僕はペガサス君はポラリス(3/3)

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     メッセージアプリを開いたままで立ち尽くしていた俺の元へ、立て続けに二通目のメッセージが届く。


    三井 寿

    早い話が、二次会を水戸の店でやりたくて。



     そのメッセージと共に、二次会の王道の流れのような例が書かれているであろうサイトのリンクも一緒に張ってあった。
     俺にとって彼と彼女の結婚式は高校時代の仲間から届いた、最初のめでたい招待状だった。あれからの月日を考えて二人が乗り越えなければならなかった悲しみをふと考えてみる。きっと互いに苦しんでいたとき俺たち周りの連中はずっと遠い世界のことを考えていたような気がする。いまにして思えばそれは、逃げていただけだったのではないかとも思う。
     本当に俺たちには何の役割もなかったのだろうか。けれどこの二人からの招待状が答えてくれている。愛は何よりも全てを強く美しく変えていくものらしいので、結局それは俺たちの役割なんかではなく、二人で解決させる他なかったのだろうな、と——。


    「北極星を見つける方法は一つじゃないんだぜ」

     酒を飲みながらそう意気揚々と言った俺たちの母校の教師を務める彼が「たとえカシオペヤ座が見えなくなっちまってももう一つの方法が残ってんだよ」と、語っていたあの日。そばにいた宮城さんが「なによ」とあまり興味なさそうに返せば「その人はよ、自力で北極星を見つけたんだよ」なんて、彼は得意気に言っていた。

    「どうして急に、星の話なんか、」

     そう俺が問えば、彼は「遠い遠い宇宙の果てを考えてそこにある物質を想像して理論を組み立ててたら、俺の心は、ずっとずっと追い求めていた世界のことでいっぱいになっちまったっつーか」と、情けなく自嘲していた。
     その追い求めていたモノがまるであの幼馴染の彼女のことだと言いたげに、やがて辿り着くその場所でどんな日々に出会えるんだろうな、なんて顔をしながら。

    「——で?」
    「あ?」
    「みっちーが、ペガサスなわけ、か……」
    「ん?なんで俺がペガサスなんだよ?」
    「え?だって、ペガスス座の延長上にポラリスがあるんだろ?たしか。」

     夜空に輝く星を見て綺麗だなぁくらいしかわからなかった俺でも唯一知っている星——代表的な星として知られる北極星。それをポラリスという。このポラリスは昔から海の航海のときの目印とされていたらしい。そしてこの星は季節問わず動かないんだとか。
     そんな俺の思考を知ってか知らずかみっちーは感心したように「おまえ、よく知ってんなぁ」と目を輝かせる。まるで、不良生徒を褒めちぎる、本物の先生みたいだ。気を許したら、頭を撫でてきそうなタイプの。
     ついでに、もっと細かく言うとペガサスという名前の星座ではなく、実際にはペガスス座という名前の星座らしいがめんどくさいので言わないでおこうと思った。

    「いや、何か星が好きな常連客がいるんだよね」
    「あン? 星が好きな常連客だぁ?」
    「う、うん」
    「まった、ロマンチストな客がついたもんだな〜お前の店も。まあ、水戸がそういう系だもんな」
    「は、はは。」

     そんな俺とみっちーの会話を、目をひん剥いて聞いていた宮城さんが、突如スマホで何かを調べ出した。何を調べてるのかと問えば「湘北高校の偏差値!」と声高らかに言ったので、思わず俺とみっちーは顔を見合わせ、腹を抱えて笑った。

     あの頃から変わらずに、心の底から二人を祝福してあげたいと思っている。手に取ることができない物の美しさを、力強さを、かけがえのなさを二人を見ていると、信じることができる気がするから。もちろん、未来のことなんて誰にも分からない。だけど俺は、やっぱり信じていたいんだ。もう君たちは、きっと大丈夫だよ、って——。


     *


     きょうは俺の店で、ある人物たちの、結婚式の二次会の打ち合わせをする予定になっていた。
     ガヤガヤと聞き覚えのある声が店の外から聞こえてきたので、自ら店の扉を開けるとそこには、俺の唯一の親友、花道と野間の姿。そして、そのうしろには二次会の主役とも言える二人がいた。ずっとそうして待っていたかのように忠実そうな表情で俺を見つめている、高校時代の面影をほんのりと残した彼女。まるで散歩に行こうよとでも誘っているようだ。
     昔から彼女を見ているとなぜか優しい気持ちになった。逆に彼女の悲しそうな瞳は俺の心を毎度蒼く染めたし、だけど笑顔をくれたときはどんなことも出来る気がした。言葉では伝えきれずに、急に無口になるところなんかは何だか俺とどこか少し似ている気がしていた。そんなことを柄にもなく考えて自嘲する俺を置き去りに野間がキョロキョロとあたりを見渡して「大楠と高宮は?」と問う。

    「ああ、ちょっと買い出し行ってもらってんだ」
    「聞けよ水戸!俺たち途中で犬拾っちまってよ」
    「——え? いぬ?」
    「おう!まだ、こーんなちいせぇ子でなぁ!?」

     そう楽し気に話す、かつてボコボコにぶん殴ってしまった先輩を見て、今飼っている俺の愛犬にそっくりだな、なんて思って吹き出してしまう。高校時代、親戚に引き渡した時からもう犬なんて絶対に飼わないと思っていたけれど、いまの子があまりにも先代の子にそっくりだったので即決で飼うことを決めた。ちなみに犬種は、シベリアンハスキーだ。ペット可の物件を探すのは、本当に大変だったけれどあの子と一緒でなければきっといまの俺は生きていられないだろうというぐらいには溺愛している。
     名前は図らずも高校生の時に拾った子と同じ。俺にとっては、特別な名前だ。

    「へえ、シベリアンハスキーの雑種だった?」
    「あ?いやぁ……多分、小型犬とかじゃね?」

     「なぁ?」と彼女に問う彼の顔も彼女と同様にまるで��犬�≠サのものだ。似た物同士か、と思いつつ、今さらになって「こーんなちいせぇ子」と言ったことを思い返し、この人が小型犬を抱いていたなんて想像するだけで、今日の酒のつまみになりそうだ、なんて思って小さく笑ってしまう。

    「——で、なに飲むんだー?」
    「あー、俺はとりあえずビール。名前は?」
    「じゃあ、私はとりあえずウーロン茶で。」
    「なんだぁ?姐さん飲まねえのかよ」
    「だーかーらぁ、とりあえず(・・・・・)って言ったじゃん」
    「なるほどな、そーいう意味な?じゃあ花道は?俺のボトルでも飲むか?」
    「いらん!チュウのは、辛いから飲まねえ。よーへー!ビール!」

     星好きのお客さんが言っていた。道に迷ったらポラリスを探してごらん、って。
     この意味は北極星(ポラリス)は大昔から、目印として人の進むべき方向を、指し示してきたことを表現して言ったのだろうと俺は解釈している。星座の比喩を使うとみっちーが言ったように、なんともまあロマンチックになってしまうものだなぁと、話を聞いたときも思ったけど。そう遠くはない過去、あのとき彼に「ペガスス座の延長上にポラリスがあるんだろ?」なんて適当なノリっぽく言ったが実は、本当の意味はもっと深いところにあった。そのお客さんからの受け売りにはなるがペガサスは自由に空を駆け回る。しかし自由過ぎるが故に道に迷うこともあるから、どんなことがあっても不動なポラリス——名前さんを目印進め、という意味を込めて言ったことをこの元エセ不良にして湘北高校の教師は、理解していただろうか。

     高校生の時に拾った犬の名前の由来はその日、星がとても綺麗だったのでなんとなくそうつけただけだった——が、のちにその星が好きだと言う常連客から聞いた話で古代ギリシャでは北極星のことを��犬の尾�≠�意味する『キノスラ』と呼ばれていた、とかいうウンチクを聞いた。
     さてと。そんなことは本当にどうでもよくて、ついに明日は、高校時代——散々、俺たちが振り回された例の、名物カップルの結婚式だ。

    「よーし、散歩に行くかー?」

     俺の愛犬は、あのすこし気弱で心根の優しく、涙腺の緩い高校時代の先輩が送ってきた絵文字に負けないくらい、嬉しそうに尻尾を振った。

    「行くぞー、ポラリス」

     例えどんな夜でも進むべき道を過たないための大切な、俺の愛犬の名前の話——。










     明日 はきっと、いい日になる。



    (もしもし、水戸か?……今、大丈夫か?)
    (うん、散歩中だけどいいですよー?)
    (いや——明日、その……よろしくな)
    (へ?ああ、二次会ね。はいはい、任されます)
    (……じゃ、じゃあな)
    (えっ、それだけで電話してきたの?)
    (まあ。そう、だけど……何だよ、悪ィか)
    (ハハハ、みっちーらしいなと思ってさ?)
    (う、うっせえよ!じゃあなっ、切るぞ!)
    (ハイハイっ、明日楽しみにしてますよー)


    ※『 僕はペガサス君はポラリス/MISIA 』を題材に

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