君が泣くなら僕が傘を(4/4)

  • 表紙
  • 目次
  • しおり
    • しおりを挟む
    • しおり一覧
    • 前へ
    • 4/4
    • 次へ

     なんだか、自分のアパートには帰りたくない、そんな時がある。それもこれもこんな風になった原因は一方的にキレておきながら謝るのが苦手という自分自身の性格のせいなのだろうと思う。

     無自覚に自分の機嫌を取るのが上手な幼馴染の彼女のことだから、もう俺のことなんか忘れて、案外平然と過ごしているかもしれない。そう思いながらもその現実を目の当たりにするのが怖くてついに、酒に逃げてしまった。
     部活終わりに新しく出来たスポーツバーで酒を飲んでいたら、既に日付が変わろうとしていた。
     いい加減帰るか、そう思い会計をすませて店の外に出た。最近涼しくなってきたからか火照った体にちょうどいい風が吹いていた。ため息を付きながら、自分のアパートの階段を登っていくと、そこにはまさかの、幼馴染の最愛の彼女がいた。よく目を凝らして見ると、玄関の前にちょこんと体育座りをして蹲っている様子。
     もしかして夢か?と頬をつねりたくなる思考を必死に抑えた。彼女は俺が帰ってきたことがわかると顔だけをこちらに向けてニコッと微笑んだ。

    「……寿、おかえりなさい」

     まだ俺に関心があって、しかもこうしてアパートまで来て、待っていてくれたという喜びを顔に出す事なく俺は玄関の鍵を開ける。そして無言のまま彼女に手を差し出せば、素直にそれに応じて俺の手を取る最愛の幼馴染。

    「わ……っと、イテテ……。」
    「……?」
    「ずっと座ってたから、腰が痛くなっちゃった」
    「……。」

     もしかして、俺が仕事に行ってから帰ってくるまでの間、ずっと玄関前にいたのだろうか。
     俺の手を支えに体を起こそうとした相手を俺はグイッと持ち上げる。

    「わっ! 寿!?」

     自分の左手に相手を抱えて歩きだすと向こうが俺の腰に腕を回すようにして寄りかかってきた。驚きと動揺を隠しきれないままそれでもこうして自然と寄り添ってくれた事が単純に嬉しかった。

    「……飯は?」

     自分でも絞り出した言葉がこれかよ、と呆れてしまうが、素直になれないのが自分の性分なのでもうどうすることもできない。だから諦める事にする。

    「あ、えと……その、食べるの忘れてて」

     それは朝からなのか、昼からなのか、夕飯だけなのかよくわからない回答をされる。俺も聞いておいた分際で、そういえば冷蔵庫の中には水しかなかったかもしれないということを思い出す。

    「もしかしたら、冷凍庫に食い忘れたディッシュ入ってるかもな」
    「ほんと?」
    「もしくは水だけ」

     ディッシュは主菜や副菜、飯が一食分に詰まったコレ一つあればご飯に困らない!と言える通販商品だ。便利でよく昔から買っていた俺に彼女は「だったら私が作りに来るよ?」と言ってくれたことがあった。あのとき俺は「じゃあ、頼む」と素直に言えただろうか。まったく覚えていない。
     復縁してからと言うもの、極力自分でも彼女に対しては優しく接しているつもりではあったが、実際のところ俺の優しさは、彼女の望む基準値に達していたのだろうか。まあ、俺なんかにはわかるはずもないか。

    「それ、賞味期限は大丈夫なの?」

     そんな憎まれ口に小さく舌打ちを返しキッチンまでやって来て一度、彼女を離した。手を洗ってから冷凍庫を開けると、一つのディッシュがあった。それを取り、電子レンジへ入れるために背を向けると、相手が俺の服の端をつまんできた。

    「あの……ごめん、なさい……」

     本当は謝らないといけないのは自分の方なのに先に謝られてしまってはこちらはどういう態度をとったらいいのか分からなくなってしまう。何も言葉を返せぬまま、ウィーンというレンジの電子音だけが沈黙の中に響いていた。

    「俺の方こそ、感情的になって悪かったな」

     自分のほうが一歳だけだとしても大人なくせにその言葉を絞り出すのに、随分と時間がかかってしまった気がする。どうもこういう自分が好きになれない。ついでに、それを直すことをできない自分も好きになれない。

    「水戸から、何で二人で会ったのかは聞いたぜ」
    「いや……ちゃんと私から報告するべき——」
    「ずっと言いたかった事がある」

     俺は、話し始めた向こうの言葉をさえぎった。別れ話をされるんじゃないかと思ったのか相手は少し怯えた表情を見せる。寄りを戻してから痴話喧嘩のたびに彼女がよく見せる表情だ。このとき改めて俺は、ずっと彼女に不安を与えてしまっていたらしいことに、今さらになって気が付く。

    「誰にだって触れられたくない過去があるだろ、お前にだって。もちろん、俺にだって」
    「……」
    「無理させてるんだよな、色んなこと。お前は、昔からそうだ」
    「……」
    「ずっと無理してるんじゃないかって感じてた。でも、知らねえフリしてたんだと思う」

     しっかりと俺の言葉を聞き入れて、言っていることの意味を理解したらしい相手が、床を見つめながら、ぽつりぽつりと話し始める。

    「無理は、してないよ。ただ高校生の頃から寿、水戸くんに何かと突っかかるから、言ったらいい気分にならないかな、って」
    「こないだ二人で会ったことをか?」
    「うん。知らない方が寿も……そのほうがいいのかなって思って」
    「……」
    「これ以上、嫌われたくなかった……」
    「だれに」
    「寿に。」

     床を見つめたままでいる相手の頭を俺は、軽くポンと撫でた。彼女は少しビクッと驚いてから、照れくさそうに肩をすくめた。

    「俺はお前が正しいと思う事なら何でもいいし、本当は交友関係まで束縛するつもりはねえんだ」
    「……」
    「ただ感情と行動が一致しねえってだけで……」
    「……」
    「水戸は、お前の大切な友達なんだろ?アイツを支えてぇつーなら、これからもそうすりゃいい」

     俺の言葉を聞いて彼女が顔を上げ「でも…」と不安気に俺を見つめ返してきた。そうこう話している内に場に即わないチン!という電子レンジの音が鳴り一食分の夕飯が出来上がったことを知らせる。

    「けど、別に隠したりしねえで簡単でもいいからちゃんと報告しろ。心配すっから」
    「……うん」
    「それに、そんな事くらいで嫌いにならねえよ」
    「……」
    「ほら、とりあえず飯あったまったから座れよ」
    「……はい」

     いつも使っている椅子に相手が腰を掛けたのを確認すると、レンジからディッシュを取り出して箸と共にテーブルの上に置く。そして、自らその蓋をあけてやると旨そうな匂いが辺りを包んだ。ハンバーグとブロッコリーとじゃがいもとコーンが一つのプレートに入っている。俺も彼女の目の前の席に座っていつまでも箸を手に持たない彼女を見兼ね俺が箸を持ちまずはブロッコリーを掴み彼女の口元に運んでやった。相手もそれを無言で受け入れ機械的に口をもぐもぐと動かしている。

    「最近すこし痩せただろ、あんま無理すんなよ」
    「寿、夕飯は……?」
    「俺は外で少し食ってきた」
    「そう……」

     たとえ喧嘩中だったとしても一緒に夕飯が食べたかったのか不貞腐れたような顔をされる。俺は元気のない雛鳥にエサを与えていくような感覚でハンバーグを箸で一口サイズに切ると、それを、相手の口元に運んでいく。

    「明日は、二人で食べような」
    「私……ココにまた来ても、いいの?」

     これが最後の晩餐だとでも思っていたのか俺の世間話の延長程度のさもない提案にビックリしたような顔をされて情けなくなり、溜め息が出る。

    「当たり前だろが。誰かさんと違って出てけとか言ってねーだろ、俺は」
    「……ご、ごめん」
    「ハァ、冗談だっつの。いちいち間に受けんな」
    「……」
    「まぁ……最近なんだか、寝付きが悪ィからな、一緒に寝てくれたほうが助かるぜ」

     俺が空いている手で頬杖をつきながら言えば、その言葉に彼女が、もぐもぐと口を動かしながら涙を流した。俺はそれを見て、プッと吹き出す。

    「おい、泣くか食うかどっちかにしろい」
    「ぐすっ……寿、ありがとうぅ」
    「つーか、なんで泣くんだよ?」
    「寿のことが好きで……離れたくなかったから」

     ズズ、と品なく鼻を啜ったのは置いておいて。きっと彼女は、俺を喜ばせるためにそう無意識に言ったのだろうが、つくづく俺は人の言う言葉を信じることができないんだな、と改めて思った。そして俺は、箸を動かす手が止まってしまった。

    「……。」
    「寿……?」

     やばい。またイライラしてきた。相手を一方的に責めたことを反省して帰ってきたはずなのに。
     しかも、こんなときに限って水戸から言われた事を思い出したりなんかして、あの野郎は結局、コイツのことが好きだったのだろうか、などと、余計な邪念で頭の中が黒い何かで掻き乱される。

    「他の奴等よりも俺がお前を雑に扱ってもか?」

     気づけばそんな事を口走っていた。ふと思ったんだ、お前の中にある俺は他人と比べたときに、ただ単純に幼馴染だから特別として扱ってくれるから好きなのではないかって。本当に、俺自身を好きなんだろうか、って。
     俺は、なんだ……?彼女と寄りを戻した事では足らず、どんな位置付けになりたいのだろうか。それともやっぱり、彼女を独占したいのか。俺はいったい、どうしたいんだ——。

    「え……?急に、どうしたの?」
    「俺は嘘が嫌いなんだよ」
    「嘘? 嘘なんかじゃない、よ?」

     ダメだ。また彼女の顔が青ざめてきてしまっている。たぶん相手には俺がいま何を言っているのか理解する事はできないだろうと思う。でも——

    「だったら、簡単に好きだなんて言うなよ」
    「え、えっと……」
    「どーせ水戸にも藤真にだって、軽々しく言ってたんだろ、好きだ、って」
    「……」
    「本心じゃない言葉が一番クるんだよ」

     社交辞令とか女が使う��カワイイ�≠ニかSNSの��イイネ�≠ニか。そこに、意味なんてないんだ。建前とか心にも無い発言で、会話の隙間を埋めるためだけの言葉に、俺は飽き飽きしているんだ。

    「好きだって言ったら俺が喜ぶからとか、全部、お前の本心じゃねーなら、俺はいらねぇんだよ」
    「そんなことない! 本心じゃないわけない!」

     彼女はテーブルを叩きなから立ち上がると俺の真横までやってきた。まただ。せっかく仲直りが出来そうだったのに、俺がその空気を壊した。
     俺たちに足りないものは、いったい何なのか。俺のこの頭じゃ一生、導き出せそうにない。

    「どうしたら……私の想いを寿に伝えられるの」
    「そんなん、こっちが聞きてぇよ」

     そうだ、こっちが聞きたい。なあ、教えてくれよ。俺はいったい、どうしたらいいんだよ。
     俺はゆっくり立ち上がって彼女との間を埋めるように距離を詰めた。相手が少し後退りをする。逃がさないように、その腕を掴んだ。反動で腕につけていた彼女のブレスレットがキラリと光って俺の指先に鬱陶しくも、纏わりついてくる。

    「ずっと心を閉ざしたままのお前に、俺はなにができるんだよ?」
    「……」
    「お前は俺に……そればっかりって言うけどよ」
    「……」
    「名前、お前に俺の気持ちが……わかるか?」

     どうしたらお前とちゃんと向き合えるんだよ。なんで水戸なんだよ……。なんで、どうして藤真なんかと婚約したんだよ。おまえはずっと、俺を待っていてくれたんじゃねえのかよ。

    「名前は、寄りを戻してからしばらく俺が手を出してこねえって悩んでたかもしんねぇけど」
    「え……」
    「けどあれは、俺に心を開いてない奴の体を無理矢理にこじ開けようと思わなかったってだけで」
    「なに……。私のせい……だったって、こと?」
    「違げぇよ」
    「違わない」

     いや、それは本当に違うんだ。俺のせいで心のあちこちに傷や痕が残ってるお前を抱きしめたらそれは——俺が嫌いだった、ただ遊び半分で軽い気持ちで言い寄ってくるような、俺の周りにいた女子たちと何も変わらないじゃないかって。

    「聞いてくれ……俺は、お前がちゃんと俺の前で自分をさらけ出せるようになったら、そのときはお前を抱くって決めてたんだよ」
    「え……?」
    「お前の母ちゃんのことがあって、俺が絶対に、お前を守るって決めたのに……」
    「寿……」
    「俺のせいで心が壊れちまったお前をずっと……迎えに行けなくて……俺なんだよ。俺の方なんだよ、逃げてたのは」
    「……」
    「俺は名前から逃げてたんだよ、ずっと——」

     俺は彼女の腕を掴んでいた手をそっと離して、そのまま彼女の顔の輪郭をなぞる。相手はそれを受け入れたように目を瞑り、優しく俺の腰に腕を回して抱きついてきた。

    「寿は……優しすぎだよね」

     胸がギュッと締め付けられた。俺はほっと息を吐き細い彼女の腰を抱き返して首に顔を埋めた。
     人として生きていると、それぞれに色んなトラウマができる。俺は彼女の頭を撫でた。俺の体を離した彼女は、俺の顔を真っ直ぐ見つめて言う。

    「私は寿が好き。だから、これからも傍にいて」

     俺は小さく頷き、相手のつむじにキスをする。満足げに微笑む彼女に微笑み返して俺はキッチンに向かいスプーンを手にして戻ってきた。彼女は不思議そうに首を傾げている。

    「やっぱ、俺もコーン食っていいか?」

     そう言いながらスプーンを相手に差し出した。ニコッと笑った彼女を見て、もう一度二人でテーブルに座り直し俺はまた箸を掴んだ。残りのハンバーグを箸で相手の口に運ぶのと同時に向こうがスプーンで俺にコーンを運んでくれる。

    「ふふふ♪」

     完全に機嫌を取り戻した彼女が、あいかわらず今日も可愛いすぎて、思わず苦笑いをする。
     やっぱり俺の幼馴染は、自分で機嫌を取るのが上手いらしい。今度その方法を聞いてみるかな、なんて柄にもなく思った。もうこいつになら尻に敷かれてもいいかなって。もうすでに、敷かれているのかもしれないけれども。

    「寿、私ね」
    「おぅ」
    「水戸くんを……ギュッてした」
    「……んで、チュッてしたか?」
    「……」
    「オイ」
    「それはしてない」
    「浮気者」
    「浮気したつもりは、ない……」
    「次はねえからな」

     俺はおもむろに椅子から腰を上げ彼女の真横に立って、相手を睨みつけるようにして見下ろす。気まずそうに意地でも目を合わせない彼女のその細い腕を引き、無理やり相手を立ち上がらせた。彼女は唇を尖らせて「寿だって浮気者じゃん」とぶつぶつ呟く。

    「だから、してねぇって」
    「抱きつかれて、頭撫でてたじゃん」
    「昔から距離感バグってるヤツだったんだよ」
    「……」
    「やめろって、頭押さえつけただけだっつの……妄想色眼鏡で勝手に解釈すんな」
    「……っ」
    「名前、こっち向け」
    「……ん、」
    「キスさせろ」

     強引にも少し長めのキスのあと、俺は「ずっとしたかったんだぞ」と甘えるように彼女を力いっぱいに抱きしめてやった。話をしたいけど触れてしまうと、もうダメだ。色々と考えるべきなのにもっと色々と、聞きたい事もあったはずなのに。
     きっと俺たちには、話し合いが必要だ。いつもこんな展開に持っていくばかりで、俺は、ただの盛りのついたクソガキだ。でも俺はコイツの事を信じている。

     俺は水戸のように、弁が立つタイプじゃない。だから、セックスだって一つの愛情表現なんじゃないのかなって。俺がもうすこし大人になるその日まで、ずっとこうして側にいて俺を甘やかして欲しいなって。
     高校生の頃と変わらずクソガキで自分勝手で、どうしようもない俺をお前はあの頃と同じように受け入れてくれるって、信じていてもいいよな?










     傘 はもう、いらないね。



    (このまま、そこのソファでヤってもいいぜ?)
    (……やだ、ベッドがいい)
    (ふはっ、オッケー。)
    (抱っこして、お姫様だっこ)
    (ヘイヘイ。つーかこのブレスレット買ったのか)
    (……あー、それは、また今度ね)
    (は?なンだそれ。ま、いーけど。似合ってるし)


    ※ image song『umbrella/Mrs. GREEN APPLE』

    • 前へ
    • 4/4
    • 次へ
     Back / Top
    VERTEX