君に言えなかったことがある(2/7)

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    「……そういえば、」

     俺の目の前で、焼酎の水割りが入ったグラスを傾けながら、チュウこと、野間忠一郎が言った。

    「もう、来週かあ〜。」

     仕事終わりにふらっと来たチュウは当たり前にカウンターで飲み始めさっそく来週執り行われるある人たちの、結婚式の話題を持ち出してきた。

    「……ああ、そうだな。まあ、まだぜんぜん実感湧かないんだけどなー」

     俺はそう返して、来週の挙式のことを思った。チュウも花道同様に中学の頃からの付き合いだ。高校を卒業してお互い就職したあとも、チュウの職場がここから近いこともあって、こうして仕事終わりによく飲みに来ていた。軍団の中では一番と言っていいほど、この居酒屋を利用してくれていると思う。そんなチュウが、出し抜けに言う。

    「なあ、バチェラーパーティやんねーのかなァ」
    「——え、だれが」
    「だれって……ミッチーしかいねーだろ〜ぅ?」
    「……」
    「新郎の独身最後の夜を楽しむパーティー、開催してくんねーかなー。かわい子ちゃん誘ってよ」
    「はは。やんねーだろ、あの人は」
    「ですよね〜。残念だ。」

     チュウはグラスに入った水割りを呷り、苦笑いまじりにつぶやいた。そして「あ」と、なにかを思い出したように、伏せていた目元を持ち上げて俺を見る。

    「二次会、ここでやんだっけ?」
    「うん」

     俺はお客さんのおかわりの酒を作りマドラーでコップの中をかき混ぜながら笑って短く応えた。

    「しかしよぉ〜、おめェもあれだなァ〜」
    「ん?」
    「まいどまいど、難儀だなーと思ってよ」
    「ははっ。あー、あれよ?式の二日前?だっけ。ここで二次会の打ち合わせする予定」
    「へえ。んなら、俺も顔出すかなー」
    「おっ、じゃあさ花道乗っけてきてくれる?車はそこに置いてってかまわねーから」

     「どーせ飲むだろうし」と付け加えて言えば、チュウは「りょーかい」と、昭和レトロちっくにぐー、と右手の親指を突き立てた。
     実際、結婚式を挙げるのは彼女の夢、というか新郎がわ、みっちーの夢だっただろうし。まあ、相手があの、最愛の幼馴染限定だろうけど……。
     突然、連絡をしてきて『二次会でここ使わせてほしい』なんて、文章からでも伝わる楽しそうな雰囲気がダダ漏れしている彼からの頼みを断れるほど俺は意地悪じゃない。なのでチュウの言った通り彼らの結婚式の二次会の会場は、この場所となっている。そんなことを考えていたらチュウが抑揚をつけて溜め息まじりに放った。

    「まじでよバチェラーパーティやってほしいぜ」
    「はは、まだ言ってんのかよ」
    「いや、だってそれによォ?」
    「なによ?」
    「姐さんもよ——独身最後の夜くらい、ひとりで思い出に浸る時間もほしいだろうしなァーって」
    「……。」

     そのときチュウの手に持っていたグラスの氷がカラン、と音を立てた。そうして「おかわり」と言ってグラスを差し出してきたので、俺はそれを無言で受け取った。しかし、向こうも無言を貫く姿勢を見せてきたため、こちらから言葉を紡ぐ。

    「そんなもん?」
    「……」
    「そーいう感じかねー、女の子って。」
    「……けっ。だれよりも女子の気持ちわかってる野郎が、よく言うぜぇ〜、片腹痛ェわ。」

     そんな憎まれ口にはあたりまえに反応せず俺は情けなく眉を下げて右手で頬杖をついて俺をじろじろと見やるチュウにおかわりの酒を手渡した。


     *


    「——に、しても。長ェよな〜」

     チュウは酒が回り始めたのか、目元がとろんとしている。きょうは平日のど真ん中なので、客はそれほど多くない。皆、常連さんばかりだった。

    「付き合いだしたのが高校ンときだろぉ?んで、一回わかれてぇ?」
    「……」
    「いやぁ〜、結婚の報告を聞いたときはようやくゴールインすんのかぁ〜、ってな?」
    「……」
    「一時は、どうなることかと思ったけどなァ〜」
    「……」
    「神妙な顔つきでよぉ?二人して、そこの座敷に並んで座ってっから、まった別れたのかと思ったもんだぜぇ〜」

     水割りから日本酒に切り替えてお猪口に入ったそれをひとくちすすり「長かった」と、感慨深くつぶやいたチュウに俺は、苦笑いをした。

    「まぁ……ミッチーと姐さんが付き合いはじめたころから、ずーっと二人の仲を知っている唯一の目撃者だからなぁ、俺たちは」
    「……目撃者って、お前なあ」
    「今後裁判とかになったら、姐さんがミッチーにどんだけ尽くしてきたか俺らがちゃんと証言してやろーぜ」
    「結婚式前に、縁起でもねえこと言うなっての」

     そういって、俺たちは冗談を交わして笑った。しかし、裁判なんて起こったあかつきにはどんな内容だったとしても、きっと彼女のほうが早急に取り下げるのだろうなんて思うと、思わず乾いた笑いが零れてしまう。

    「そういえば——。洋平、おまえ……」

     しばらく俺がそんなありもしないことを考えていると、チュウが思いついたようにつぶやいた。

    「姐さんのこと、どうだったんだぁ?実際問題」

     俺は目を見開いて、急になにを言い出すのかと訝った。しかしチュウは「どーなんだよ」と言いたげに悪そうな顔を貼り付けて、俺を見ている。

    「はあ?なんだよ、もう酔ったのか?チュウ。」
    「はぐらかすな、はぐらかすな」
    「……んなの、俺たちはなにもなかっただろ?」
    「ほぅ、俺たち(・・・)ねえ……」
    「……。」

     俺はしばらくなんて言い返そうかと思案したがこれといって、なにも思いつかなかった。それを知ってか知らずかチュウは目を伏せて、お猪口に入った日本酒をちびちびと飲みながら語り出す。

    「……俺ァな〜、洋平さんよぉ〜、」
    「あー、もう。絡むなって。出禁にしますよー」
    「嬉しかったんだぜェ?」
    「……、」
    「——おまえにも、そーゆー��アオハル�≠ネ心があるんだってことがな」
    「……。」

     何を物思いに耽っていやがるのか、まったく。こまったやつだなと俺は苦笑いした。おおかた、酔って饒舌になっているのだろう。だが相手は、ダチではあるが、いまは正真正銘の酔っ払いだ。いちいちそれに、反論するのも面倒だと思った。

    「好きだったよ」
    「……、」
    「——って、言ったら満足すんの?おまえは。」

     俺は仕方なくその話に乗っかってみた。すこし興味本位というか自分でもどんな会話運びになるのか知りたかったというのもあるかもしれない。案の定チュウは驚いた様子で目を大きく見開き、ぱちくりとその瞼を瞬かせている。俺はタバコを箱から一本取り出して、その先端に火をつける。

    「——あ、っと……そういえば、」
    「……」
    「明日の勤務、何時からだっけなァ〜......」

     チュウが突然わかりやすく俺から目を逸らしてトレードマークのその髭をカリカリとかき出し、ななめ上を見やって言う。
     俺はふーっと煙草の煙を真上の換気扇めがけて吐きながら「はぐらかすなー」と先ほど言われた台詞をそのままお返しする。そして次にチュウを真っ直ぐに見た。真正面から、ダチと目があう。チュウが少々気後れしたのか無意識に身を引く。

    「オ……オイオイ。目つきやべーって、洋平、」
    「——チュウ、おまえから振ってきたんだろ?」
    「や、そーだけど……よぉ」
    「俺が名前さんを好きだったら、どうだったっていうの?」
    「……」
    「来週の結婚式。そこに、俺と彼女が立ってたと思うのか? なあ、想像してみて?」
    「……、」
    「俺には……浮かばないね、そんな図は一生。」

     残りすくない店内の客を残して、俺とチュウのあいだには、不穏な空気と沈黙の時間が流れる。

    「——なーんちゃって。」
     
     その空気を破るように言った俺を見てチュウが一瞬だけ目を見開かせたのが視界の端に映った。しかし、それには気付かぬふりを決め込んだまま煙草を吹かすとチュウは困ったように今度は髭ではなく頭をポリポリとかきながら溜め息混じりにつぶやいた。

    「……そーいうの、ほんとタチわりーぞ洋平。」

     もう降参しますというふうに力無く言った姿に俺はくすくすと笑う。それを見て、呆れたように眉毛を歪ませた髭ヅラのダチは「二次会の席に、かわいい子、ちゃんと用意しろよ」なんて言う。

    「——え、俺が? どーやんの、それ」
    「は?式場で二次会こねーかって声かけるときにでも粉かけとけよ。得意だろ?洋平そーいうの」
    「ははっ、さあな」
    「ちぇっ……なんでぃ、コスいなあいかわらず」
    「ええ、結構ですねー。さてと——それより、」
    「ん?」
    「そろそろお開きにするぞー。おまえも、明日は早いんだろう?」
    「お。まあ、な……」

     時計は、二十四時を過ぎていた。十八時頃から飲みはじめたので、だいぶ時間が経過している。
     明日早いらしいダチを帰らせるべく、こうしてお開きの合図を出すのはなぜか毎回決まって店主である俺の役目だった。本来ならお金を落としていく客に、そんなことは言わないだろうに。

     しかしこうして気心の知れた仲間と酒を飲んでいると、時間が経つのなんてあっという間だからこそ次の日に酒や疲れが残らないよう相手を思い遣って自ら切り上げることをあらかじめこの店を任されたときから俺は決めていた。なんて言うか自分なりのルール、みたいな。それを、当の本人たちがどう思ってるかまでは知らないけれども。

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