変態に恋をされた私の末路(2/3)
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ついさっきまで絶望レベルでドン引きの表情を晒していた三井サンが「はぁ?」ともう一度同じ反応をして今度は笑けてきたのか、絶えず半笑い状態で彼女の顔を覗き込んでいる。
「ほ……ほんきで言ってんのか?名前。」
「……」
「ちょ、待て……はぁ?」
「……っ」
もはや人は、窮地を超えると笑えると言うが、三井サンもその教科書通りといった様子で、笑いながら何度も「はぁ?」とか「本気か?」などと聞き返している。しかし、しばらくするとやはり困惑したような顔つきになって徐々に眉間に皺を作りはじめた。
「ええ、え?」
「……」
「……ちょ、待て待て。別にいいけ……いや、」
「……」
「——え?
本気
(
マジ
)
で言ってんのかよ?」
ここからは少々、婚約者本人の解説付きです。
……なんちゃって。
私からの発言が予想外すぎたのか、彼はずっと半笑いと怒りと困惑を、自分の中で処理しようとしているみたいだった。このとおり、同じような台詞が延々と繰り返されている始末だ。
電話の向こうがわでは、きっといまごろ爆笑が巻き起こっているのかと思うと私は無意識にチラとカメラに視線を送ってしまう。だがすぐに頭を下げて肩でくつくつと笑っている彼に再度視線を戻した。私は女優。今は演技に集中しなければ。
「そうやって、笑われるかなと思ったから——」
「いや、どういうことだよ。ちょっと待てって」
「……なに。」
「やっ、怖えーって。ボディビルダーって……」
しかし笑けてくる感情は置いておいてもやはりそうそう簡単には、OKが出せない様子だった。その証拠に彼は一度、気持ちを正すかのごとく、ゴホンと咳払いをしてから私を見据えて言った。
「——え、ボディービルダーになりてえのか?」
「ダメ?」
「……」
「……」
「ダメだろ、普通に考えてよ。」
「え〜。」
「えー、じゃねえよ。」
まさに、検討の余地なし!といった感じのダメ宣言であった。でしょーねって感じだけど……。私は「気持ちを理解してもらえなくて残念だよ」と言いたげに彼を流し見たあと、抑揚をつけて、溜め息を吐きながら口を開く。
「だってさぁ?ボディービルダーになるのって、食事の制限とか本気で気合い入れないといけないじゃん?」
「……じゃん?って言われてもな。知らねえよ。でもまあ、そうかもな」
「でしょー?だからね、それを本気でしたいから一年間、みっちり頑張りたいの!」
「いや、……こころざしが、高すぎんだろーが」
「うん、メダル取りたいからねっ!」
「メ——って……」
真面目腐って明るげに言う私に彼はもう笑いを抑えることが出来ずと言った感じでずっと半笑い状態だった。それでもしっかり返答はしてくる。
「——つか、なんで急にそんなことになった?」
「え?」
「なんかに、影響受けたのかよ?」
「うん、いろいろ動画とか見てて」
「動画だあ?……ったくよ、バスケならまだわかっけど、ボディービルダーって……」
「うん。かっこいいなあって、思って」
「……。」
三井サンが一気に押し黙る。彼女が、悪びれもせずにすべてを意気揚々と言い切ってしまうからでもあるのだろう。だがしかし『ボディービルダーになりたい!』という彼女の眼差しは真剣そのものだ。大嘘なのに。ほんと、さすがっす……。
「……寿、幼稚園の頃、なにになりたかった?」
「は?」
「将来の夢。」
「ああ?ガキんころは……まあ、パイロットとか消防士……いや、宇宙飛行士だったか……?」
「あっ!私もスチュワーデスになりたかった!」
「はぁ……?」
あれこれ話がとっちらかっているにも関わらずそれでもしっかり真面目に返答する三井サンの姿がおかしくて桜木軍団は腹を抱えて笑っている。
「もし寿がパイロットで私がスチュワーデスだったらぁ〜きっとまたどこかで出会ってたねっ!」
「ああ、かもな……って!話変わってんだよ!」
「え。」
「そもそもなぁスッチーなりたかった女がボディビルダーだぞ!?掠りもしてねえ。合ってんの、カタカナっつーとこだけだわ!」
「おぉ〜、たしかに!」
彼女がパチパチパチと拍手を送る中、その姿を横目に三井サンは、盛大に溜め息を吐き散らす。そして呆れたようにも諭すふうに言葉を続けた。
「オイ……よく考えてみろよ?」
「はい?」
「婚約者が結婚間近で一年間ボディービルダーになるために、距離置きてえって?」
「うん」
「わかった。だったらお前、ボディービルダーの高みを目指せ!頑張れよ、って——」
「はい」
「言うわけねえだろーが!」
「え。」
見事なノリツッコミだ。有名ユーチューバーであれば必ずここで王道のクシコス・ポストのちゃちゃちゃーちゃちゃちゃー♪の音源を流しそうな勢いである。しかしその通りで、誰だってすぐに納得して言うワケがない話だ。でも、この台本ができたとき、もの凄い大傑作ができた!と俺たちみんな水戸の店で祝杯をあげたんだけどなぁ〜。
「親に——なんて説明すんだよ、両家の。」
「お父さんには、言ったよ?もう。」
「あ!? 納得したのか、名前の父さん」
「うん」
「はあ!?あの、お前と違ってしっかりしてて、真面目な父さんが?」
「私と違ってって……まあ、応援してくれたよ?頑張れって。」
「……。」
ジト目で彼女を見やる三井サンはお父さんのOKが出ていることにもなんだか納得していないような、そんな顔つきで口元をもごもごとさせて何かを言い淀んでいる。そしてようやく発された言葉は「意味わかんねんだけど……」だった。
「……ダメ? ボディービルダー、反対?」
「いや、あの人たちはすげえって思うけどよぉ」
「でしょ?」
「だからって、なんで俺が婚約者のボディービルダー待ちで、一年距離あけねえといけねんだよ」
「……。」
正論すぎて言い返せないレベルの領域だった。三井サンはもう溜め息が先行して出ていて言葉にならないのか、ずっと「あー」とか「はあ」とか溜め息と共に唸っている始末。そうしてぽつり、「自分勝手だろうが、それはさすがによ……」とつぶやいた。
「無責任だと思わねえのか?せっかくこうして、結婚しようって、ようやくまた一緒になれてこれから仲良くやってこうってときによ」
「……、」
「一年間体作りしたいから距離置きてーって。」
「たしかに、それはそうだけどぉ……」
「一緒にいながら、筋トレでもなんでもやったらいいじゃねえかよ」
さすがそこは高校教師。説教じみてはいるもののしっかりと相手の気持ちも汲んで且つ、自分の意見も述べて会話を繋げるよう語りかけている。その、相手を納得させるような声のトーンで諭しつつ問い掛ける姿はもう立派な教師そのものだ。
うーん、様になってるし……と悔しくも素直に思っていた矢先、突如「そんなの出来ないよ!」と、大きな声を張り上げた彼女に俺たちも思わずビクッと肩を振るわせた。
「……あ?」
「やるなら、本気でやりたいのっ!!」
「オイオイ、俺はなんでキレられてんだよ……」
「ご、ごめん……でも私が本気でやりたいと思ったことを、そうやって押し退けるから……嫌。」
「……。」
三井サンはついに頭をうな垂れさせてどうすることもできないと言った様子でまた後頭部をガシガシと掻きむしった。
「はあ〜......なんで、ボディビルダーなんだよ」
「やっぱ、ダメなの?」
「いや——俺、それが悪ィなんて言ってねえけどよぉ……」
「……」
「夢を持つことは大事なこった。それは俺も生徒たちに常日頃言ってっから、わかるぜ?」
「うん」
「おまえの夢だって、もちろんしっかり、バックアップもしてえよ」
「うん」
「けどな?なんでボディビルダーなんだよ……」
夢は大事だとか、バックアップしたいとか言うわりにはまったくもって��ボディービルダー�≠�受け入れられていない感満載の、現在教員を職としている三井サンの情けない姿に、笑いが止まらない俺を含む元湘北メンバーたち。
「マジかよ……お前がボディビルダーになんのを一年待つのかよ、俺。」
そうつぶやくように言って三井サンは床にそのまま体を倒して仰向けになった。そうして両腕で顔を覆ってあーでもない、こーでもないと、ぶつくさ文句を垂れていた。
「もう、嘘つきじゃねえかよ……」
「……え? 嘘つきって?」
「私からは振らねえとかよー、もう寿しかいねえとか言ってよぉ。嘘つきなんだよなー名前」
「アハハ、ひっど……、すごい言われよう。」
ふざけているのか本気なのか「詐欺師だ」とか「悪魔だ」とか、そんな三井サンの声がその後も虚しく部屋の中にこだまする。
「無茶苦茶だろうがよぉ〜!!」
そしてもはや投げやりと言った感じで叫ぶと、そのままガバッと再度起き上がった。その突然の動きに彼女は驚いて目を見開いていた。そうして三井サンは身を乗り出す勢いで食い気味に言う。
「飯とか俺も協力するしよ?そもそも一緒に住んでる部屋とかどーすんだよ」
「……む、むりだよ。一年間は、葉物と人参しか食べないもん」
「は?誰の入れ知恵なんだよ、ウサギかお前は!死ぬぞ!?」
「だって体しぼらなきゃいけないでしょー?食べられないよ、贅沢しても鶏肉とかしか……」
「おぃ。なら俺が寒ィ中さっき買ってきたアイスどーすんだよ、あと今夜の家族同士のメシとか」
「それが、最後の晩餐……。」
「てめェは——レオナルドダヴィンチの絵にでもなるつもりかよ……。」
必死に笑いを堪えてる彼女は一向に三井サンと目を合わせようとしない。ドッキリには気づいていなくても彼女がやたらと目を逸らすのには気づいたのか三井サンはじっと彼女を凝視している。彼女もその視線が居心地悪かったようで挙動不審に視線をあたりにチラチラと巡らせていた。
「ストイック過ぎだっつーの……俺でもしねえ」
「それ以外は絶対に食べません!」
「……葉っぱと?ニンジンに、鶏肉?」
「うん。」
「マジでウサギだな、ウサギ。もしくは犬。」
「……」
「犬みてーなツラしてほんとになりてぇとはな」
「悪口です、それ。」
この世のウサギ愛好家と犬愛好家に、土下座で謝って欲しいところだが三井サンは彼女の夢でもある��ボディービルダー�≠ニいうのはさておき、どうしても距離を開けることだけは納得できないように見えた。もう離れるのはこりごりだとそうあえて言葉にしなくとも彼女を含むこの場にいる全員がいまの光景を見てわかっただろうと思う。
「なんかあったんだろ? ホラ、言ってみろよ」
「……ううん、本気でやりたいの。私の意志。」
「はあ? もはや、ドッキリでも笑えねえって」
正解なんだけどね。大成功の予感っス、先輩!だがもしかしてバレたのか?とひやっともした。けれど、どうやら雰囲気からしてバレてはいないようだったのでひとまず安心した。それでもあいかわらず彼女は、なおも先輩を攻めつづける。
「本気で挑みたいと思ってんの」
「本気でっ……つったってよ……」
「んでね?その、非常に言いにくいんだけどさ」
「なんだよ……まだなんかあんのかよ?これ以上言いにくいことなんてねーだろうが」
「え〜っとねぇ……トレーニング器具を全種類、実家に置いてやりたいからぁ〜」
「……」
「300百万くらい貸してもらえないかな……?」
「……。」
あたりまえに唖然とする三井サンと、ふたりのあいだに流れる沈黙の時間。口をぽかんと開けて彼女を見ていた三井サンがその沈黙を破るように呆れた口調で言葉を漏らす。
「人の金でジムでも作る気かよ、お前は……」
またそのまま脱力して横になった三井サンが、天井を仰ぎながら、なにかを考えている。そしてぽつりとつぶやいた。
「金はまあ、なんとかすっけどよ……」
まるで自分に言い聞かせるみたいにして言った三井サンの言葉にそばで画面を眺めていた水戸が「みっちー金持ちだなァ」なんて漏らしていた。
「……名前。おまえ、それよ?」
「うん?」
「ボディービルダーになった先、どうすんだ?」
「まあ、YouTubeでもやろうかなぁ、と……」
「はあ? チャンネル名は?」
「……」
まさか、それは予想外の質問だった。俺たちも思わず全員で顔を見合わせた。そんなことを聞かれるとは夢にも思っていなかったので台本にその流れはもちろんない。ここはもう名前ちゃんのアドリブに任せるしかない……!
「ムキムキ……マッチョ、チャンネル……?」
店内に今日イチ——いや、今週イチの大爆笑が巻き起こった。この場にいる全員が彼女のムキムキになった姿を想像したことだろうというほどのパワーワード。それはスマホ画面の向こうにいる三井サンも同じだったのかノリツッコミを通り越して家が揺れるのではないかという声量で叫ぶ。
「なンっだそれ!?ダッセ!」
「……うるさっ」
「方向転換しすぎなんだよボケ。やるなら他にもいっぱいあるだろうが!女子ならとくに」
「え? たとえば?」
「あン?知らねえけど、なんかもっと可愛らしいヤツが!動物だの化粧だのって……ほかにもあンだろーが、いろいろ」
「……、」
「意味わかんねーよ、もうどこ向かってんだよって話になってくんじゃねーかよ……」
俺たちも笑い転げていたけれども言った本人の彼女も尾を引いて今さらになってツボったのか、もはや、誤魔化しきれずに笑ってしまっている。
「おまえ、三井センセーの奥さんってなにしてるんですかー?って聞かれたら、どーすんだよ」
「普通に言えばいいじゃん」
「あ? はい、ボディービルダーです、って?」
「うん」
「コントかよ!バスケになんの関係もねえって」
「もぅ〜、バスケバスケって、うるさいなぁー」
やれやれと言った様子で溜め息を吐き散らした彼女に対し三井サンは眉を歪めて舌打ちをした。そして三井サンも深く溜め息を吐いたあと彼女を見据えて言う。
「ふたりで一緒にいんのがいちばん楽しくて幸せだったじゃねえかよ、昔から。」
「……」
「ふたりで一緒にいるから笑い合えんじゃねえのかよ」
——そうそう、こういうの。こういうのが欲しかったんス、待ってました!あんたやっぱり最高だよ、三井サン。
さすが、これからだって大事な時期に体育館に土足で入ってきて、バスケ部を潰しにきただけはあるよ……なーんてね。
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