春を呼ぶ音色が響き渡る(1/3)
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※三井・ヒロインは出てきません※
好きだと言ってしまえば、何かが変わるかな。約束なんていらないから抱きしめてよ。
一秒先もわからない。遠くても、近くにいても怖いのはナゼ?目覚めても解けない魔法みたい。教えてよ、この話の続きを。
「好き」なんて言葉一つで二人は変わるかな。この線を越えてしまえば戻れないんだよ。
好きだと言ってしまえれば世界は変わるかな。あなたとだからどこへでも。ねぇ、私の気持ち、本当は、わかってるんでしょう?
*
どうやら私には男運というものがないらしい。取り敢えずで荷物を詰め込んできたキャリーケースのタイヤが取れた。もう歩けない、と心の中で呟き途方に暮れていると雑踏の向こうから現れたのは洋平くんだった。真夜中をすり抜けて見慣れた水色のMA-1と今日もビシっと固めているリーゼントが、何だか一段ときらきらして見える。
彼は、私に気が付くと「あれ?」と言って近づいてきた。江ノ島の海が見えるこの小路で��タイヤの取れたキャリーケースを片手に座り込む女�≠ネんて、ワケがありすぎる私に好きこのんで誰も近寄りたがらないはずだ。それなのに彼は「久しぶりだな。なにしてんだー?」なんて声をかけてくれるんだもんなぁ……。
「てか、どーしたのそれ」
「いやぁ、ちょっと困り果ててまして。ホテルは満室だし、ネカフェもいっぱいだし」
「なるほど?じゃあ路頭に迷ってるって感じ?」
「まあ、はい。そう……ですかね」
「あれ、彼氏は?あいつらから彼氏が出来て一緒に住んでるって聞いた気がするんだけど」
「それがぁ、叩き出されましてですね……」
「ハ?こんな時間に?仮に出ていくなら男のほうじゃねーの」
「もう彼女じゃないので、私。そんな義理はないんでしょーねぇ」
「に、したってさ」と先の言葉を飲み込んだ彼の目元が、私を憐れ見るかの如く歪む。そうして「呆れた野郎だな……」と心底からそう言い放ち私の代わりに怒りをあらわにしてぶつくさ毒づいていた。だが、私はとてつもなく哀れに見えるのだろう、すぐに気遣うような眼差しをよこした。
「行き場がないのかぁ」
「はい……」
「なら、うち来る?」
「……はい?」
「あー、ほら。こっから……すぐだから」
上着のポケットに両手を突っ込みながら眉毛をハの字に下げて言う。海の音、街の雑音が、彼の低い湿った声よりずっと、遠くに聴こえた。
*
洋平くんとの出会いは、アルバイト先だった。私が美容学校を卒業して就職した先で挫折を味わい、退職後に見つけたバイト先のバイク屋さん。そこで彼は高校を卒業してからずっと働いているらしく、結果よく私の面倒も見てくれて、まるで妹のように大切に扱ってくれた。
私たちは年齢が同じだけど精神的には彼が年上って感じで、好きな場所とか趣味とかも似通っていた。専門学校にいた男の子なんかより美容院にいた今風なイケメンのお兄さんたちなんかよりもずっと面白くて、私の好奇心をいつもくすぐってきた。洋平くんの昔からの友人達は「洋平の話はいつも難しくて俺らにはさっぱり理解できん」と言っていたので私って変なのかなって聞いたら、「変だろうねえ〜、だって俺の嘘ばっかで適当な話をいつも真剣に聞いて悩んじゃうんだから」と洋平くん本人は、空気を吐きながら言っていた。
始めは就職先が見つかるまでの繋ぎ程度にしか考えていなかったが結局、居心地がよすぎて三年ほど働かせてもらった。それでも彼と再会したのは、約一年ぶりくらいになるだろう。
——四年前。
「あっ、来た! 12時……」
友人とバスで移動中、私のスマホのアラームが鳴った。急いで画面をつければ、毎日お決まりの時間に更新されるSNSの新しい投稿があげられている。私はニヤッと口角を吊り上げた。
「えっ、まさか。本気で毎日チェックしてるの?すごいなぁ〜、私には絶対できない」
「何言ってんの!当たり前でしょー?出来るだけ多くリポストしてフォロワーさん増やしたいし」
「へえ。それ、一日何回くらい更新されるの?」
「えっとね、最低でも一日二回。ランチタイムの12時から1時と、ゴールデンタイムの夜8時から10時かな」
「ふうん、しっかり推し活してんのね。それで、誰だっけ?あんたが推してる選手って」
「桜木花道!もう、そろそろ覚えてよねー?」
友人はやれやれと言った様子で「わかったわかった」と軽く私をあしらう。もともとスポーツには全く縁のない人生を送っていた私だったが一度だけ知人の付き添いで見に行ったバスケットボールの試合を見てどハマりしてしまった。
私の推している選手の名前は桜木花道。私とは同い年で彼は『U22枠』という制度で高校を卒業後、所属先のトップチームに特別枠で加入した、将来はNBAも夢じゃないだろうとまで言われている期待の若手選手だ。
「てか、そのスマホケース。10番?公式で販売してるやつなの?」
「あ、これ?ううん、自分で作ったの!凄い?」
「なるほどね〜、今は便利な時代になったもんだよね。売り物みたいに作れちゃうんだもん」
「もっと公式からもグッズ販売してほしいんだけどね〜。まっ!ブースターがもっと増えればそれだけグッズも出るだろうから頑張らないと!」
「そっかそっか。まー頑張ってよ。チーム貢献にさっ!」
私から、無理やりに近いかたちで奪ったスマホケースを眺めていた友人が、私にスマホを返してくる。それを受け取った時、バスの窓の外を見た友人が訊ねてきた。
「次のバス停?新しいバイト先の最寄り。んで?何系のバイトなの?」
「えっとねー、バイク屋さん」
「バイク屋さん!?あんた、バイクの免許持ってないでしょ?」
「桜木選手の親友がバイク好きなんだって。んで偶然見つけたの、駅の案内板で。まぁ同時進行で就活もするんだけどね。繋ぎみたいなものかな」
「ふーん。まあ、あまり無理しないでよね」
「うんっ!ありがとう!」
目的のバス停に到着したようだ。友人に別れを告げバスから降りる。同じバス停で降りた、もう一人の男性に目がいく。今どき珍しいリーゼントヘアだったので思わずじっと凝視してしまった。私の視線に気づいたらしい相手が目だけで笑ってなぜかぺこっと頭を下げて来たので反射的に私も急いで頭を下げたが相手はさっさと歩いて行ってしまった。気を取り直して私はスマホでバイト先のバイク屋までの地図を表示する。マップを見ながらその場所へと向かうが、やはり慣れない道だったためか同じような道路が入り組んでいて何回か道を間違えてしまった。
なんとか到着した面接予定のバイト先の看板を見て、これかな?と不安に思いながらも入り口に近づいていくとそこには猫に餌をやる一人の男性がいた。あれ?さっきバス停で会った人じゃ……
「もしかして、きょう面接の子?」
その場で立ち尽くしている私に気づいた男性がしゃがみながら、こちらを振り返り言う。ハッとして何度も思い切り頭を縦に振ると、猫に視線を戻したその男性が「こいつ面白いんだ」と言って微笑んだ。心の中で「何が?」と聞くと、それを読み取ったみたいに「だって俺の餌がほしくて、か弱いふりすんの」と言っていた。その男性は、餌やりに満足すると立ち上がって柔らかい口調で言う。
「さてと……採用は確定してるけど、一応カタチだけでも面接しよっか」
「へ?」
「��桜木花道のファン�≠ネんだろ?ごめん、バスの中で盗み聞きしちゃった」
「あっ、はいっ!まだまだ新参者ですけどっ!」
「じゃあ、無条件で採用です」
「えっ、え……え?」
「ははは」
野良猫に餌をやってるくせに「か弱いふりすんの」とか、ちょっと性格悪くない?と思ったりもしたけど、なんだか憎めなかった。笑顔がとても素敵だし。なんかわかんないけど、すぐ採用してくれたし。そして——後に知る事になるのだが、その男性は、桜木花道選手の友人だったのだ。
そんな感じで店内の奥の部屋に誘導されて用意されたパイプ椅子に座った私は目の前に座る男性に履歴書を差し出す。「わざわざこんなの書いて来たんだ」とでも言いたげに、鼻で笑った男性が履歴書を広げたタイミングで名前を名乗れば何故か彼は目を見開いて咥えたタバコをぽろっと床に落とした。思わず「あっ」と声に出してしまったがまだ火がついていなかった事に私は安堵した。
「三井……名前、さん?」
「はい、三井名前です。」
「……え、偽名じゃ無いよな?」
「偽名?いえ、本名ですよ。あ、そっか。最近は単発のバイトなんかは偽名を使って面接を受ける人もいるみたいですもんね」
「あ、いや……ははは、すごいな。驚いた」
ん……なにが?と言いそうになった口を噤む。彼は落としたタバコを拾って慣れた手つきで火をつけた。火をつけた後に「あ、タバコ大丈夫?」なんて聞くので苦手だったけど「大丈夫です」と咄嗟に言い返してしまって後悔した。
「最近は、もうどっち向いても吸わない人間ばっかりでさ。俺みたいに煙草を指に挟んで生まれてきたような奴は、随分肩身が狭くなっちまった」
「は、はぁ……」
「体に悪いってのはわかってるんだけどねぇー、これだけはどうにも」
細く、長めに煙を天井に吐き出した彼は今一度私の直筆の履歴書を眺めて目を伏せ「字、綺麗だね」と言った。
「真っ直ぐ書くように心がけてます。なので実際は汚いんですよ、私の字って。」
「へえ」
「綺麗に見せるコツを掴んでると言いますか…」
「ふーん、そう」
自分から話題を振ったくせにもうどうでもよさそうな反応だ。てか、睫毛が長い。リーゼントで前髪を上げているから尚更目立つ。てかそのヘアスタイルってジェルとかで固めるのかな?なんて考えているとまだ火を付けて間もない煙草をテーブルの灰皿に押し潰して口元を手で覆い「免許は持ってない感じかぁ」と私を上目遣いで見やる。やっぱり不採用と言われるのかと思いきや——。
「名前、なんて呼んだらいいかな?」
「えっ?名前……ですか?周りからはみっちゃんとか呼ばれますね、結構」
「みっちゃんねぇ……名字呼びは避けたいかも。俺さ、知り合いで三井っているから。あ、男ね。だから、さ?」
「そ、そうなんですかぁ……何でもいいですよ、下の名前で呼び捨てでも何でも」
「じゃあ——名前ちゃん。」
「……」
「名前ちゃんに、しようかな」
「……、」
「よろしくね、名前ちゃん」
「あ、はい……よろしくお願いします」
結果、その後の面接は桜木花道のどこが好きなのか、みたいな話をして終わった。今どきリーゼントだし野良猫に餌をやっていた一件で単に動物が好きなのか、ただ性格が悪いだけなのか不明だし知り合いと同じ名字だから名字で呼びたくないとか、ちょっと変わった人だなぁって思ったけど見た目と謎なオーラに反してとっても優しそうに笑うから、やっぱりどうしても憎めなかった。
始めは「店長」と呼んでいたけれど仕事に慣れてきた頃、同い年なんだしその呼び方やめない?と言うので他の従業員や彼の友人の事は「○○くん」と名字で呼んでいたので「じゃあ水戸くん」と言ってみたら、少し考えたふうな彼が「それはちょっとなぁ」と困った顔で言った。じゃあ洋平くん?とすぐに言い返したら「その呼び方もちょっと……でも、まあいっか」と苦い顔をしたけど結果「洋平くん」と呼ぶことになった。
しかし��店長�≠セという立場に変わりはない事と、どう頑張ってもやっぱり同い年には見えなかったので、いつまで経っても敬語だけは抜けなかった。
ある日、美味しそうな手作りのお弁当を持って来てくれた事もあった。
「え、どうしたんですか?これ」
「いつもコンビニとかの食べてるなーって」
「あの、実は私、料理は苦手なんです……」
「あの、実は俺、居酒屋もやってるんです。だから、料理得意なの」
と、私の言い回しを真似しながら遠回しに自慢してきた。何だかすごく意外だった。だってリーゼントで、バイクいじりが好きな生粋のヤンキーって感じだったから料理とかには無縁な人なんだろうなって思っていたから。本人も「俺って料理できそうに見えないよね」と、自虐していた。
居酒屋とバイク屋の掛け持ちは大変みたいで、バイク屋の店長をしながらも休憩室では居酒屋のメニューを考えたりしている姿をよく見かけた。興味本意でこっそり見に行ったこともある。黒っぽい前掛けのエプロンを身につけた彼を見て不覚にもときめいた。
洋平くんはいつもマイペースで、帰りたいと思ったら友人や他の従業員にお店を任せて帰っちゃう。でも、その友人たちといる時はいつも笑っていて、私はその無邪気さが面白くて、遊びに行く時も、ちょこちょこと後をついていったりした。
バイクはいつも安全運転で走っていた彼。私は後ろに乗せて欲しいといつも言っていたけれど、いつまで経っても乗せてくれなかった。
『だってケツに乗せるって殺人者になってるのと同じなんだぜ。しかもナイフなんかよりよっぽど危ない。俺は、君の命を最優先にしたいの』
って。それが彼の言い分だった。やっぱりちょっと変わってる。でもいつの日からか、寝る前にベッドの上で「洋平くん」と、呟くようになっていた。月明かりの差す灰色の天井に彼を思い浮かべながら私はいつも「早く会いたいな」と思っていた。
私は、洋平くんが大好きだった。きっと、一生忘れられないくらい。でも忘れるくらいなら一生片思いしていたいと思った。こんな事を言ったら洋平くんは困った顔をするんだろうなぁとか考えて、そんな彼の表情を思い浮かべては、やっぱり「好きだなぁ」と心の中で繰り返す毎日だった。
——三年前。
「桜?」
「そう、桜。私からじゃないよっ?洋平くんの方から! 『行けたら一緒に行く?』って!」
「あ〜、そりゃ微妙だなぁ〜!」
今日も今日とて、洋平くんが留守の間にやって来た野間くんが店先の段差に腰をかけてタバコを吹かしながら声のトーンを上げて言う。揶揄いにきたのだ。そう、恋する乙女を揶揄いに……。
「えっ? 微妙って……?」
「俺はな?メシに誘えって言ったんだぜ?桜見にいくって桜見て『はい解散』かもしれねーぞ?」
「いや、まぁ……。別に私はそれでも……」
「洋平だもんなぁ〜。思わせぶりな態度を取って肝心なことは切り出さないオチだぜ、きっと」
「……」
「真剣な話し合いは避ける。なのにある日突然、別れ話を切り出して、一方的に去って行く……」
「ふーん、って!待って!付き合ってないし!?てか、でも洋平くんはそういうタイプじゃ……」
「なあ、どう思うよ?兄ちゃんは」
野間くんは最近入ったばかりの19歳のバイト君の男の子に問いかける。彼は、バイクを磨いていた手を止めて「モテ・オブ・モテを極めた店長の話すか?」と、眉を顰めて言う。
「あ?なァ〜んだそれ、モテ・オブ・モテって」
「恋愛界の王者っす。店長は、頂点に君臨してるんで俺の中では。で?いつから店長に思いを寄せてんすか?」
「黙秘!」
「ここで働き始めてから、すぐだったよなァ?」
「ちょっと!!野間くん!?」
「ざっと、二年くらいかー?もうすぐ三年か?」「もう『好きです』って自分から言っちまったらどーすか?待ってても、なんも始まらないすよ」
「……。」
好き。大好き、愛してる——って。いくらでも言葉では言える。でも、一番は言葉じゃなくて、行動や態度で表して欲しいと相手は思ってるはずだって、決して偽りじゃなく本気で。そう思っていたけど、確かに言われてみればこれって逃げてるだけなんだよね。今の関係が壊れてしまうのが嫌だから。傷つくのが、怖いから……。
でも私は、洋平くんを見ているだけで幸せだった。ただ、洋平くんの向かう先を見つめていた。そこにはいつも、桜木選手がいたから——。
*
「名前ちゃん」
裏口の扉が少し開いて、洋平くんの声がした。備品の在庫点検していた手を止めて扉を眺めるがその人物は姿を現さない。声だけが響いてくる。
「休憩入っていいよー」
「あ、はい。お先に頂きます」
時計を見ると、昼時を過ぎた13時45分。そう言えば野間くんは昼飯食いに行くわ、とか言って一時間前くらいに帰ったんだっけ。休憩は店内ではなく、外に出てもいいことになっている。そのまま店を後にしようと思ったが、ふと気になって裏口を覗いてみた。洋平くんが煙草を咥えて石の段差に座っている。いつもと違うのは、顔がボロボロだったことだ。自分で消毒しながら「痛ってぇ」と、小さく呟いている。
「へ?!洋平くん!!?どうしたんですか!?」
「ん、あー。ちょっとね。ここはいいから、メシ行ってきな」
「いやっ、手当しますよ!!貸してください!」
「いーよ。慣れてるから」
と、言われても私は引き下がらず、消毒液とガーゼを奪って隣を陣取った。きっとこうなるのが目に見えていたから洋平くんは怪我を秘密にして私を休憩に行かせようとしたのだろうと思う。
「喧嘩、ですか……?」
「んー。最近ちょっと目障りな連中がいてねぇ。わからせてやったって感じかな」
「こんなにやられてても?わからせてやったって感じなんですか?」
「ははは、
今は
(
・・
)
ね。もう、俺から手を出すことはないからさっ。どうしても怪我はしちゃうよ」
血が滲みはしていてもいずれも大した怪我ではなさそうだ。ただ、口元とか頬に真っ赤なあざができている。じきに紫になって、カラフルな顔になるのかなって想像したら怪我をしたのは私じゃないのに自然と私は顰めっ面になってしまった。
「ん?なに、その顔」
「痛そうだなって顔です。せっかく男前なんですから、お顔大事にした方がいいですよ」
「男前じゃないから大事にしなくていーんです」
「なんで……急に敬語なんですか?」
「えっ?名前ちゃんがいつまで経っても俺に対して敬語が抜けないから?」
「店長ですからね、そこはやっぱ敬語かなって」
ははっと笑い飛ばす洋平くん。顔はかっこいいって初めて会った時から思ってはいた。リーゼントだけど塩顔の端正なビジュアルだし、しゅっとしてる。だからこそこうして顔中に怪我なんかをしてしまうと、余計怖そうに見えるっていうか。
「そーいえば名前ちゃんさ、好きな奴いるんだって?」
「……はい?」
「アイツらが言ってたからさ?あれ?花道はもうやめたの?」
「さっ、桜木選手は推しですからっ!推・し!」
思わぬ会話の展開に私は一気に顔を赤くした。それを見て洋平くんは「ごめんごめん」と、眉を下げてすんなり謝罪する。こういうところが余計掴めない人だ。リーゼントにバイク。それに今時珍しい紙煙草ときた。きっと昔は、かなりのヤンチャだったんだろうけどそういう人って謝ったりしないイメージだったから。プライドが高いっていうかなんていうか。でも彼は違うんだよなぁ。
「どう……思いますか?」
「んー、何が?」
「長年片思いしてる相手に、こっちから好きって言う話。そうした方が、いいんですかね……?」
「う〜ん」
「あ、なんですか?その顔は」
「どうでもいい相談を投げかけられて、酸っぱくなってる顔?」
洋平くんとこうしていくら会話をしてもいつもほとんど覚えていない。何を話したかよりどんな気持ちでいられたかって事が大事なんだろうけど��好き�≠チて気持ちだけが先行して彼との会話を記憶しておく余裕がないんだと最近になって気がついた。
「別に興味ないですよね、すいませんでしたー」
「あ、拗ねちゃった?」
「拗ねてませんよ、別に」
「まぁ一つだけ言えるのは一人でずっと同じ事を悩んでる内は答えはないんじゃない?ってこと」「……」
「相手をよく見て決めればいーんじゃないの?」
「……わかりました。そうしてみます」
洋平くんは何故か、渋い顔で反応に困っているようだった。思わず「なんですか?」と聞けば、「頑張ってね」とくつくつ笑う口元に意地悪そうな皺が寄る。見た目とは裏腹に、本当は優しい人だっていうこと、彼を見た目で判断してる人達に教えてあげたいなぁ、でも出来れば独り占めしていたいなぁ……なんて、密かに思っていた。
——二年前。
「眉間に皺が寄ってるよ、美人さんが台無しだ」
カウンターでノートパソコンを叩いていると、洋平くんが私の隣にやってきた。近!と思ったが洋平くんでなければ気にも留めない絶妙な距離だったかもしれない。洋平くんって普段全然近寄らないから、だからこそ意外で反応してしまった。ちょっと腕を寄せたらぶつかる、そんなくらいの近さ。煙草の匂いがすこしだけする、と思うと、ドキドキした。私と一緒にパソコンを覗き込む横顔がすぐ斜め上にある。なんということだろう。私一人だけ焦っている。洋平くんは何とも思っていないって感じの真顔なのに。「就活どう?」と彼が、ちらと私を一瞥したのがわかった。
「な、なんとか……頑張ってます」
「みたいだね。飯ちゃんと食えてるー?」
「は……はい、一応。」
というのは嘘で、実は食べたり食べなかったり食べそびれたり忘れたりしている。最近体重計に乗ってないけど痩せた気はする。今着ている服のウエストもゆるくなってきたし。それをわかっているから、洋平くんもこうして気に掛けてくれているのだろう。
「そか」
けど、洋平くんはそれ以上追及せず、手にぶら提げていたビニール袋を、カウンターに置いた。がさがさと音を立てて彼愛用の白黒パッケージの煙草と、桜色の箱を出して見せる。
「これ。持って帰って食べな。甘いおやつ、好きだろ?」
「え?わ。なんですかこれ」
「限定発売の……なんつったかな、流行りのやつだって。ちょうど最後の一箱でラッキーだった」
「え。私に?いいんですか?」
「うん。もう上がっていいからゆっくり休みな」
「ありがとうございます……」
中を見るとSNSでバズっていたお菓子だった。深々とお礼を告げて、上がっていいという言葉に甘えて早足で店を出た。歩くたびに、がさがさと袋が音を立てる。自分の顔が赤いことがわかっていたから洋平くんの顔をまともに見ることができなかった。応援してくれていることや詮索しない気遣いが、しみじみと身に染みた。それと同時にわかってしまったのだ。ああ、全然脈がないんだなって。何とも思われてないからこそ、こんなに優しくしてくれるのだ。
数日前、高校時代の友人らしき可愛らしい一人の女の子がお店に来た。暇つぶしで来ていた高宮くんと大楠くんが「晴子ちゃん」と呼んでいた。もちろん洋平くんも「久しぶりだな、晴子ちゃん」と笑顔を見せていた。彼女はニコッと笑って彼のことを��洋平くん�≠ニ呼んでいた。
面接の日「その呼び方もちょっと…でも、まあいっか」と言った洋平くんの苦い顔を思い出す。��晴子ちゃん�≠ヘ手土産を置いて急いでいたのかすこしだけみんなと会話を交わしただけでお店を後にした。
『洋平くんっ!』
なんだか特別な呼び名のように聞こえた。私も同じように彼を呼んでいるはずなのに。
彼女に向ける笑顔は日頃、私に向けられている笑顔と何ら変わりないのに胸がこう、ギュと締め付けられた気がした。
私が、もっときれいな女の子だったらよかったのに。それでも洋平くんの態度は変わらないのかな。顔がどうって問題ではないのかな。それならもっと、どうしようもないではないか。あれこれ考えて、さっき彼から頂いたお菓子の箱が入った袋を握りしてめて、一人で勝手に撃沈した。
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