曖昧すぎて壊れやすくて(4/4)

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     たしか——高校の同窓会は駅の反対側の居酒屋だったはず。
     武石中の同窓会を終えて、OBの会にはあたりまえに参加せず今日くらいは実家に帰ろうと思い立ち、父に帰る旨を連絡した。
     実家まで帰る途中、雪は止んでいたが、道路は凍っていて私は何度も転びそうになった。そしてなんとなくお腹が空いたなと近くの牛丼屋さんに入った。成人式の今日は店の中はがらんどうで、持ち帰るのも面倒だなぁと、高校時代、あの一個下の後輩、四人組とよくしたように久々に店内で食べることにした。

     あのころは並盛を注文しても結局ご飯を残してしまう私であったが残りはいつだってあの四人のだれかが、きれいさっぱり片付けてくれていた。
     今日はその��並盛�≠�しっかりたいらげて店を出たところで、誰かから着信が入る。携帯電話を見ると相手は高校時代の親友からだった。ハァと思いがけず出てしまった溜め息のあと、私は渋々その着信を取る。

    「もしもし……?」
    『——あっ、ん? ごめん、ちょっとうるさくて聞こえない! 外出るからちょっと待って!』

     相手は急いで店を出たようだった。私は牛丼屋の外、ほかのお客さんが入ってきたときに邪魔にならない位置に移動して壁に軽く背をあずける。

    『——もしもしっ? 名前?』
    「……うん。」
    『アンタ——は、——なのぉ〜?』
    「……ん?」

     まだ、ちょっと聞き取りにくくて、よく相手の声が聞こえない。私はまた溜め息をつき、携帯をあてがっていた耳を反対側に変える。

    「……もしもーし? 彩子ー?」
    『だから!——ほうに行ってるって!もしもし?もしも——・・・』

     そのまま、彩子からの電話は切れてしまった。私は本日何度目かわからない溜め息をつき、携帯電話をコートのポケットへとしまった。そのとき目の前にホットコーヒーの缶を持ったずいぶんと見知った顔が、きょとんと突っ立っていた。

    「お〜? アネゴがどうしたー?」
    「え——っ。の、野間……くん、!?」
    「おう、久しぶりだなァ。」
    「……う、うん。」

     野間くんは手に持った缶コーヒーを両手で握りしめながら、顎で「あっち」と言いたげにお店の脇にあるベンチを促した。そして、さっさと先に歩いていってしまう。なので、私もとりあえず、それに着いて行くことにした。彼は早々にそこに腰を落ち着けたが、はたしてその隣に座っていいものか躊躇って私は野間くんの横、牛丼屋を背にして正面を向いたままで立っている次第である。

    「ちょっとあったかい飲みモン飲みたくてよー、出てきたまでよ……。」
    「……」
    「姐さんも、行くんだろ? 湘北の同窓会。」
    「……う、ううん。さっきまで、中学のほうに、顔出してて……」
    「ほー、そうかい。なんつーか、一個一個の話がタイムカプセルみたいだっただろ〜ぅ?」
    「……う、うん。だね。」
    「ただの昔話でもよぉ、キラキラ輝く宝物になるってもんだぁ……なーんつって、な。」

     彼は、ベンチの隅に座りなおした。そうして、どうぞ?と言いたげに手のひらを出して私を横に座るように促す。二人、すこしだけ距離を取っておなじベンチに腰を下ろした。

    「だれとだれが付き合ってるーだとか、あと好きな人がどーとかって話してたんだろ〜?どーせ」
    「ふふっ、そうそう。」
    「そーいや姐さんが三年の頃、そんな話したな」
    「あー、したした。懐かしいね。あと桜木くんと晴子ちゃんの行く末とか語ったよね、たしか。」
    「おー。語ったなァ〜そういえば。……そっちはどうなんだ?」
    「……いるよ、好きな人。」
    「へえ。それ、ずっと好きな人なのかァ〜?」

     ぴゅうと一瞬強い風が吹いたが野間くんはちっとも動かなかった。いや、頑張って耐えたのかもしれない。わからないけど。ただ、おかげさまで私のほうに風はあたらずに済んだ。

    「うん。まえからずっと変わってないよ。私の、好きな人。」
    「そうか……向こうも、変わってねーだろな。」
    「ん?」

     なんだか二人の会話がかみ合っていないような間が流れた。私もきょとんとした表情で隣に座る野間くんを見た。野間くんは寒そうにコーヒーを顰め面で飲んでいて、こちらを一瞥もしない。
     そんな彼の横顔は、一歳しか歳の差はないはずなのに、なんだか今日だけは、やけに大人っぽく見えた気がした。時の流れを感じる。

    「ずーっと遠くから見てて、話せる機会はねーかって、待ってんだろうなぁ〜。きっといまでも」
    「……」
    「だから——姐さんの卒業式のあン時も、もしかしたらって思ってアイツ、教室に行ったんだな」
    「……え、待って。」
    「おン?」
    「だ、だれの……話、してるの?」
    「……」
    「——み、と……くん?」
    「うん」

     良かれと思ってやったことが、ぜんぶ、裏目に出つづけることってほんとうに、たくさんある。『不器用な二人が、周りに愛されながら成長していくのが良い』って……いつだったか、あのリーゼントの後輩くんが言ってくれたことがあった。
     ほんとに彼はいつだって自分のことは語らずに周りのことを優先する。そんな、思いやりにあふれる��いい人�≠セった——いや、救世主だった。

    「で、いつからよォ〜?」
    「え?な、なに……が?」
    「洋平と連絡とってねーの」
    「……、」
    「……」
    「高校——卒業してから。」
    「……ふはっ、なげ〜だろ」
    「う、うん……ながいね。」

     ずっと友達でいたかった。そうしたら、なんの約束もいらないから。君の、友達でいたかった。雨の日も、晴れの日も……。

    「正直……会ってなかったからわからないけど」
    「おー」
    「水戸くんのことを思うと、わたし……」
    「……」
    「胸が苦しくなるほどドキドキして……ずっと、頭のなかでも、考えてた。」
    「……ほぅ。」
    「この感覚ね?高三のときも、たまにあったの。でも……知らんぷりしてた。」

     キラキラと光る思い出の宝物は、いまでも私の心の中にしっかりと残っているはずなのに——。

    「ほう……」
    「……うん」
    「そりゃー、姐さん……」
    「……」
    「洋平のことが、好きだったんだぜ、きっと。」
    「え——っ」
    「困ったな」
    「……わ、わかんない。違う、ぜったいちがう」
    「んー。じゃあ——特別に?洋平の好きなヤツも教えてあげましょう。」

     野間くんはなんだかスッキリしていた。そして期待いっぱいに私のほうを見た。私はハッとして自分の発した発言を思い返し、待ったをかける。

    「いいっ!それよりさライン!交換しようよっ」

     矢継ぎ早に言った私に野間くんは、ニヤリと、口角を吊り上げて笑った。今日も、そのトレードマークの口髭は、綺麗に整えられている。
     今朝からの雪はすっかり止んでかすかに残った雲の隙間からは、三日月が輝いていた。


     *


     同窓会を終えて帰ったころにはすっかり、夜の二十一時を回っていた。しかし、久しぶりに会う友達たちはなんら変わっていないようでその実、自分が知っているときとはまるで変わっていた。その変化が、自分に時の流れを感じさせるようですこしだけ、寂しい気持ちになった。
     中学三年に進級するタイミングで地元を離れた私からすると、卒業から成人式までの数年は長く感じるようで短い年月。それは青少年が変わっていくには十分な月日のようでいてかつての友人はそこにはいなかった。

     私の他にも上京した友人たちなんかは、やはり都会に染まっていたし、上京せず地元に残った子たちも、自分が知らないところで知らない人生を歩んでいた。かつての思い出話に花を咲かせながらいまの話をしたりする。そうすることで浮かび上がるかつてと現在(いま)のギャップ。そのギャップが私をとてつもなく苦しめた。自分はまるで変化のない人間だなと。怠惰で堕落した生活が好きで、変化を好まない。本心では地元に残っていたかったのも、そういった理由からだった。だから自ら上京して自分の夢に向かって頑張る友人や自分が知らない面を持つ友人を見ると、焦りを覚えた。
     しかし、それもこれも。もう、終わった話だ。なんとか無事に同窓会を終えて、ひとまず安堵はしている。

     かじかむ手を擦りながら、ようやく実家に到着すると玄関先に茶色い紙袋がぽつんと遠慮がちに立てかけられていた。
     おもむろにそれを拾い上げて、中を覗き込む。するとそこには、なんとも瑞々しい生花の黄色いバラの花束が——


     「いち、に、さん…………、え——?」


     13、本……? 黄色いバラが、13本——。
     あっ……と、ふと思い出す。卒業式のあの日。あのとき、あの一輪の花、ひまわりの造花の花はきっと幼馴染の彼がくれたものだとばかり思っていた。その間違いに、いまようやく気がついた。だって、よくよく考えてみればあのガサツな男がそんな粋なことするもんか。だとすれば、そんなことができる相手は、ひとりしかいない——。
     ぐるぐると走馬灯のように、いままでの自分の人生が頭のなかを駆け巡る。『自分はこのままでいいのだろうか』と『かつての自分は今の自分を見て恥ずかしがらないか』と。そんなとりとめのないことばかり考える。

     『さよなら』と言えていたらきっと、もっと、かんたんに、忘れられたのかな。
     それでも、もしまたいつか会えるときには、『ありがとう』と言えるように、なっていたい。いつものように言えたらきっともっとかんたんに笑えたのかな。もし、またいつか会えるときにはいつものように、笑って言えますように……。

     成人式。それは、大人の仲間入りをする式典。人と成り、社会に出るための準備。自分は大人になれただろうか。
     たとえ、なれたとしても、まだなれていないとしても、ただひとつだけ、言えることがある。
     君に出会ったあの日のことはいまでもずっと、わたしのなかの大切な宝物だということを——。










     見えない ライン の、あちら側。



    ( あれ——寿じゃ、なかったんだ……。)


    ※ image song『 フレンズ/大塚愛 』
    ※ Lyric by『 Dear/福山雅治 』

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