曖昧すぎて壊れやすくて(2/4)
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13歳、初夏
― 13歳、初夏 ―
——ある日のこと。その日も朝から雨だった。
放課後、雨がやんだ窓を開け、静かに吹く風を受けながら窓際の自分の席に座って窓枠に頬杖をつく。すると、真下でバスケ部がランニングしている姿が目に映った。
スーと息を吸ってそれを吐く。なによりもそのまっすぐな姿勢、凛とした姿と、元気いっぱいに響く掛け声。チームメイトに時折見せる笑顔から覗く犬歯の可愛らしさに、私は見惚れていた。
バスケ部員の姿が見えなくなったとき、ハッと我に返り急いで教室を出て、生徒入り口へと向かった。素知らぬふりで靴を履き替えているとガヤガヤと運動部らしき団体様の声が聞こえてくる。
「ふぅ〜......ん? あっ——名前?」
「あっ、寿。たまたま、かっ、帰るのごめん。」
素知らぬフリとか思いつつも支離滅裂なことを言う私に対して幼馴染の彼は「は?」と大袈裟に首をかしげてみせる。しかし、いつまで経っても目を合わせずにいる私を不審に思ったらしい彼がすこし目を細めてから、腰に両手をあてて中腰になり、こちらの顔を覗き込みながら言った。
「はは〜ん、なるほどな〜ずっと見てたのか?」
「え?」
「三井様のランニングする姿を。教室の窓から」
「う、うん。」
と、珍しく素直に肯定すると彼は驚いたのか、やや目を見開いた。それでもすぐに、その目元を柔らかく緩めて、つぶやくように言う。
「そっか。ちょっと……恥ずかしーよな。」
「……」
「……帰んのか?名前は。」
「うん。寿は、まだ部活?」
「うーん。今日は監督がいなくてよ、自主練の日だからなぁー。そろそろ終わろっかなって。」
「……へ、へぇ。」
そのとき他の部員から「三っちゃん行こうぜ」と声がかかった。それに反応した彼が「おう」と短く返して私に「じゃあな」と言い置き、部員のあとを駆け足で追って体育館のほうへ行ってしまった。気づけばその場には私と、なぜか同級生のみょうじくんの、ふたりきりとなっていた。
彼はずっと、グラウンドのほうに視線を向けていた。なにか、声をかけたほうが良いのかと考えあぐねている私を置き去りに彼がぽつりと言う。
「朝からの雨でグラウンド、だれもいないね。」
「え……? うん、だね……。」
当然それ以上、会話はつづかなかった。私は、肩からかけていた体操着の入った流行りのキャラがプリントされているショルダーバッグを反対の肩に掛けなおした。
「グラウンド、誰もいないね」と言った彼にはグラウンドがなにか、関係することがあるのかと不思議には思ったがとくに盛り上がる話題もなかったので、ここは、こちらから先に退散しようと思い至った。
「——そ、それじゃあね。」
相手にくるりと背を向けて一定の歩幅で、その生徒入り口を潜り抜けたときだった。「あの……さぁ、」と、あまり聞き慣れない同級生の声が、私を追い越していったのは——。
「名字って……カレシとか、いる?」
突然のことで私は相手に背を向けたままで唾を飲んだ。男の子からストレートに、そんなことを聞かれたことがなかったためなんて言えばいいのかと、すこしばかり混乱した。ただ当然のごとく答えは決まっていた。
「い、いまは……いないよ?」
私はなぜかすこしだけ強がって言った。普通にいないとだけ言えばよかったと、すぐに後悔したけれども。だが、それもこれも後の祭りである。
「ふーん……。じゃあ、好きな人は?」
「えっ!す、すきな人?……そ、それぐらいは、いる……かなぁ。」
「へー!そうなんだ!だれっ? だれ?だれ?」
「え、えっ……?」
いつもはもの静かな同級生の彼はちょっとびっくりした様子を見せながらも笑みを浮かべて興奮気味に、そう聞いてきた。普段は見たこともないその表情に私は言わずもがな少し驚いた。いや、すこしどころでない。心臓は今月イチでドキドキしていて、制服が鼓動にあわせて動いているのが相手に見えてしまわないかと心配になるほどだった。しまいには、胸がいっぱいになって、すこし変なことまで考え始める始末。もういっそのことだれかにぜんぶを言って楽になりたいな、って。
「え、……内緒だよ。言えるわけないじゃん。」
「あー、そっか。言えるわけないってことは俺も知ってる人ってことかぁ〜」
「……! さ、さあね……」
「——で。それは……だれなの?」
「だから内緒っ!言えるわけないじゃんって!」
私の大声にも彼は満面の笑みを浮かべていた。おそらく自分の予想していた通りの展開になったからだろうと思う。
そう。きっと彼にはバレている。私が彼の属している部活のキャプテンを好きだということが。しかし私はそのおかげでか、ちょっとだけ冷静になれた気がした。ただ今度は頭が混乱し始めた。なんともまあ、忙しない脳みそである。
「言えないってことはさぁ、俺も知ってる人ってことなんだよね?」
「そ、そうだよ……。あ、いや!……んー、でももしかしたら、知らない、かも……?」
彼はそう言った私を、なんとも満足気な表情でみつめていた。私がその視線から逃れるように、すぐに目を逸らしたのをみると今度は、生徒入り口とは反対側の、体育館のほうを真剣に見ながら彼は言った。
「……いつも帰りに、ここから体育館を見てさ、その人のこと、心の中で応援してたでしょ。」
「……!」
「一生懸命走って、自分もつらいはずなのにさ、俺たち仲間に、たくさん声をかけてくれて……」
「……、」
「みんなのことを引っ張ってる姿をみて、自分も頑張ろうって……そう、思ってたんじゃない?」
「……。」
「わかるんだよねー。俺も、そうだからさー。」
「え——。」
雨雲は去り、うっすら遠くの方で虹がかかっているのが見えた。グラウンドの水たまりが太陽の光を反射させて辺りをキラキラと光らせている。そんな幻想的な風景を独り占めするかのように、凛として立つその姿に、私は言葉がでなかった。なんとなく、だれだか一瞬わからなくなったその同級生の彼に私はかなわないなぁなんて思った。
「——ねえ、知ってた?なんか、名字と三井先輩って、付き合ってるんだってさ?」
「……。っ、な? えっ? どういうこと!?」
「あははっ。そうやって噂されてるんだって〜、陰でさ。まったく仕方ないよねー、みんな。」
「あ、そういうこと……。知らなかった。どうせバスケ部の連中とかが勝手に、ありもしないこと言ってるだけでしょ?」
「うん……。本人が噂、流してんのかもねぇ。」
「え?」
最後、うまく聞き取れなかった私であったが、彼は「ううん」と少々困ったふうに小さく笑って先ほどランニングから帰ってきたときのような、真剣な表情に戻した。
「おーい!みょうじ〜、ここにいたのかよー!」
そのとき、二年生の同じバスケ部の子が迎えにきた。私は安定で気まずくてそちらを振り返りはしなかった。それでも彼はなにもなかったような顔つきで「あー、うん」とか言い返している。
「雨あがったから、新しく届いたボール、取りに行ってこいって〜。キャプテンがー!」
バスケ部の子はそう声を張りながら素早く靴を履き替えて、颯爽と生徒入り口を出て行ってしまった。またもや取り残された、私と同級生の彼。第二弾——ここはこちらから先に、退散しようと思い至った。
「じゃ、じゃあみょうじくん、練習頑張ってね!」
「うん。名字も気をつけて帰ってね。」
そう言った彼の表情はなんとなく先の時よりもより真剣で、なにか覚悟を決めたような、そんな眼差しだった。私はもう一度小さく「じゃあ」と言い置き、生徒入り口をあとにした。
背後——彼たちの会話はもちろんのこと、私の耳には、届いていなかったけれども。
「なあ……みょうじ。あれって名字だよな。」
「うん」
「クラス違うからなんか、久しぶりにみたけど、あいつ、あんなに可愛かったっけ?」
「さあ。」
「おいおい、さあ?ってなんだよ。あれっ?てかお前らって、付き合ってたんだっけ?」
「いや……付き合ってない。怒られちゃうって、三井キャプテンに。」
「あー、それもそうかっ!」
彼とはあれ以来、あんなふうに恋愛の話はもとより会話すらも、とくにはする機会がなかった。
というよりも、もともと別のクラスだったから直接話したのも私が転校するまでに一回あったかなかったくらいだ。それもよく、覚えていない。ただなんとなく気になって、すれ違うときに目で追ったりしたことはあった。けれども向こうから話しかけられることもなかったので、こちらから話すこともしなかった。
いま思えばあのころ——どれだけ幼馴染の彼に思いを寄せていたのか、果たしてあれは、本当に片思いといえるのか、とっても疑問に思うところではある。
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