こうなることなんか気づいていたのに
私は弱くて脆い、どうしようもない。
震えるほど好きだった事を後悔したくないよ
幸せになりたい。もう一度笑えますように。
会いたくて
抱きしめられたかった日々にありがとう
ここで時間を止めて、綺麗なまま
終わりにしよう。
*
「——俺さ、欲しいって……言ったけど」
あのあと、学校をサボって二人で手をつないで校門を出た。不意に立ち止まった洋平くんが突如改まって口を開く。
「彼女が欲しいんじゃなくて、きっと彼女の愛が欲しかったんだなーって」
ふと、過去に私が、洋平くんに言った言葉——
��関わりたい�≠チて告白したあの時の情景が頭の中に蘇ってきた。私は目を伏せ小さく自嘲する。
「名前ちゃんに気づかされた。なまえさんなら、いくらでもくれるよって言われて」
死ぬほど愛した相手がいま目の前で、死ぬほど愛している相手のことを語っている。それを直に受けて自分は生粋の��女�≠ネんだと、まざまざと感じた。嫉妬、悲しみ、怒り、苦しみ、諦め——全ての感情が、目まぐるしく私の中を交差する。
「俺の知ってる女の人たちはみんなさ、俺と寝たがったり、心だったりを欲しがるけど」
「……」
「なまえさんは何も求めずにただ優しくしてくれるから、そーゆーのって愛を感じるんだよね」
「……」
「だから。あー、めちゃくちゃもらってたわー、愛、って」
「……。」
彼はまた前を向いて、ゆっくりと歩き出した。私も正面を向き、彼の歩幅に合わせて横を歩く。そうして、ぽつりとまた、彼が言葉を漏らした。
「信じてくんねーかもしれないけど」
「なに?」
「……あの、新学期の朝さ、」
「え? ああ……メンチ切ってきたやつ?」
繋がれた手をぶらぶら振りながら、私は青空を見上げる。
「あんときさ、前日帰って来たの三時くらいで。夜中の。まじで学校行きたくねーって思ってて」
「そりゃ思うわ」
真夜中の三時じゃ、ねえ。まったく……何してたんだか。あっ、バイトか。頑張って稼がないといけないもんね。そうだった、洋平くんは私とは違うんだった。
「で、初日くらい行くかって思って学校行ったら下駄箱で無駄にテンション高めな人が話しかけてきてさ」
「……洋平くん、今日は饒舌だね」
少しの嫌味をプレゼンツ。それでも彼は、軽く受け流して鼻で笑い、言葉を続けた。
「まじで、だりぃーって思って見たら」
「うん」
「……」
「……ん? 洋平くん、続き」
「……」
「はい!?すけこまし! もういいじゃん、そういうの!」
私が地団駄を踏んで、洋平くんを覗き込むと、そこには見た事のない表情の、水戸洋平がいた。
「……なに、その顔」
「え?」
「変なのーさっきまであんなにクール決め込んでたくせして」
彼から距離を取り繋いだ手を離して三歩くらい先を歩く。今改めて思い返せば、そりゃあ、怖い部分も、ひょうきんな部分もあったけど、それも含めてぜんぶ水戸洋平なんだからいいや、って。
「かわいい」
「……え?」
「かわいいって、思った」
聞こえた、って頭が認識する前だった。右手がぐんっと後ろに引っ張られて、背中になにかが、当たる感じ。私の目の前に私を包む腕。まぎれもなく——
「洋平、くん?」
の、腕。彼は何も言わなくなった。かわりに、右肩にかかる彼の頭の重み。
青い空は元気に広がって、私は、気が付いた。水戸洋平、あなたって本当は、馬鹿みたいに少年だったんだね、って。それはもう生まれついてのものなんだね。
あなたがいる時、空はいつだって晴れていた。眩しいくらいの太陽光もつけて。でもそれは私の心が晴れていたからなのかもしれない。あなたがいると私の心は、晴れ渡るんだよ。あぁ……涙が出そうだ。
「……下、向いちゃダメだよ」
私が呟くと数秒後、ゆっくりと顔を上げる彼。そのまま彼の手が私の腕を滑り落ちて、また私の左手を握った。
「そんなんだから、見えなくなるんだよ」
自分から何もかも複雑にしていたんでしょう。関わっちゃ駄目って壁を作って、介入を許したくなくて。そのくせ、隙ばっか作る。
「洋平くんは、嘘つきじゃない。」
私だから言えるのかもしれない。ワガママで、自己中で、お節介でしつこい私だから言えることなのかもしれない。
「洋平くんは、良い子すぎて、馬鹿だよね。」
ちょっとだけ沈黙。そして、私たちは笑った。湘南の海の風が、なんだか嬉しい。私たちは向き直って、また一歩ずつゆっくりと歩き出す。
「——で、なに。さっきの」
「え? なにが」
「洋平くんの話の続き」
「え、ああ……で、かわいーと思って、やべーと思って、そしたら尻餅ついてるし」
「びびったんだよ!あんな目した人、初めて見たもん。人やっちまいましたー、みたいなさぁ!」
「ははっ、それどーなのよ」
苦笑する洋平くん。その顔は、前からよく見たことがある、彼の得意分野な顔だ。
「なんか無意識に優しくなったっつーか、なんか今の俺を見せたくないなーって思って。無駄に、ジェントルマン決め込むっつーか」
「あはは! ジェントルマン!」
「笑ってんなよ。まじなんだよ」
うん、わかってる。わかってるよ、ちゃんと。ぜんぶ、わかってるから——。
「なんか名前ちゃんって無駄に馬鹿だろ?馬鹿みたいに俺に構うし」
「それはあれね、水戸信者。水戸洋平教」
「え、なんだよそれ。そんなんねーから……」
「あるんだよ、まあ創立者が誰かは秘密だけど」
洋平くんが、まるで面白くない、みたいな顔をして溜め息を吐く。どちらかと言うと呆れてる、みたいな顔。きっと三井寿が創立者だという事に気づいたんだと思う。知らんけど。
「……で、なんでこの子こんな俺に構うんだろ、まいっか、暇だし。みたいな?」
「クズすぎでしょ、その発想……」
「そしたら逆境にもめげずに立ち向かうときた」
あんなに泣いてたくせにさーって、洋平くんはけたけた笑った。なんか、急に恥ずかしくなってきて、私は誤魔化すために小さく咳払いをした。
「まじなのかなって。この子の本音これかなって関わりたい的発言がさ?」
「んーまぁ、あれは……本当にそう思ったから」
「二回目だったから、びっくりしちゃって」
「二回目?」
「そ、なまえさん。」
「あ、ああ……」
もしも……。もしも、はじめに『関わりたい』って言ったのが私だったら。三井の元カノよりも先に言っていたのが私だったら、未来はもっと、変わっていたのかな。
「こんなにいるんだなぁーって。俺に関わりたいなんて思う人。捨てたもんじゃねーなって」
「いるよ。まだまだ、たくさんいるよぜったい」
「関わりたい的発言がでかくてさ。俺、あんなん言われた事ねーし。なんかそっから調子狂って」
彼はゆっくり淡々と話す。まるで自分の中身を整理するかのように。私は時折、相槌を打って、彼の言葉にしっかりと耳を傾ける。
「……わかんなくなった」
風がさあっと私達の間を通り抜けた。だけど、それでも。勝った人が強いんだ。世の中そういうふうに出来ている。だから勝者は三井の元カノ。
「これ以上踏み込まれたら俺も、なにしちゃうかわかんねーなと思って」
自嘲するように笑う、私の左にいる少年は最後まで、とても素直で。
「どうしてくれんの?」
困ったようにこっちを見た彼につい顔が綻ぶ。そのまま笑いが込み上げてきた。そんな私を見て彼は、怪訝そうに眉間を少しだけ寄せる。
「そりゃあもう、お構いなく」
だって、私がさきに踏み込んだんだから。ただ今だけはあなたの寂しさを、誰かの代わりに私が埋めているような気がした。
彼が私と繋いでいた手を離す。夢であったかのように、彼の香りは溶けて消えゆく。まるで最初から、何もなかったみたいに……。何かが終わるときってきっと、こんな感じなんだろう。
目の前に立つ大好きだった人の影。物悲しげに微笑んだ顔が私の脳裏にしっかりと焼き付いた。
関わりたがったのは、私。だから突き放すのも私なんだよね。
「ごめんね、名前ちゃん」
「……」
「俺、なまえさんをどうしてもほっとけないんだ」
大丈夫、泣かない。たった一つの恋が欲しくてどれだけの涙をこぼしただろう。
だから最後は、絶対に泣かない。泣くもんか。
「彼女がまた心の底から笑える日を、幸せになるその日まで、そばで見守っててやりたいんだ」
「……」
「そのことで名前ちゃんを苦しめる事になるなら俺たちはもうダメだよ」
「……」
「でも、これだけは信じてほしい。俺、名前ちゃんのこと傷つけてばっかりだったけど」
そんなことない。
「ひどい事して、ひどい事ばっか言って泣かせてばっかりいたけど」
そんなことないよ……
「いい加減な気持ちで、名前ちゃんと関わろうとしたわけじゃないんだ」
わかってる。わかってるよ、洋平くん。だって幸せも、いっぱいくれたじゃん。洋平くんが心を丸裸にして素直な気持ちを伝えてくれるのなら、それが私にとって、最高の告白なんだよ。
好きだ、なんて言われるよりも、ずっとずっと嬉しいんだから。
「もう、大丈夫。」
「え……?」
「もう、やめよう」
はっきりとした声で、はっきりとした口調で。私は言葉を紡いだ。ちゃんと欲しがる女だけが、欲しがられる女になる。今の私にはきっとそれが足りていない。
失恋は私たちに、他者への思いやりを教える。他人の幸せを願うことが、自らの幸せへの鍵だ。
「今日で終わり」
「……」
「もう、ぜんぶ終わりにしよう。」
ごめんね悩ませて。洋平くんに甘えてばかりで洋平くんの逃げ道を、塞いでいた。昨日になんて戻れない。だって昨日の私たちは、別人だから。
「情で——私を選んだらダメ。そんな上部だけの両思いなんて何も残らない。そんな恋愛、悲しいだけだよ……」
「……」
「不安を埋めるために繋がるのは、もう嫌なの。だからもう……大丈夫だよ」
「……」
「私はもう、あなたのこと……好きじゃない。」
��さよなら�≠ノ、
��ありがとう�≠ニ��大好き�≠�込めて——
「こうして二人きりで会ったりしない、もちろん学校でも。軍団にも近づかない。もう私たちは、ただの同級生」
「……」
「そもそもクラス一緒じゃなくなっちゃったし」
誰が正解か不正解かなんて、
始まる前から、わかっていたこと。
「……ねっ?
水戸
(
・・
)
くん——。」
私たちが出会った前の二人に戻ること。それで終わり、それで��ゼロ�≠セ——。
「……そーだな、名字さん。」
彼が笑った。とても穏やかで、優しげな笑顔。安心したような柔らかな笑みで。これが表も裏もない水戸洋平なんだなって、最後に思い知った。
幸せになってね、なんて、まだ言いたくない。だって、一緒に幸せになりたかったから。
失恋は一時の痛みかもしれないけど、愛を諦めない限り、新たな幸せが訪れるということ。
自分を幸せにするのは、自分だけ。だったら、もっと自分と向き合ってみよう。たった一人の、大事な自分だから。自分自身を愛することが真の幸せへの、近道だから。
さあ、がんばろう。私は私を、やりなおすの。まっさらになって、やりなおすんだ。
*
「名字さんってMでしょ」
「さぁね〜? 知りたい?」
「いや?だって正解でしょ」
この穏やかそうな彼は、嘘じゃない。たくさん嘘をつきすぎて、一周しちゃっただけ。それでもきっと、全部ほんとの、水戸洋平だったんだね。
海の前の道を二人で歩く。海岸に流れる潮風が気持ちいい。空と海の境界線が、ただひたすらに続くのを眺めて少し前まで彼に握られていた手を自分の中で握りしめる。彼の温もりはなくても、私の体温は、ちゃんと暖かかった。
「あー。明日、世界史の小テストだったー」
「え、そーなの?初耳。」
「水戸くんのクラスも?」
「さぁ知らねー。名字さんのクラスだけじゃね」
「ちくしょー、範囲どっからだっけなー」
俺さーぼろっと、なんて。どこか重みがとれたみたいな顔で呟き返す、彼を横目でみていたら、明日学校に行ったら朝みんなに自分から元気よくあいさつしようかな、なんて思った。
明日から屋上にも行かないし彼とは話さない、話せない。絶対に話しかけてなんかやるもんか。最初は難しいかもしれないけどきっと、三ヶ月もすれば、すれ違っても目も合わせないし口もきかなくなるだろう。
「結局のところ、どんな子がタイプなの?」
「えー、どうだろ。ショートカットとか?」
「あー藤井さんみたいな?」
「もしくはボブか、茶髪?」
「えっと、赤木さんとか松井さんみたいな?てかチャラいわ!それ、女子もれなくDDじゃん!」
「はっはー、バレちゃったかァ」
世の中には二番目、三番目に好きな人と幸せになった人の方がきっと多いはず。この先、互いに歳を取ったときに風の噂で聞くのかもしれない。三井の元カノが水戸洋平と結婚したんだってさ、なんて。
三井の元カノの相手が、フジマって人かもしれないし、マキって人かもしれない。もしかしたらまた、三井と一緒にいるのかもしれない。
人生なんてわからない。誰にもわからないし、予測なんてできない。
「てか何、ディーディーって。最近のバンド?」
「え?違うよ!��誰でも大好き�≠フ略。」
彼のことを無理に忘れることはないと思った。自然にいい思い出になるだろうって。アルバムの中の写真の一枚に。懐かしくもセピア色に褪せてしまう、写真の一枚に。
「誰でも大好きねぇ、よく思いつくよそんなん」
「教えてもらったんですぅー」
「へぇー。頭悪いな、その人」
「確かに……頭はよくないと思う」
「でも、いー人そう」
「まー、いい人かも」
だけど......一枚だけ白く光るかもしれないね。雪解けのあと、春の日差しが差し込む大好きな、桜の色の季節には——。
恋から始まらなくていい。ここで生きよう……明日も生きようって、思えるように。
優しすぎる正義の
味方
(
ヒーロー
)
——水戸洋平の明日が、サイコーになりますように。
本音すら
嘘
に聞こえていた日々。
(別々の世界で、一緒に生きよう。)
※ image song『 Farewell/Superfly 』
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