いつかは、素敵な王子様が登場するであろうと願望し、自分の人生を王子様にすべて丸投げして守られたいという心理的状態。
おまけに、相手への理想が高く、掲げる条件も多い。見た目はもちろん中身や地位、学歴、収入といった条件面でも、白馬の王子様のような人がいいと考えている。
そのすべての条件がそろって、はじめて恋愛がスタートすると信じており妥協は一切許さない。ねえ、そういうのをなんて言うか知ってるかい?
——シンデレラ・コンプレックス。
そう、君はずっと
�� シンデレラ症候群 �≠ネんだよ。
*
校門を出てしばらく歩いているとようやく雨が上がった。私は立ち止まって傘をたたむ。しかしすこし前を歩いていた彼の足が止まる事はない。
急いで追いつこうと一歩、足を踏み出したときポケットに入れていた携帯のバイブが鳴った。
——ヴーッ、ヴーッ・・・
携帯電話を取り出し着信が切れるまでその場に突っ立ったまま携帯電話の画面をぼうっと眺めていると不意に目の前を歩いていた彼の足がピタ、と止まり、こちらを振り返る。
「……彼氏?」
「う、うん……」
「出ないの?」
「なんか……最近、全然連絡取ってなかったから自然消滅でもしたのかと思ってたんだけど……」
「だけど?」
「うん、昨日からしつこくかかってきてて、出てないの……」
「ふーん……」
カツカツ……とこちらに歩み寄ってくる足音。目の前が翳って顔を上げれば彼、洋平くんが首を傾げていた。
「出たくないの?」
「出たくないって言うか……気持ちが整理できてないっていうか……」
「——なぁ、思ったんだけど。」
「……ん?」
「このまま帰ったら彼氏が家の前で待ち伏せとかしてそうじゃない?」
通学路のど真ん中で彼はそんなことを言った。
確かに……今のあの人の性格上、正々堂々正面から真っ向話しに来ようとするはず。もともとは曲がった事が嫌いな真面目なタイプだったから。
「うん……してそう」
「だよなぁ」
「だよねぇ……」
「だったら、俺ん家に避難する?」
「え」
まさかの彼からの提案に、当たり前に驚いた。目を丸くした私に「ん?」と不思議そうに小首を傾げる洋平くん。
「いっ、いや、いいんだけど!……いいの?」
「いいよ。彼氏もまさか、俺の家にいるとは思わねーだろ。てか知らんだろうしな、俺の家。」
そう、だけど……。でも普通は彼氏から逃げるために、男子の家に行くなんて迂闊な行動は慎みたいところだけど、何てったって水戸洋平だし。
��あの日�≠ゥら、すぐに冬休みに入ってしまってこうして洋平くんと絡むのは、久しぶりだった。
そう——��あの日�≠セって結局、気絶した私を自分の家まで運んでくれて、休ませてくれていたわけだし。首を絞められたのだってきっと、私の夢……だったんだと思うし。今更私と彼の間に、間違いが起こるなんて、とても思えない。
「そういや前話してたゲームのさ、新作。やっと買ったんだよね。それ、一緒にやろうよ」
「え……!やる!あれさ、彼氏相手だと弱すぎて話になんなかったの、中学の頃から。」
彼が振ってきた話に途端に目をキラキラさせる私を見て、洋平くんは「現金だなあ〜」と言って笑っていた。うん。私と彼の間に間違いが起こるなんて、とても思えないよ。
*
江ノ電に乗って駅から15分ほど歩いて彼の住むアパートへと辿り着いた。手には駅の近くのコンビニで買った食料と飲み物。これで準備万端だ。
初めて家に上がるわけではないけれど何故だか今日は緊張とワクワクが混じり合った、不思議な高揚感。二階の一番奥に彼の住まいはある。その真下にはピンク色の見慣れた原チャリが停まってあった。
「お邪魔しまーす」
「どーぞ。汚いところですが」
洋平くんの後から上がり、ローファーを揃えて部屋の奥へ。ああ、水戸家の匂い……洋平くんの匂いだ。
「そっち座ってて」
と、通された先はリビング兼寝室だ。間取りは1Kらしい。改めて見渡すと何となく生活感があって当たり前だけれども洋平くんも人間なんだなぁと思う。彼氏の部屋より全然、綺麗だと思った。
「……。」
どこにどうしていたらいいのかわからず呆然と突っ立っていると、早速飲み物とお菓子を持ってきた洋平くんが「じゃあそこ、テーブルのあっち側どーぞ」と持っていた飲み物で場所を促した。
テーブルの前にはテレビがあって、ゲーム機とコントローラーが、繋ぎっぱなしになっていた。そのそばに例の新作ゲームのパッケージがあり、反射的に私はそれに手を伸ばす。
「あ、そうそう、それね。実は家出る5分前までやってた」
「ほんと?ハマり過ぎでしょ」
洋平くんは「ホントにな」と言ってカラカラ笑いながらテーブルに買ったお菓子を並べていく。私はその間、彼の部屋をキョロキョロと見渡してしまう。
「あんま見ないでください。なんか照れるから」
洋平くんが苦笑いしながら言った。私は素直にごめん、と面を食らって謝りながら返事をする。
「でも、なんかさ……ここで暮らしてるのかーと思ったら、不思議な気持ちに……」
「なんでだよ。え、普通でしょ?別に。しかも、一回来てるだろ」
ドキッとした。夢だったはずなのに、彼に首を絞められたこととか、彼を、引っ叩いてしまったことを思い出してしまって勝手に気まずくなる。
「そ、そうだけど。なんかその普通が良くて」
「なんだそりゃ。よしっ、袋、全部開いたぜ」
見れば、ポテチなどはパーティー開きになっていた。手慣れているなぁ、と、ここでまた無駄に彼のポイントが上がってしまう始末。
私はといえば、手伝いもせずキョロキョロと。なので、再度「ごめんね」と、頭を下げた。
「いーよいーよ。よし、じゃあどーすっかなぁ」
「……。」
「って、はは。ずっとそのゲーム持ってたの?」
「あっ、えっと……ごめん。」
「なんかもうゲームやる気満々だけどさー。どーする?やる?」
洋平くんが私の表情を見兼ねてコントローラを持ちながら言うので「やるっ!」と全力で挙手をして答えた。
なんかまるで普通の高校生みたいで楽しいかもなんて思った。
*
ゲームというのはつくづく……時間泥棒だなと思ったりする。元々がお互いゲーマー気質なのかそれとも単に洋平くんが私に合わせてくれているだけなのか、気づくとあたりは真っ暗ですっかり夜になっていた。
お菓子の半分以上はなくなったが、それでも、まだ半分くらいは残っていて、自分達がどれだけゲームに夢中になっていたのかと考えると、ちょっと怖かったりもする。恐るべし、時間泥棒。
私はゲームに無表情で集中している彼の横顔を盗み見て、ぽつりと言葉を投げかけた。
「——ねえ、洋平くん」
「んー?」
「……別れ、たんだってね」
「……誰と誰が?」
「……っ、」
「あークッソ……やられた。」
ガチャンと洋平くんが少々乱暴にコントローラを床に落とした。テレビ画面をチラッと見れば、どうやら彼が負けたようだ。
自ら話題を振ったくせに、返す言葉に詰まってしまう。こういう自分が、好きになれない。
「そうみたいね」
洋平くんはそう呟いて両手を後ろに付き、天井を見上げた。私はどうすることもできずにいた。すると体勢を戻した彼がまたコントローラを持ちセーブデータを上書きしはじめる。そしてそれが終わるとコントローラをまた手離して盛大に腕を上げて伸びをする。
「——もう7時か。早いなー。まぁ、いつのまにやら、最終章の手前まで来ちゃったからなぁ。」
「……」
「……ね?」
「あ、うん……」
「他も、結構コンプリートできたよな」
「うん。やっぱさ、強い人と共同でやると倍速でいけるってわかった」
洋平くんがすぐにゲームの話題に変えてくれたので私もさっきまでの調子を戻しつつ言葉を返すことができた。やっぱり、今の流れであの話題を出すのはまずかったよね、ごめん洋平くん。
「でも、遊んだなぁ〜って感じ!」
「はは、ちょっと目疲れてるわ俺」
「えっ、大丈夫?寝てもいいよ?」
「んー」
言いながら洋平くんは、自分の家ということもあってかゴロンとその場に横たわる。その珍しい姿に、そうだここは彼のテリトリーだったということを思い出した。
私は無意識に鞄にしまっていた携帯電話に手を伸ばし画面を開く。通知など一切無い画面になぜか心がズキンと痛くなる。昨日からの鬼電に一切でなかったくせして、何とも未練がましい自分に嫌気がさす。
そんな私の様子を見ていたらしい彼が寝そべりながら「連絡ない?」と、声をかけてくる。
「……うん」
「逆に怖いな。マジで家で張り込みしてそうだ」
「多分、そうだと……思う。」
怖い怖い、とかぼやきながら、洋平くんは目を瞑る。この洋平くんはきっとオフモードなんじゃないかなって、ふとそう思った。
一歩外に出ればさっきやっていたゲームの主人公みたいに不良を演じるし周りに敵?がたくさんいて、いつ何時けしかけて来られるかわからないし。どこで見られているかもわからないし。
さっきのゲームと同じであれば、道で肩がぶつかっただけで、半殺しになるような世界の人なのかもだし、色々と大変なんだろうなと思う。
桜木くんなんかは楽観的なところがあるから、今となれば四六時中ピリピリしてはいないけど。でも洋平くんは、桜木軍団の中でも一位、二位を争うほど強いとか和光中から来た子が言っていたし、だからこそ、敵も多いんだろうなって。
きっと本人にその気が無くても色んなところで恨みを買っていそうだから。だからやっぱりこのお家が、一番彼が安らげるところなんだろうな、なんて思ったりして。
私はそっとゲーム機の電源を完全に落とした。そして後ろのベッドにあった最新号のゲーム雑誌を、おもむろに手に取る。今やっていたゲームが特集されている。
彼が無事に寝付けたら、帰ろう。そう思って、私は適当に雑誌を読み始めた。
でもなぁ……床で寝たら体がバッキバキになるよね、きっと。それに、風邪を引くと思う。そう思うと、声をかけたい気持ちでいっぱいだった。
でも年相応の顔で目を瞑る、寝ているのか寝ていないのか、いまいちわからない彼に声をかける気にはとてもなれなかった。
心のどこかで少なからず、こんな彼を独り占めしたい欲みたいなものが、あったのもたしかだ。
「……。」
しんとする室内。悩む内に雑誌のページは進んでいく。それは、過ぎる時の経過を示している。
気がつくと、ポツ、ポツと音がして、また雨が降り始めた。
……折り畳み傘とか持っているのかな、なんて今頃になって、あの彼氏のことを想う。
同時に、そういえば三井……。折り畳み傘など持っているのかすら怪しい奴のことまで思い出したりして。でもすぐに、いつも横にいた、三井の愛しの彼女の顔も浮かぶ。
「……あ、別れたんだった。」
きっと今頃は彼氏も三井も、誰か他の人の傘に入っているのかもしれない。
「はぁ……。」
どうして私だけが。こんな想いをしなくては、いけないのだろうか……永遠の謎だ。
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