春の傲慢をくゆらせながら(3/3)
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「ねえ——水戸くん」
「んー?」
「ニケツ……出来なかったね。夢だったのにな」
「まあ。俺ら、チャリ通じゃなかったしなー」
「原付だもんね。たくさんバスケ見に行ったね」
「ああ」
「あのね……わたしも、好きだよ、桜。」
「そう」
「ねえ、水戸くん」
「はい、水戸です」
「第二ボタンちょーだい」
「え」
くれ、と言わんばかりに、右の手のひらを差し出した私に目を見開いて固まっていた水戸くんはすぐにハハハ、と眉毛を下げて困ったように浅く笑ったあと、真っ直ぐに窓の外を見た。その彼につられるように私も差し出していた手を下ろして窓の外を見れば、不意に風が吹いてきた。
ねえ。この風は……あなたですか?次の春も、吹きますか——?
桜吹雪が舞っている。それはまるで、桜が空を泳いでいるようだった。
すると突然、水戸くんの右手がぐっと窓の外に伸びて驚いている間も無くその手が私の目の前に持ってこられる。小首を傾げた私と、手のひらを開いて見せた水戸くん。そこには、桜の花びらが乗っかっていた。小ぶりで、鮮やかなピンク色をした、とっても儚い、一枚の花びらが——。
「これで、いい?」
「え……、なにが?」
「ボタンの代わり?」
そう密やかに言って彼はやっぱり眉毛を下げて困ったように笑うのだ。
私がどんなに手を伸ばしても、決して、つかむことのできなかったそれを、彼の手のひらから、そっと受け取り私は両手で大切そうに抱えこむ。そうして窓に背を預けるように体勢を変えた私は小さな声で、ぽつりぽつりと話し出す。さっき、彼が言っていた、話のつづきを——。
「ちょっと……でも、そう言うのさぁ?軍団とかそのへんには言わないの?」
「……」
「あっ、でもそれって、水戸くんのガチな悩み?それとも、ただの心の声?」
「うん」
「でも相談しても元気出してーとか、がんばれーとかって、言われて終わりだよね」
「……」
「みんな、おんなじこと言うの。そりゃあ、他に言うこと、ないだろうけど。」
「うん」
「……え、なんかそれやだね、腹立つね!」
……あ、やばい。わたし、声震えてるじゃん。
急に喉の奥が痛くて。気付いたら私は、泣いていた。声が震える。でも、止まらない想い——。
「がんばれじゃねーよ、って、思うよねぇ……」
「……」
「みんなして、頑張れ頑張れって言うけどさぁ」
「……」
「わたしはもう頑張ってるよ、もうとっくに限界なんだよ……これ以上どうしろってね。死ねってか?……なんて。」
「……」
「頑張れって言われて苛立つくらい、限界だよ、わたしは……っ、」
こんなに頑張ってるじゃんって。もう、頑張れないよって。なにを、頑張ればいいんだよって。だれもわかってくれないんだ。私しかわからないことなんだろうけど、って。ずっとその繰り返しだった。てか……さ? いまさら、だけどさぁ?「ミッキー」ってなに?「みっちー」って言ってるのかと思って、ドキッとしたじゃん。なんだよもう。ミッキーってさぁ、ミッキー、って……。
「……ごめん。結局なんの話してたんだっけ?」
「……」
「でも、ありがとね、逆に。なんか……言わせてくれて」
「……」
「水戸くん、もう屋上——」
無様に泣いてしまった涙を見られたくなくて、セーターの袖で、涙を拭おうとした刹那——肩を引かれた、と思ったら。私は水戸くんの腕の中にいた。びっくりして顔を上げようとしたらぐっと力を込められて私の動きは止まってしまい、彼の顔を確認することは出来なかった。
目の前に水戸くんの胸。校章。タバコの匂いとほのかに香る、ムスクの香水——。状況が、よくわからない。
「こうしたら見えない」
「……え、なにそれ。ドラマの見過ぎ水戸くん」
「名前さんのプライドっていうか、ポリシーには反するかもしれないけどな」
「え……?」
「最後だもんな、もういっか。今日だけ特別。」
水戸くんはぽつり「泣くことは、負けってことじゃないと思うぜ」と囁くように言った。私の、頭の上で。
「泣きたいときくらい、泣いてもいいさ。」
「……」
「泣きたいと思う自分を、泣く自分を、許してもいいんだ」
「……、」
「それくらい許してあげないと壊れちゃうと思うよ。とくに、名前さんみたいなタイプはな」
「……っ」
ずるいよ、水戸くん……なんで、いまなの。
今日、卒業式なんだよ?私もう、明日からは、ここには来ないんだよ?なのに……どうしろっていうの。
でもね、本当はね、わたし……こうやって水戸くんに、慰めてもらいたかった。彩子やリョータくん、桜木くんに流川くん。晴子ちゃんも、私の幼馴染の、寿だって。みんなには、いつだって、バスケットがあった。もちろん私も一丸となって応援した。あのときの気持ちに嘘はないの。でもやっぱりたまに、みんなを遠くに感じたりしてたのも事実で。
「——っ、」
「……ヨシヨシ。」
そんなとき、いつだって私と同じ立場で、同じ目線で見ていてくれた人——。支えてくれた人、水戸くん……。
遠くを見つめて溜め息をごまかしても、そんなときはそっと気にかけてくれた。いつも触れない距離にいてそれでもいつも強くて、いつも優しくて。出会ったころも、いまも変わらずに見守ってくれたから。でも、もう本当にお別れなんだね。明日からはこうして甘えられる場所はなくなってしまうんだよね。
彩子やリョータくんのことは、もちろん大好きだし、親友だって思ってる。でも、水戸くんとはもっと違うなにか……恋ではない、なにか特別な存在だと互いに思ってた、なんて言ったら、おこがましいかな。
「……水戸くん、脚本家でも目指してるの?」
「はは、いいやー?」
「なれるよ、たぶん」
「名前さん」
「ん……?」
「……寂しくなるよ。」
「……っ、う、ん——っ」
語尾が震えた。必死に声は出さないようにって思いながら泣いた。水戸くんの学ランが、びしょびしょになっても、バカみたいに泣いた。
彼が甘やかしてくれるって遠回しに言うから。散々甘えてやろうと思ったんだ。気が済むまで、泣いてやろうって思ったんだ。でも今までだって散々、甘やかしてくれたから……これが、最後。水戸くんに甘えられるのは、本当にこれが最後になるんだよね。でも秘密にしてね。お願いね水戸くん。私が泣くのも、あの人以外の胸を借りて、泣いたのも、ぜったい、だれにも言わないでね。約束ね。
楽しかったよね。幸せ、いっぱいだったよね。寂しいね。最後まで、本当にたくさん、たくさんありがとうね——。
水戸くんはなにも言わずに、ずっと頭を撫でてくれていた。最後まで本当にごめんね、私はただ疲れただけなんだ……休んだら、また走るから。いまはこのどうしようもない私を許して下さい。
言葉はいらない。すべて、わかっているから。いまだけ立ち止まることを許して下さい。そしてこれは二人だけの秘密にしてください。こうして水戸くんの胸の中で泣いたことも、一緒に教室を出るまえに、水戸くんが描いたミッキーの左顎に赤色のチョークで傷を描き足して、二人してクスクス笑い合ったことも——。
「タバコ行く? 付き合うよ?」
「ははっ。ダーメ、いい子はもう帰る時間よ。」
「あー、バカにしてるー!」
「えー、してないしてない」
水戸くんにこそ聴いてもらいたかった。そして言ってもらいたかったのです。��泣いたっていいんだ�≠チて。そうして私はずっとこうして彼から抱きしめてもらいたかったんだ。
守られてた日々が、一緒にいた日々が、たとえ思い出に変わっていっても、私のヒーローはただひとり——。
白馬に乗った王子様なんかじゃなくて、桜色の原付バイクに乗った水戸くん……あなたでした。
切り捨ててきた
報
いと
想
い。
(初めて言われたよ。先輩からボタンくれなんて)
(じゃあ来年の卒業式に、もらいにくるから)
(ははは、鬱陶しい卒業生扱いされるぞー)
(いいじゃん。死守しといてね、ぜったい!)
(んー、それは約束できません)
(え〜、ケチっ!!)
※ image song『You're my HERO/EXILE ATSUSHI』
※ Lyric by『 風/コブクロ 』『 サクラ/絢香 』
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