僕は君ひとりだけの味方(5/8)

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     16歳——春。水戸くんとは、終わった。
     あれから約一ヶ月。もうすれちがっても、目も合わせないし、口もきかなくなった。

     二年生になってクラスが分かれたら心機一転、新しい生活がはじまるんじゃないかって夢見てたのに、つくづく私って、運がない女だ。
     16歳、初夏。水戸くんとあの三井の元カノが付き合っているらしいという噂が耳に飛び込んできて、私の夢見た華の女子高校生生活は静かに、幕を下ろしたのであった。





     *


     その言葉は、俺をかんたんに誘惑する言葉で。その内容は男である俺を、かんたんに了承させるものだった。
     そして彼女のその一言は、俺の人生の序曲(プロローグ)のはじまり——。

    「──いいよ、抜けよう。」

     すこしだけ酔っていたのかもしれない。きっと場酔いだったのだろうと思う。あと感傷に浸ってくだらない過去を思い出したりしていたからだ。そうじゃなきゃぜったいにこんなこと言えなかった。しかもこんな��負の遺産�≠セらけの相手に。
     しかし、そんな男である俺の下心が見え見えの言葉を聞いた彼女はこう言った。

    「ふふっ、決まりだね。」

     と——。そしてなんとも心の底から喜んでいるような笑顔を見せたのだった。とりあえず抜け出して二人きりで二次会をするのはいいけど何処でする気なんだ?と頭の片隅、まだいくらか残っていた冷静な部分ではぼんやりと、思ってはいた。

    「——きょうは、お泊りだね。」
    「……、」

     なんて思っていた時期が僕にもありましたよ。中学生のころ、異性やセックスといったことにも興味を持ちはじめてそういった��大人らしさ�≠ノ触れるようなことに対して、激しいまでに憧れていた、あの時代に——。
     そんなくだらない俺の思考を置き去りにして、目の前にそびえたつのは、立派なホテル。中学のころ、一度は入ってみたいなーとか思ったこともあったかも。そして、記憶にも残らないだれかと入ったりしたなぁ、なんて。だけどまさか今日があんな、ガキの端くれだったころの記憶とかぶることになるなんて夢にも思っていなかったって話なだけ。
     いわく��カップル�≠ェ訪れる場所で。いわく、ビジネスホテルよりも安く。いわく、言ってしまえば愛を育む場所──ここ、ラブホテルじゃん。

    「……水戸くん、どうしたの? そんなところに突っ立ってて。」
    「……」
    「ねえ、はやく中に入ろう?」

     優しく語りかけてくる彼女。いろんな意味で、手足の震えが止まらない。ほんといろんな意味で臆病風に吹かれる。
     なんていうか俺、そーいうのは、さ?ほら——��同級生�≠ニか足の付きそうな近い人とはしない主義なんで。知った顔の相手なんかと経験したいとも思ってないし。いや、思ってたか?ううん、思ってない。ぜったいに思わない。だって、俺という生き物は生まれてこのかた、めんどくさいのだけはお断りで通ってきてますんで。流された?この俺が?それにしてもなんなんだ、このシチュエーション……。

     成人式に参加したら、過去の汚点と抜け出してラブホテルにお泊まり。どういうことなんだよ。
     だが、男の体というものは正直なもので自然と足を運ばせる。もちろん、いろんな意味で震えは止まらなかったけれども。


     *


    「ん……、」

     意識が目覚める。目を開けば、世界で一番会いたくなかったはずの子の寝顔が視界に入る。
     すぅ、すぅ、と。規則正しい寝息が聞こえる。その光景を見て昨夜のことが鮮明によみがえる。いや、鮮明か?あまり記憶がないような。ああ、なるほど?盛られたのか、薬を。きっとホテルで飲んだアルコールかなんかに。やや頭痛がするということは鎮痛薬か睡眠導入剤とか、そのへんだろう。高校時代の彼女とのことを思い返し、まぁ根に持たれているのは否めないと、早々に展開を予想し早々にあれこれ考えるのを諦めた。兎にも角にもあのまま結局ホテルに泊まることになってしまったらしい。視線をふと下に向ければ女性の谷間が見える。それと同時に自分がこともあろうに腕枕をしていることに気が付いた。普段はしないはずなのに。あーあ、柄じゃねえって。ほんと薬の力ってこわいこわい。ハァと思わず重苦しい溜め息をこぼして相手を起こさないようにそっと腕を引き抜く。

     ありのまま自身に起こったことを話すと俺は、本来行きたくもなかった成人式にとりあえず参加した。それからいろいろあって過去イチ会いたくない相手とホテルで一夜を過ごすことになった。なにを言っているのかわからないと思うが、俺もなにを言っているのか正直わからない。頭がどうにかなりそうだ。『償い』だの『わかりみ』だのそんなチャチなもんじゃない。もっと恐ろしい、片鱗を味わった気分だ。

    「あーあ......。こんなことになるなんてなぁ。」

     くだらないことを思いながら��償い�≠フ意味も込めて、彼女の頭を優しく撫でた。サラサラしていてずっと触っていたい。相手が……この子じゃなかったらの話だけど。しかし女の子ってすごいよな。ただの髪なのにここまで手入れをしていることに驚きだ。
     唯一の救いは少なくとも俺が初体験の相手ではないということは分かっているということくらいか。しかしよりによってこんな成人式の日に——

    「……汚点、濃くしちまってるっていう、ね。」

     しかも、使用済みのゴムが無い気配。つけずに中に出したってことか?いや、記憶はあいまい。でもそんな失態を犯したことなんて、いままでにだって一度もない。それなりに遊んできたほうだとは思うけど、だがそこだけはちゃんとしてきたつもりだ。でもこれってなんかやばくねーかな。いや、彼女と結婚する予定だったとかならべつにいい。むしろその場合なら一般人とかは歓喜するレベルであろうか。知らんけどさ。

    「はァ……、笑えねーって。」

     けれども問題はそこではなく、まずは、経済的理由だ。もしも子供が出来たら責任は取るけど、そのぶん教育費とかで金がかかるだろうし。貯金だって、そこまで多いわけじゃないしなぁ……。

    「んんっ……!」

     昨日のことをすべてなかったことにしてしまいたいと、ひとりで悶えて頭を項垂れさせていると相手がゆっくりと目を開けたようだ。

    「あれ……? みと、くん……」

     まだ寝ぼけているのだろう。眼がどこか虚ろに見える。とりあえず、挨拶してみることにした。

    「おはよ。」
    「ん……。おはよう、水戸くん。」
    「……、」

     ——えっ。普通に、挨拶されたんですが……?と、いうことは。相手にはしっかり記憶があるということだ。なんだかやっぱり気まずくて俺は、彼女に毛布をかけなおして、ベッドから降りた。

    「あっ……」
    「……ん?」

     振り向いてみると俺の体を見て恥ずかしそうに「い、いや……」と声をこぼす彼女。そして少しだけ顔を赤くしていた。えっと、つぎはなんですかね、いったい。成人式マジックに引っかかったうえに、たぶん、薬を盛られてワンナイトして、もう驚くことはなにもないですよ、こちらは……

    「着痩せするタイプだもんね、水戸くん昔から」
    「へ?……あー。そう、かもね?」
    「あいかわらず、たくましい体だなーと思って」
    「え? ああ、そう?」

     あ、あいかわらず、とは——?まあ、いいか。昔から鍛えてしまう癖が抜けず、いまでも体にはそれなりに気を遣っているし、居酒屋なんか体力勝負なところがあるし意外と体を動かす仕事だ。昔みたいに喧嘩で鍛えなくてもいまではバイクもその類だが日頃から重いものを持ったりするので自然と足腰と筋肉だけは育てられる。

    「——あの。俺……さ、」
    「ん?」
    「仕事……なんだけど。」
    「え……そうなんだぁ。」
    「うん……きみは、今日はどうすんの?」
    「……」

     あら。すっごいわかりやすくしょんぼりするのねぇ……と、肩を落とす彼女を流し見てから気づかれない程度に小さく溜め息を吐く。まぁ相手はいまも横になっているから、実際には落ち込んだのかどうかはわからないけど。

    「それで、どうする?このままそっちも出る?」
    「……うん。でも、そのまえに……」
    「……はい?」
    「シャワー、浴びてきてもいい……?」
    「はは。俺んちじゃねーんで行ってきていいよ」
    「ありがとう。早く終わらせてくるから」
    「……。」

     べつに早く終わらせてくる必要もないと思うんだけどなぁ……ま、いっか。考えるの疲れた。
     彼女はそばにあったタオルを器用に巻きジャグジーに向かって行った。俺はその間に軽く荷物の整理をする。そして少し経つと彼女が出てきた。

    「おまたせ」

     ��おまたせ�≠ヒぇ……。なんだか彼女といるとどっと疲れるな。酒の席なら、ぜんぜんだけど。
     シャンプーの香りが鼻を刺激する。頬もどこか赤く見えるのは気のせいだろうか。もう、どっちでもいいけど。

    「ううん、待ってないですよー。荷物はテキトーにまとめておいたから、すぐに出れるよ」
    「えっ? ありがとうっ!優しいね〜!」
    「はは……、いーえ。」

     どこが優しいもんか。記憶を無くすような男。しかし笑顔でお礼を言う彼女にとりあえずは安堵する。適当といいつつ勝手に相手の荷物を探った感じもしたので怒られるかと思っていたが、どうやら杞憂だったようだ。

     そうして俺たちはホテルから出た。とつぜん、彼女から手を繋がれて焦ったが断るのもなんだかなぁと、そのままにしておくことにした。
     なんだこいつら、手を繋ぎながらホテルを出てくるとかカップル以外の何者でもないだろーってまるで第三者目線で自分自身を嘲笑いながら人目もはばからず、そのまま駅方面へと向かった。

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