僕はペガサス君はポラリス(2/3)

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     みっちーと名前さんは美男美女カップルと校内でも有名だった。
     実際に、制服姿で二人仲睦まじく下校しているところはバスケ部員や俺たち意外からも度々目撃されていたし更生してからのみっちーは顔が良い上に、誰に対してもフランクに話しかけるから、端から見ていると、片っ端から女の子を口説いているように見えたらしく、更生したはじめの頃は女の子を取っ替え引っ替えしている、なんて噂もさらっと立っていた。そしてどうやら最終的にはアネゴと宮城さんが、二人をくっつけたらしい。これも、噂だけど。

     いま思い返してみれば正式にカップルになってからは周りから非難される事も無くなったように思う。とは言え、どんな風評があったとしても、あのみっちーが特に気にせずと言った感じだったので、結局ふたりは楽しい時間を過ごしていた。ほぼ毎日一緒に下校していたし、昼休みも一緒にいることが多かった。みっちーは露骨に「オレは恋愛よりバスケをとるぜ!」と言っていたけど、あのカップルに振り回されたのは俺だけじゃないはず。しかし本当に出る試合全てにおいてコート上では大活躍をしていたのだから、そこは純粋に凄いと思う。そうはいってもときには俺と彼女が二人きりでつるむことも多々あった。それをよく思ってなかったのはもちろん彼女の彼氏である、あの男だ。

    「俺と一緒にいて大丈夫なのかい?」

     俺が素直にそう聞けば彼女は不機嫌そうな顔をして「今日はバスケ見に行かないからぁ」とか、「何ならもう見学行くのやめようかなって思ってる」だとか心にもないことを言う。それを聞いてすぐに喧嘩をしたのだろうと察する。彼氏と一緒に居られない理由を忌々しげに話す姿は今思えばなんだか滑稽だった。でもそれは、彼女が彼氏と一緒に居たいという気持ちの裏返しで一通り言ってしまうと後は必ずいかに自分がみっちーのことを好きなのかという惚気話になっていたことを、彼女は気づいていないんだろうなぁ。

     みっちーには隠していたようだが、みっちーの人気の裏で彼女が嫌な思いをしていた事実もありこういう話をできるのはアネゴや宮城さんの他に俺しかいなかったらしい。俺は、そうだね、そうだね、と話を聞きながら、こんなに純粋に誰かの事を好きになれる彼女の事が羨ましいと思った。それは、花道にも言えることだけど。そうやって想ってもらえるみっちーや晴子ちゃんってほんと幸せ者だよな、と思ったりしていた。逆に、その類の話を聞くたびに俺なんかは、遠い遠い世界の物語を話されているような気分だった。ただ特別で幸せのまっただ中にいる二人をいつまでも祝福していたいなと心の底から思っていたのは嘘ではないけど。
     そんな二人のデート現場に出くわしたことが、過去に一度だけあった。俺の飼っていた犬を親戚に受け渡す事になったため最後の散歩をしようといつもは使わないルートを選んだだけの話なんだけど。休日の公園は人もそれほどいなかったし、紅葉が綺麗だったので俺は犬を連れて珍しくぼんやりとその紅葉を眺めていた。

    「あっ、水戸くん!!」

     聞き覚えのある声にはっとして見ると、近くのベンチに、みっちーと彼女が仲良く座っていた。

    「ここら辺は俺らの聖地みたいなもんだからな」

     そう得意気に言う彼の左手は彼女の右手と絡まるように繋がっている。とくに俺のまえで恥ずかしがるつもりもないらしい事に思わず、だろうなと苦笑いしてしまう。

    「……あー、犬の散歩の途中で。すぐ行くけど」

     ここは俺の方が気を遣ってさっさと退散しようと思った。なのに「いいじゃん!すこしくらい、ゆっくりして行こうよ」なんて彼の隣で「いいよね?」と微笑む彼女のその表情は、俺が知らないそれだった。俺はその申し出に断る言い訳を見つけられず結局、距離を空けて、二人が座っているベンチの隣のもう一つのベンチに座る事にした。

    「その犬、ハスキー?なんて名前なの?」

     彼女が無邪気に聞いてきたので、「ハスキーに似てるけど雑種」と返し、犬の名前は恥ずかしいのでスルーしてもらうように上手いこと流す。
     不意に男の方を見れば「なんて顔してんの」と言いたくなるような不服そうな顔をしていたのでこれ以上彼女に話かけるのは何だか気まずくて、とりあえず、男のほうに話かけることにした。

    「みっちーは犬派?猫派?」
    「犬。昔飼ってた」
    「へぇ」
    「そういや、名前は犬派なのか?猫派?」
    「私は、どっちも好きかな」

     それまで俺らの話を黙って聞いていた彼女は、やっぱり少し考えるような時間をおいてからそう答えた。直後二人が見つめ合って微笑んでいた。そーいうのは他でやってくれねぇかな……なんて思いつつ溜め息を吐く。
     それから犬っぽいだの猫っぽいだのという話で楽しそうに盛り上がる二人を俺はただただ眺めていた。隣のベンチとはすぐ近くのはずなのにどうしてか距離を感じてその感覚は何だか心地の良いような悪いような、まるで目眩のようだった。

    「——俺、そろそろ行くよ」

     俺はベンチからスッと立ち上がり、犬を連れて公園の出入り口に向かう。けれど、なんだか後ろ髪を引かれてチラッと振り返ってみれば、二人がやっぱり微笑んで手を振ってくれていたので軽くそれに返して、その場をあとにした。


     *


     時は流れて、彼も彼女も、先に高校を卒業して行った。進んだ大学こそ違ったらしいけれど二人とも県外の大学に進学したらしいので故郷を離れてひとり暮らしをすることになったと、風の噂で聞いた。
     一個上の人たちが卒業して間も無く、宮城さんから花道に連絡が入った日、俺と花道は、近くのファレスに呼び出しを食らい、宮城さんと三人で一緒に夕飯を食べた。

    「ほんと、みっちーと腐れ縁だね」

     俺の言葉の通り宮城さんとみっちーとの関係はそのときもまだ続いていた。ただ、彼女のことはアネゴに任せているとか言ってあまり連絡を取っていないような話をしていた。取りたくても避けられてる感じでさぁ、とも言っていた気がする。

    「何だかんだで三井サンとは毎日メールしてるしついこの間は、こっちに遊びに来てたらしいけど会えなかったんだよねー」

     そう言った宮城さんとみっちーも大学こそ違ったけれど、よく会ったりしていたという。そんなときみっちーが話すのはいつだって別れた彼女の話ばかりだったらしいけど。それでも、故郷とのあいだの距離をものともせずに、先輩後輩の間柄でも二人がいつまでも繋がっているというのは、あらためて思えば良いものだなと思った。

     おかしくなりはじめたのは、みっちーたちの、成人式のあとに開かれた湘北の同窓会以降だったと思う。その同窓会直後からなんとなく雰囲気が変わったらしいみっちーのその背後には俺たちが知らない誰かの気配があった。幼馴染の彼女の話を振ってみてもなんだかはぐらかすような、変な違和感があったとアネゴや宮城さんからは聞いている。俺はなんとなく察した。そんなみっちーもまた、周りがなにかを察したのに気付いたのだと思う。幼馴染の彼女を知る俺たちに対するうしろめたさを感じたからかみっちーはそれから俺たちとも距離を置くようになった。
     そう言えば、一度だけ宮城さんが、自分の通う大学の先輩を通してみっちーがどうなっているのか探りを入れるような連絡をしてもらったことがあったらしい。探りを入れるというより宮城さんがみっちーに対して非難したかった、という方が適切だったかもしれないけど。ただ俺は、どこか知らない地でひたすらにみっちーのことを想っているだろう彼女のことを考えると、胸が痛んだ。けれど俺にはどうすることもできなかった。宮城さんと同様に彼女が卒業してからまともに連絡も取っていなかったから。

     俺たちもその年の三月には、湘北高校を無事に誰一人欠けることなく卒業した。
     疎遠になっていたはずのみっちーから突然連絡が来たのは俺が高校を卒業してバイク屋と兼務で本格的に、居酒屋で働きだしてから五、六年ほど経った頃だったと思う。

    「今日、行ってもいいか」

     と——突然電話が入ったのだ。驚いたは驚いたけど意外と普通の声色だったので店に来ることを了承した。その日は偶然、花道や木暮さんたちも来た日でみっちーがあとから来ることを伝えるとみんな喜んでいたけど、まさかそこであんな事を報告されるとはこのときはまだ夢にも思っていなかった。

    「久しぶりだな」
    「うん、ですね」
    「お前は、思ってたより元気そうだ」
    「……」

     ……お前は、ね。と言いそうになった口を俺は咄嗟に噤んで「お陰様で」とだけ返した。すこしまえに元バスケ部で集まった事は花道から聞いていたが、俺なんかは本当に久しぶりに彼と会ったので変に緊張してしまった。しかし、久しぶりに見たみっちーは、あきらかにやつれていたように思う。湘北で教師をしているらしいがそのストレスが原因になっているとは思えなかった。きっとこの日一緒に連れてきた車椅子の彼女が関係しているのだろうと、俺は悟した。

    「——結婚すんだ、俺。」

     ぎこちない世間話をして、俺との距離を測ったあとカウンターに一人座ったみっちーはぽつりとそう告白した。

    「へえ、そっか。」

     ——正直、最初の感想はそれだった。しかし、二の句が継げなかった。だけどその一方で見た目以上に優しすぎる彼はずっとずっと一人で悩んでいたのかも知れないな、とも思った。もちろん、思っただけで口に出すことはしなかったけど。

    「あいつ、大学が一緒でよ」
    「うん」
    「で、いろいろあって……」
    「うん」
    「分かるだろ?一緒にいりゃ、情だって湧くし、その結果どうなるかなんて、おまえなんかは一番想像できるだろ?」
    「……。」

     うん、しか言えないでいる俺に向かってみっちーは溜め込んでいたものを一気に吐き出すように矢継ぎ早にしゃべった。もちろん分からないわけじゃない。想像できないわけじゃない。ストレスにさらされた人間がわかりやすくそばにいて受け入れてくれる誰かに弱いなんてことは、俺だって知っている。けれど、それでも俺が思ったのは、みっちーの元カノ——名前さんの事だった。
     だから「大丈夫」「分かる」「仕方ないよな」そんな言葉は、どうしても言えなかった。

    「ごめんな、急に顔出しちまって」

     ——あの日、最後までみっちーはそんな感じでずっと謝っていたように思う。
     たとえば、いままで誠実じゃなかったとしてもこれからは誠実に本当のことを話して全員が前に進むしかないと思う。結局、俺が言えたことは、そんな教科書みたいな言葉だった。本当は色々と言いたかった。でも、なにを言っても、彼を追いつめるだけだっただろうし、俺の自己満足でしかない誰かの幸せ話なんて、誰も望んじゃいないと思って、彼に伝えたかったたくさんの言葉たちはそのまま飲み込んでおくことにした。

     その後、みっちーの幼馴染のあの子が、元翔陽高校の��ホケツくん�≠アと藤真と結婚して海外に行くと宮城さんから聞かされた。宮城さんはみっちーも当然そのことを知っていると言っていた。完全に高校時代のコミュニティーは壊れてしまったけれど、この店に個々に足を運んでくれる昔の仲間が一人でもいるというだけで救われた。
     彼女が幸せで、元気にやっているというだけで俺にとって彼女に関する事でそれ以上に知りたい情報は何もなかったから。

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