その光は幸せを解き放つ
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私は毎年カレンダーを買う。スマホがあるからカレンダーはあまり必要ないという人もいるけど私はカレンダーを好んで使用している。
毎年私は年の瀬に買ってきたカレンダーを開け5月まで捲る。そして5月22日のところに赤ペンで大きくハートマークを書く。その日は幼馴染、もとい恋人の誕生日。私はカレンダーを買うと、こうしてすぐに、彼氏の誕生日にハートマークを書くのだ。
「今年は何をプレゼントしようかなぁ……」
と——その日を見ながらにやにやする。今年も訪れた大切なひとの誕生日。とくに問題もなく(相変わらず喧嘩は絶えないけれども)無事に、迎えることができた。
彼と出会って数十年。彼とは幼少期に出会い、高校時代、彼からの告白により付き合い始めた。一度別れたり、そりゃあまあ山あり谷あり色々とあったが、そろそろ彼との結婚も考えている。
けれど今年の4月1日——桜が見頃を迎える、それは、青く晴れた昼下がりのことだった。
「別れようぜ」
同棲を始めてから��待ち合わせ�≠ニいう概念は無縁に等しいものになっていたため、久々に彼と時間をずらして待ち合わせをした。そして入った駅前のカフェ。行き交う通行人を窓越しに眺めているとき、彼はそう言った。
「え? なんで……?」
「わりィ、他に好きな奴ができた。だからその、
……俺と、別れてほしい」
「……その好きな人って、誰なの?」
「湘北の、教師……同僚だ」
そう言えば最近やたらとその同僚の事を話していたけど……え、そういうことだったの?
そのあと私は、何度も彼の心を引き留めようとしたけれど彼の心はもうその人に向いているようで。何を話しても「悪い」としか言わなかった。
「もういい、わかった。さようなら」
ばんっ!と自分のコーヒー代をテーブルに叩きつけるようにして置くと私は泣きながら店を出て行った。
マンションに帰って、鞄に服を詰めながら私は泣いた。泣いて泣いて泣き暮れて彼の事を必死に諦めようって、忘れようって。けれども……。
「これ、どうしよう……」
卓上カレンダーに目をやり約1ヶ月後の5月のところを捲る。そこには、元彼となってしまった彼の誕生日の日付に大きなハートマークが寂しく記されていた。塗り潰してやりたい気持ちは山々だけどせっかくのカレンダーを汚すのも嫌だし。
しばらくどうしたものかと考えたが結局、良い案は浮かばずに。私はそっと捲ったカレンダーを戻したのだった。
*
「——なーんてことがあったじゃない?」
5月22日。オープン一番にケーキ屋さんに入るべく私は早い時間からマンションを出た。歩いている最中、私は彩子と電話をしていた。
今年の4月1日——そう、エイプリルフールにくだらない冗談(別れ話)を彼氏から吹っ掛けられた。すぐに「待て!嘘だって!きょう、エイプリルフール!」と追いかけてきた相手の声も耳に入らないくらいに私は落ち込んでいて、そこまで早歩きした覚えはないが彼は追いつく事ができなかったらしい。「泥棒みてーな速さだったぜ?」なんて、ほんとに反省しているのかいないのか、よくわからない言い訳を述べられたとき結構本気のビンタを喰らわせたら二日くらい彼の頬が腫れ上がっていたのも記憶に新しい。とはいえ仲直りできたのも、つい最近の話ではあるが……。
「だから今年は腹いせに誕生日なんて祝ってやらないって決めてたんだけどっ!」
『結局、祝ってあげることにしたわけね?』
「まーねぇー。毎日、子犬みたいに尻尾垂らして反省してる寿を見てたら、もういいかなーって」
カランカランとケーキ屋さんのドアベルを鳴らして中に入るとオープンしてすぐにも関わらず、すでに数名のお客さんがレジに並んでいた。彼と同じ誕生日の人がいるのかと思うと、自然と頬が綻んでしまう。
列に並んでいたのも束の間、彩子と電話をしながらだったので気づけば私の順番が来たようだ。
『アンタあのとき、水戸洋平の店に泣きながら
入ってきたのよねー、たしか』
「ははっ!そーそー!偶然リョータくんと彩子もいたもんね、あの日」
『水戸洋平いつまでもアンタの
御守
(
おも
)
り大変よね』
「あっ!彩子、ちょっと待って、注文するから」
そう彩子に断りを入れてレジに立つ店員さんに誕生日ケーキの注文する。「プレートのお名前をこちらにご記入ください」と言われスマホを耳と肩に挟んだ状態で渡されたペンを走らせる。しっかりと名前のあとにハートマークも添えて。
「
御守
(
おも
)
りって、別に水戸くんはそんなこと思ってないんじゃないかなー」
『どうかしらね〜。もしかすると桜木花道よりも手が掛かってるかもしれないわよ?』
「えー? あ、これでお願いしますっ!」
書き終えた用紙を店員さんに渡す。受け取りは本日夕方4時とし、お会計を済ませて店を出た。
このまま夕ご飯の買い物に行くと彩子に伝えて一旦彼女との電話は終話した。買い物から帰ってマンションに戻ると私はキッチン脇に置いてある卓上のカレンダーに目を配り自身で書いたハートマークを見て微笑んだ。
くだらないと言いながらこんな高校生みたいな喧嘩を、未だ懲りずに繰り返している私たちって結局、何も変わっていないんだなと思うと笑ってしまうやら悲しいやら馬鹿くさいやら。でも今が幸せであることに変わりはない。
私は、買ってきた食材をスーパーの袋から取り出して一息つく。今日は彼の大好物の物ばかりを選んできた。彼の喜ぶ顔が見たい。プレゼントをもらったときの嬉しそうな顔を想像するといつの間にか頬が緩んでいる。なんだかんだ言っても、私は彼にベタ惚れだ。恥ずかしくてそんなこと、本人には絶対に言えないけれど。
「今年は、どうやって祝おうかなぁ〜?」
コスプレでもしようか。湘北の制服、メイド、ナース。もしくは湘北バスケ部のユニホームでもいいかもしれない。
私は卓上カレンダーを手に取り5月22日のハートマークを見つめながらにやにやとそう呟いた。
*
「——あ、すんません。まだ店開いてなくて……って、え? 名前、さん……?」
カラカラ……と、遠慮がちに開けたお店の扉。店内にいた店主である水戸くんがテーブルを拭きながらこちらを振り返って私の名前を確認した。
「あー、えっと……こ、こんばんはぁ……」
「どーした? あれ、今日って確か、みっちーの誕生日じゃ……」
「水戸くんお願い!私に短時間で出来るケーキの作り方伝授して!!」
「はい?」
——1時間前。
私は夕食を作り終え部屋もある程度飾りつけをして、準備万端でバースデーケーキを取りに行くためマンションを出た。その足取りはとても軽かった。
本日、主役である寿は練習試合の打ち合わせで帰りがすこし遅れると言っていた。事前にそれを聞かされていた私は誕生日プレゼントは時間指定で彼が帰ってくる直前に自宅に届く手筈を取っていた。自宅に置いておくと、本人にバレてしまう恐れがあったからだ。
ふっふっふ……。我ながら完璧な段取り。そうほくそ笑みながらケーキ屋さんへと向かう。店の入り口、本日が誕生日らしい、ケーキを注文した人たちの名前が外の黒板に記入されている。ゴウ
くん、ヨウコちゃん、ケイタくんなどなど。その中にふと知り合いの名前も見つけて、へえ〜同じ名前がいるなんて偶然、なんてにやけながら店の中に入った。
「……え、」
受け取りの際、中を確認したとき驚愕で言葉を失った。なんとそのプレートには『ひさし』ではなく——『水戸くん♡』の文字。私は思わず目を擦った。何度も何度も。しかし、何度確かめてもプレートには可愛らしい丸文字で『水戸くん』と書かれている。店員がいよいよ早くしてくれないかな……的な眼差しで私を見つめてくるのでとりあえず水戸くん♡ケーキを受け取って店を出た。
やってしまった。私としたことが……。きっと彩子と水戸くんの話をしながら用紙に名前を書いたので『ひさし』ではなく『水戸くん』と書いてしまったのだろう。ありえない、信じらんない。何が「ふっふっふ、我ながら完璧な段取り」だ。数分前の自分を呪ってやりたくなった。
「ぷっ……くっくっく、」
「ちょ、ちょっと……何笑ってんの、水戸くん」
水戸くんと向かい合って座り、事の経緯を説明していると腕組みをして真剣(な、フリ)に聞いていたはずの水戸くんが急に含み笑いをし出したので、私は怪訝な顔つきで水戸くんを見やる。
「いや、だってさ……」
そう言って、テーブルの上にあげたままでいたケーキの箱の中を覗き込んでまた「プププ…」と笑い出す水戸くん。
「happy birthday 水戸くん♡ だってさ。」
「もう!やめてよ、わざわざ読み上げないで!!こっちが恥ずかしかったんだから〜!」
私が顔を真っ赤にしながら鼻を鳴らし抗議すると彼は目尻に溜まった涙を人差し指で拭きながら言った。
「ごめんごめん。じゃーさ? このプレートだけ作り直す?」
「え?」
「ここんとこのさ?」
そうケーキの上に乗っかっているプレートを
指差して言い、私にウインクを投げてよこした。たしかに……パニックになってそこまで頭が働かなかった。私はパァアと顔を綻ばせて水戸くんを見上げた。彼はそんな私に微笑んで席を立つ。
「俺、スーパーでプレート買ってくるから、まあどんなデザインにするか考えておいてよ」
「え、いいの?」
「今の名前さんに買い物行かせたら100
%
(
パー
)
ドジりそうだからなー」
言いながら水戸くんはバイクの鍵をチラつかせ水色のジャケットを羽織り、お店の入り口の扉に手をかけた。完全に押し黙るしかできない私に、彼はもう一度微笑みかけて「店番よろしく♪」と言い置いて颯爽とお店を出て行った。
「できたぁ!」
あれから約1時間後。私はそう叫んでなんとか作り終えた傑作をしげしげと見つめた。水戸くんは「うん、上出来だ」と、頷いてくれている。
『Happy Birthday ひさし♡』と、ホワイトチョコで文字を書いた。いままで作ったお菓子の中で一番の出来だ。きっとこの日の為に筆記体というものを学生のときに学んだのだろうと思えるほどに。ああ、練習しておいて良かった……当時学生だった私、でかした!
「さ、早く持って帰んな」
「あ、うん。えっと……ありがとね、水戸くん」
「いーえ。これでまた酒のツマミが増えました」
いつもなら「バカにしてる!」とすかさず抗議するのだが、きょうばかりは面を食らって素直に「はい、どうぞ酒のアテにしてください……」と言い返した。
普通に考えたら勝手に水戸くんの名前を書いた挙句、その張本人に頼ってしまうなんて……とも思うが、でもここに来てよかったと私はようやくほっと胸を撫で下ろしたのであった。
*
寿、遅いなぁ……。そう思ってドアを見つめていると勢いよく玄関のドアがバンッ!と開いた。
「遅くなってわりィ!」
そう言って入ってきたのはもちろん本日の主役寿だった。走って来たのか汗びっしょりで、息もやや荒かった。私は玄関で待ち構えていたので、立ち上がって高らかと声を上げる。
「寿〜! 誕生日おめでとぉ〜!」
帰宅早々パンパン!とクラッカーでお出迎えをして、本日の主役を労った。私のハイテンションとは裏腹に主役の彼はぽかんと口を開けていた。
「俺は……小学生のガキかよ」
そうつぶやいて頭に降りかかったクラッカーの残骸を払いながら靴を脱ぐ彼氏。しかし家の中に入ったときに頭を撫でられて「サンキュ」と言われた。通り過ぎる間際に見えた彼の横顔——頬が少し赤かった事はあえて言わないでおこうと私は込み上げる笑みを隠しながら彼のあとを追った。
一緒に手作りの誕生日スペシャルの晩御飯を
食べてからソファで少しまったりしているとき、私から不意に「ケーキ食べる?」と伺い立てれば「おぅ」と短い返事が返って来た。キッチンへと向かい冷蔵庫からケーキを取り出した私は何事もなかったかのように装い蝋燭を立て火を灯した。
恥ずかしながらも「ハッピーバースデー♪」を歌いながらリビングへとそれを持ち運べば、やや照れくさそうにしながら彼が私の方を見る。電気をつけたままだったので気を利かせて本日の主役ご本人が慌てて照明をリモコンで消した。ケーキをソファの前のローテーブルの上に置いて、先に「どーぞ♪」とプレゼントを渡すと本当に嬉しそうに笑ってプレゼントを受け取ってくれた。そうこの笑顔だ。私が見たかったのは。
「なに、プレゼント」
「え? それは開けてからのお楽しみ♪」
「あ、そ? そんじゃまあ、とりあえず……」
そう言ってフーと蝋燭の火を消した彼を待ってパチパチパチと拍手を送る。そして今度は私が、リモコンで照明をつけた、そのとき突然——
「名前」
と名を呼ばれて振り向くと寿にいきなりキスをされた。「わっ!?」と、思わず彼を押し返して唇を離すと彼は照れ笑いをしながら後頭部をポリポリと掻いて言った。
「なんか……もらってばっかじゃ、悪ィだろ」
と。お互いに顔を真っ赤にして黙り込む。え、なに。寿ってば可愛い。いつもこうだったらいいのに、なんてね。いやぁ、それにしても……び、びっくりした。でも——
「……ん、ありがと。」
相手は私のその言葉になんとも爽やかな笑顔を見せてくれた。まるで光。太陽みたいだ。私は、ぎゅっと彼に抱きつく。
寿、大好きだよ。これからも喧嘩とかたくさんするかもしれないけど、ずっと一緒にいようね。
「なあ……このプレート、なんか違和感ねえ?」
「え」
「このケーキ、買って来たんだよな?」
「は、はい」
「なんつーか、このプレートだけやたらと手作り感が満載っつーかよ」
「いや……ちょっと、こちらの不手際で……」
あはは、と目を逸らして作り笑いを浮かべればじとっと睨め付けられて嘘が苦手で有名な私は、早々に観念して、今日の出来事を嘘偽りなく説明した。
話し終えて案の定、訪れる沈黙。時計の秒針の音だけがチクタクと室内に鳴り響いている。
「……店の人に、本当にこれでいーんですかって聞かれなかったのかよ」
「あ、あやこと……電話していたもので……」
「よく見てみろ、��み�≠オか合ってねえ」
「ははは……ですね」
「しかも水戸ってあきらかに名字だしよ、店の人おかしーって思っただろうよ、ぜったい」
「そ、そういえば、不思議そうな顔してたかも」
ソファの上——大股を広げて頭を項垂れながら苛立ちを孕んだ声色で語りかける本日の主役様。私は隣で背筋を伸ばして説教をされているふうを取り繕う。いや本当に反省はしています、はい。
「つか、よりによって水戸とはな。はぁ〜あ」
「す、すみませんでした……」
「あ、オイ。まさか、エイプリルフールの仕返しなんて言わねーよな?」
「あー......それもアリですねえ」
「今付け加えんな!そもそも店ン中で電話なんかしてんじゃねーよ。モラルねえな、ったく。」
「ご、ごめんなさい……ねえ、機嫌直してよぉ」
本気で怒っていたようだったが、私が心底情けない顔でおろおろしているのを見てなのか、寿はひとつ、重苦しいため息を吐き散らしてから私を見た。思わず「ひィ!」と怯んでしまう。
「嘘だっつーの。怒ってねーよ」
そう言って寿がフッと笑った。私は顔をぱっと輝かせた。そうして「ほ、ほんと?」と彼の顔を覗き込む。
「おぅ。わざわざ準備してくれてサンキューな。まあ、水戸に助けを求めたのは微妙だけど」
「ほ、ほんとにもう、怒ってない?」
「ああ。これでおあいこな?」
「おあいこ?」
「あの、エイプリルフールのやつ」
「あ、ああ……あれね。」
「だから、早くケーキ食おうぜ」
私は「うん!」とルンルン気分でケーキを切り分け彼に渡した。寿は呆れたように笑って、それでも美味しそうに食べてくれた。そんな誰よりも愛しい人を見つめてから、ふとリビング用の卓上カレンダーを手に取りパラパラと捲って12月のところで止める。
12月25日——クリスマスは私たちにとって、一度終わって、また始まった記念日だ。これ以上カレンダーのハートマークを繰り返して塗り潰したりしなくていいように、この幸せな日々が続くようにと願って25日のところに赤ペンで大きくハートマークを書いた。
あなたの
太陽
になりたい。
(��水戸ケーキ�≠イちそーさんでした)
(あ!まだ言う!?怒ってないって言った!)
(怒ってねーよ、根に持ってるだけだっつの)
(それ、おんなじ意味!)
(一生根に持ってやらぁ)
(それ冗談に聞こえなーい、サイアク〜)
(こっちのセリフだっ!バカヤロウが!)
※ image song『 Love song/西野カナ 』
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