今日も明日もただ、君が好き(4/4)
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結局あのあと雨に降られてしまい、ずぶ濡れになりながらマンションへと帰った。
「ただいま!」の声とともに、バタバタと中に入った俺は「濡れたから先、風呂入るな!」と、リビングにいるであろう同居人の彼女に向かって叫んで、急いで脱衣所に入った。そして数分後、シャワーを浴び終えて脱衣所に出れば新しいバスタオルと下着と部屋着が置かれていて思わず頬が緩んでしまう。それに着替えてリビングに入ると彼女がソファに座って、テレビを見ていた。
「おかえり。」
「ああ、ただいま。」
チラと不意にキッチンのほうを見ればキッチンテーブルには、俺のぶんの晩飯があがっている。あ?と思いつつ、声をかける。
「……え? おまえ、もう食ったのかよ?」
「うん。先に食べちゃったの、ごめんね。」
「あ、そう……?」
なにか、様子がおかしい……と思った俺が勢いよく、彼女の顔をソファの背後から覗き込めば、相手がバッ!と顔を背けた。そして「な、なに、びっくりした……」なんて言って顔を隠すように立ちあがったその腕を、俺がとっさに掴む。
その腕を掴んだまま彼女の目の前に移動したが彼女はずっと、顔を俯かせたままだった。そして彼女の耳が、すこしだけ赤いことに気がついて、もしかして……と嫌な予感が脳裏をよぎる。俺は余っていた手で相手の顎にそっと手を添え、無理やりにその顔を持ち上げた。すると案の定、嫌な予想は的中し、目を真っ赤にしていたその様子に俺は当然のように、慌てふためいた。
「——ど、どうした!」
言って、思わず彼女の目の前にしゃがみ込む。相手は、そうやって俺から情けを掛けられたからなのか、まるで箍が外れたように、瞼いっぱいに涙を溢れさせて始末には声も出さずにボロボロとその涙を零して泣き出した。
「……お、おい! な、なんで泣いてんだよっ、なんだよ、どうした!?」
両手で彼女の顔をそっと包み込み、親指の腹でその涙袋に溜まる涙を拭ってやるが次から次へと涙が待ちかまえていて、俺の指を彼女の水分が、容赦なく濡らしていった。
「腹でも……痛てぇのか?なんか無くしたか?」
「……っ、」
彼女は「違う」と言いたげに、プルプルと首を横に振る。しかし、俺はどうしたもんかと、混乱するばかりだ。こういうときに限っては、あの、水戸洋平に伝授してほしい。女の扱いとやらを。
「どっ、どうしたんだよ……?」
「ッ——、」
「誰かに、なんかされたのか?」
「……ッ、」
「なあ、名前。しゃべんねえとわかんねーぞ」
俺のその言葉にも相手はやはり、ぶんぶんと、首を振るだけでなにも言葉は発しない。けれどもよくよく観察してみれば、彼女の髪の毛がすこしばかり、濡れていることに気が付いた。頭を撫でつけるフリをしてその髪を触ってみると、やはりしっとりとではあるが、濡れている気がする……そんなことを思案している俺から距離を取るようにして背を向けて立った彼女が、ぽつりぽつりとようやく言葉を発した。
「わたし、自信が、なくなっちゃった……」
「……はっ? 自信?」
「私って、寿の大好きなバスケットのことなにもわかってあげられないし、」
「……」
「バスケに関してはその気持ちに寄り添うことも難しいのかも、って思ったの……」
「は……? おまえ。急に、なに言って——」
「わたし、見ちゃったんだよ、さっき。」
俺の言葉をさえぎった彼女のその声は、震えていた。弱々しくて、今にも消えてしまいそうだ。
さっき、さっき……。なんだ��さっき�≠チて。あ……。まさか——いたのか?あそこに。あの、水戸の店の近くに——。
彼女が、外で話していた俺たちの会話を聞いていたのかもしれないと、バカな俺の頭でも瞬時に思った。だが、髪が濡れていることがなによりの証拠だろう。マジかよ、いたのかよ、あそこに。
『奴の持って来た案はおもしれえよ、確かに。』
『あー、バスケ好きなんだなーって思えば、力になってやりてえとも、思うんだけどよ。』
『湘北の監督やってなかったら引き受けてたの』
『——あ?まあ、そうだな。やってたかもな。』
『……そっか。』
そして突如。あの日、二人のあいだで交わした会話と、最後に見せた、すこし寂し気に微笑んでいた気がした彼女の表情を思い出して、ただただ『やっちまった』と思った。きっと本人は、あれこれひとりで考えて悩んで落ち込んで……不安になってしまったのだろうな、って。
もっと周りを注意深く意識して言葉を発すればよかった。なんて俺は馬鹿野郎な男なんだ……とこちらが今度は落ち込んでいると彼女がゆっくり言葉を発した。
「傘——持っていこうと、思ったんだよ、」
「……」
「まだ水戸くんのとこいるんじゃないかなって」
「……」
「隠れてまで、会うくらいなら、さぁ……」
「……、」
「——っ」
「……名前?」
言葉に詰まってしまった彼女の名をそっと呼びかけるが、彼女は俺に背を向けたままでこちらを振り向く気配はない。俺は目元を緩めて、努めて優しい声音を意識しつつも、言葉をつなげる。
「——連絡、してなかったもんな。ごめんな?」
「……」
「水戸の店で偶然会ったんだよ。証人は水戸だ。疑うなら今この場で水戸に電話して、たしかめてくれたっていい」
「……」
「俺を説得しに行きつけの店、調べたらしいぜ」
「そこまでして……」
「ああ。俺に……バスケを教えてもらいてえって子たちが、いるんだとよ」
「え……?」
彼女がわずかに、顔だけをあげた。それを見て俺は未だしゃがみ込んだままで彼女の手を引き、向かい合う体勢を取らせる。そうして彼女の顔を覗き込み、子供をあやすような声音でつづけた。
「だけど、ちゃんと丁重にお断りした。もう……諦めるって言ってたしな、向こうも。」
相手は自分自身を納得させるかのように何度か小さくうなずいていた。そして、俺とは目を合わせぬまま、うつむき加減で口を開く。
「ほんとは……ほんとはね?」
「ん?」
「きょう、言うつもりだったの。」
「きょう——言うつもり?」
「うん……プロポーズの、返事。」
「きょう、って……あ! まさか——!」
「ん……寿の誕生日に、お願いします、って……言うつもり、だった。」
「……。」
俺はいつでも——相手さえいればいいんだとは言わない。こいつとだったらいつでも良かった、結婚時期なんて。うまく言葉にできないけれど、本当に俺は、おまえのことを……
「——別れようよ。」
「……は?」
「わたしたち、別れよう」
「おい、わ、わかれるって……なんで、だよ?」
まさかの発言に俺は、しゃがんだままで彼女の顔に手を伸ばそうとしたが触れるまえに伸ばした手に拳を握って自分のほうへと引き戻した。そうして俺はそのまま、頭をうな垂れさせて言った。
「おまえ……別れる別れるって、簡単に言い過ぎなんだよ」
「……、」
「逃げてんのは、俺じゃねえだろ……名前のほうだろうが……」
「……。」
俺が弱々しくも、そう言い切ると沈黙の空間に小さな音量でテレビからの音だけが、虚しく流れつづけていた。それにかき消されるような微かに発された相手の声が、俺の耳に届く。
「寿はさ……あのお嬢様みたいに、バスケットに命を掛けてる人と、一緒になってさぁ」
「なんで……。ンなこと、言うんだよ」
「さっき、一緒にいるとこ見たから、別れるって決めた、わけじゃないよ……?」
「……」
「無理にさ、一緒になったってきっと……不幸になるだけだよ」
「——俺は、」
「……」
「名前と、別れることなんて出来ねえ。」
俺はそう、はっきりと否定したあとゆっくりと立ちあがった。一気に、彼女と身長差ができる。未だうつむいている彼女の肩が——震えていた。俺は、彼女のつむじを見下ろす。すると彼女が、「嫉妬……とかじゃないの。」と、つぶやいた。か細く、弱々しい声で。
「もう、会ってるのを隠されてたからとか……、そんなのは、いいの。」
「……」
「そんなんじゃなくて、その……寿にはやっぱりバスケットを、分かりあえてさぁ?」
「……」
「おなじ話題で……盛り上がったりできる人が、いいと思ったんだよ。私が出した、結論なの。」
「……」
「今までにも実は、思ったこと、あったんだけどやっぱり、あらためて、そう——」
「名前。」
「……、」
「それ、本心か?」
相手の言葉をさえぎって且つ語気を強めた俺に彼女はなにも言い返してはこなかった。そして、うつむかせたままのその顔を上げることもない。
「本心だったら、俺の顔みて言えよ。」
「……、」
「言えよ。」
「……っ。」
彼女の手に触れようとすると、その俺の手を、彼女は振りほどき、そしてまた俺に背を向けた。俺は後ろから相手を思い切り抱きしめて言った。
「一緒になったら、不幸になるって?」
「……」
「俺は名前と一緒にならなかったら不幸になる」
「……、」
「名前は、違うのかよ?」
「……。」
彼女を抱きしめている俺の腕の上にぽたぽたと涙の雫がこぼれ落ちてくる。俺はそっと耳に口を寄せた。俺の短い髪が鬱陶しかったのか、彼女がやや首を竦めてみせる。そして俺はそのまま語りかけるように言った。
「名前ってよ……いつもほんと、楽しそうに笑うよな」
「……」
「名前の笑った顔見ると俺、仕事、頑張ろうって気持ちになんだよ」
「……もう、大袈裟、」
「お前の笑顔見たら、スリーポイントだってよ、何本だって、決められそうだ。」
「……」
「ずっと、一緒にいてえ。」
「……」
「だから、俺と……結婚、してください——。」
「……寿、」
ぽつりと俺の名をつぶやく彼女に、俺はフッと小さく息を吐いた。それから、はあ〜あ、と抑揚つけて、溜め息を吐き散らす。そうして彼女から体を離して、ややくちびるを尖らせつつ言った。
「土曜日、ちゃんと言うつもりだったのによ。」
「え……」
俺は彼女の肩をつかみ、そっと振り向かせる。俺の目を、真っ直ぐに見た相手と、ようやくこの瞬間に、目が合った。
「その髪型とか、ひでぇスッピンとか、なんとかって服とか、なんとかって、ネイルとか。」
「……」
「その笑い声に。お前のその笑顔に、俺はもう、何十年もまえから、夢中になってんだよ。」
「……」
「お前のだれ彼構わず優しいとこも、素直さも、意地っ張りなとこも、すこしずりィ愛嬌とかも」
「……」
「実は明るさの中に潜んでる影だって一つ一つがいちいち、俺に刺さるんだよ。」
「……、」
「——なあ、俺ってバカみてぇだろ?」
「だから……」
「あ?」
「そういうセリフ……似合わないってば。」
愛しすぎる彼女はなんともくすぐったいような顔をさらし、ついさっきまで泣き腫らしていた、その目元を細めて、綺麗に笑う。
「名前を想う気持ちだけで言えば俺はこの世界のなかで、第一位だぜ。」
「……寿、やめて。恥ずかしい、ってば……」
「あン? なんべんだって言ってやる。そんな、恥ずかしいだけの言葉だって耳が腐るほど言ってやるよ」
「……」
「おまえが、ウンって——うなずくまでな。」
「……え?」
「名前、」
「ん……、」
「俺と——結婚してくれよ。」
「……。」
彼女は俺をじっと見据えたあと、ゆっくりと、一度だけ大きく縦に首を振った。そんな姿がたまらなく愛おしくて二度と離れることのないように力強くその体を抱きしめた。そして、背中にその細い腕を回してくれた彼女の耳元に、くちびるを寄せて囁く。誤魔化さず、素直な気持ちのまま、真っ直ぐに「ありがとう、愛してるよ。」って。
そうしてすぐに、お姫様抱っこの要領で、その小さな体を抱きかかえた俺にあたりまえに驚いて「うお」と定番化した、なんとも色気のない声を発する、俺の生涯で唯一愛した、幼馴染の彼女。
「な、なに!?」
「あ?見りゃわかんだろ。ベッドに運ぶんだよ」
「はいっ!? ご、ご飯はっ!?」
「あとで食うよ。初夜のあとにな」
「しょ——って、バッカ……。」
呆れたように、浅く笑う彼女の顔を見つめて、俺は慈しみに満ちたように目を細めると、彼女の額にちゅ、とキスをする。
「寿……。」
「ん、」
「——誕生日、おめでとう。」
俺は一瞬、目を見開かせたあと「サンキュ」と微笑んで言い返し、彼女をお姫様抱っこしたまま今度はそのくちびるに、キスを落とした。
なにがあっても、二人でずっといられたらと、ずっと一緒にいたいと、そう思った。俺はもっと強くなれる。愛する、名前のためならば。
おまえがそっと、うなずく
瞬間
(
とき
)
に、はじまる。俺たちだけの、
物語
(
ストーリー
)
が——。
一生をかけて
愛する
と、誓うよ。
(——つか、言葉では言ってくれねえのかよ)
(……え、なにを?)
(あ? 返事。)
(ちゃんと、ウンって、うなずいたじゃん……)
(はあ!? 俺なんて、三回も言ったのにか!)
(あ〜あ……。それ、一生言われそう。)
(おぅ。一生言ってやる、死ぬまでな。)
※image song『Precious Love/EXILE ATSUSHI』
※Lyric by『 恋だろ/wacci 』
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