アイノカタチ(3/4)

  • 表紙
  • 目次
  • しおり
    • しおりを挟む
    • しおり一覧
    • 前へ
    • 3/4
    • 次へ

     披露宴会場の扉の前、その中からは、司会者のマイクの声と、彼女が必死に一生懸命選んでいた入場ソングが流れている。

    「——名前、」

     隣に並んでそう名を呼べば、彼女はさっきまで不機嫌だったことなんてまるでなかったかのように、無防備な顔を向けて来るのだから堪らない。

    「ん?」
    「……」
    「なに? 寿。」

     こんな日だからこそいつもよりも歯の浮くような台詞が出てきやすくはあったけれど俺の根本的な性格がそれをさせまいと待ったをかけてしまう。素直じゃないっていうのも、こんなときは、玉に瑕だ。だからこそ——綺麗だよ、可愛いよ、愛してるよ、なんて気の利いた言葉がそう易々と出て来る訳もなく俺は緩み切った頬を引き締めてニッと、口の端を吊り上げて言った。

    「今日は、旋回(せんかい)してくんなよ。」

     途端に無防備だったその可愛らしい表情が歪んでふんっ!と顔を背けた俺の花嫁様。「ほんっとムカつくんだけど!」と言い放った後もブツブツ横で小言を付いてる彼女を俺は微笑ましく見下ろしながらも、観念して、仕方なく言ってやった。

    「——世界中の花嫁の中で、名前が一番綺麗だ」

     息を吐くように言った俺の声が届いたのか俺を見上げた彼女の、照れたようなその表情。それをじっと見つめていると彼女が不思議そうにぽつりとつぶやく。

    「今日は——なんか、いっぱい言ってくれるね」
    「あ?」
    「なんか……そーいう、セリフ。」

     照れ隠しをするみたいに、真正面を向き直した彼女にならって俺も正面を向いたあと、いつものように軽い口調で言い放った。

    「今日だけ、特別な。」

     その声をキャッチしたであろう相手が隣りで、クスッと品よく笑ったとき扉の向こうから『またカメラをお持ちの方はどうぞご準備くださいませ』という司会者の声がここまで聞こえてきた。次いで中からは、まだ俺たちが登場もしていないのに「いよっ!!」という、桜木の声らしき馬鹿でかい声も聞こえて来て、思わずふたりで同時に噴き出して笑った。

    『——それでは、会場後方扉にご注目ください。新郎新婦、ご入場です!』

     扉が開くほんの数秒前——ゆっくりと頭を動かして、彼女はまっすぐな眼差しで俺を見上げた。
     きらきら光る、きれいな目。名前のその瞳に、この世界は……俺はいま、どう映ってる?


     *


     主賓の挨拶は安西先生、新郎側のスピーチは、宮城に頼み込んだ。安西先生からの、ありがたきお言葉を聞いたあと、本当に感動して思わず泣きそうになった。同時にやっぱり俺の人生は先生に��洗脳�≠ウれてよかったと、あらためて、心から思えた瞬間でもあった。
     問題は��友人代表�°{城だ——プランナーとの打ち合わせのとき宮城とのエピソードを聞かれた。高校時代の部活の後輩、そのバスケットでは当時、絶対王者だった秋田県代表の高校を一緒に打ちのめしたとか、なんか、そんなことを簡潔に説明したつもりだった。そんな中、隣りに座って一緒に話を聞いていた彼女が「仲が良すぎて付き合ってるのかって一部では噂になってたんです」なんて吹き込んだせいで、この様だ。

    『周りからは『付き合っているの?』と疑われたことがあるくらい……』

     ……とか、ちゃんと打ち合わせの段階できっと司会者のカンペに書き込まれていたであろうその内容が、まんまと発表されてしまったわけだが。あとは、そうだな。バスケやってたときの互いのポジションなんかを、説明したりした気もする。プランナーから「宮城様は寿さんにとってどんな存在でしょうか?」という質問に対しては、俺があぁーと、悩んだ末——。

    「まあ……バスケに絡んで言ってるわけじゃないですけど、いつもいい具合に��パス�¥oしてくれますよ、私生活でも。」

     そう言った俺の言葉を、丁寧に書き込んでいたプランナー。どうせ、うまいことまとめてくれんだろ、なんて、呑気に考えていた俺が甘かった。

    「そうなんですね……。見事、私生活においても名コンビ、というわけですか。」
    「いや、名コンビっつーか……どうなんすかね。でも、それなりに期待はしてますけどね」
    「期待……と、申しますと?」
    「ずっと、まあ……アドバイスっつーか、パス?出してほしいっすね俺が道踏み外さないよーに」

     そんなことを、冗談めかして言ったような気もするが……まさかそれが『これからの長い人生においても、たくさんパスを出してくれよな、と寿さんからのメッセージです』なんて恥ずかしくも綺麗にかちっとまとめ上げて紹介されたのには、さすがの俺でも参って、押し黙るしかなかった。そんな——司会者から言わせれば��名コンビ�≠フ片割れは、俺たちにしか知り得ないようなネタを次から次へとスピーチ内にぶっこんで来るわけだその名コンビの相手、宮城はよ……。
     初手ぎょっとしたのは、二人で好きな女を語り合ったとかいう内容だ。いつだったかバスケ部に復帰して間もないころ、マネージャーの彩子に、こっぴどくやられていて、もう今のこいつに触れたら俺まで不幸になっちまうんじゃねーかというオーラを纏っていた宮城に声をかけたんだった。

    「——お前、彩子が好きなのか?」

     その質問に対し、さっきまで負のオーラをぷんぷんと漂わせていたくせに、とたんにそれを振り払ってきょとんと俺を見やった宮城に「あ?」と返せばアイツは「いまさら!?遅っせ!!」と、先輩という枠を忘れたのか普通にタメ口を聞いて来たことと、あとそのときのバカヅラにイラっとしたことを思い出した。そしたら宮城の方からも「名前ちゃんと付き合ってンすか?」なんて聞かれて、なんかいろいろと、休憩時間とかに話した記憶が蘇ってくる。
     いまでもその彩子——いや、ああーっとA子?にお熱の宮城と、その時の学生時代の俺の生活の中心だった幼馴染と、こうして結婚した俺。とはいえ、なんだかんだ言って俺も宮城も実はすごく一途なんだなと思えば今日だけは微笑ましくなったりもするが。

     そんなふうに呑気に思い出にふけっていたら、気づけば今度は宮城が、俺のバレンタインネタを発表していた。あー、……はいはい、チョコな、チョコレート。もらった、たしかに高三のとき、けっこうもらったわ。あれって返したんだっけ?あぁ思い出した。もらった瞬間に「俺お返しとかしねーぞ」って言い返したんだった、しかも全員に。なのに、受け取るだけ受け取って徳男とかに渡して……あ、そうだ。帰り道に水戸と会って、袋ごと渡したぶんもあった、そういえば。いずれ結局自分は一個も食ってねえわ。うっわ、俺ってサイテーじゃね?
     ——と、いまそこでスピーチを楽し気に読んでいる生意気な後輩からも言われそうな「三井サンってサイテー」という言葉が脳内に浮かび上がってきて思わず鼻で笑ってしまう。俺はとことん、幼馴染の彼女にだけは��紳士�≠ネんだなぁ。その言葉を昔に彩子か水戸あたりからも言われた気がするけれど。
     たしかに思い返せば、結構、告られたかもしれない。なんか知らねえ女たちから。もはや相手の顔とか名前とかひとりも覚えてねーけどな。あ、そう言えば——名前が水戸と付き合ってる、とかなんとかそんな噂を耳にしたこともあったよな。

     というか「三井の元カノが、一年の水戸と付き合っているらしい」とかいう内容を耳にした感じだったけど。いつも水戸洋平のネタが降って来るときは決まって『三井の元カノが』というのが、冒頭に付いていたことを、不意に思い出す。俺は後輩のスピーチを一瞬聞き流して(なんか、俺のモテエピソードを語ってるから)ふと視線を水戸へと送ってみる。すると奴は楽し気に酒を煽っていた。次いで俺の隣に座る花嫁に視線を巡らせてみれば、こともあろうに、彼女も水戸たちの席らへんを見ていて、ぎょっとする。
     ——え?と。俺は、思わず小さく声を漏らす。幸いその声は彼女には届いていなかったらしく、またゆっくりと視線を宮城に向けた彼女にならって、俺も慌てて宮城の方を見やる。え……あの噂って、マジもんか——?いや、ねぇだろ。ありえねえ。そうだそんなことは��ない�≠ニいうことにしておこう。これから先も聞かないし、死んでも触れない。もういまこの瞬間に、このネタは頭の中から消し去るに限る。
     ふと現実世界に戻ってくれば、今度は宮城が、真面目腐って俺のことを話していた。ついさっきまでは、手に持ったカンペを読んでいた生意気な高校時代の後輩は途端にそれを乱雑にポケットに仕舞って、こちらを真っ直ぐに見据えて話しはじめる。

    「三井サンがいてくれてよかったって、いまでも俺を含む湘北バスケ部OB全員が思ってるんで」
    「……」
    「今度は三井サンが名前ちゃんに『ずっとそばにいてもらってよかった』と思ってもらえるような男になってください。」


     ——アイツ……。


    「最後になりましたが……、三井サン」

     宮城がふと俺のほうを見たので不思議に思い、やや首を傾げながら視線を返すと「よかったね、名前ちゃんと結婚できて」なんて、眉毛を歪ませながらはにかんで言われて、俺は一瞬目を見開かせた。そうして、すぐにふっと鼻で笑ったあと、思わず小さな声で「……ああ」と零していた。

    「今日は本当におめでとう。末永く……お幸せにねっ!!」

     会場内が拍手を送る中、宮城が自分の席に戻ると一緒にコートの上で戦い抜いたメンバーからも笑顔で労いの言葉をかけられていた。つづけて、司会者の進行にならい、新婦の友人代表、彩子を迎えるようパチパチと拍手が会場内に響き渡っていたとき、宮城の座ってる席に目をやれば宮城もちらっと俺に視線を向けたので無意識に「サンキュ」と口を動かすと、なにを思ったのかアイツは顔を背けながら両手で〇のマークを作って、手を上に掲げた。『いいーっすよ別に』って。そんなふうに言われている気がした。宮城は手をすぐに下ろしたあと柄にもなくに照れていて、その姿がなんだか妙に滑稽だった。


     *


     俺らが中座する際、新婦側のエスコート役には赤木の妹を選んだことで俺は別に一人でこそっと会場を出ると言い張ったが彼女と担当プランナーの意向により、俺もエスコート役を立てる運びとなってしまった。
     今日招待した人たちは全員俺にとっては特別な存在ではあるが��代表者�≠ニ求められれば決まって浮かんでくるのは、残念ながら、宮城になる。これじゃ本当に付き合っていたのかと噂されてもおかしくねーよなと自嘲しながらも招待客のリストと睨めっこしている俺の横で、彼女が言った。

    「苦しいとき、側にいてくれた人をリストアップしてみたら?」

     その突拍子も無く放たれた言葉に、思わず俺は彼女を見やった。目の前に座っている担当プランナーは「たとえばですね……」と、いまの彼女が発した言葉には特に気にしている素振りも見せず「ご兄弟ですとかたまにはご両親を選ぶ方もいらっしゃいますよ」と、無難な例を、次々とあげている。
     苦しいとき——俺は真っ先に、あのむさ苦しい徳男と赤木のツラが脳裏を過ぎった。それをあたりまえに分かっていたかのような彼女の微笑みに俺はなぜだか気まずくなる。

    「結婚式はさ、私たちの晴れ舞台でもあるけど」
    「……」
    「お世話になった人たちへの感謝を述べる場でもあると思うんだよね」

     彼女の言葉に次いで担当プランナーが「そうですね」と言い、「なので盛大に��おもてなし�≠ェ出来るよう、どの新郎新婦様も細かいところまで悩んで決められます。」と、付け加えて言った。その言葉を待って俺は目の前に置かれている式の進行表にさっき頭の中に浮かんだ高校時代の同級生——二人の名前を書いた。徳男と赤木の名前をフルネームで目にするのは高校時代を抜いても、きっとこれから先の人生の中で、三回くらいしかないだろう。ひとつは今回。この、俺たちの結婚式だ。もうひとつは、あいつらの結婚式。招待状もらったときか。ま、結婚できればの話だけど。そして最後は縁起でもないが、葬式。よぼよぼのじじいになった俺が、その名前を目にするのかもしれないな。

     俺は「どう書くんだっけなぁ」と、ひとり言をつぶやきながらもそれでも案外とスラスラ二人のフルネームをあっさりと書けてしまった。そしてそんな自分にすこしだけ感心した。
     ——という流れで決まった俺のエスコート役の二人を脇に抱えて、盛大な拍手(と、野郎たちのヤジ)を背負いながら新婦のあとにつづいて会場を出た俺たち。外に出て二人に「サンキューな」と礼を言ってから、あらためて、なんだか珍しいメンツだと思いながら、すこしだけ三人で会話を交わした。

    「三っちゃん、ほんとおめでとう。」
    「ああ、ありがとな」
    「三井、さすがだな」
    「あ? なにが」
    「祝辞を、安西先生に頼むとは……驚いた。」

     「たいしたもんだ」と腕組みをしながら赤木が高校時代の頃のような仕草で感心していた。
     とくになにかがあったわけでもないけれども、そんな二人の姿を見ていたら自然と笑みがこぼれてしまうのは今日が自分にとって特別な日だからなのだろうか。

    「——お前ら、二次会来てくれんだろ?」

     突拍子もない俺からの質問に二人とも一瞬目を見開いたがすぐに目尻をさげて「ああ」と個々に返事を返してくれて安心した俺は、ありがとうの意味も込めて首を縦に振った。すると「——に、してもよ」と突然思い出したように徳男が言う。

    「何で俺らと水戸達が一緒なんだよ三っちゃん」

     文句のようなその台詞とは裏腹に楽し気に話す徳男に対して先に言葉を返したのは赤木だった。

    「そんなこと言うが、仲良さそうに酒を交わしているだろうが」

     言われた赤木の言葉に、徳男は「ゲッ」とでも言いたげに面を食らっている。「……まあ、今度みんなで水戸の店行く約束したけどな?」とか、でかい図体で柄にも無く照れたように言った徳男の姿に、思わず赤木と目を見合わせて笑った。

    「今日の二次会、水戸の店だぜ」
    「へえ、そうだったのか」

     と、徳男がつぶやくと赤木が「じゃあ俺たちは戻るぞ」と言い、俺の肩にポンと手を置いたので「ああ」と短く返したあと、そのまま二人を見送った。ややあって小っこい影がささっと俺の横を走って行く姿が目に入りその相手を確認して俺は「オイ宮城!」と声を掛けた。相手はあきらかにギクっ!という効果音を放ちながら、ゆっくりとギギギ……という、まるでロボットみたいな動作でこちらを振り返る。

    「……なに、トイレ行きてーんだけど。」

     くちびるを尖らせてぶつぶつ言う宮城に思わず情けなく笑いながら「もうすぐ俺も着替えに行かなきゃなんねーから少しだけ付き合えよ」と言った。その言葉に宮城はまだぶつくさと文句を垂れていたけれどしぶしぶそばのあったソファに向かって来たので、そこに二人で腰を掛けた。

    「……だいぶ飲んでんな」
    「三井サンもね……」

     とりあえず、俺から会話を振ってみたものの、それ以上お互いに言葉が出てこず、二人して目を泳がせたりしていた。そのとき、あ、そう言えばと思い出し俺は「さっきの……」とぽつり言葉を漏らす。

    「え?」
    「あの……スピーチの原稿」
    「うん」
    「もういらねーなら……もらっていいか」

     ぎょっとして俺を見やる宮城に対して「な……なんだよ」と眉を寄せてみせれば「いや……欲しい?あんなの」なんて、言い返される始末。

    「……まあ、記念にな」

     珍しく素直に応えた俺に宮城はすこし躊躇ったあと、ジャケットに突っ込んだままでいたらしいぐっちゃぐちゃの封筒を取り出す。けれど宮城はそれを俺に差し出そうとした動作を止めて、思いとどまったようだった。いやぁ……とかなんとか言い淀む宮城に安定で「あ?」と聞き返す俺。

    「うーん、やっぱ恥ずかしーからいいよ」
    「は?」
    「……捨てるし、これ。」
    「いいって!……ホラ。」

     そう言ってそっぽを向きながら手を出した俺に宮城は溜め息をつきながらも、仕方なくと言った様子でソレを手渡してくれた。しばらくその受け取った封筒を眺めている俺に視線を向けているであろう宮城の顔が、目の端に映る。刹那、宮城はふいっと顔を正面に向かせてから「そうだ」と、言った。

    「綺麗だねー」
    「え?」
    「名前ちゃん」
    「あ……ああ、うん」
    「よかったねー、結婚まで漕ぎついて。マジで」
    「漕ぎついてって、お前なぁ……」

     今度は俺が溜め息を吐く番だった。それを見て鼻で笑った宮城を横目に俺が、やや遠い目をしながら「あのよ」と、小さくつぶやく。

    「ありがとな、マジで」
    「え、なに……怖えーんだけど」

     そう言ってわざとらしく自分の両腕を抱きかかえて怯えたような仕種を見せた宮城のその姿に、ひとつフッと笑みを漏らした俺が「いや、お前らがいてくれてその……ほんとよかったよ」とつぶやけば、二人のあいだにまた沈黙が流れた。その沈黙を遮るかのように会場内の騒がしい声や音が扉を開閉さるたびに、ここまで聞こえてくる。
     ややあって宮城は「よいしょ」と言ってソファから立ち上がる。俺はその動作につられるように座ったままで宮城を見上げた。

    「まあ……こっちも?ウソじゃねーからね」
    「あ……?なにが」
    「アンタがいてくれてよかった、ってやつ」
    「……。」
    「——じゃ!俺、トイレ。漏れそうだし!」

     そう言い置いて俺には背を向けたまま、宮城はトイレめがけて走って行った。……ほんと、あいかわらず、うしろをまったく見ない奴だよなァ。

    「……ふはッ、照れてんじゃねーよバーカ。」

     ついこぼれてしまった、俺のその言葉は、県内トップクラスの足の速さを持つ後輩の耳には——きっと届いてなかっただろうけど。
     お前がお前でいてくれて、よかった。生まれてきてくれてよかった。出会えてよかった。今この世界にお前たちが存在していて、出会った頃から今でも俺を支えてくれているという奇跡に。ただただ俺は、感謝している。

    • 前へ
    • 3/4
    • 次へ
     Back / Top
    VERTEX