僕は君ひとりだけの味方(8/8)

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     洋平は残酷なまでに優しくそして純粋だった。俺はそれを長年憎んできた。けれどそれは洋平を嫌いだってこととイコールではない。むしろ俺は洋平のそういうところに憧れていた。俺にはできねーなって。俺以外のあの三人だって同じ気持ちだったんじゃねーかなと思う。
     もしかしたら彼女も、洋平のそういうところが好きだったのかもしれない。だが彼女はそれゆえ洋平と一緒にいることに苦しんでいたのかもしれないと、カタチだけでも成人となったいまならばすこしくらいは理解できなくもない。

    「さっきも言ったけど、俺には全部はわからん」
    「……」
    「けど姐さんはよ、お前の負担になりたくなくてあえて、避けてんじゃねーのか?洋平のこと。」
    「……」
    「おめェはそーやって、黙っていなくなるのか?どうでもいい女抱いて、気持ちいいフリしてよ」
    「……だから。してねーってば。」
    「もういーんじゃねーのか、ミッチーのことは」
    「……、」
    「おめェが、恋だの愛だのに興味がねーってのは知ってるがな。ならよ、その空いた枠で風よけになってやりゃあいいじゃねーか、姐さんの。」
    「……。」

     俺には恋と愛の違いもわからなければ、友情と愛情の区別だってつかない。洋平と彼女がずっとこだわっている『そういう関係ではない』という意味もよくわからん。なあ、洋平。俺たちはよ、��元不良�≠ネんだぜ?だったらバカはバカなりにぜんぶおなじ��愛�≠ナいいじゃねーか。って——お前の宝物でもある自称天才なら言うと思うぜ、ぜったい。

    「姐さんは洋平のことめちゃくちゃ好きだったんじゃねーかなって、俺ァ、思ってたけどなぁ。」
    「……」
    「それがどんだけ辛いことか、洋平……おまえにわかるか?」
    「……」
    「姐さんはおめェといることが辛くなって連絡をよこさねーんじゃねェ。」
    「……」
    「洋平……。おまえを思って、おまえから離れて行ったんだぜ、きっと。」

     洋平は俺のスマホの画面を凝視して動かない。ただその表情を見て俺は、彼女が長いこと抱えているであろう絶望に似た感情みたいなものが感じ取れた気がした。やっぱり、姐さんとこいつは、どこかよく似ている。

    「いや……そんなこと、俺には、ひと言も……」

     洋平は画面をぼうっと見つめたまま、消え入るような声で、そうつぶやいた。

    「あたりめェだろが。言っても、おまえがもっと無理するだけってわかってるから言わねーのよ」
    「——それなら、やっぱり俺のせいじゃん?」
    「だから、そこが違うんだって!」

     俺は少々声を荒げた。洋平も咄嗟に言いかえしそうになっていた。そんな顔をしていた。だが、大切なことだからこそ落ち着いて伝えたかった。俺は一度深く息を吸ってからまた先をつづける。

    「姐さんがここを離れたのは仕方ねえ。通う大学が向こうで、元から朝よえーとか言ってたしな」
    「……」
    「ミッチーとおめェがいるこの場所から、あえて物理的に距離をあけたわけじゃねえ」
    「……」
    「けどよ……ミッチーの成人式のあとに、洋平を頼らなかったのは、おめェといたら辛いからじゃねーだろ」
    「……」
    「姐さんはお前を思って、お前に頼らなかったんだろーが。」
    「……、」
    「オイオイ……勘弁してくれよ。あの花道ですらそれぐらいわかるぜ?きっと。あんなバカでも」

     彼女が言わなかったことを俺が言ってしまっていいものなのかとも思った。しかも本人の口から聞いたわけではない仮説のこんな話を。けれど、それすら知らずにこのまま二人がずっと関わらない人生を歩んでいくことがあまりにも辛すぎた。なんていうか、もう……見てられねーな、って。
     こいつが唯一心を許しているあの花道はきっとこんな話をこいつにすることはないだろう。ならできるヤツが代弁してやるしかないだろうって。

    「本心ではお前に頼りてェに決まってんだろ?」
    「……。」

     伝えたいことはこれでぜんぶ言った。もちろんお節介は承知の上でだ。すでに時刻は二十一時を過ぎていてコンビニで鉢合わせてからすでにもう二時間が経とうとしていた。本当はこっちに来る予定なんてなかったがなんとなく今日あたりこのへんにコイツがいるんじゃないかって俺は踏んだんだ。腐れ縁ならではの勘——ってやつだ。

     洋平が止めていた足を一歩踏み出す。そうしてポケットに両手を突っ込み、やや猫背ぎみなってゆっくりと進んでいく……白い息を吐きながら。そのあとを少し離れた距離感で俺も歩いていく。
     中学生時代に五人で、馬鹿話をしながら足繁く通った遊歩道。アスファルトの両脇には街路樹として桜の木が植えられている。一月の中旬はまだまだ肌寒く桜はあたりまえに咲いていなかったが気付いた頃には蕾が成るのだろう。それを思えば春の訪れを待つ桜の木が、この日だけはなんだかガラにもなく愛おしく思えた。
     そんなことを考えていたら、洋平がぽつりと、ひとり言みたいにして薄笑いを浮かべて囁いた。

    「——俺も、出会えてよかったとは思ってるよ」
    「……あ?」
    「いーや? なんでもない。」
    「……なんだよ急に。ヘンなやつだな、おめェ」
    「はは、たしかに……ほんと。ヘンだわ、俺。」
    「……。」

     ——言いたいこと、言えなかったことはすべて洋平に伝えられた。洋平がこれからどうするのか俺にはわからない。けれど洋平がまだ俺を親友でいさせてくれるのならばその親友がどんな決断をしようと今度は、素直に受け止めようと思った。





     ——数時間前。


     成人式の翌日、奇しくもワンナイトカーニバル(未遂)を迎えた日の朝。彼女とは、乗る電車が反対方向だったため駅で別れた。


     『 いまから、二人で抜け出してさ—— 』


     あの言葉が俺をかんたんに誘惑する言葉であったことはたしかで、その内容が男である俺をかんたんに了承させるものだったことは否めない。
     けれどもその彼女の一言が俺の人生の序曲(プロローグ)のはじまり——なんかに成ることはもちろんなくてきっとこれまでもこれからも、彼女とは関わりをもつことはないと断言できる。悪かったとは思っている。償えと言われればできる限りで償いたいとも思う。だから会わないし関わらない、こちらからはぜったいに。それが俺なりの贖罪だ。

     アパートに着くと、ドアノブにスーパーの袋に入った手作り弁当がぶら下がってあった。きっとおばさんだろう。昔から俺の食生活を心配して、こうして気遣いをしてくれる。けれどなんだか、食欲がない。あとで食べるかと、そのスーパーの袋をドアノブから取ったとき——。もうひとつ、茶色い紙袋がぶら下がってあることに気が付く。おもむろに中を開けるとそこには青色の瑞々しい生花の薔薇が数本入っていた。その艶やかな色に思わず「すっご……、」と声が漏れる。そうして無意識につぶやくようにその本数をかぞえた。


     「いち、に、さん…………5、ほん——?」


     忘れていた痛みをひとりになると感じる。君がくれた、愛の重さとともに——なんてね。はは、どこのだれ様だー?こんな粋なことするヤツは。

    「……って、人のこと言えねーか。」

     結局ドアノブに掛かっていた弁当は、半分ほど残して冷蔵庫に入れた。シャワーを浴びてすぐに自室でベッドに潜ったがまったく眠れなかった。

     運命の人は二人いる——。よく耳にする王道の謳い文句だ。しかし実際には運命の人というのは三人いるらしい。一人目は女としての魅力があることを目覚めさせて恋を教えてくれる相手。二人目は君は君のままでいいんだと人として愛されることを体験させてくれる相手。そして三人目は、他人になんと言われようとこの愛が人生にとって大切と共に生きることを選んでいく愛、もしくは自分自身。
     きっとどれも大切な存在で君の魂を輝かすのに必要な存在なのだと思う。それは、恋の相手かもしれないし恋ではなく仲間だったり家族のような存在だったり憧れだったりするのかもしれない。いずれ関係性はどうだったとしても、君の人生にとっても大切な影響をくれる人が、その��運命の人�≠ネんだと俺は思う。

     俺と彼女はべつに、喧嘩別れたをしたわけではない。『卒業しても友達だよね?』なんて彼女は言っていて『そうだな』と俺も言い返して柄にもなく、指切りげんまんなんかをしたりした。だが彼女は卒業式のあと母校——湘北には一度だって現れなかった。それに付け加え、連絡も一切取り合っていない。
     彼女と再会を果たしたのは彼女の元カレたちの成人式の日だ。雰囲気からしてまた寄りを戻すのだろうとあの場にいた誰もが思っていた。しかしどういうわけかそれ以降、彼女も相手である元カレも俺たちのまえには姿を見せなくなった。俺はすぐに悟った。きっと復縁には至らなかったんだろうなって。それを表すかのようにそれ以降でも会う機会のあった宮城さんやアネゴなんかにあの二人のことを質問攻めする、俺以外のエトセトラたちに対して二人はそのたびに、表情を曇らせていた。


     『 俺のまえでは無理しなくていいんだよ。』

     彼女にそう言ってしまったことがある。それははからずとも、俺が少々遅刻ぎみに登校した日。彼女が湘北を去っていく——卒業式の日の帰り道だった。彼女は俺の言葉にはなにも言い返さずにただ隣で静かに泣いていた。
     最後の最後まで泣き虫な先輩を最寄りの駅まで送ってその日は帰った。遊歩道、アスファルトの両脇に聳え立つ街路樹の桜の木には、彼女の優柔不断な姿を彷彿とさせるかの如く未だ咲きそうで咲かない桜の蕾が綻んでいた。それを眺めてあの日だけはなんだか柄にもなくその桜の木が愛おしく思えた。その日の夜、彼女から一通のメールが届く。


     ――――――――――――――――
      
      🕑 3/14 23:10
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      本文


      ごめんね。


     ――――――――――――――――


     と——。それに対して『なに?』と短く返したメールに彼女からの返信が戻ってくることはなかった。約一ヶ月経っても返信がこないことに少々不安に思っていた俺のもとに知らせが入ったのはその頃だったと思う。彼女はもう引っ越してこの街にはいないという、知らせが。実家から通うと言っていた彼女が俺たちの街からいなくなった。なので実質これが俺たちの最後のやり取りとなったのである。
     いま思い返してみれば追って連絡をしなかったのは、俺の意地もあったのかもしれない。どこか心の片隅で『ありがとう』ではなく『ごめんね』と言われたことが心底不愉快……いや、心を踏みにじられた気分になってダイレクトに効いたんだろうなって。それで、意固地になってしまった。まるで大人にはなりたくないガキのように——。

     べつに、戻らない季節を取り戻したいわけではない。忘れたい痛みもあるし忘れたくない想いもある。二人で笑ったあの道を、ひとりで歩く思い出の道も。それでもきっとどの道を選んでいたとしてもどの答えにしても君につづくように何度も君に向かって、歩いていくのだろう。いつだって君が帰って来れる��枠�≠チてやつを、空けておくつもりで。そんな余裕をいつまでもちゃんと待ちつづけていられるような��大人�≠ナありたいと。
     花道と彼女が入り込める枠とやらを心の片隅に密かに空けつつも、俺はこれからもそれをずっと背負って、生きていきたい。

     俺はもう眠ることを諦めてベッドからおりる。キッチンに置いてあった日本酒の空き瓶を、軽く水道の水で濯いでからすこしばかり水を入れ先に玄関のドアノブにぶら下げてあったあの、青色の薔薇の花束5本を入れる。そうして、リビングのテーブルの上にそれをこつんと置いた。

    「——花って、こーやって生ける感じ……?」

     あきらかな間に合わせのソレに思わずこぼれたひとり言に、だれかが答えてくれるわけもなく、俺はフッと小さく自嘲してベランダへとタバコを吸いに向かった。

     俺の気持ちは彼女に送ったあの、黄色い薔薇の花束13本に、すべてが込められている。たぶん俺たちは触れられない距離にいるのが、ちょうどいい塩梅なんだ、って。
     君の瞳に、君のやさしさ。君の笑顔に君の空。君の涙や君の憧れを遠く遠く離れていてもずっとずっと……ずっと、感じているよ——。










     約束したろ、 守る って——。



    (バラ5本の花言葉ってなんだろ……ま、いっか)


    ※ image song『 恋をして/HY 』
    ※ Lyric by『 Dear/福山雅治 』

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