曖昧すぎて壊れやすくて(1/4)
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18歳、春
― 18歳、春 ―
夕やけで隠した横顔を、見られたくなかった。ちっぽけで涙なんてらしくなくて。——あの日、私は、その手をそっと離した。
『初めて言われたよ先輩からボタンくれなんて』
『じゃあ来年の卒業式に、もらいにくるから』
『ははは、鬱陶しい卒業生扱いされるぞー?』
『いいじゃん。死守しといてね、ぜったい!』
『んー、それは約束できません』
『え〜、ケチっ!!』
『忘れないでね』って言えたらきっと、どんなことも、信じられたのかな。ほんのすこしでいいから強くなりたい。もっと素直になれるように。
彼にこそ聴いてもらいたかった。そして言ってもらいたかったのです。��泣いたっていいんだ�≠チて。そして、私はずっとこうして、彼から抱きしめてもらいたかった。
守られていた日々が、一緒にいた日々がたとえ思い出に変わっていっても、私のヒーローはただひとり——白馬に乗った王子様なんかじゃなくて桜色の、原付バイクに乗った……あなたでした。
ひまわりの花言葉。『あなただけを見つめる』あの日——自宅のポストに入っていた一輪の花。ひまわりの造花。
あの花を送ってくれた犯人がだれだったのか、いまでもそれは、わからないまま。
*
「う〜、寒い。こりゃ雪も降るかぁ。やっぱり、行くのやめようかな……。」
思わずひとり言をこぼしてしまう。ドアを開けると珍しく、雪がパラパラと散っていた。真冬の寒波が日本列島を覆いおかげ様で都心でも大雪の予報がでていた。
こういうイベントがあると、大昔からなかなか寝付けないで有名な私も、この寒さのおかげで、昨夜はぐっすりだった。
��人に成る��——。成人式はまさに人になるという、そういう式典なのだろうと思う。
そう、なにを隠そう今日は、成人式だ。正直、めんどくさいなぁと思っている。出席するかどうするかをずっと悩んでいてそれでも伝統行事でもあるわけだし、周りが行くというから、そういうものだと思って行くと決めた……はずだったが。
高校時代の親友から久しく届いていた『成人式もちろん出るでしょ?』というメッセージを受け取ったのは約二ヶ月前のことだった。そしてようやくそれに返信ができたのはつい数日前のことである。いくじなしで情けなくてわざと嫌なヤツのフリをして『ごめん。行けそうにない』と——。
私が生まれ育った街は都会とは言い難い。聞くひとによってはもしかすると都会なのだろうか。いやたぶん、都会とは言えないだろうと思う。
中学校は小学校からのエスカレーター式と言いますか、小学校のころの顔ぶれが中学でも一緒になる地域だった。同じ県内でも小・中で顔ぶれが変わるといった、そういうタイプの中学校もたくさんあったが私の通った武石中は小学校の同級生とは中学校でも、ほぼ一緒だった。
私は昔から人づきあいがあまり得意なほうではなかったため連絡もあまりしないタイプだった。だからだろう、転校先の中学校を卒業したあとは片手で収まる程度の友人数名以外とは、いつのまにか連絡すら取り合わなくなっていった。それについて、寂しくなかったといえばウソになるかもしれない。けれどもそれ以上にもう会っていない人と、あらためて交流するのがとても怖かった。会って話すだけならば顔を見れば相手の気持ちがある程度推察はできる。だが文字や電話越しではわからない。他人からすると「そんなこと?」と言われるようなことでも、私にとってはそれが、非常に怖かったのだ。
久しぶりに会う友人たちはいったいどうなっているんだろう、楽しく話せるかな?といった胸が躍るような、不安でドキドキするような、そんな面持ちで、成人式は参加しなかったものの直後に開かれた武石中の同窓会にだけは参加するか、と私はかじかむ手をこすりながらも予定の場所へと向かった。途中、転校してからも高校も大学も、よく連絡を取り合っていた数少ない友人の一人と会場の近くで待ち合わせをして、一緒に行こうということになっていた。
「やっほ!久しぶり!名前、少し老けた〜?」
「えっ?やめてよー。そっちこそ、ナニ〜?その髪の毛は〜。」
中学のときからずっと仲の良かった彼女は女子大生になってから、持ちまえのゆるい天パを活かしたなんともイマドキの可愛い髪型をしていた。聞けば雑誌でみたトレンドを取り入れてみたとのこと。
「うーん、ちょっと……ヘン、だったかな?」
「ううん!すっごく可愛いよ。だってほら、あの金髪のひと見てみてよ」
「ん?」
「なんていうか、今日はやったもん勝ち!みたいなとこあるよねー」
私はそう言って小さく指をさしながら笑った。二人が待ち合わせをしていたところから成人式が行われた会館はそう遠くはなかった。歩いて近づいていくうちに特攻服を着た集団や、振袖をきた女子が、テレビのインタビューを受けているのが見えてきた。それを横目に二人してその場を通りすぎると突然「ぷっ」と、隣で吹き出した彼女が笑いながら言う。
「なんか雰囲気出すぎだよねー。実際、式の途中から騒いで、つまみ出されてた男子もいたもん」
「えー、そりゃ大変だぁ。」
「名前は中学と高校の同窓会どっちも出るの?」
「えっ?」
「ほら〜、武石中と……湘北高校?」
「……。」
どきんとした。しかし歩きながら横目で彼女の様子を伺ってみたところとくに深い意味があって言ったようには見えなかったのでひとまずほっと胸を撫で下ろす。
「う、ううん。もう高校の人たちとあまり関わりないしね。行くとしたらこっちかな、って……」
「ねね、そしたらさ?同窓会おわったら一緒に、��OBの会�″sかない?」
「OBの会?」
「うん!武石中の。先輩たちもけっこう来るって言ってたらしいしー。あと、それに……。」
「そ、それに……?」
「私、高校のはじめくらいまでずっと、一個上の野球部の先輩が好きでさぁ? ちょっと、会ってみたいんだよね〜」
私は本日二度目とも言える胸を撫で下ろした。ちょっと、いやかなり焦った。だって��武石中のOBの会�≠ネんて聞いたらそりゃだれだって……それでも私は、素知らぬふりで会話をつづけた。
「……野球部の先輩って、あの?中一からずっと好きだった、あのひと?」
「うん!いまはもう遠くの人になっちゃったなーでも最後に一言でいいから話してみたいなって」
そんな彼女に対して私は、「この子は、なんて成人式らしいことを考えているんだろう…」とか思ったりした。
なんとなく成人式には出る気になれないとか、友達が少ないからと理由をつけて、あまり今日のことをしっかり考えてこなかったけれどもこんな話をしていると、たしかに、なんだかすこし昔のことが懐かしく思えてきたような感じがしなくもないかもしれない。そんなことを考えつつ思わず頬が緩んでしまうのを必死に抑え込んで、私は、歩みをすすめた。
*
「わー! 久しぶりじゃん!元気だった〜!?」
昔のことを思い出しながら歩いていたら同じく中学校で一緒だった友人が、まえから大きく手を振っている姿が目に飛び込んでくる。彼女はそう叫んで、音符をしょいながら駆け足でこちらまで来た。すこし驚きはしたが、声でだれかはすぐにわかった。私も「久しぶり!」と、笑顔を返す。
「名前、全然変わらないね!この子とはよくいまでも会うから、あれなんだけどさ〜?」
「あ、そーなんだぁ。」
「うん。でも名前ちょっと、綺麗になった?」
「へ?」
「……うんうん、良いね!」
「あ、ありがとう……そっちも、よく似合ってるよ? そのドレス。」
「ありがとー! ね〜、三人で写真撮ろうよ!」
彼女はそう言うと、シャッターを押してくれる人を探しだした。会場の前には私たちのほかにも同窓会が開催される予定なのかたくさんの成人が集まっているが、その中でもひと際目立っている集団がいた。目立っていると言っても成人式特有の悪目立ちではない。私から見てなぜかそこだけ惹かれるものがあった。きっと、一個下のあの、五人組の来年の姿を彷彿させたのかもしれない。
私と一緒に会場まで来た友人もそこへと歩いて行った。なんとなく下を向きながら待っていると横を通り過ぎていく成人たちの「あいつも来てるのかなー?」とかいう成人式マジックさながらの会話なんかが、自然と耳に入ってくる。
いまは遠く遠く、離れているけど。いまはもう遠く遠く離れているからこそ、君を……とってもとっても、愛おしく思う——。
「ごめーん、誰か撮ってくれなーい?あ、みょうじ、おねがいできるぅ?」
「うん、いいよ。」
声をかけられた彼は私たちと同級生で、部活はバスケ部所属であった。彼と目が合った瞬間に、それまでに私の頭にあったことが、すっぽりなくなってしまったように思えた。彼はたしか、武園だか翔陽だったか……いずれバスケの強い高校へ行ったと風の噂で聞いたことがあった。そして、私が転校してから会っていなかった人物のなかのひとりでもある。
「わたし真ん中ね! ほら二人も早く〜!みょうじ、おねがーい!」
「……じゃあ、いくよ。はい、ちーず。」
——カシャ。
「あ、ごめん……手振れしちゃった。もう1回、いい?」
「全然オッケ〜!ねえねえ二人とも。次はピースじゃなくて、平成ギャルポーズでいこっ!」
「……なにそれ、どーやるの?」
「名前、こうだよ〜、こう!」
「じゃあ行きまーす。はい、ちーず……」
——カシャ。
正直わたしは向けられたスマホのカメラをみていなかった。彼の声がかぼそくて、周りの雑音で聞き取れなかったというのもあるが、それでも、シャッターの音がするたびに、昔の情景が一気に湧き上がってくるようで、なんだか、真正面からカメラを見ることができなかったのだ。
『——あの、名字。』
『……ん、なに? みょうじくん。』
『雨降ってきたから、傘持ってないか、って。』
『へっ……?』
『三井センパイからの、伝言——。』
思い返せば雨の日は決まって同級生の彼伝いでそんなことを幼馴染から言われた。
どうして最後の最後まで、折りたたみ傘を所有していなかったのかは、未だに不明ではあるが、幼馴染の彼は決まって雨が降ると、私の同級生の彼を通して私に傘を要求してきた。そして、部活終わりには一緒に帰るというルーティンだった。
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