アイノカタチ(4/4)
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披露宴を無事に終え一度控え室に戻って新婦の最後のお色直し(化粧崩れやらなんやら)が済んだあと三井家、名字家の全員で、招待客を出待ちする準備をしていた。
会場の扉が閉まった先——その中からは最後のムービーが映し出されているのか大音量で花嫁がセレクトした曲が流れている。
披露宴に使う曲——もはや、何曲だったかすら覚えていないけれど俺たち新郎新婦側で用意して欲しいと担当者から指示があった。うわー、一番苦手な分野だ……と、思ったのも束の間、彼女が嬉しそうに曲選びを引き受けてくれたので、俺はそれに甘えて一切曲関連には触れもしなかった。そんな俺に、文句のひとつも漏らさなかった彼女だったのでさすがに「この曲どうかな?」と言う質問には毎回律儀にも「イエスorノー」ではあるが、ちゃんと意見は述べていたつもりだ。ただ、家の中でも車の中でも終いには風呂に入っている最中までも、ずっとラブソングなんだか、ウエディングソングなんだか知らないが、エンドレスでなんつーか、やけに甘ったる〜い曲が彼女のスマホから流されている生活をしばらくのあいだ送っていたせいか本気で頭の中がお花畑になりそうなくらい沸いていた時期があったことは否めない。
なぜそう思ったのかと言うと職場、湘北の三年生で有名なカップル(要は、先生方も公認)がいて、そいつらがまあ、ず〜っと一緒に、行動しているわけだ。
いつだったか見回りをしていた放課後、教室の窓から入る夕陽に心を洗われながら廊下を歩いていた最中、三年三組の教室から人の声がした気がして後ろのドアから覗いてみれば案の定そのカップルがいた。ガラガラー!とドアを開け放って、「こらこらー、もう下校時間、とっくに過ぎてんぞー」と声をかけた俺に振り返った二人が向かい合った席に座って、なにかを書いていた。
「……なーんだ、ミッチーかあ」
男子生徒のその言葉に「なんだとはなんだ」と言いながら近づいていけば、この時代には珍しい��こうかんノート�≠ニやらを広げていて、思わず笑みが零れた。
「……ほら、仲良く手繋いで帰れー」
と、揶揄い口調で言って開け放たれていた窓を閉めている背後でガタガタとしょうがなくという様子で立ち上がったらしいの二人が「みっちー、さよーならー」と、気怠そうに言い置いて教室を出て行った。不意に振り返ってその後ろ姿を見送ったとき、こともあろうに、その毎日聴かされている『名前セレクトソング』が脳内に響き渡ったってオチだ。……な、沸いてるだろ?参っちまったぜ、あのときは。
話しは戻るが彼女は曲選びをしながら「この曲歌詞がいいんだよね」なんて勧めてくるが俺にはさっぱり、分かるわけがねぇって話だ。
歌詞なんて今までちゃんと見たこともないし、それでも彼女に聴かされまくっていた数々の甘い曲のおかげでなんとなく彼女の好みがわかったりして、まぁ新しい発見もあったと言えばあった。なので、どの曲を選んだのかを勝手に自分の中でイントロどん!みたいに考えていた俺は、披露宴序盤の入場ソングが流れた瞬間に「あ、やっぱりこの曲にしたのか」と思ってしまったくらいには彼女の選びそうな曲を、ぴしゃりと当てることが出来た。そのとき、あらためて思ったけれど俺の趣味はどうやら昔と変わらずに彼女の観察らしい。あいつの好きな物を当てたりする瞬間は、宝くじに当たったみたいに嬉しかったりするから。
『——これよりは新郎新婦のお二人と、ご両家の親御様で皆様をお見送りさせて頂くお時間となります。お忘れ物などなさいませんよう……』
司会者が、会場内でそう進行している声がここまで届いて来て、途端に椅子から立ち上がる音が響き渡り、それに次いでぞろぞろと、扉から出て来る人を俺たちは列に並んで出迎える。その間も彼女が、俺の親と仲睦まじく話している光景が、なんとも微笑ましかった。
そのとき、ふと親父と目が合って、久しぶりに優し気な視線を向けられた瞬間。突如、俺の中の記憶——あの日、親父に言われた一言が、蘇って来た。
『 寿、おまえは本当にこれでいいのか。』
いままで親父から直接電話がかかってくることなどほとんどと言っていいほどなかったのに突然「一人で実家に来い」と電話口で言われ、時間を作って実家に向かった俺が家に着いてすぐ母親を横に座らせていた親父から言われた言葉だった。親父がそう言うのにはちゃんとした理由が明確にあったのだ。大学時代の後輩と結婚すると言ったあとの両家の顔合わせの際、向こうの父親が急に切羽詰まったように言ったこと——。
「あの……寿くんに、ここまでのことは……。」
楽しく話していた雰囲気が一変、シンと静まり返った空間で俺の親父がチラッと俺に視線を向けたのが目の端に入った。��ここまでのことは�≠ニ言う言葉の裏側に、結婚まですると言うのは、と言いたかったであろう、向こうの父親の気持ちが隠れているのは、その場にいた全員が瞬時に感じ取っていた。早い話が結婚までさせてしまうほど迷惑をかけるのは気が引ける、そんなふうに伝えたかったのだと思う。
そのとき、どんな会話で乗り切ったかは、はっきりと覚えていないが俺の親父が言う「寿、お前は本当にこれでいいのか」の言葉の裏に「自分の人生に責任を持っているか?自分の幸せはいいのか——」と、言われているような気がしたんだ。
高校時代、グレた俺に一度も声をかけてこなかった父親。バスケをやめたのか、学校には行っているのか、夜遅くまで何をしているんだ。おまえ本当にそれでいいのか——。そんな言葉ひとつもかけてくれなかった親父だったが言わなくとも、いつも親父の背中がそう語っているように見えていたこと、そして、それから逃げたくて足掻いていたことをふと、思い出す。
「 俺の人生は、これでよかった——。」
そんな気持ちが伝わればと俺が親父を見据えていると親父はフッとひとつ微笑んだかと思えば、そのまま視線を母親や花嫁の彼女、そして、その彼女の父親に戻しながら何事もなかったかのように楽し気に会話を続けていた。そんな親父に面食らって後頭部を掻いている俺に花嫁様がふとこちらに視線を送ってきて「どうしたの?」と訊ねてきた。「あ、いや……なんも?」と返せば彼女はすこしのあいだじーっと俺を凝視したあと、やっぱり綺麗に柔らかく微笑んで言う。
「……おつかれさま。」
って。こうやって自分のことなんか後回しで、一番に相手を思いやれるこいつを本当に愛おしく思う。いつもならすぐに髪の毛をぐしゃぐしゃと撫で回してやるところだが、綺麗にセットされている彼女の髪の毛に今日は触れてはいけないだろうと、上げかけた手を止めた。なのでそのまま、愛おしい彼女の頬を優しく抓ってみれば「え?」とあたりまえに困惑していてその顔が大人っぽいドレスに反して少し幼く見えて可愛らしかった。
そんなことをしていると、ぞろぞろと招待客が俺たちの目の前に来て挨拶やら握手を交わしはじめる。湘北の現、校長に「乾杯の音頭ありがとうございました」と言って握手を求めたとき彼女を見ながら「綺麗なお嫁さん、もらいましたねえ」なんて言われて「ハイ」と柄にもなく照れ笑いを返す。しかし彼女が、俺の隣で「いつもお世話になっております」と慣れたよう言って頭を下げたので、一応それにならって俺も、ぺこぺこと頭をさげた。
次いで安西先生だ。高校時代から彼女のことも知ってるからか彼女を見て「昔のまんまですね、お綺麗ですよ」と普通に言ってのける先生の姿にこれまた面食らう。俺は数年後、いや数十年後、この人たちのように気の利いた言葉をすんなりと他人に投げ掛けれるようになっているのだろうかと、謎に自分の将来に不安を抱いてみたりした。
それから大学の頃の友人や、新婦側の招待客が来たとき「二次会参加するぜ〜!」とハイテンションで見送られた刹那、それを上回るとガヤ声に目を向ければ彩子や赤木の妹、堀田らと水戸たちが俺の親とか彼女の親と親戚かよ!ってばりに、仲良く話し込んでいた。そんな揃い組のガヤ芸人一行様がいなくなったあと、赤木や木暮、桜木、そして、現在スーパースターの流川が俺らの前に来る。意外にも一番初めに声を掛けてくれたのが流川で、あのころの、淡泊なまま大人になったであろうそのスーパースターに、「おめでとうございます」と言われて思わずきょとんと呆気に取られてしまった。
「流川。悪かったな、忙しいだろうに」
「や、大丈夫ス」
「見てるぜ、試合」
「ウス」
俺と後輩流川の会話に入って来た彼女が「流川くんは、二次会来れる?」なんて、世界の流川に気安くも声を掛けた。しかしそんな世界の流川のチラッと彼女を見下ろしてからすぐに視線を斜め上に移動させて「行く」と即答した姿に、思わず彼女と二人で、目を見合わせて笑った。
全員を隈なく見送った俺たち家族の前にすこし遅れて最後に来た奴——宮城が、今日の主役とも言える俺たちの目の前に来た。彼女に「二次会でゆっくり話そうね、今日は本当にありがとう」と握手を求められていて照れながらもそれに応えたあと横目で俺をチラッと見やった宮城。彼女との握手を解いて奴が「コホン」とひとつ、咳払いをする。それを見かねた彼女が俺の親や自分の親に「担当プランナーに挨拶しに行きましょうか」と言い、まだ会場内にいるであろう俺たちの今回の式の担当プランナーのもとへと全員を引き連れて行く。妻としての一番最初の大切な仕事を、すんなりとやってのけたその姿には、俺もさすがに、頭が下がる思いだった。
そんな中でいよいよ二人きりになってしまった生意気な後輩と、ようやく正面から目が合う。
「サンキューな。」
俺はニッと口の端を吊り上げて言ったあとに、右手を宮城に差し出した。「え?」と言葉にならない表情を見せながら目を見開いた後輩がすぐに同じように口の端を吊り上げて、俺の差し出した手を握らずに、パーン!と叩いてみせる。
「痛って」と痛くないけど大袈裟なリアクションを返してみれば「痛くねーっしょ」と宮城が吊り上げていた口を今度は尖らせて目をそらす。俺はそのままぐいっと宮城の右腕を引いて自身に引き寄せると、すぐさま肩を組んで、その肩をポンポンと叩いた。
「——ほんと、ありがとな。」
ややあって俺から体をゆっくりと離した宮城が「……ケッ」と、なんとも乾いた声を出す。
「なんだよ、こんくらい」
「あ?」
眉を歪ませて言ったその姿に高校時代、屋上で起きた、いや……起こしてしまった、こいつとの出来事が鮮明に蘇ってきて、思わず目を細めて、あの日——バッシュを蹴飛ばしてしまった、その後輩を、あの頃とは違う感謝と労いの視線を送りながら見下ろした。
「山王戦のほーがよっぽど緊張したっちゅーの」
宮城のその言葉に、一瞬だけ目を見開いた俺。途端に二人で目を見合わせて噴き出すとガハハと品なく笑い合ったのだった。
*
宮城の背中を見送った刹那、会場内からこちらに向かって来る、天使の足音が聞こえた。それに目を向ければ天使、もとい幼馴染がドレスの裾を持ちながら、駆け足でこちらに向かって来る。
まるでその姿が、あの童話——��シンデレラ�≠ンたいで、思わず頬が緩んでしまった。
俺が彼女のほうに体を向けて両手を広げてみせれば、なんの躊躇いもなくその腕の中へと笑顔で飛び込んで来た自分だけのお姫様を、しっかりと俺は抱き寄せる。
「ねえねえ、リョータくんとなに話してたの?」
俺の胸の中から、ひょこっと顔を上げた天使を見下ろしながら俺は「ええ?内緒。」と言った。
「あー! やっぱ付き合ってた疑惑だぁー!」
そう言って俺から体を離した彼女の手を握って繋げば、やっぱり彼女は躊躇うことなくその手を恋人繋ぎに握り返してくれた。まるで高校時代に戻ったみたいだな、と思った。
「は? まあ……そーいうことにしとくか」
「なんか寿、今日はほんと素直っ!」
「ああ? いつも素直だろうがよ!」
俺たちはそのまま二人で手を繋ぎながら、肩を並べて仲良く控え室へと歩いて行った。
健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも。
お前を愛しお前を敬いお前を慰めお前を助け、もう一生、この小さな手を放さぬように、この命あるかぎり、真心を尽くすことを誓います。
いつか、俺の顔によく似た男の子と、いつか、お前とおなじ泣き虫な女の子と。どんなことも、越えてゆける家族になろう。名前となら、生きてゆける。しあわせに、なろうな——。
ア
イ
ノ
カ
タ
チ 。
(——ねえねえ、寿。)
(あ?)
(ちょっと……耳、貸して?)
(ああ? なんだよ?)
(………あのね、)
(……ん?)
( 大好きだよ。)
( 俺は……愛してるぜ。)
※image song『 アイノカタチ/MISIA 』
※Lyric by『 家族になろうよ/福山雅治 』
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