君に言えなかったことがある(1/7)
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君とふたり過ごした日々。青い空の下、なにを想い、ひとつふたつと目を瞑って、指折り数えた愛しき日々。
いろんな君の、仕種に恋をした。さざめきあう風のなか、愛を知った——。
*
「……なあ、よーへー。」
「んー?」
「これ、なんか……ちょっと、動きづれえぞ」
某、百貨店にて。真昼間のさなか、目の前では腕を横に伸ばして、たいそう動きづらそうにその長すぎる両腕を上げたり下げたりしている、俺の生涯で唯一無二のマブダチ——桜木花道。
花道とは中学からの付き合いで、中学、高校と仲は変わらず、花道が奨学金で大学、俺が就職と高校を卒業したあともこうしてよく顔を合わせていた。俺は日中バイク屋の店長としてそして夜は俺たちの地元、神奈川にある居酒屋で働いていて一方の花道は現在なんとあのBリーグに所属する現役バスケットボール選手だ。
「わぁ〜! とてもお似合いですよぉ〜!」
甲高い声で花道に満面の笑顔を向けゴマすりをしている店員を流し見て、俺は小さく鼻で笑う。
まぁ、たしかに……とてもお似合いですよー、バスケットマン花道くん。
以前からスーツは、チームから支給されているものしか持っていなかったらしい花道は、自身のために正装の衣装を購入するのはこれが初体験となる。
「ど、どうだ?よーへー」
「うん、似合ってるよ?」
「オイ!ちゃんと見て、ほんとのこと言え!」
「え?だって……ほんとに似合ってるしなぁ」
そばにあった小さなベロア調の腰掛けに座り、膝の上に乗せていた腕で頬杖をつきながら花道を見上げて言うと「いっつもテキトーなことばっか言いやがってよ」と花道はぶつくさ小言をついていた。そんな親友を見て俺はやや目を伏せつつ、そっと声をかける。
「花道」
「あ?」
「ほんと、似合ってるぜ?」
「花道はタッパあるからな〜」と両足を伸ばしついでに腕も伸ばして軽くストレッチをしながら言えば先ほど「とてもお似合いですよ〜」と営業トークをかましていた店員が唐突に訊ねてきた。
「お連れさまは、どうされますか?」
「へ?」
俺を見て言ったらしい店員の女性にきょとんとする俺。それを聞いていた花道が「そうだ!よーへーも買いたまえ!」と、勝手に話をすすめはじめる。俺は溜め息を吐き、苦笑しながら返した。
「——いや、俺はいーよ。適当なの着ていくし」
そんな俺に対して今度は花道がきょとんとする番だった。そうして花道は、あたりまえのように言い放った。
「テキトーって、よーへーおめェも結婚式なんて行くの、初めてじゃねーか。」
「……。」
約一ヶ月後、結婚式を挙げる彼女。その彼女と出会ったばかりのころの感情や初々しさを、俺はどれだけ覚えているのだろうか。もう一度、あのころの彼女に出会うことができたら俺はいったいどんな感情を抱くのだろうか——。
「あ、あの……店員の人。」
「はい?」
「な、なんか、コイツに良さそうなの、いくつか持ってきて、もらっても……いいすかね?」
ややカタコトで店員に言った花道の声が不意に聞こえてきて、ハッと我にかえる。まだ完璧とは程遠いものの、他人様にそんな言葉遣いができるようになったのかとなんとも母鳥のような心境で感慨深くも、背伸びをしても届かないその背丈を見上げていたら、店員が楽しげに音符をしょって何点かスーツを持ってきて早速つらつらと説明をしだした。
「お連れさまは細身が良いかと思いますので〜」
「おぉ!これいいな!なんかヤクザみたいで♪」
「あと、こちらのネクタイと合わせますと……」
「あ、いや……ほんと、俺は——」
「ああ?いーじゃねえか、よーへー。どーせ着るだけタダなんだからよぉー」
「た、ただって……。」
ちょっと困ったふうに制する俺にそんな現金なことを言う花道に面食らって「じゃ、じゃあ……着るだけなら」と俺は渋々立ちあがった。ほんとつくづく花道には弱いなぁと思う。まあ、今さらどうすることもできないけど。
*
結局、自分のぶんも新調してしまった俺は車のなか花道を助手席に乗せて、小さく溜め息を吐き散らした。それでも隣に座る親友は新しく買った自身のスーツやら靴にたいそうご機嫌な様子で、軽やかに、口笛なんかを吹いている始末。それを横目に赤信号で車を停止させたとき助手席の窓を豪快にぜんぶ開け放った花道から不意に問いかけられた。
「よーへーは、しねーのか?」
「んー?」
「……ケッコン。」
「……。」
思わず助手席を見やる。しかし相手がこちらを向くことはなく、なにを思っているのか花道は、窓の外をずっと眺めていた。やや遠い目をして。その姿を流し見て視線をまた正面へと戻した俺が半笑いで答える。
「相手もいねーで?花道、結婚ってどーいうのかわかってんのかー?」
「わかってる」
「ははっ、相手がいなきゃできないだろー」
「そーゆーのは、よくわかんねーけど……」
「……?」
やや口を尖らせて言ったその言葉に、俺はふと疑問符を浮かべる。花道の言葉を解釈するのは、昔から慣れているので素早く頭をフル回転させ、ああ、俺に相手がいるかいないかはわからない、って言いたかったのか、と、早々に結論づけた。
「——俺、花道には隠しごとしねーよ?」
「……」
「マジで、隠しごとしたこと、一回もないし。」
「……、」
「そういう相手がいたらちゃんと言ってるって」
「……ガンボウは、ねーのかよ。」
「ん?」
「ケッコン——ガンボウ。」
「……。」
そこで目の前の信号が青に変わった。滑らかに車を発進させた俺がまたも半笑いで「花道、むずかしい言葉知ってんだなー」と揶揄えば窓の外を見ていた相手が勢いよくこちらを向いて声をあらげる。絶対に顔を真っ赤にしてるんだろうなーと思ったが、あえてそこには触れてやらない主義。
「はっ、はぐらかすなっ!聞きづれーこと聞いてやってんのに……」
徐々に尻すぼみして言ったあと、ハァと大きく溜め息を吐いた俺の親友はまたしっかりとシートの奥に腰を沈めて正面を向いた。目の端に映ったそれは座高のせいか身長のせいか、やや頭が斜め上の位置に見える。聞きづらいこととはきっと、昔から花道を囲っている俺以外のあの
三人組
(
エトセトラ
)
でも聞きづらいから——と言いたかったのだと思う。
「よーへー」
「んー」
「お、おこってる……?」
「え、なにが」
俺が思わずククっと小さく笑ってそう言うと、見ていなくてもおそるおそると言った様子で俺の顔色を伺っているであろう花道の忙しない動きが目の端の視界に入ってきて、俺はまた笑った。
「ま、まずかったか、聞いたら」
「んーん?」
「な、なんか、あったんか?そーゆう、絡みで」
��そーゆう絡み�≠ニは、花道なりの言い方で、��女性絡み�≠ニ言いたいのはすぐにわかったのでこれ以上揶揄っているのも可哀想だと思い正面を向いたまま目元を緩ませ「なんもないよ」と言い返した。そして、そのまま黙りこくってしまった花道に、そっと問いかけるように俺はつづけた。
「花道はさぁー」
「ぬ、」
「一年に一度しか会えない恋人と、365日ずっと一緒で一日しか離れない恋人ならどっちがいい」
「あ……?」
突然放たれたそんな突拍子もない質問にあたりまえに花道は頭の上にたくさんのクエスチョンを浮かばせていた。それから、目をギュッと瞑って腕組みをして未だ唸って頭をひねらせている花道の返事を待たずに、俺がひとり言のように言う。
「俺——圧倒的に、前者がいいからさぁ〜?」
「……、」
「ほら?人間的に、欠落してるっていうかさ……やばいとこあるだろ?俺って」
「……」
「……ははっ、花道にはちょっと難しい話だったなー」
ごめん、ごめんと眉を下げて謝罪すると花道はまた顔を真っ赤にして「あ、バカにしてる!」と俺を指差した。それに対して運転をしながら声を出して笑っていたらすぐに表情をいつもの顔色に戻した花道が、シートに背を預けて正面を見た。そうして、なんだか不機嫌そうにつぶやく。
「そんなこと思ったことねー」
「え? なに?」
「よーへーがその……ケツラクしてるとかやべえとか、そんなん一度も思ったことねえぞ、俺。」
「……」
「どーせまた、知らねーフリしたかっただけだ、ぜったい」
「……そーなの?」
「おぅ。よーへーは昔からそーだからなぁー。」
「……。」
はは……さすがです。ぜんぶバレてら。
あきらかに、おもしろくないと言いたげにそう言ってふんっ、とそっぽを向いてしまった親友を横目に俺は声にならない溜め息をこぼして、そのまま口を噤んだ。
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