!」
「クラスってどこだっけ?会いに行くーっ!」
「1年7組だよ……つーかメアドは自分で聞け」
俺はやれやれとポリポリ頭をかきながら、空になったポカリの空き缶を、フリースローの要領でごみ箱へ投げる。カランと軽い音がして空き缶はごみ箱の奥底へ飲み込まれた。側で女子が「ナイッシュー!」と、俺の頭を撫でてくる。その手を払い抗議しようと口を開いたと同時に予鈴が鳴り女子たちは俺から手を離して自身の席へ向かう。しかし片方の女子が不意にくるりと振り向いた。
「そういえばね、さっき水戸くんがさぁ?女子の後を追って、保健室に向かったの見たよ?」
けろっとした顔で言い放たれて「……は?」と俺の声も思わず裏返ってしまった。
「知るか。何で、ンなこと俺に言うんだよ」
「んー?だってその女子、あんたの彼女に似てたから」
「なっ——!?」
「水戸くんていつも学校の外では違う子と一緒にいるんだよねー、なんか危険な匂い♡」
「てめーら知っててメアドとか聞きてぇのかよ」
「ううん。気付いてんのは多分わたしだけ。いーじゃん本気で恋したいわけじゃないんだからさ?顔が可愛いから気になってるだけなのっ♡」
「はぁ……?ったく、意味わかんねーし」
女子は末恐ろしい。彼女たちは笑いながら踵を返して自分達の席へと歩いて行く。俺は溜め息を吐かざるを得ない。水戸って、めちゃくちゃ人気なんだな……知らなかったわ。どこがいいんだ?あんなヤンキーの代名詞みたいな奴。目つき悪ィし、油断するとブチ切れそうな風貌だし。笑った顔なんて向けられたことねーぞ?いや、待てよ。名前には、よく笑いかけてる……かも。
「……。」
��女子の後を追って保健室に向かったの見たよ��
��だってその女子、あんたの彼女に似てたから��
保健室——。俺はその真相が気になりながらも三年生らしく真面目に授業を受けることにした。(まあ、単位がやばいからと言う理由だけだが)
——キーンコーンカーンコーン・・・
チャイムが鳴り響いて6限目が終わり、帰りのSHRもすっぽかして俺は、教室を飛び出した。
「三井、どこ行くんだー?」
という声に「便所っ!」と叫んで走る。教室と反対側の廊下を進んで階段を降り切ると保健室の前に出た。するとそこには扉の前で腕を組んで、その扉に軽く背を預ける、一人の男子生徒の姿。
「……お前」
思わず、声を掛けてしまった。自身のつま先を見ていたのか俯いている背の低い男は顔を上げ、上目づかいで不思議そうに俺を見返した。
「廊下——」
「……あ?」
「走っちゃダメですよー、
センパイ
(
・・・・
)
。」
「おーよ!……って、そうじゃねぇ!」
「ははは」
「水戸、お前何して……」
そこまで言いかけて水戸は苦笑しながら自らの口元に人差し指を立てて「シぃー」と、囁いた。「……な、なんだよ」と、思わず反射的に小声になった俺に対して、水戸が目を細めて笑う。
「お姫様が寝てるんです」
水戸はそう密やかに言って、口元に当てていた人差し指を離し、また胸の前で腕を組んだ。
「はぁ?」
「しがない歩兵の俺は門番ですよ」
「いや、笑えねーけど」
「��ここ�≠フ匂い——ダメなんだよねー、俺。」
「わかってるよねー」と水戸は、自嘲するようにケラケラ笑って扉から背を離した。俺の横を奴のタバコの残り香と、香水の匂いが通り抜ける。
「じゃああとは、みっちーにバトンタッチ」
「あ!?おい、待てコラ!」
思わず俺は軽快に通り過ぎていく奴の後を追って行き階段に爪先をかける水戸の肩を引っ張る。ピタッと動きを止めた水戸の鋭い視線が俺に容赦なく降り注がれる。この目つきが、苦手だった。背中にサーっと悪寒が走る。ゴクリと唾を飲む。
「……何?」
「——な、なに?じゃねぇ!なんで俺がテメーの女の面倒なんか見なきゃなんねーんだよ!」
「あれっ?俺の女って、認めてくれたの?」
「……あぁ?」
「はは、面白い。なーんちゃってね?」
水戸はふっと笑って、ぱっと俺の手を払い退けた。え……まさか——保健室で寝てる��お姫様�≠チて……。
そのままポケットに両手を突っ込み、スタスタ階段を登っていく水戸の背中を、俺はただただ、じっと見つめていた。
*
一眠りしていた私を起こしたのはガラガラ!と保健室の扉が開く音だった。勢いよくベットから体を起こせば、そこには、幼馴染の彼氏がいた。
すごく機嫌が悪そう。あれ?なんで私がここにいること、知ってるんだろう。
「おい、仮病娘」
「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでよね」
ドカン!とベッドの横の丸椅子に腰をおろした彼がジト目で私を見下ろす。私が「何?」と怪訝な顔で聞けば彼はふんと鼻を鳴らしてポツポツと話し出した。
「水戸が入り口で見張ってたぜ」
「えっ!?み、み、水戸くん?」
「あ?なんだぁー、その分かりやすい動揺はよ」
「ど、動揺!?してないしてないしてないっ!」
「何考えてんだよ、この浮気もんが」
「う、う、浮気なんてしてないってば!!」
「ったく……。で?まじで仮病じゃねーのかよ」
「う、うん……」
「じゃあ今日は先帰れよ、俺は練習あっから」
意外にもあっさりとした感じでそう言い置き、彼は椅子から立ち上がった。さっきまでの悪そうな目つきから一変して、私の体を労るように目を細めて「無理すんなよ」と、一度だけ頭をポンと撫でられた。なんだか、拍子抜けしてしまう。
「一応、家に着いたらメール入れとけよ」
「あ、うん……わかった」
「……じゃあな。」
「……うん。」
心が痛む……最愛の彼の心の声は聞こえない。彼に隠している事がたくさんある。例えば相手の声が聞こえる事(なお、今は水戸くんの心限定)とか水戸くんと隠れてジョギングしている事とか水戸くんに——告白まがいのことをされたとか。
彼が保健室を出て行ってから数十分、その場でぼうっとしていた。オレンジ色の夕陽が目に直撃して思わず目を細める。そのまま再度横になったとき、枕横に置いていた携帯のライトがチカチカ点滅していることに気が付く。メールか、着信があったらしい。徐に携帯を開いて見るとメールが1件。通知を押すと相手はまさかの——水戸くんだった。
「え……!?」
がばっとベッドから起き上がる。保健室は電気がついていなくてとっくに夕暮れ。西日のみが、部屋の明かりとして働いていた。先生もいない。メールの返信をする勇気もない。『今日からジョギングは一人でやるからもう付き合わなくていいよ』と言う絵文字も記号もついていない、端的な内容だったからだ。
彼の、少し寂しそうに笑った顔を容易に想像できる。隠された感情は聞かなくても、今なら読み取ることが出来そうな気がした。どうしよう……
「……っ」
私は頭をぶんぶんと振りベッドを降りた。逃げていてはダメだ。だって、逃げてたら何も変わらない。むしろ悪化するだろう。私が動かなきゃ、だめなんだ——!
走り出した私の足が校門に差し掛かったとき、ポケットに両手を突っ込んで壁に背を預けているシルエットが見えてドキッとした。
(めちゃくちゃ引いた顔してたよなー)
足音を立てず近づいていくと、そんな心の声が聞こえてきて相手が水戸くんだと証明される事になってしまった。
背後に私がいるとは夢にも思っていないだろう彼が壁から背を離したのと同時に「水戸くん」と声を掛けてみれば、彼がこちらをゆっくりと振り返った。
「あら。おはよう、仮病の眠れる森の美女さん」
「もう……何でみんなして私を仮病扱いするの」
「みんな?」
「うん……みんな」
「……あー、なるほど。ははっ、そっか」
そのまま自然の流れで一緒に歩き出した私たちだったが、しばらくの沈黙をおいて彼が先に口を開いた。その声は、いつもと変わらずに、とても優しくて穏やかなものだった。
「名前さんも、その方がいいだろ?」
「……」
唐突な質問にも聞こえるが言わずもがなそれは先ほど届いたメールの内容の続きだとすぐに気づいた。分かったとも嫌だとも言えず、私は曖昧に返事を返してしまう。
「あ、えっと……あー、はい。」
「よし。じゃあもうこの話は終わり」
「……」
それ以上、なんて声を掛ければ良かったのか。けれども、わざわざ蒸し返す必要はない。いっそ告白的な��アレ�≠�なかったことにして、今まで通りの友達でいられればそれが何よりじゃないのか。そのためには私が、普段通りに接していればいいのだ。
コントロールのきかない愛情や欲望は、いつか人を傷つけてしまう。答えはきっと、いつだって目の前にある。近すぎて逆に見えなかったんだ。失敗してもいい——最後に笑えればそれでいい。
だって私……水戸くんを、失いたくないもん。時間が経てば、また元通りになれるはず。だが、その考えは甘かったと、すぐに知る羽目になる。
前へ
2/3
次へ
Back
/
Top