色々と頭の中に浮かんでいた謎が解け始める。まず一個目。水戸くんが遅れて来た理由。それはバイトで夜遅くなっちゃったから寝坊した、とのこと。確かアルバイトは中学卒業後の4月1日からできるらしいと言うことは私も軽く調べていたがまさか、こんなに早くそれを実行している人が近くにいたなんて。何か欲しい物でもあってお金を貯めているのかな……それにしても、偉いなぁと思う。
そしてもう一個。私を睨んだ理由——眠くて、目が冴えてなかったから。それに付け加え、どうやら水戸くんは、目が悪いらしい。
入学式から約二週間。『桜木軍団』と——そう名付けられた一年生の問題児集団。水戸くんは、その仲間の一員だった。正直、驚いた。
「名前ー、次、教室移動だよー」
「え!?そうだっけ、待って今行くー!」
そもそも入学早々あんなぺしゃんこの上履きを履いていたのだ。わかってたんじゃないの?頭の片隅で、私だって。そう思いたくなかったんじゃないの?無意識下で。——あの日、一緒に教室に向かっている時に聞いたけど、あの上履きは中学の頃の物らしい。新しいのを買い忘れたとか言っていた。
それにしても、まさか水戸くんがあの赤い人、��桜木軍団�≠フお友達だったとは……。
移動教室のため席が近くて仲良くなったクラスメイトと廊下を歩いていると、風を切って歩く、とでかい集団が後ろからやって来た。
「わっ!見てみて、桜木軍団だよ」
「ん?」
私はクラスメイトのヒソヒソ声に耳を傾けて、歩きながら背後にちょっとだけ、首を捻る。
「おっ、花道と激突した子じゃねーか?」
「花道ー! お前、もっかい謝っとけよ」
「フヌー!ス、ス、スミマセン……。もう二度とあんなよーな愚かなマネは……!」
「ぎゃはははは!!」
バカでかボイスで笑い声を上げながら私たちを通り越していく桜木軍団。その少し後ろから軍団四人を見守るように歩く水戸くんがいた。そして苦笑いしながら私に首を傾げてくれた。私は慌てて「気にしてない」と伝えたいがために手を振り返す。桜木軍団はそのまま下足箱へと向かった。どうやら次の授業は揃ってサボるらしい。途端に静かになった廊下に隣を歩いていたクラスメイトの、あきらかに引き攣った感じの声が響く。
「ちょっと、名前……なに、今の」
「えっ?あ、あは……さ、さぁ?なんだろーね」
桜木軍団の登場と、その彼らから確実に絡まれたと思わしきこの状況に、隣で動揺しつつもドン引いているクラスメイトに対し、私はぎこちなく笑顔を作って誤魔化した。
*
「送信!」
お昼休みのチャイムが鳴ると同時に一気にガヤガヤと騒がしくなる教室内。四時間目の終わりに届いた彼氏からのメールに返信する私。彼とは、中学三年生の修学旅行の時に告白されて以来今もお付き合いを継続している。
彼の高校は進学校、緑の制服で有名な翔陽高校で向こうは65分授業だから、50分授業の私達とは少し時間がずれる。なので向こうからのメールは私の授業中に届く事なんてしょっちゅうだった。
「いいなぁ、名前。いいなぁ〜彼氏とか!」
「ほんと!せこいよね〜、羨ましい!」
「私たちなんて、出会いを求めるところから始めないといけないって言うのにさぁ〜」
嫌味なのか、本当に羨ましいのか定かではない女子特有の会話を繰り広げる笑顔の二人組は湘北に来て新しく出来た友達だ。二人とも凄くいい子なのだ。かわいいし、何より入学初日に遅刻して登場した私に対し一発目に声をかけてくれたのもこの二人だった。むしろ私なんて何で彼氏がいるのか疑問だよ。二人の方が断然モテそうなのに。
「で、なんだって?メール」
「あ、えっと……今日、放課後会えない?って」
「キャー! この、幸せ者ぉ〜!」
私が「あはは」と笑えば二人も笑みを返してくれて三人で笑い合った。��箸が転んでもおかしい年頃�≠ニは、まさにこの事か……よかった、私、高校生活、ちゃんと楽しくやっていけそうだよ。
——ピンポンパンポーン。一年美化委員、至急職員室まで。繰り返します。一年美化委員、至急職員室まで……
「あれ?美化委員って、名前じゃないの?」
「あ、そうだ。私、美化委員だった」
「あっはっは!天罰じゃ!」
「行ってこい、名前ー」
突如呼び出しを食らう美化委員の私。不幸……まだ、お昼のお弁当に一口も手つけてないのに!
「うぅ〜、じゃあ行ってくる。お弁当、死守しておいてね」
「はははっ!まっかせなさい!誰かに取られないように見張っとくよ♪」
「名前、行ってらー♪」
二人に見送られて教室を出た私は、美化委員のもう一人の相方を思い出す。確か——男子の名字くんって名前だったような。
あれ?そう言えば彼、今日休みだった気がするなぁ。私はそんなことをぼんやりと考えながら、とりあえず一人で職員室へと向かった。
一年美化委員が言い渡されたのは、空き教室の清掃だった。代々、新入生がやっているらしい。1年7組、私と男子の名字くんの担当は第二理科室になった。
「男子の名字くんって、今日休みだよね?」
教室に戻った私は入り口付近に立って世間話をしていた男子に訊いてみた。そうしたら案の定、「そーだよ」と返ってきた。じゃあ私一人で掃除するってことか。ますますツイてない……今朝の占い、最下位だった?もしかして私の星座。
*
——放課後。
私は仕方なく一人で、第二理科室へと向かう。バケツとモップとワックスと脚立を持って。
あぁ重い。あのイケメンセンコー(美化委員の顧問)何考えてんのかな。女子にこんなにいっぺんに掃除用具持たせるなんて。顔はいいけどさ。こうシュッとしてて短髪で、身長もそこそこあるし。でも……ねえ? カッコいいからって何でも許されると思うなよ。腐りすぎだろ、そんな事を思う私の神経が。
私はふらふら途中いろんな人に避けられながら第二理科室までの道のりを歩く。そうして、ようやっとの思いでたどり着くことに成功。ガラっ!とドアを開けて中に入る。バケツとかモップとかワックスとか脚立をドカンと置いて、まずは掃き掃除から始める。
「はぁ……めんどくさー」
やってらんないよ。美化委員なんてなるんじゃなかったよ、相方はいないしさ。結構、体弱そうな子だったしなぁ。完全に見た目の偏見だけど。もしかしたら、こうやって毎回、いないかもしれないなぁ。そう考えただけでもますますやる気が失せてしまう。
「てか、理科室ってなんでこんな汚れてんの?」
ブツブツと文句を垂れつつも集めたゴミをしっかりとちりとりで取って、ゴミ箱へ捨てる。さようなら、ゴミたちよ、お疲れさまでした。
それが終わったところで今度はしゃがんでバケツにワックスを入れる。びちゃーっと白い液体の臭いワックスが、どんどんバケツへ入っていく。私は立ち上がり、モップをそいつへと突っ込む。
「……」
あれから——��あれ�≠チてなんだか変な言い方だけど。とにかくあれから水戸くんが頭から離れてくれない。メンチを切られた時は相当怖かったけど、笑った顔、親切な態度、水戸くんが見えてくるたびにどんどん頭の中は水戸くんでいっぱいになる。
……あ、いま何時だろ。今日、彼氏と会う約束してたんだった。やばいな、と私は理科室の壁の時計を見やる。四時半か……あと一時間はある。よし、さっさと終わらせよう。私はモップを床に当てて歩く。独特なにおいが鼻につく。におい、と言えば水戸くん。立ち上がらせてもらった時、めちゃくちゃ良い匂いしたなぁ。あれシャンプーじゃないよね。絶対に香水だよね。どんな香水を使ってるんだろう……。
——ガラッ、
「ぎゃっ!」
「うわ、すげー声」
……え?
突然開いたドアのほうを見ると、また苦笑した笑みを浮かべる水戸くんがいた。あ、あれ?もしかして私、水戸くんの事を考えすぎて本人に念を送っちゃったかな……?なんて。
「み、水戸くん!? どーしたの!」
私は自分が出した色気皆無な声に恥ずかしさを覚えながらも、頑張って話しかける。
「お疲れ様です、美化委員さん」
「い、いえ、そんな……」
水戸くんにそんな事を言われてしまったら私はあと三時間くらいはお掃除イケそうな気がする、って、なに考えてんの、私。てか水戸くんを前にしてこんな汚いモップを持っていることが今さらながら、恥ずかしくなってきた。待って……私、髪型変じゃないかな?唇乾燥してない?大丈夫?
「手伝います」
「え?」
…………。
ええーーーっ!!?
「だだだめっ!!絶対だめ!これ以上水戸くんにお世話になるわけにはっ!」
「これ以上? あはは、いいからいいから」
「笑ってないで!いいってば、ホント、ね?悪いからっ!」
「好きで手伝ってんだからいいんだって」
よくわからないまま水戸くんにお手伝いされることになった私。
いやぁ、申し訳ない……けど、ちょっと、いやだいぶ。嬉しい自分が確かに存在している事実。
「水戸くん、クラスの帰りの掃除のとき、いつもサボってるじゃん。なのに、なんで?」
「んー? よく知ってるね、名字さん」
「え!や、それはあの、友達が!なんか、教えてくれんの!」
「へー、そうなの?」
「え、え、え!て、て、てか!名前!……覚えてくれてたんだ……」
「はは、同じクラスだからなー。覚えるだろ」
なんか、うまい具合にかわされた気がする……水戸くんって、よくわかんないんだよなぁ。まぁカッコいいって言うのは確かだけども。
イケメンだよね?水戸くんってさ、一般的にもかなり顔がいい部類だよね?えっ、そうだよね?私だけに、何か特別なフィルターがかかって見えてるわけじゃ、ないよね……?
「よし、あとは乾けば終わりだな」
「うん。あの、ありがとね……二人だと、こんな早く終わるんだね」
ワックスのせいでベトベト且つテカテカの床を二人で見下ろし、満足げに笑う。本来ここには、男子の名字くんがいなきゃおかしいんだけどね。
「男子の名字くん休みだったから一人きりでどうしようかなって思ってたんだぁ、実は。」
「へぇ。俺、大活躍だなー」
はは、と小さく笑う彼に、夕日がかかる。オレンジ色に染まる私の視界。なんか……いま、私に必要なのは、彼氏じゃなくて癒しかも、なんて。
「あとね、窓もやんなきゃいけないんだよね」
「うはー、徹底してんなァ」
「窓はさ湿らせた新聞紙で拭くといいんだよ!」
私は張り切って脚立を窓際に持ってきて置く。それを見ていたらしい彼が溜め息まじりに言う。
「危なっかしーなァ。俺やるよ、名字さん」
「ナメないでよ!私これでも中学校の頃は窓ふきの達人と呼ばれた女なんだからっ!」
「ははは。なんだよそれ」
二人であははって笑った。うわー、楽しいな。理科室に運良くあった新聞紙を一枚広げて半分に切る。それを丸めて水道でちょっと濡らして——
「拭くっ!」
でやあああ!と窓ガラスをまんべんなく擦るとみるみる内に光を取り戻す曇ったガラス窓たち。
「うわ、すげえ」と水戸くんが感心する中、私はゴシゴシと窓拭きに専念する。そうでもしないと緊張して口から心臓が出てきそうだったから。
でも……なんか、色気なさすぎじゃない?ふと私は時間が気になった。壁に掛けられている時計に目を向ければ5時10分を過ぎたところ。
あ、やばい……時間がない。そう思って、窓に向きなおった、そのとき——。
「——!」
夕日が目に直撃した。咄嗟に目を瞑る。すると体がバランス感覚を失って脚立がグラっと真横に動いた。
「……きゃ、」
「名字さん!」
——ガ ッ シ ャ ン !
水戸くんの、私の名前を呼んだ声だけが最後に頭に響いた。
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