愛の力(2/3)
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カフェを出て彩子と別れた俺たちは二人で安西先生のご自宅に向かった。到着すると、奥さんが玄関で「三井くん久しぶりね」と笑顔で出迎えてくれる。そして安西先生が待つ奥の部屋へと案内してくれた。なんか、結婚式より緊張するぜ……安西先生の家なんてよ。なんて言ったって、まともに来たのは初めてだからな。
「安西先生……」
襖の前、緊張しながらそう声を掛けると、間も無くして「どうぞ」と穏やかな声が返ってくる。それを待って襖を開けると、安西先生が座布団に座っていた。ああ……なんて神々しいんだ……と思いながら俺が「失礼します」と、一歩足を踏み入れた、その瞬間——。
「失礼しまーす!」
感慨深くも、様々な感情を噛み締めて部屋へと足を踏み入れた俺をよそに、彼女は明るく挨拶をしてスタスタと中に入って行き、用意されていた二枚の座布団のひとつに無遠慮にもさっさと腰を下ろした。
「——バっ、バカやろうがっ!勝手に座んな!」
「はは、いいですよ。ほら、三井くんも座って」
安西先生からのありがたき御言葉に、俺は押し黙り一礼して彼女の横、安西先生の向かい側に、正座をして座った。
「……足を、崩してください?」
「はーい!」
「バカ!正座にしとけ!……いえ、大丈夫です」
彼女が姿勢を崩そうと立ち上がりかけた肩を、ぐっと抑え込んで、再度座らせる。案の定、隣でブーブーと文句を垂れているが、今は無視ムシ。そんな事をしていると安西先生の奥さんがお茶を持って来てくれたので俺は「ありがとうございます」と言いぺこりと頭をさげた。奥さんが部屋を出て行くのを待ってから、安西先生が話し出す。
「久しぶりですね、三井くん」
「あ、はい。ご無沙汰しております」
「湘北高校でバスケ部の監督をやっていると聞きましたよ」
「はい、微力ながら……頑張って生徒たちにバスケットを指導しております」
「いい監督に恵まれて生徒達はラッキーですね」
「いやっ!!そんな、全然……」
やっべ。すっげー汗かいてるわ、俺。背中に、尋常じゃないほどに汗、汗、汗……。もはや汗の滝。改めて顔に出るタイプじゃなくてよかったと思った。こういうとき顔には汗をかかないタイプなんだ俺は。なんて事を頭の中に巡らせていたら彼女がぺちゃくちゃと安西先生に話しかけている気配で我に返り、ぎょっとして俺は青ざめる。
「安西先生はもうバスケやってないんですか?」
「もう、いい歳ですからねえ。でも桜木くんとはいまでも繋がっていますよ」
「桜木くんと!へえ〜。あ、でも桜木くんの指導は安西先生しかできなそうですもんね〜」
「——おい名前!言葉を慎みやがれ!もうおまえ喋んなっ!」
あわあわと焦って彼女を小声で怒鳴る俺を見て安西先生は「ほっほっほ」と、あのころのように優しく微笑んでいた。そして安西先生が密やかな声で「——三井くんは、」と俺の名を呼ぶ。俺は背筋を伸ばして返事をした。
「……っ、はい!」
「桜木くんとは、いまでも交流はありますか?」
「あ、はい。バスケに限らずよく会っています」
「そうですか」
「よく行く飲み屋が一緒なんです。あ、えっと。あの……水戸、覚えてますか?桜木の友人の」
「はい、水戸くんですね。覚えていますよ」
「その水戸がやっているお店で、よく……」
「あっ!!今度、安西先生も一緒にどうですか?お酒でも飲みに」
「——!? オイっ!!!!ゴラぁ!!」
咄嗟に出てしまった、言葉遣いのなっていなさすぎるそんな俺のツッコミにも安西先生はとくに驚く様子もなく笑みを崩さず「いいですね、ぜひ機会があれば。」と、言ってくれてほっとした。名前ほんと、もう喋んな頼むからよ……。
「あの!安西先生……」
「はい」
「これ……、」
気を取り直して俺は襟を正す気持ちで結婚式の招待状を、すっと安西先生の目の前に差し出す。安西先生がそれを手に取ってくれたのを確認してからすぅと軽く息を吸う。そして、ふぅと深呼吸するように今度はその息を吐き出し、安西先生を真っ直ぐに見据えて言った。
「——このたび、結婚することになりました。」
「ああ……そうですか。おめでとうございます」
「ありがとうございます。……ほら、お前も!」
俺は、彼女の頭をぐっと畳のほうに押しつけて一緒に頭を下げさせる。そして二人で顔をあげてから俺はまた姿勢を正して言葉をつづけた。
「つきましては主賓としてご列席いただきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願い致します」
「ほっほっほ、それは光栄ですね」
「恐縮です。また……その際には主賓のご挨拶も頂戴いただけますと、幸いです」
「……ほう、」
「なので招待状をこうして直接お渡しさせていただきました」
「ほっほっほ……それはご丁寧に、はい。確かに受け取りましたよ」
そう言って安西先生は招待状を一度両手で目の前に翳してから懐にそっとしまった。ややあって安西先生が「三井くん、」と、そっと口を開く。
「はい。」
「楽しみですね」
「……はい。ずいぶんと、長い時間がかかりましたが、ようやく……」
「長い時間?」
「あっ!私たち別れたりくっついたり大変だったんですよぉー」
へらっと笑って答えたのは彼女だった。そんな彼女に俺は本日何度目かわからない同じリアクションでまたぎょっとして言葉を失って青ざめる。
「そうでしたか……」
「ふふっ」
「ほっほっほっ」
「……。」
え——ふふ、じゃねえよ。ふふ、じゃ。しかも安西先生まで笑ってるしよ。あー恥ずかし、と、俺が面を食らっていると、安西先生の奥さんが、そーっと襖を開けて彼女の方にだけ声を掛けた。
「三井くんの奥さん、ちょっと来てもらえる?」
「え?……あ、はい……?」
おぉ!?待ってくれ!——いや、ください……だって、だってよ奥さんって……!と俺は一気に赤面する。奥さん……まあ、なるんだけど、よ?なる、けど——!!なんてそんな俺を置き去りにして彼女はすくっと立ち上がり部屋を出て行く。襖が閉まると彼女と安西先生の奥さんの楽しげに話し込んでいる声と足音が遠のいていった。突如安西先生と二人きりになってしまい変な緊張感が俺を襲う。
「——ふたりきりで、話したいなあと思ってね」
俺はしばらく閉まった襖を眺めていたが、安西先生のその言葉に勢いよく先生のほうを見やる。
「せっかくの教え子の晴れ舞台なので挨拶の為にいろいろとお二人のことを聞いておきたいなあ、とね」
「あ、はい……恐縮です……。」
そう言った俺に「ほっほっほ」と先生は静かにお茶をすすっていた。俺の方こそ先生に伝えたい言葉や想いは山ほどあったが、たしかに、こんなふうに二人きりで話せる機会など、これから先もそう多くは巡ってこないだろうと思い、俺は意を決して口火を切った。
「先生に……救われたのは事実なんです。中三と高校三年のときに」
「……」
「けど、もしあいつと……名前と出会っていなかったら、高校最後の一年を彼女と共有してなかったら」
「……」
「もっと俺は、弱い人間になっていたんじゃないかなって、思うんです」
「……」
「たくさん馬鹿なことばっかしてきましたけど、高三のはじめまでは。でも、今の自分が案外嫌いじゃないんです、俺……」
「ほぅ……そうですか。」
「先生と……名前と、あと——
あいつら
(
・・・・
)
のおかげなんだと思っています」
「……。」
「俺は……洗脳されたのが先生と名前で、ラッキーだったなって、思ってます——。」
「洗脳——、……ほーっほっほ。」
俺は苦笑いを浮かべて、先生の奥さんが淹れてくれたお茶に口をつけ、品なくズズッと吸った。
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