変態に恋をされた私の末路(1/3)

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    「——ねえ、ちゃんと私のほう映ってる……?」
    『待ってね……うん、大丈夫!名前ちゃんの顔、映ってるよ!バッチリ⭐︎』
    『しっかりとみっちーの実家の居間もなっ』
    『名前、アンタへますんじゃないわよ!』
    「もーぅ、わかってるよぉ〜」

     私は溜め息を吐きつつ、自分のスマホの画面に映るリョータくんらに笑顔を返してからスマホが見えないようテレビの隅に隠して子細工をした。
     いま私は、彼氏の実家の居間でひとり留守番をしている最中だ。きょうは、日曜日。彼が顧問を勤めているバスケ部の練習が終わったいま、彼の実家に結婚式用に使う子供のころの写真なんかを探しにきた。これが終わったらそのまま次は私の実家へ移動し私の写真を探したあと夜には両家で食事に行く予定である。そして実はきょう、もうひとつ、重大な任務が課せられている。婚約者である彼に、ドッキリを決行するのだ——!
     ことの始まりは約一か月前。私と彼の結婚式の友人代表のスピーチをリョータくんにお願いした幼馴染。そのとき一緒に、余興もお願いしたのだそう。リョータくんはあたりまえに「え〜」と、文句を吐いていたみたいだったけれどしっかりとその任務を引き受け、結局のところ元湘北のメンバーが余興担当になったようだった。そのことを当の寿本人はまだ知らない。先に知らされていた私宛に突然リョータくんから電話がかかって来てこう言われた。

    『三井サンにドッキリを仕掛けて、名前ちゃんへの愛の大きさを吐かせたいんだよね!』

     ——と。その映像を、私たちを祝福してくれるみんなのまえで大々的に見せつけて世話になった先輩を辱めにあわせて……いや、さらにみんなを幸せムードにして盛り上がってもらおうとの魂胆だそう。
     内容はこうだ。早い話が私は寿に結婚式を延期したいと言う。ついで、私の夢を叶えるために、別れはしないが距離を置きたいと申し出る。先日彼には内緒で水戸くんのお店に行って、みんなと最終打合せをした際、事前に貰った台本を見て、「ちょっと無理があるんじゃ……」と言った私にリョータくんや水戸くんらは「大丈夫、なんとかなる!」と言い切った。ので、とりあえず台本のまま話は進めることになった。そんな私の役目はスマホでテレビ通話をして、台本通りに婚約者と会話をするだけ。それをリョータくんや水戸くんたちがいる向こう側では録画をしている、という流れだ。ほんとスマホ一個で便利な時代になったものだと、つくづく思う。

     まもなく彼も帰宅するだろう。私は、カメラのレンズだけ見えるように、テレビの脇にスマホを隠して設置を終えて向こうの声が万が一聞こえてしまわないよう、こちら側の音量もゼロにした。——よし、準備完了。私はこたつに入り直してリョータくんたちに手なんかを振ってみる。
     きょうのこの時間、彼のお母さんとお父さんは出掛けていることを知っていた私はあえてこの日のこの時間帯を狙ったのだ。スマホを設置すべく彼には実家についた途端に「アイスが食べたい」なんて言って半ば強引にコンビニにひとりで行かせた。「この寒い時期にアイス食うのか?」とか「なんで車乗ってるとき寄れって言わなかったんだよ」とか、ぶつくさ文句を垂らしていたけれど結局買いに出てくれるあたりあいかわらず優しいなと思っていた矢先、玄関の扉が開く音が聞こえてきた。どうやら今回の主役が帰宅したようだ。
     よし、名字名前。いまから婚約者に、ドッキリ作戦を決行しますっ!

    「おかえりー」
    「……ああ。ったく、寒すぎだぜ」

     ここから実況は宮城リョータがお送りします。
    ……なんつって。
     三井サンはコンビニの袋を台所に持って行ったのか一瞬姿は見えたが、また画面からいなくなった。それでも三井サンの登場に大楠らが「おぉ!主役のお出ましかっ!」なんてすでにこちら側は盛り上がっている。
     俺らは、水戸の開店前の店の中でスタンバイ。俺のスマホの録画ボタンも、バッチリと起動している。万が一、電源が切れないようにと充電器もきょうはずっとぶち差したままだ。メッセージの通知もオフにした。電話をかけてきそうな人たちには事前に連絡をよこすなと釘を刺しているから大丈夫だろう。そんな俺の隣には水戸を含む桜木軍団。あと彩ちゃん。花道は練習で集合できなかった。残念だよ、こんなおもしろい瞬間をリアルタイムで見れねぇなんて……なあ、花道。でも、最高の出来にしてやっから、楽しみにしとけよ!

    「いま食うのかー?」

     台所のほうから彼女に叫んでいるであろう三井サンの気の抜けたというか、なんともリラックスムードな声が聞こえてきて彼女は「ううん、晩ご飯行ったあと!」なんて返している。そして三井サンが冷凍庫にアイスクリームを入れ終えたのか居間にようやく姿を現した。それでも、大好きな彼女のいるこたつには向かわずカメラから外れた奥のソファーに座ろうとした三井サンに「ねえ!寿っ!」とすかさず彼女が声を張る。三井サンは顔だけで振り返る。

    「……あ?」
    「ちょっと……ここ、座って?」

     ちょうどスマホのカメラに三井サンの姿が映る位置、自分の座っているななめ前の席に誘導するべく、トントンとこたつのテーブルを叩いている意地っ張りで口の悪い先輩の——愛しい婚約者。

    「なに?」

     不思議そうに彼女のほうに歩み寄って来る三井サンが彼女の誘導もあってしっかりとそのななめまえの位置に座った。まず、第一関門は突破だ。

    「え? なんだよ。」
    「あ、あのね……、」
    「うん」
    「……、」
    「……なに、早くしろ」
    「え、えっとね、真剣な……話なんだけど……」

     急かしてくる相手に、彼女はやや焦った感じでそう言って、笑いそうになる口元をぎゅっと一度引き結んだ。きっと三井サンは気づいていないと思うけど。

    「……そ、その……っ、」
    「……なんだ? なんか……怖えーんだけど。」

     彼女の煮え切らない態度に対して、じゃっかんピリついているのか徐々に眉間に皺を寄せて目を細めた三井サンが、一向に答えないでいる彼女になおも急かすように言った。

    「あ? なんか嫌なことなのか?それ。」
    「嫌なこと、かあ……うーん、」
    「……ったく、もったいぶんなァ。早く言えよ」
    「えっと、嫌なことでは、ないんだけどぉー」

     だいぶイライラしはじめた三井サンに、思わずプッと笑ってしまった彼女が咳払いで顔を背けてごまかすことに成功し続けてそう言った。だが、これから告白されることを想像すると三井サンにとっては絶対に『嫌なこと』である事には間違いない。さて三井サンは果たして引き留めてくれるのか、そして受け入れられるのか——いよいよ、意を決した彼女が「あ、あのね……?」と、口を開く。

    「……か、解散?したいなあって」
    「解散?」

     抑揚つけて『カイサン?』と同じ言葉を返した三井サン。そして目をやや見開き、その目をぱちくりと瞬かせた。それをチラ見した彼女が目線をテーブルの上に落とし込んで、さきをつづける。

    「うん、解散したいの——寿と。」
    「……」
    「……、」
    「………。バカ、無理だろ」

     やや訪れた沈黙も、三井サンのその冷めた声で破られた。鈍感でも、すぐに彼女がなにを言っているのか把握したであろう三井サンは、たいそう不機嫌です、的な雰囲気のまま、そう即答する。電話の向こう側の俺たちが爆笑しているのを知らずとも彼女も同じように笑いそうになっていた。それを必死に抑えている姿が、なんだか可愛らしかった。

    「……あのぉー、ちょっとだけね?」
    「……」
    「ソロ——活動、したいなァーって……」
    「ソロ活動!?……なンだそれ。有名人みてーな言い方だな。つか、グループのまんまでいいじゃねえかよ」
    「グ、グループって……」

     三井サンの言葉に、この場にいた全員が思わず「グループぅ!?」と、声をあげて笑った。ああダメだこの天然記念物。笑っちゃうってさすがにこれは誰だって、と心の中でつぶやいたが、それでも彼女は一つ咳払いをして気持ちをしっかりと持ち直していた。頑張れ、三井サンの天使……!

    「いやー、そのね?ちょっとでいいの、ちょっとだけ」
    「……あ?なァーんだその、さきっぽだけいいかみたいな言い方はよぉ」
    「あっ!!そういう言葉はダメ、ぜったい!!」

     結婚披露宴という聖なる場所には相応しくない言葉だと察して慌てて制する彼女に対し三井サンは「ダメな言葉なんかねえだろ」と逆にぎょっとしてやや身を引いていた。俺らは安定で大爆笑。

    「だ、だから、そのぉ……ソロ活動を……ね?」
    「はあ?俺のこと、また(・・)振ってんのか?ソレ。」
    「ま、またって……ううん、振っては(・)!いない」
    「なんでそこ協調すんだよ。なんだ『わ』って。もうワケわかんねえこと言ってんじゃねえかよ」
    「……ぅ、」
    「なんだよ……誰かになんか言われたのか?」
    「もうそれ、ヤクザの詰め方なんだけど……」
    「うっせぇ!もうヤクザでもなんでもいいわ!」
    「ひぃ……!」

     三井サンが、困惑と混乱と動揺を交互に出す。情緒が安定しないのか急に声を荒げたりするので彼女はその度にビクン!と肩を揺らす。いつもは可哀想に……と思うそんな仕種さえも今はまるでコントのようにスマホの画面に映し出されていて俺らは失礼だろうなと思いつつも、絶えず笑ってしまった。野間なんてヒーヒー言っている始末。

    「——待てよ、待てって。」
    「……は、はい?」
    「一回整理しようぜ。解散って?なんだよ、解散って。はっきり言えよ。別れてぇってことか?」
    「……うーん、ううん。ちょっと、ニュアンスが違うかなぁ……」

     三井サンはひとつ溜め息を漏らし、こたつの中で猫背になっていた背を正して、背筋を伸ばす。そうして、たいそうご立腹と言いたげに腕組みをしながら片眉を吊り上げて彼女の事を見下ろす。

    「け、結婚する前にね?やりたいことがあるの」
    「……やりてえこと?」
    「う、うん」
    「……で?」
    「うーん……だからね?ちょっとのあいだ、解散したいと言いますか」
    「——待て待て、それがよくわからねえ。なんだちょっとのあいだ解散って」
    「きょ、距離を……おくと、いいますか……」
    「は?」

     そりゃあ『は?』ではある。あきらかに苛立っていた三井サンが今度は愕然とした表情で彼女を見た。別れないと言うことは理解したみたいだったが『距離を置く』という地獄ワードにどうやら反応したらしかった。そうして三井サンは、動揺しつつも吃りながら、なんとか言葉を返す。

    「か、かりに……距離置く、ってよ、どんくらいだよ」
    「えーっと……。一年?——くらいかな……。」
    「いちねんっ!?オイ名前、おまえ、それ本気で言ってんのかぁ?」
    「うん、本気で言ってる。」

     まだまだ攻めていきますよと言いたげに彼女も負けじと、真面目な顔つきで三井サンを見やる。もしかすると彼女のほうは、この状況にそろそろ慣れてきたのかもしれない。きっとすぐ臨機応変に対応することができる子なのだろう。うん……さすがだ。三井サンにはもったいないよ本当に。

    「家族とかね?友達にも、相談はしてて……」
    「……友達って、彩子か?」
    「あー、うん。そうだね、彩子とかリョータくんとか」
    「アホかよアイツら……なに言ってんだクソ。」

     はい、最低ー。激しく最低デス、この先輩は。彩ちゃんも俺の隣で「最低ね」とか言っている。
     ほんとだよ、この人ときたら……そばに俺らがいねえってことをいいことに。くっそ、ぜーんぶ会場で流してやろーっと。なんて思っていると、三井サンが投げやりに言った。

    「一年距離置くなんていいわけねえーだろうが」
    「え、一年間だけだよ?」
    「あのなあ……おまえ一年って、何日かわかって言ってんのかぁ?365日もあんだぞ?」
    「まあ、うん。そうだねぇ……」
    「死ぬまで一緒にいるっつったじゃねえかよ」

     ちょっと弱った感じのその声と言葉に、ここにいる全員が思わず「ヒュ〜!」とハモって野次を飛ばした。きっと動画のテロップには『俺たちはなにを見せられているのだろうか…』なんて流れそうな展開ではある。だがもちろん俺らの野次や揶揄う声が映像に入ることはないのでご安心を。

    「死ぬまでなんて、言った覚えないんだけどね」
    「あ?」
    「ん?」
    「……ったく、いちいち揚げ足取りやがってよ。まぁ、それはまずいい。んでよ、お前——足。」
    「あし?」
    「何回、俺の足踏んだら気ィすむんだよ」
    「え。」

     まさかの——こたつあるあるだった。どうやらこたつの中で、ずっと三井サンの足を踏んでいたらしい三井サンの最愛の彼女。動画編集時はこの会話が流れるまえに是が非でも『※こたつの中で足が当たっています。』とでも入れてもらおう。

    「あっ、ははっ!ごめん!」
    「さっき二回踏んで来て、もうこれで四回は踏んでんぞ、俺の長すぎる足。」
    「こまかっ……ごめんごめん、話に夢中でさ!」

     マジで細かいと思う。いちいち数えているのがなんともあの人らしいと言えばらしいが。しかしもう、このコンビは、真剣な話をしていても毎回すぐにこれだよ。この際、吉本新喜劇にでも入団したらいいのでは?とすら思う。まあ、いいけどさぁ。バカ仲良しで結構なことで、って感じで。

    「もうずっと踏まれてんだよなあ、ったく……」
    「へへ、ごめんごめん」
    「べつに踏んでてもいいけどよぉ、」
    「え?」
    「いまの話、撤回すんならな……。」

     彼女はそんな苦し紛れの三井サンの姿を、なんだか微笑ましく見ている気がした。だって彼女の表情がほんのすこし緩められて、優しく微笑んだように見えたから。きっと無意識なんだろうなと思うけど。

    「——あの、それで……」
    「……」
    「……普通にね?一年間、時間がほしいの。」
    「あ? まァだ続いてたのかよ、その話……」
    「うん。」
    「はァ〜」

     三井サンがついに頭を抱えはじめた。そうしてその両手を後頭部に流して乱暴に頭をガシガシと掻きむしる様を、彼女がじいっと見据えている。その視線に気付いたのか気付いていないのか溜め息を吐きながら三井サンが言った。

    「……別れるとかじゃ、なくてってことだろ?」
    「うん、別れるとか言ったら、いき過ぎだなぁと思ってさぁー」
    「はァ……。まあ、んで? その一年のあいだ、おまえは、なにをしてえんだよ?」
    「え」

     これから自分が言う羽目になる俺たちの作った台本の台詞を思い出したのか笑いそうになるのを必死に抑え込む彼女。三井サンは、いまから話す幼馴染の『将来の夢』についてどんな反応をするのか——要チェックだゼ。

    「あの、本気だからね。笑わないで聞いてね?」
    「おぅ」
    「わたし、」
    「……」
    「——ボディービルダーになりたいの。」
    「…………はあ?」

     三井サンは鼻で笑うように浅く息を吐きながらそう聞き返した。彼の心情を読み解くと、きっとコイツ頭がおかしくなったのか?と思っているのだろう。困惑を通り越して予想外すぎてもはや、絶望レベルである。まさに、そんな表情だった。
     だがこれは、撮影班であるこちら側からすると最高の撮れ高であったことには間違いなかった。

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