死にたくないけど、消えたい。
現実——あるいは空想。
これは、
人生に馴染めずにいた、二人の高校生のお話。
15歳、4月
― 15歳、4月 ―
会いたかった季節に会いたかった人と見たかった何かを、一緒に手を繋いで見れるということ。それが、どれほど幸せなことか。
結局、どんな言いわけを並べたって人間を救うのは人間だ。いっそ、出会わなければよかったのかなって。わからないときはどうするべきかよりどうしたいのかで考えてみればいい。
なにか、とてもスマートでナチュラルな理由が欲しい。
彼を、いつ好きになったのかは覚えていない。笑い声が聞こえると、ついそっちを見てしまう。話せた日は嬉しい。別の誰かと仲良くしていると気になって仕方ない。会えない日はつまらない。二人になれたときは、このままでいたいと願ってしまう。
気付いたときにはもう、この世でたった一人の特別な人になっていた。
もし遠くへ行ったとしてもそばに居られないとしても、その人が胸の中から消え去る事はない。
あなたの前では、いつも笑顔でいる。あなたが大切にしている物すべて私が守る。あなただけを好きでいる。どうかな?それが今の私が選んだ、一番幸せな現実なの。
そう言ったら、きっと彼は笑うんだろう。彼はいつだって笑っている。そう、いつだって。
——彼の名前は、水戸洋平。
その名が私の平凡だった人生を狂わせる前の、彼との話をしようと思う。
*
——4月、春。
家から自転車で約10分。神奈川県立湘北高等学校に入学した私、名字名前。
志望理由、至って単純。近いから一択。
大人たちはよく『中学時代が一番楽しかった』なんて思い出に耽って言うけれど実際、中学校の全課程を修了してみて私は思う。言うほどかな?って。特に良い思い出なんてなかったぞ?まぁ、強いて言うなら��普通・平凡�≠セった。
不良、ってわけでもなかったけど。別に友達がいなかったわけでもないけど……。それでも思う『言うほどかなぁ』って。
だから私は変わると決めた。高校ではたくさん新しい友達を作って勉強も頑張ってバイトなんかもしてみたりして。
いっぱい笑って、泣いて。卒業式には友人達と別れを惜しみつつ、彼氏とは「二十歳になったら結婚しようね!」なんて、約束なんか交わしちゃったりしてさぁ。
まっさらになって変わるんだ。さぁ、ここから私の、花の女子高校生生活の幕開けだ!
*
えーっと、1年7組……か。
昇降口に貼られたクラス分けの表を他の新入生の間に割って入って確認する。「ラッキーセブンじゃんかっ!」なんて私は浮かれた気持ちで人の流れにそって階段を登りやっと着いた長い廊下の奥の方に向かって歩き、1年7組の教室のドアを開ける、と——。
「わぷっ」
「のおっ」
ちょうど教室から出てこようとしたらしき人と大激突するという事態。挙句、王道の青春・学園ラブコメ漫画の如く尻もちまでついてしまった。
「いったあ〜! も、なに——わっ!」
「スススススミマセン!!大丈夫っスかっ!?」
私と激突した……人?大木?いや、人だろう、どう見たって。やめろ、そう言う失礼な発言は。口に出して本人に言ったわけじゃないけど。
変わるって決めたでしょ?まっさらになって。だったら今までの自分自身の性格も変えてお淑やかに、慎ましくしていかないと……って、そんなことより!
その��人�≠ヘ見事な長身に大きな図体。こっちは尻もちをついたと言うのにびくともしていない目の前の人物は必死に謝っていた。目が痛くなるほどの真っ赤な髪、おまけにリーゼント。身長、何センチあるんだろう?って見上げていたら首が痛くなった。とにかく、でかい。お見事、拍手。
「おいおい〜、びびってんじゃねーの?その子。腰抜かしちゃってんじゃねーか」
赤頭の大男の後ろから顔を覗かせる金髪の人。こっちも、まぁまぁ身長が高い。それにしても、すっごい黄色だなぁ。これもリーゼントって言うのかな。てか湘北高校って校則緩かったっけ?
「おい花道〜、泣かすな泣かすな、新学期早々」
今度は、金髪と逆の位置から出て来たヒゲ面。この人も一般人より、身長は高めかもしれない。——いや。初手に、こんな赤髪大男化け物を見てしまったから、今は感覚が麻痺しているだけかもしれないけど。
「わははっ!まあ仕方ねーよ、花道だもんな!」
赤い人、の(最早非人間扱い)股の下から顔を出してきた、小太りパンチパーマのメガネ野郎。何なのこの学校はっ! 動物園ですか!?
「ぎ ゃ あ あ あ あ あ ! ! ! 」
私はこれからHRだという事もすっかり忘れて猛スピードでその場から走って逃げた。お淑やかに慎ましくなんて知ったことか!
待て待て!動物園なわけあるか!ここは神奈川県立湘北高等学校。今日は、4月10日新学期。私は1年7組 名字名前、15歳。
おかしいな……まっさらになって生まれ変わるはずだったのに。私の花の女子高校生生活が……
*
上手く状況を整理しきれてはいないけれど少しだけ気持ちが落ち着いてきたところでハッと我に返る。いけない、何を取り乱してんの私は。これからクラスメイトになるかもしれない人達だったのに。というか、もうHR始まっちゃうじゃん!
えーっと、どれどれ。8時18分かぁ。HR開始まではあと2分。急がないと入学早々遅刻扱いをされてしまう。でも……でも、さぁ——。
「ここ、どこぉ〜......?」
ガクッと肩を落とす私。そう。いきなり同い年とは思えない人たちの立て続けの出演に、思考が完全にショートしてしまい、頭の中は真っ白で、無我夢中に走ったもんだから……迷った。
職員室——すらわからない。どうしようかな。なんて悩んでるうちにHRが始まった、と思う。急にシン、と静まる校舎内。とりあえずここは、と辺りを見渡し、少し先に見えた下足箱を見て、「一階か」と認識した、そのとき——。
——ガ タ ン。
「!」
昇降口のドアが開く音がした。やった!今日はツイてる。人が来た!
誰であれとりあえずこれで場所は訊けそうだ。タン、タン、タン、と昇降口の簀の上を歩く音がする。すこし重い音、男子……かな?
音の主が姿を現すのを、私は息を潜めてじっと待つ。そして、簀から出て、廊下の床へ上履きを落とし、それを履こうとするその人物を一瞬目でとらえた時、私は小走りでその人へと近寄った。
「すみません!あ、あの。1年の階ってど——」
「——っちですか?」と続けようとしたその時。その相手は目線を足元からゆっくり私に向けた。
「——、」
ひくっと思わず息を呑み膝が竦んでしまった。その人の瞳は私が今まで出会ってきたどんな人の視線よりも鋭くて、硬くて、強くて、厳しくて、冷たくて……とても、怖かった。
「あ……わ、わっ!」
吃って、どすっ、と——思わず足がもつれて、体勢を崩してしまった。私は派手に本日二度目の尻もちをつく羽目になる。恥ずかしい……。顔を上げることができなかった。なんだか、怖くて。目で殺すってまさにこういう事を言うのだろう。
「——悪いけど」
彼が私の目の前にしゃがみ込む。反射的にビクッと肩を揺らしてしまう。その瞬間、彼の履いていた上履きが目に入った。ぺしゃんこで最早スリッパ状態の、その上履き。あ、あれ? やっぱり上級生、かな?
「ご、ごめんなさ——」
「俺も1年。」
「……へっ?」
目をぱちくりと瞬かせて、私はあんぐりと口を開けたまま。えっ、と……?状況が、掴めない。え……いま、この人、なんて言った?
「だから俺もわかんないんだよねー」
「は、はぁ……私、1年7組なんですけど……」
「ほんと? 奇遇だなー、俺も7組。」
目の前の彼はさっきの殺気立っていた視線とは真逆の、心底人の良さそうな笑顔で、そんな事を言った。ん…?1年?と、衝撃が時間差で襲ってきた私は、思わず大きな声を上げる。
「お、同い年ィィ……!!?」
一瞬、目を見開かせた彼だったがすぐにニコと笑ってコクンと頷いた。
心の中で「うっそーお!」と叫ぶ私。さっきの赤い人たちほどじゃないにしても、今どきの男子高校生ってこんなに大人びた人が多いんだなぁ。私が子供っぽすぎるだけなのかもしれないけど。
え、でも。お互いに一年生の校舎への行き方がわからないんじゃ、どうしたらいいんだろう。
「まあ、とりあえず起き上がる?」
その言葉と同時に「ほい」と、軽い口調で差し出された両手を反射的に握ると、私はすごい力でぐわっと引かれて、すんなりと立ち上がることに成功する。
「わっ」
「あ。軽い」
そんなことを呟く、目の前の黒髪リーゼント。立つと案外距離が近くて驚いた。そして、めちゃくちゃ良い匂いがした。高校生っていうよりは、男性っぽくて、大人の、香り——。
「さてと。問題は教室かぁー」
「は、はい……ですね」
「ん? なんで敬語?」
「同い年でしょ」とくすくす笑う怖いリーゼントの彼。でも、笑うと普通の男の子みたいで何だかかわいい気もする。
とりあえず手前ではなく、何となく奥の階段へ足を進める私と黒髪リーゼントの彼。歩く途中、おたがいに軽く自己紹介をした。
「俺、1年7組の水戸洋平……って、さっきも、7組って言ったよな、そー言えば」
「あ、あははは……」
「そっちは?」
「わ、私は1年7組、名字名前です!」
「おっ。すっごい元気」
「んでもって、また敬語」と、切れ長の目じりを下げる��水戸洋平�≠アと——水戸くんを不覚にもかっこいいなぁ、なんて思って見惚れていた私が確かに、ここにいたのだった。
昨日まで
世界
になかったものを。
(とりあえず階段登ってみようぜ)
(そう、ですね……)
(あ、また敬語)
(ハッ!すみません……あっ、う〜、もうっ)
(はははっ)
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