君に言えなかったことがある(7/7)

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    『——新郎新婦のご入場の準備が、整ったようでございます。おふたりのお顔が見えましたら皆様どうぞ、大きな拍手でお迎えください。』


     ——めでたいのだ、きょうは本当に。めでたいことがあったのだ。
     他人に。正確に言うと、知人に。あるいはある意味��親友�≠ニ言っても、いいのかもしれない。その関係に特別性を感じることが許容されているのかについては意識のすり合わせをしているわけではないので、厳密にはわからない。
     それでも、関係性にしろ他のなにかしらの縁にしろ、およそ個人の感じ得る万象というものは、あくまでも、その個人にとって感受された現象の範疇にのみ生じる解釈であり——ゆえに、相手の意思とは本質的に関係はなく、こちら側が、ただそう思うならば、彼女は俺の『親友』と呼んで、差し支えないだろうと思う。

    「——おっ、いよいよだな!」
    「よっしゃ。なぁ、指笛の練習でもしとくか?」
    「勝手にやってろ〜......おい、洋平も立てって」
    「え? あ、ああ。」

     ——と、いうわけで。当の彼女が、俺のことをどう思っているのかについてはあえて語弊のある言い方をするかぎり比較的に��どうでもいい�≠ニ考えている。
     それはある種の信頼を示し要するに��憎からず思われてはいるだろうし、少なくとも嫌われてはいないはずだ�≠ニいう強力な前提が相手の顔色を逐一気にする理由を奪い去っているという、そういう感じの『甘え』がそこにあるということだ。無論、それによって失われる配慮もまたそこにはあるだろうし当の彼女にとっては迷惑極まりない話ではあるのかもしれないが、しかし、嫌われるいわれが無かった……と、断言するのも難しい。

    『——それでは会場後方の扉にご注目ください。新郎新婦、ご入場です!』

     ともかくその『親友』が今日結婚式を挙げる。ありがたくも結婚式に招待され、ひとつの節目に立ち会う光栄をくれた——そういうことだ。

    「「 ア〜イ ラ〜ブュゥ〜〜♪ 」」

     今日のこの佳き日——迎えられたことを嬉しくて、誇らしく思う。人生のプロポーズ、はじまるふたりの未来。手を繋ぎ歩いていく、かけがえのない、愛を抱いて……か。そんなもん?��結婚�≠チてのは。
     まぁ、そんなことは置いておくとして結婚式にしろこの世のあらゆるイベントにあたる概念は、究極避けたいところではある俺にとっても、まぁまぁ楽しみなことであってすら一定程度は憂鬱な気掛かりもあった。要は、いろいろと準備が面倒だった、という話なので、それに関して言えば、純粋に、俺の不出来のせいなだけなのである。

    『——まずはじめに、寿様の恩師でいらっしゃいます、安西光義様より、お言葉をいただきます』
    「いよっ!オャ——」
    「……花道っ!」

     挙式がはじまる前、なぜか不穏な空気になってしまった俺とチュウはあれ以降、話すこともしなかった。だがそこは大人であるゆえ俺のほうから早々に謝罪をひとつしておこうと思っていたら、向こうから先に「洋平、悪かった。」と「今日はミッチーと姐さんを盛大に盛り上げてやろうぜ」なんて言われてしまい面を食らったが「なんだよそれ」といつものごとく笑って返したら向こうもニヤリと、不気味なツラを晒して笑ってくれた。

     古(いにしえ)から言い伝えられているとおり、なんとも男子というのは、単純な生き物だ。そもそもこのメンツにかぎっては、昔からたわいもない会話といえばだいたいは、女・パチンコ・喧嘩・単車。あとは、まぁ��花道のバスケ�≠セったのだから、単純という言葉の、ナニモノでもないのだが。

     さてと。そんなことは本当にどうでもよくて、果たして、披露宴はというと——。


    「すげー酔ってるでしょ?宮城さん」
    「あ、えっ? わかる?」
    「顔、真っ赤だもんなー」

     突然、席の違う俺から話しかけられたあげく、酒を注いでもらったことに彼は少々驚いて吃っていたけれど俺からの図星とも取れるその物言いに相手は後頭部をポリポリと掻いて、へへ、なんて高校時代の頃のようにいたずらっ子みたいな顔を晒して笑っていた。

    「スピーチ、やるんだろ?」
    「へっ?」
    「みっちーの、友人代表で」

     突拍子もなく俺からそんなことを問われて彼は「あー、うん。まあな」と短く返してはきたが、そのあとすぐに「えっ、なんで知ってんの?」と聞き返してくる、昔からその眉毛がとても印象的だったバスケ部の先輩。

    「さっき、番長が嘆いてたぜ?俺んとこにお願い来てくれなかったーって」
    「……」
    「じゃあもう残りは、一人しかいねーよなって、思っただけさ」

     飄々と言う俺に苦笑いを向けた先輩はひょいとビール瓶を掲げて今度は俺にビールをつぎ返してくれた。それを素直に受けてから、俺がぽつりとつぶやくように言う。

    「……行かねーの?みっちーんとこ」
    「え?……あー、なんか混雑してっからねえー」
    「ふうん、あ。でもなんかわかる気がするぜ?」
    「へっ?なにが?」

     俺はすでに座っていた流川の椅子の背もたれに片腕を気だるげに投げやり、他の連中と楽し気に談笑している新郎新婦の席、高砂に視線を向けてから、やや遠くを見るように目を細めて言った。

    「あそこに座ってんのが花道だったら俺たぶん、ずーっと喫煙所にいるよ」
    「え……?」
    「なんか、感慨深くなっちまう、きっと。」
    「……」
    「そーいう、感じだろ?」

     近年では晩婚化だの少子化だの、未来に関してあまり前向きな話題は出なくなって久しい感じもあるなかで、めでたく結婚式を挙げるにいたり、知る人も知らない人も、多くの人々が『親友』を祝っていた。それは一つの節目に過ぎなくとも、彼女の生きた、二十有余年のゴールであったと、そういうふうにも思う。

    『——さて、ここからのお時間はゲストの方にもご登場いただき、お二人へのお祝いをいただいてまいりましょう。』

     いや、決して人生は結婚(そこ)で終わりだよ、とか、そういう話ではなくてさ。そうであることを求め紆余曲折の果てに事実、そのようになったということの願いの結実——。とにかく本当にめでたいことだ。

    『まずはじめに寿さんの後輩で名前さんとは高校時代の同級生でいらっしゃいます宮城リョータ様どうぞ、宜しくお願い致します!』

     思えば、本当にいろいろとあったように思う。時間というものは意図によらず勝手に流れていくものであり、ゆえに意識して初めてそこに過去は生じるのだ、とも解釈出来るだろうか。

    「洋平、それ食わねーならもらうぜ」
    「え? ああ……いいよ、食っても」
    「水戸、おまえってほんとに酒が強いんだなぁ」
    「……そう? 堀田さんとおなじくらいの量よ?まだ。でもアンタは弱そう、意外と酒。」
    「おー、実はそーなんだよ。かわいーだろぉ?」
    「はは。かわいーかは、どーかなぁー。」

     特段の意識も持たぬまま強い力に流されて巻き込まれ——いや、便乗して。
     ひとりでは、何者でもありえないような、儚きものを導いてくれた、初めてできた異性である、女の子の��親友�≠ヨ……。

    「最後になりましたが……三井サン、よかったね名前ちゃんと結婚できて」

     それもまた俺の選択であって、すべてが誰かのおかげでも、あるいは、誰かのせいでもないとは思いながらも。

    「今日は本当におめでとう。末永く……お幸せにねっ!!」
    『ありがとうございました!宮城様よりお祝いのお気持ちを頂戴いたしました。』

     君がそうであったから、ずっとそのままでいてくれたから。俺もまたこうであることを、誇りに思うよ——。


     *


    「——行く? 二次会。」
    「えっ? ああ、行くけど……」
    「だよなっ。じゃ、これで元湘北メンバーは全員マル、っと……」
    「え?水戸、お前が二次会の幹事やってんの?」
    「そっ。みっちーに頼まれててさぁ」
    「へえ」

     具体的になにを誇ることがなくても、だれかと比較して不出来を恥じることがあろうとも……。だれかが肯定してくれている何かを、自分だけは決して信じられなかったとしても。

    「皆様、本日は私たちの結婚式にお集まり頂き、ありがとうございます。」

     本質的にはいま君の横に立つ相手がはじめから決められていた運命(さだめ)だったとしても、あるいは、他の誰かがその��代わり�≠ナも良かったのだろうけれども……。

    「この場をお借りして育ててくれた父親と寿さんのご両親への感謝の手紙を読むことをお許しください……、」
    「……大丈夫だ、ゆっくりでいい」

     それでも、その過程に俺が関わりを持っていた事実を誇りに思う。そう、俺はその縁に、意味や価値を見出しているんだ、きっと。

    「なあ、見てみろよ。なんかミッチー今日だけは男前だよなァ」
    「う〜む、言えてるな。姐さんにしっかりマイク向けちゃってな、自分んときは落としたくせに」
    「でも、たしかに男前に見えるぜ、なあ?洋平」
    「……そーね。」

     いろいろとあったはずの思い出も、思い返してすぐに思いあたるのはだいたい彼女と今日だけは男前らしいあの人が喧嘩をしている光景だったりする。
     そういう心底どうでもいいような馬鹿げた話が人生を彩るのかもしれない。今日のように大きな催事(イベント)も日常の些細な事情(ノイズ)もきっと大事な思い出になるのだろう。

    「私は今日、寿さんと結婚しますが、いつまでもお父さんの娘であることに変わりはありません。これからも、ずっと、心の支えで……っ、」

     行かないという選択肢はなかったのかとあとになってから思ったりするのかもしれないけれど。そうしたら、なにも起きなかったのに、って。
     だが結局のところ来ないという選択肢が俺には単純になかっただけのようにも思う。でもいまは素直に『来てよかった』と、心から思う。

    「……がんばれ!」

     余程の不幸な展開がない限り、基本的にはある程度、長いだろうと、楽観出来る人生において。それでも生きている限りは、なんだかんだで順風満帆とまでは行かないんだろうけども。だって、相手が、なにを隠そう��あの人�≠セからね……。

    「寿さんのお父さん、お母さん、私を温かく迎えて下さってありがとうございます。まだ未熟者の私ですがこれからどうぞよろしくお願いします」


     その君の道行きに、過度な不幸がないことを。そして——多幸のあることを、願ってます。


    『ここで、ご出席頂いた皆様に新郎新婦のお二人より感謝の気持ちを込めてスペシャルムービーをご用意致しました。左手スクリーンにご注目ください。』

     人生の正解なんてあるかどうかも分からない。いつかは必ず終わってしまう、その生きざまに。幸福もそうだけど、なによりも納得があることを願ってます……。

    『それでは皆様お二人と親御様のご準備が整ったようでございますのでお支度の整いました方からどうぞ、扉口へとお進みくださいませ。』


     そう、ふたりの披露宴は——無事に終わったのである。


    「ガハハハ!めっちゃ泣いてんなぁ〜」
    「うるせぇ野間ァ!三っぢゃん、三っぢゃ〜ん!ぼんど、おめでどぉ〜!」

     俺は事実を装飾して語る行為を、未だに苦手としている。しかし、本当に素敵な式でした、と。教科書通りの台詞で片付けるのもなんだかなぁと思うが本当に素敵な挙式と披露宴だった。例えば諸々の余興やらスピーチだってとても良かったと思うし、もちろん、披露宴で出された飯だって。
     ただ「美味しかった」以外に書けないような、あるいは、書かないような感受性のものに……。

    「なんだよもぅ、うるせーな元不良仲間はよォ」
    「おぉン!?なんだと高宮ァ!」
    「ぎゃー!!番長怒ってる〜すんませ〜ん!!」

     どちらにせよ、今回果たすべき描写は、食事の話でもなく飯がどう美味かったのかを話す必要はべつにない。
     その一方で、そこにあった事実を列挙しながらそれぞれに感想を述べるような文章でいいのかと問われれば、やや首を捻らなくもない。そういう記録にもまた価値はあるし、価値の大小に関して言えば事実と感情を基礎(ベース)にして延々とくだを巻くような——さながら、居酒屋で、酔いながらする無駄話の如き駄文よりも、淡々と事実を記録するような記録のほうが高価値であるのではないかと思いもする。

    「——洋平、花道んとこ行くか?」
    「え?……いや。きょうは——あっち(・・・)の仲間と、いたいだろうから」
    「そか。じゃあ、バスケ部より先に出ちまうか」
    「うん……だな。」

     とはいえそればかりでは芸が無い。山もないし落ちもないし意味もない。ないない尽くしの文章よりは、一欠片でも、輝くものがあればと願う、そういう儚い祈りをカタチにする。それが、俺の生き方なのだと——。


     *


     〆のアナウンスが流れると、ぞろぞろと扉から出て行く人、入ってくる式場のスタッフの往来。それを見送って俺たちも会場から出ると三井家、名字家の両家が横に並んで参列者を見送っている姿が目に入る。
     アネゴに晴子ちゃん、堀田たちと俺たち。そのあとには元湘北バスケ部の面々が順に両家の親や新郎新婦と短く挨拶を交わしていく。堀田たちが去っていくのを見送っていたさなか、ふと新婦の彼女と目が合った。その流れのまま両家が立っている目の前を、軽く会釈しながら通り過ぎる。

     新郎のみっちーは並んでいた列から少し離れた場所で、未だ堀田たちと楽しそうに話している。それを横目に見つつ、ちゃんと律儀に列に並んでいた彼女の目のまえで俺はぴたりと足を止めた。

    「——似合ってるね、細身のスーツ。」

     そんな君は、華のように綺麗ですよ——って、あえて言わない、それが性分でありずっと貫いてきた、俺の生き方なので。

    「……ははっ、だろぉ?——なんてな。」

     ——きららかなる目の前に、愛を誓った今日。
    いろんな君をこれからもずっと僕に見せて。僕が見つめる先に君の姿があってほしい。一瞬一瞬の美しさを。いくつ歳をとっても、またおなじだけ笑えるように。君と僕とまた、笑いあえるように願ってます……なんて、ね。

    「——あっ、名前さん。」
    「ん?」
    「こないだ、電話で言いそびれたことあってさ」
    「え?」
    「……」
    「……?」

     『どうか幸せに』なんて言葉は無責任な感じもするけれどそれ以外に言うことはない。いや……ないか?もしかしたらあるかもしれない。すこしだけ、真面目に探してみるか。

    『門出に、説教はいらない。祝福に、悲観はいらない。未来に絶望はいらない。必要なのはやはり祝いの言葉のみ。』

     かりにそうであるならば、なんかこうもっと、独自性(オリジナリティ)に溢れる言葉で——。


    「……水戸くん?」
    「……」
    「なに、電話で言いそびれたことって……」

     きっとなんとかなるし万象なんとでもなるよ。そのうえで目的を見据えてしっかりと頑張れば、たぶん報われるに違いない。
     でも、無理なこともあるかもしれないね。そういうのはそうだなぁ〜。よし、天に任せようか。うん、それがいい。……ねっ?名前さん——。

     ……って、覚えているかい? おなじ言葉を、あの日も君の涙に言ったことを。覚えてないね、きっと。

     ——以上。
     この度は、ご結婚おめでとうございました。
     誠に………本当に、誠に。










     笑顔 も 涙 も、見つめてきたよ。



    (——おめでとう。)
    (……え、)
    (以上、電話で言いそびれたことでした)
    (水戸くん……。)
    (とっても綺麗ですよー。)
    (もう、棒読み〜)
    (ははは! あ、そうそう。あとね……)
    (ん……?)
    (ありがとね。)
    (……うん。私も、ありがとう。)


    ※image song『 恋文/Every Little Thing 』

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