君に言えなかったことがある(4/7)

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     ——明日は、高校時代の先輩でもあるふたりの結婚式だ。
     きっとこういうきっかけでもなければこんなに多く感傷に浸るような会話をすることもなかっただろうと思う。

     チュウに大楠、高宮に、アネゴ&宮城さんの、最強コンビ。立て続けに現れた刺客たちから散々思い出ばなしを語られたこの一ヶ月間。居酒屋を経営している身としては、他人の悪ノリなどには慣れていたつもりだったが、全員が揃いも揃って『あの子(・・・)とはどうだった』などと、探りを入れてくれたおかげで何だか心身ともに疲れ果てている気がする。
     しかし仕事の話とかダチの話とかテレビ番組の話だとか、そういった日常の会話が中心となっていく中で日々に追われ生活に追われ将来のことを考え昔を懐かしむ余裕さえなかったように感じていたので、まぁ……これはこれで、いいきっかけだったのだろうと自分に言い聞かせる。

     ——プルルルル〜・・・

     そのとき突然スマホが鳴った。見ると登録していない番号のようだ。だが、この日は早めに店を閉め、今は店閉め作業の途中だったので、すでに客はいなかった。なのでとりあえず、その着信を取ることにした。

    「もしもし」
    『——あ!でたでたっ、洋平く〜ん?』
    「はい?」
    『あのさぁ〜、いま駅前で飲んでるんだけどね、よかったら来なぁ〜いっ?』
    「え……っと。実は——スマホ壊れちゃってさ。ごめんね、だれだっけ?」
    『え〜!ひっどーい!なまえ!アリーナで桜木選手の話で意気投合して飲みに行ったじゃ〜ん!』
    「……あー。ハイハイ?」

     ……まずいなぁ、ぜんぜん誰かわかんないし。けれども、スマホが壊れたと嘘までついて相手を判別できないのならば、もうここは適当に流してしまうしか道はないだろうと早々に諦める。俺は手を止めていた店閉め作業に戻るため、肩と耳にスマホを挟んで洗い物に取り掛かった。そして、なんとかうまく誤魔化して電話を切り上げひとつ溜め息をつく。

    「……はぁ、やれやれ。」

     思わずそんな言葉を漏らしてしまった。そして気付けば時計の針は、二十四時に近づいていた。
     あの日、花道と行った百貨店で購入した新品のスーツとネクタイは今朝ハンガーにかけてきたがあれに袖を通すことを考えると、自然とまた溜め息がこぼれ落ちる。もう今日は帰って早々に寝てしまいたい、そう思って店の戸締りをして帰路に向かう。

    「えっと——明日は〜花道を迎えに行って……」

     疲れているときは自然とこうして、ひとり言が漏れてしまうものだ。そして無意識のため本人も意外とひとり言を言っていることにすら気づいていなかったりもする。
     明日、俺たち元湘北メンバーは披露宴のまえの挙式から招待されていたため、朝に花道を迎えに行って、それから会場へ行く流れだ。そうなると少しバタバタしそうだなと、そんなことを考えていたら、気が付けば自宅アパートに着いていた。

    「……ただいまー。」

     これは決してひとり言ではない。愛犬が家族になってからというもの、自然と言うようになってしまった癖みたいなものだ。愛犬の熱烈な出迎えから解放されご飯を食べた形跡があったのでそのまま散歩に連れていくことにした。そうしてまた戻ってきてから、適当に部屋着に着替えたあと、冷蔵庫からビールを取り出してプシュとビールの蓋をあけたときベッドに投げやっていたスマホの着信音が、再度鳴り響いた。さっきの子だったらどうしよ……と顔を顰めながら番号を確認する。すると発信元は登録している相手且つ、なんとも意外な人物だった。俺は首を傾げつつも、とりあえず、その着信を取った。

    「……もしもし?」
    『……』
    「……? もしもーし。——名前さん?」

     やや遅れて『あ、もしもし?』と、声が返ってくる。それに「うん」と短くこちらも返すとパタパタとどこかに向かう足音が聞こえた。ついで、バタン!と扉が閉まる、鈍くて重い音も聞こえてきたので、どうやら相手はいま外に出たらしいと想定する。

    「どーしたー?」
    『あ、うん。あの……あした、よろしくねっ?』
    「……。」

     『あしたよろしく』とはどのことを言っているのだろうか。挙式、披露宴、もしくは二次会——そこで俺は、きっと二次会のことだろうと勝手に解釈をして応える。

    「——ええ、いいですよー。きょう早めに閉めてきれいさっぱり、掃除もしといたんでー」

     冗談を含ませて軽く笑いながら言えば、彼女は『そっ、か。うん、ごめんね』となんだか歯切れ悪く返してきた。不思議に思い、相手には見えていないとはいえ、またもや俺は首を傾げて問う。

    「——どうした? まさか、マリッジブルー?」
    『……う、ううん。あの、そんなんじゃ……ないんだけど、なんだか、緊張しちゃってて……』
    「……」
    『眠れる気が、しないんだよね……』

     そうつぶやくように言ったあと『まあ……あれだよ?新郎さま、寿はもう寝ちゃったけどさぁ』なんて、嫌味っぽく付け加える彼女に俺はふっと笑ってベッドを背にして座り缶ビールをひとくち飲んだ。

    「そっかぁー。でも明日早いんだろ?体だけでも早めに休めておいたほうが、いいんじゃない?」

     そう言って俺は持っていたビール缶を床の上にじかに置く。すると『ねえ……』と彼女が小さくつぶいた。俺は「うん?」と意識的に声のトーンをやや上げて聞き返す。そうでもしないと珍しく心身ともに疲れ果てているいまのこの状況下では無意識に低い声になってしまいそうだったから。

    『あの……さぁ……?』

     彼女がそう前置きをする。俺はなんとなく嫌な予感がして愛犬に目配せをした。利口な俺の子はそれだけで察してくれたのか、自らゲージのある部屋へと入って行く。ごめんな、あとでちゃんとご褒美あげるからさと心の中で強く念じ気持ちを落ち着かせるためテーブルの上にあったタバコの箱とライターを手に取る。しかし彼女は、意外な言葉を口にした。

    『——ワンちゃん、げんき?』
    「え……?」
    『いや、なんか……静かだから』
    「……あ、ああ。うん、もう寝る時間なんでね」
    『そっか……。』
    「……。」

     突如生まれた沈黙。俺は手に中に持ったままでいた煙草の箱から一本を取り出し、ついさっきもそうしようとしたように、シュポ、と先端に火を灯して、いつもよりもやや深くそれを吸い込み、肺から一気に煙を吐き出す。すると彼女が、ようやく口を開いた。

    『もしも……さ、もしも、だよ?』
    「……」
    『——私たち、さぁ……』
    「……」
    『あの頃に戻れたとしたら、ね?』
    「……、」
    『おなじように付き合って、おなじように、結婚できると、思う……?』
    「……。」

     そんな彼女からの唐突な質問に何も答えられず目を細める。すると、すこしだけ間をあけてから『聞いてる?水戸くん』と、彼女が言う。それに対し「うん」と、短くあいづちだけはとりあえず返す。わたしたち……とは、いったい誰のことを指しているのだろう。明日の予定と話の流れからすると自分のことと、あとはすでに寝てしまったらしい、新郎のことを言っているのだろう、とは思うが、果たして——。

    「……なに、急に。」
    『……』
    「やっぱり、マリッジブルーかい?」

     結局俺は、答えを導き出せず、冗談半分にそう言って苦笑いをした。しかし、いつもならそこで話を変えてくるような気遣いの心を持ち合わせているはずの彼女が、まるで追求するかのごとく、なおもおなじように訊いてくる。

    『……ね、どう思う?水戸くん……。』
    「……。」

     きっと電話の向こうがわで、真剣な表情をしているであろう相手に俺はすこしばかり面を食らいタバコの煙と一緒に小さな溜め息を吐いた。どうして俺に聞くのだろうか。そんなの、新郎さまに聞いたらいいのに。
     愛とは目には見えないものだから、時々不安で寂しくなり、痛々しくてもどかしくて、けれどもそれがゆえの愛しき日々——って。柄にもなく、普段はあえて聴きもしない王道ラブソングの歌詞なんかに出てきそうなフレーズが俺の思考を支配していく。いや、まいったなぁ……。

    「……そんなの、あたりまえだろ?」

     ようやく絞り出しだのは、そんな無責任な言葉だった。それでも無意識にとても穏やかで優しい声が自然と出たことは自分自身でも感じ取った。なんだか、自分の声じゃないみたいだった。俺はまた、己の中だけで苦笑する。

    『ねえ——水戸くん、おぼえてる?』
    「……ん?」
    『高校のころ、水戸くんって北極星(ポラリス)みたいだね、って話したこと』
    「……あー、」
    『……おぼえて、ないよ——』

     『——ね、』と言われる前に「うん、おぼえてますよ」と言えば息を呑んで彼女が押し黙った。
     そう、少し前に酒の席でみっちーと宮城さんに言った『何か星が好きな常連客がいるんだよね』なんていうのはまっかな嘘で、俺はすでに過去、高校時代に彼女と、ペガサスがどうだの、とか、その延長上にポラリスがあるらしいとか、そんなことを話したことがあった。そして、いま本人が口にしたとおりで、彼女があのとき言ったのだ、俺を——北極星(ポラリス)みたいだね、って。

     彼女はあのとき、知っていたのだろうか。ポラリスは昔から海の航海のときの目印とされていたことを。そしてその星は、季節問わず動かないということを。
     もし仮に知っていたのだとしたら、君の目印はこの、俺だった——ということになってしまう。だから知らなかったということにしておきたくてまだ高校生で無邪気に人を裏切れるような、償うことさえ出来ずに、幼な過ぎたあのころの俺は、そんな彼女の話を聞き流した。だが、聞き流したことを、いまでも後悔はしていないけれども。

    『——わたし、』
    「……うん。」
    『あの、わたし……ね、水戸くん……』
    「……」
    『水戸くんがいてくれたから、わたし——』
    「それ以上言ったら怒るよ」

     思わずまた彼女からの言葉を遮ってしまった。しかし彼女はすぐに『ごめん』と、謝罪をする。溜め息を吐いてから俺も「いや、こちらこそ」と丁寧な言い回しをする。そして出来るだけ優しい声音を意識して彼女に語りかけるように言った。

    「やめよっか?だってさ、明日……ほら。ね?」
    『……、』
    「そうそう、どうやら女の子はみんなそうなっちまうらしいぜー?結婚式の前日なんかとくにな」
    『うん……ごめん、』
    「はい、じゃあいまから謝るのも禁止ね?ほらー笑って笑って?」
    『……もう、水戸くんってばさぁ、い〜っつも、そればっか言うー。』
    「ははっ」

     『いつもそればっか』——君は逆にいつもそればかり言うけど、だってさ、笑ってほしいから。君にはずっと、笑っていてほしいから。
     なるようにしかならない、そんなふうにしてはいつも手放してきたことや、大切なもの。
     信じ続けることはとても容易くはないけれど、ほんの、わずかでも——。

    『——水戸くん、』
    「はい……。水戸ですよー」
    『ありがとう。』
    「……」
    『たくさん、ありがとうね』
    「……、」

     ——会えなかった時間のなかで、すこしずつ、君が変わっていったとしても、ずっとあのころと変わらずに、想いつづけられたら、って……。

    『水戸くんがずっとそばにいてくれて、わたし、本当によかったって……』
    「……」
    『ううん、水戸くんだったからよかったなって、思ってるからね……?』

     俺だってそんなことを長いあいだずっと思っていたんだよ——なんて。ぜったいに死んでも言わないけど。

    「名前さん」
    『ん……?』
    「もう、大丈夫かい?」
    『……。うん、もう大丈夫だよ。』
    「……そっか。よかった、です。」

     ——たとえば。たとえばそれが嘘だとしても、俺のためだといって君がついた嘘なら、それは、いつだって俺にとって、すべて、真実(ほんと)で——。

    『……ごめんね、夜おそくに。』
    「ううん」
    『ワンちゃんにも、よろしくね?』
    「ははっ、伝えときます」
    『ちゃんと、言葉にして……伝えたかったの』
    「……なに、ポラによろしくって?」
    『ううん……ありがとう——って。』
    「……、」
    『それだけ……水戸くんに、伝えたかった。』
    「……。」

     犬が居て、可愛いなぁって手を差し出したら、噛まれた。噛んだ犬が悪いけど手を出さなければ噛まれなかった。その判断をしたのは、自分だ。自分を傷付けたのは、いつだって、自分の意思。

    「——ほら、風邪ひくまえに中に入んな?」
    『うん……じゃあね、水戸くん。あしたまたね』
    「……うん、またね。」

     言ったあと向こうが電話を切るのを待ってからスマホを横に置いた。そして俺はそのまま愛犬の様子を見に別室へ行く。しかし、すでに夢の中にいるようだったので「おやすみ」と小さく囁いてシャワーを浴びに、バスルームへと向かった。

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