寄り添う二人の幸せな笑顔の日(1/2)

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     『 愛は寛容であり、愛は親切です
       また、人をねたみません
       愛は自慢せず、高慢になりません 』


     『 愛は決して耐えることがありません 』


     聖書��コリント人への第一の手紙�≠フ一節だ。でも、そんなあたりまえの聖書の文章なんかじゃなくて、俺なりの彼女へ捧げる誓いの言葉はいつだってあいつ専用の、特別な聖書なんだ。

     雨の日も晴れの日も彼女と二人ならば、どんな苦悩も苦労にも負けずに前向きに生きていける。いままでいろいろとあってやがてこうして二人で向き合って立っている。楽な道ばかりがあるわけではない。けれどもう一人にはさせない。二人でいれば、さみしい道のりでもない。つらい思いを分かち合って分かり合い出したあの日以来、よろこびはいつだって二倍だ。
     だから、名前と——この先も居たい、共にこの先を見たい。
     寄り添って歩いていく二人の幸せを、こうして大切な人たちに見守られながら、俺と一緒にバージンロードを、歩いてほしい。晴れ舞台に立って交わす、名前との誓いだ。


     *


    「あぁ〜、なんだか緊張しちゃうわぁ〜」

     晴子ちゃんが彩ちゃんの隣でソワソワしながら小声でつぶやく声が背後から聞こえた。ちらっと振り返って見れば、とても幸せそうに、あの頃のままの面影を映した表情で綺麗に微笑んでいる。久しぶりに会った高校時代の仲間たち。久しぶりな上に今日は皆が真面目くさった正装姿だった。天井まで伸びるパイプオルガンで敷き詰められたチャペルのなか、外は秋晴れと言って間違いないくらいの快晴。俺もこの神聖なる空間で木目調の長椅子が並ぶ自席に座ったままその高すぎる天井を、なんの気なしに見上げてみた。

    「……たけぇ。」

     結婚式ってこんなに胸アツなもんなの?なんて思っていたら「リョーちんもう泣いてんのか?」と未だに真っ赤な坊主頭がトレードマークの後輩から弄られる始末。ついでそばでは「あいつは、ちゃんと早起きできたのか」とダンナが言って、コホン、と品よくひとつ咳ばらいをしたのを見ていた彩ちゃんがその言葉に返すようにつぶやく。

    「こーいう日に限って寝坊とかしそーですもんね先輩って」

     きれいなドレスコードを装った彩ちゃんがクスクスと笑っている。……教えて欲しい。どうしてそんなにキミはいつまで経ってもいい女なのか。マジで、死ぬほど可愛いすぎる件に一票。

    「あーダメだ」

     突然、野太い声を上げたのは新郎の高校時代の不良仲間、堀田だ。「三っちゃんの姿見たら号泣する、俺」とすでに鼻を啜っている堀田に対して「もう泣いてるじゃねーかよ」と水戸がすかさず元番長の顔を覗き込んで、キレの良い突っ込みを入れると、その場にドッと笑い声がこだました。

    「いつプロポーズしたんだろーなあ」

     桜木軍団、こちらもいまでも変わらず徹底的に金髪を貫く大楠が、そんなことをぼやく。

    「ミッチーのことだからなぁ。晩飯食ってるときとかじゃねーの?」

     野間が意外にも的を得たようなことを言うので「違いねーや」と、思わず俺も相づちを打った。

    「はは。みっちー色気ねーなあ」
    「そう言う洋平くんは、どんなふうに言うの?」
    「——へ? 俺?どんなふうにかあー......」

     水戸がその高すぎる天井を仰ぎ見ながらいかにも考えているふうを装う。しかしこれは、絶対になにも考えてねーときのツラだなと俺は思った。それでも純粋無垢な晴子ちゃんは、水戸の返しに期待をしているようで「ねえ、なんて言うの?」なんて、早く早くと言わんばかりに答えの催促をしている。

    「薔薇……100本?」
    「きゃー!素敵ねえ!」

     なんとも歯の浮くような台詞だ。水戸のそんな適当すぎる回答にも目を輝かせて「いいわぁ〜!そんなの夢みたい」と素直に信じ込む彼女を見て花道以外の軍団と俺が「へ」だの「け」だのと、抑揚をつけて鼻を鳴らして嘲笑った。

    「リョーちん」
    「ん?どした、花道」
    「これ、歌うのか?」

     隣に座っていた花道が俺に讃美歌の載った二つ折りの白い厚紙を翳して来たので、俺は「ん」とひとつうなずいてみせる。そんな俺達のやり取りを背後から見ていたらしい彩ちゃんがポンポンと花道の肩を叩くと花道が振り返って「なんすか、彩子さん」と言う。彩ちゃんは「讃美歌『いつくしみ深き』って言うのよ」と密やかな声で綺麗に微笑んで言った。

    「ほう……」
    「心が洗われるわよー?しっかり歌いなさい桜木花道!」
    「わかりました!彩子さん!」

     いつくしみ深き、ねえ……と俺も花道と同様に手に持っていたその讃美歌が載った紙を、じっと眺めた。隣では花道が「んー」だの「あー」だのと顎に親指を当てて歌詞を見ながら唸っていた。

    「いーつくしみふかーきぃ、とーもなるイエスはぁー♪」

     刹那、きれいな声で晴子ちゃんが目を伏せて、その一節を歌い出す。とたんに騒がしかった俺ら元湘北メンバーの一行も、しんみりしたみたいになって皆、晴子ちゃんの歌声に耳を傾けていた。

    「つーみとがうれーいを、取ーり去りたもーう」

     「——って。桜木くん、歌える?ちゃんと」と晴子ちゃんが花道に問うと、花道は「まっかせてください晴子さん!このサンビカの鬼と呼ばれた男、桜木花道に!」なんて、晴子ちゃんのほうを振り返りガッツポーズをしてみせる。それに対し晴子ちゃんの隣にいた彩ちゃんは盛大に溜め息を吐いて「なにソレ……」と昔のような呆れ口調でつぶやく。合わせてダンナと木暮さんも苦笑いをしていた。

    「やっぱり、第一号だったな。」

     木暮さんが思い耽るみたいにして、情けなくも笑ってそんなことを言った。「なにがだ?木暮」と腕組みをしたまま木暮さんに問うダンナに木暮さんは「あ、ああ……」と言い淀んでから言葉をつづけた。

    「俺らの仲間の中で誰が一番最初に結婚するのかなー、なんて思ってたから」
    「まさか三井先輩がトップバッターだなんてね」
    「名字は、あんな男で本当によかったのか……」
    「おいおい、赤木。三っちゃんをあんな男なんて言うなよ」
    「……あんなだろうが、どう見ても」

     またその場にドッと笑い声が響いた。そのとき会場内にいたスタッフが「間もなく新郎新婦様の入場です」と、マイクを使って言った。途端に、俺たちもピンと自然に背筋が伸びて会場内が一気に緊張感に包まれた。続けてスタッフが「皆さまご起立ください」と言ったその合図で全員が立ち上がると、チャペル内が一層シンと静まり返る。刹那、前奏が流れだすと共に神父が脇から入って来た。それに気を取られていたら、後ろの大きな扉がゆっくりと開き始めたことに気づく。神父に意識を持っていかれていた俺たちが反射的に姿勢を背後の扉のほうに向けたら、そこにはきょうの主役の一人、新郎の三井サンの姿が見えた。その姿が見えた途端「いよっ!ミッチー!日本一!」と花道がバカでか声を上げたことで、そこにいたゲスト全員の笑い声が会場内に響き渡り、辺りは一気に緊張感のない穏やかなムードに包まれる。

    「うるせえ!桜木!!」

     せっかくカッコよくタキシードでビシッとキメてきた三井サンが顔を真っ赤にして花道の煽りを素直に受けている高校時代と変わらぬその姿に、ダンナと木暮さんが、情けなく溜め息を吐いた。それでもちゃんと自ら仕切り直したらしく、凛とした姿で、長く伸びるレッドカーペットを歩いて来る三井サンは冗談抜きに今日だけは本当に男前だった。絶対に、本人には言ってやんないけど。
     三井サンがゆっくりと歩いてくるシルエット。それをぼうっと眺めていたら女子たち、晴子ちゃんや彩ちゃんが「おめでとうございます」と目をキラキラと輝かせて祝福の言葉を述べている声が俺の耳にも届いてきた。そこでハッとし俺は我に返る。しかし、当の主役はやっぱり緊張しているのか多少ガチガチになって「お、おぅ」と歯切れ悪く返していた。そんな先輩の滑稽な姿に笑いを抑え切れなくなって、桜木軍団とかいういつもの揃い組と俺からのヤジが絶え間なくチャペル内に飛び交う。

    「緊張してらあー、三井サン!」
    「ミッチー、キメろよ!」
    「ミッチー!!いよっ!本日の主役!!」
    「ニヤニヤすんなー、みっちー」
    「主役がガッチガチじゃねーかあ!」

     俺や花道、それと軍団に散々ヤジを飛ばされる三井サンがたまらず叫ぶ。「オロすぞっ!てめーら!」と。それに俺らもガハハハハッ!と盛大に笑ってお返しする。まるで、水戸の店での飲み会状態だ。

     数十分前——挙式の行われるチャペルのなかに皆でまとまって入ったときスタッフの人に「新郎様のご友人はこちらへ、新婦様のご友人は」と、手を促されて、誘導をされかけた。だがその瞬間花道が「みんな仲間だからいーじゃねーか!」とこれまた、誰も口には出さずとしていた本音を、平然な顔をしてあたりまえに言ってのけたのだ。それを聞いたスタッフが「わかりました。」と、笑顔で俺ら全員を同じ席、新婦側の後方のほうへ誘導してくれた。きっと三井サンはそんなことがあったなんて気付いていないと思うけど。
     バージンロードを挟んだ向こう側には三井サンの家族や職場、湘北高校の関係者や中学・大学の友人らも参列していた。その中——前方のほうに安西先生を見つけて俺は思わず緩んだ口元をぐっと締め直してから、三井サンに向かって叫んだ。

    「おめでとー、三井サン!」
    「おめでとさん、みっちー」

     俺が祝福の言葉を投げ掛けると、ついで水戸もすぐにそう笑顔で三井サンに投げかける。それを合図にヤジを飛ばしていた揃い組ももちろん他の元湘北の面々も、祝福の言葉をつぎつぎに送る。それに気をよくしたらしい三井サンは俺らの横を通り過ぎるとき「サンキュ」と照れながらも幸せそうに微笑み返してくれた。……マジ、単純。
     三井サンが俺ら以外の他の人達にも歩きながら軽く挨拶をしている背中を全員で見送っていた時不意に立ち止まった三井サンが安西先生に向かって深々と頭をさげるその仕草に俺ら元湘北バスケ部員の目頭が熱くなる。そうして、正面まで辿り着いた三井サンが一例すると前奏がいったん止み神父が開催宣言を行っていた。

     間もなくしてこちらをくるりと振り返って凛とした姿勢のままで新婦が来るのを待つ体勢を取る三井サン。そこでまた花道が「いよ!!」と言いかけたとき、ついにダンナの鉄拳が花道の頭上に落ちたのだった。

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