外の光へと飛び出し俺は夢の街を走り出した。足は自然と、路地を抜けていた。見慣れたはずの街並みなのにどこか歪んでいる。通りすがる人は誰も俺に気づかずただ無表情のまま歩いていく。胸の奥にざわつく不安を抱えたままようやく辿り着いたのは、あの——通い慣れた場所だった。
見慣れた扉の前に立つと胸の奥で脈打つ鼓動が耳の奥にまで響いてきた。躊躇う暇などなかった。迷えばすべてが崩れてしまう気がしたから。だから俺は一気に腕を振り上げ拳を握りしめる。全身の力をその一点に込め、音を立てて目の前の扉を叩きつけた。
「ファットさんっ! 開けてくださいっ!」
ここは、あの人のセーフハウスのはずだ。胸の奥で焦りが暴れ扉を叩く拳が止まらない。何度も力任せに叩きつける内、やがて中からどすん、と床を踏み鳴らすような重たい足音が近づいてくる気配がした。金属の擦れる音が静寂を裂き、チェーンが外される。続いて、軋むようにゆっくりと扉が開いた。その隙間から顔を覗かせたのは——ビンゴ。プロヒーロー・ファットガム。だがその目は俺を見た瞬間に大きく見開かれ次いで困惑に曇った。理解が追いつかない、そんな色を隠そうともせずに。
「……悪いなァ、兄ちゃん。どちらさん?」
「え」
思わず絶句した。え、ファットさん何を言っているんだろうって。まさか、こんなタイミングで笑えないジョーク?——俺を、知らない?
「あ、そっか……こっちでは知らんっちゃんな」
自分に言い聞かせるように呟いてから、慌てていつもの笑みを作る。
「俺は、ホークスって言いまーす。あなたと同じ、ヒーローです」
「ホークスぅ? プロヒーローか?一度も会ったことも見たこともないねんけど……」
疑惑の色を浮かべたヒーローの瞳が、容赦なく俺を射抜く。見るからに不審者扱いである。息が詰まりそうになる。
「あ、えっと……確かに、変な話だとは思いますけど……」
そして困惑しているファットさんを置き去りに矢継ぎ早に言葉を並べた。
「俺、任務中にどうやら事故にあって。今まさに昏睡状態でベッドに寝てるはずなんですっ。で、気づいたらここにいて、どうやら、パラレルワールドに迷い込んだっぽいんですよね」
自分で言いながら苦笑する。夢みたいな説明。だが、ファットさんは口をぽかんと開けたまま、一切、動こうとしない。それでも俺は続けた。
「ファットさん、お願いします!助けて欲しいんですっ」
必死に頭を下げた。だが返ってきたのは何とも焦ったような声だった。
「わ、わかった……!とりあえずやな、ちょっとそこで待っとってくれへんか?」
「あ、はい……」
「今、警察かなんか、呼んだるからっ!」
そのままバタンッ!と扉が閉まり慌てて今度は両手でドンドンッ!と、目の前の鉄の壁を叩く。
「ちょ——待って!ファットさん!違うくてっ!知り合いだって、証明しますからっ!」
声を荒げドアをバンバンと叩く。しばらくして中から、完全に疑いを孕んだ声が返ってきた。
「……どうやって、証明するんや?」
なんとなく勢いで言ってしまったものだから、息を呑み、目をギュッと瞑って必死に記憶を掘り起こす。考えろ。なにかないか、なにかないか、
なにか——あ、そうだっ。
「ファットさん、昔ジーニストさんの名前使ってたこ焼きタダでもらったことあったでしょ?」
「……ん?」
「あのとき、め〜っちゃ怒られてましたよね!」
「……あ、え、」
「もう君とは二度とチームアップは組みたくないものだね——って!」
静寂。やがて、恐る恐るチェーンの外れる音がした。ゆっくりと、ドアが再び開く。中から覗くファットさんの目は、先ほどまでの困惑に加え、わずかな動揺を宿していた。
とりあえずのところ、中へ通してもらうことに成功しソファに腰を落ち着ける。ファットさんがどっかりと目の前の椅子に座り込んで、こちらをじっと見ている。その視線を避けるように俺は、深呼吸をひとつして話を始めた。
「最後に覚えてるのは、任務中……どんよりした曇り空の日でした」
「……」
「全国にヒーロー要請が出ていて……現場で空を飛んでたら——突然、稲妻が走って」
「雷に打たれたんか?——て、待て待て!空飛んでたって?」
「はい。今は、無個性みたいですけど……剛翼。いや、確かに翼が生えてたんすよ、この背中に」
「……それで、お前さんは死んだんか?」
「いや、死んではないと思うんですけどね。多分ここは……昏睡中の夢の世界なのかな、って」
言い終わったあと、ファットさんが眉を寄せて鼻を鳴らした。
「��スーパーナチュラル�=c…か。」
「いやいや、どう超自然的なのかわかんないです俺には。むしろこの人生は、人工的な気がする」
「ちゃうて。ドラマのタイトルや。……じゃあ俺は大天使ミカエルなん?」
「え、その話だと、元の世界に戻れるんです?」
「あーどうやったかな。ファイナルシーズンまで見てへんのや、何べんも死んだり生き返ったり」
胸の奥にかすかなざわめきが残る。冗談半分に聞き流したいのに、ほんの少しだけ、もしや……という不安が、喉元あたりに引っかかる。
「なるほど……え、もし俺がこの世界で死んだら現実でも死ぬんですか?」
「残念やなァ〜。それは別の映画のお話や。んで、お前はこの世界に来てどれくらいなんや」
「わかんないです。時間の感覚が曖昧で……たぶん二日くらいですかねぇ」
俺の軽い調子の答えに、ファットさんの目が、呆れを隠さずに細められる。
「はぁ?じゃあ別世界を二日ものんびり歩いてて今になって疑問が湧いた言うんかぁ?」
呆れ果てたように肩をすくめるその声音に俺は思わず目を逸らした。
「いや、なんか……最初は、居心地が良かったんですよ。でも、名前さんが困ってた」
「名前さん?」
その名を改めて他人の口から聞き返されたとき胸の奥でちくりと疼くものがあった。
「向こうの世界では俺の彼女のはずなんです。でもこっちの世界では……姉貴、だった……」
ファットさんが沈黙を返す。自分でも説明のつかない矛盾を並べ立てながら言葉の行き場を探していた。そして、閃いた。
「あ、そっか! じゃあ、こっちの世界で彼女を助ければいいってことですよね!?」
「何やそれぇ。現実の世界でもその彼女は困ってるんか?」
「いや、違うと……思いたい。彼女は、向こうの世界では、俺と幸せに——」
「ほんまに?」
「え?」
「彼女は、お前といて、幸せなんか?」
「……」
胸がぎゅっと痛む。喉に詰まったように一瞬、言葉が出なかった。
「とにかく、こんなとこにいても埒が明かない」
「おん?悪かったな〜、埒が明けへん場所でぇ」
「……エンデヴァーさんに相談する。あの人ならどうすればいいか、教えてくれるはずです」
そう言ってソファから立ち上がりかけたとき、ファットさんが、訝しげに聞き返してきた。
「エンデヴァー?」
俺は、くるりと振り返って、当たり前に笑みを浮かべる。
「んっ?知ってますよね? エンデヴァーさん。ナンバーワンヒーローの」
「……あ、ああ。期待を裏切るようで、可哀想な話やが……」
「ん、なんです?」
「エンデヴァーは、ヒーローをやめたで」
「……はい? いやいや、またまたぁ〜」
「……」
「え、それ……本当、なんですか」
「おぅ。ヒーロー・エンデヴァーはもういない」
その瞬間、突然——肺が凍りつくような感覚に襲われた。視界が揺れて、呼吸が一気に乱れる。
「はっ……は、はぁ……っ」
喉が塞がれたみたいに、空気が入ってこない。両手で首元を掴みながら俺は膝をつく。
「おい!?落ち着け!まずは呼吸せんかいっ!」
ファットさんの声が遠くで響く。俺は床に頭を擦りつけて、もがき苦しんでいた。
——その時、ERのベッドに横たわるホークスの身体が大きく痙攣する。心電図が警告音を鳴らし数値が急降下する。
「呼吸できてへん!」
そばで見守っていたファットガムが慌てて叫び廊下に飛び出して看護師を呼びに行く。
「誰かっ! 早よう!来てくれぇ!」
駆け込んできた看護婦たちが、再び蘇生器具を準備し、人工呼吸の準備に入る。モニターの赤いラインが乱れ、緊迫した空気が、病室を満たしていた。
胸の奥が焼けつくように痛い。喉が塞がれて、肺が縮み上がっていく感覚——。
「ん、はっ……は、はぁ……っ!」
必死に息を吸おうとするのに空気は入ってこない。両膝を床に落としたまま、爪が食い込むほど自身の首元を掴む。視界が滲み、黒い斑点がどんどん広がっていく。
「おい! しっかりせえ! まずは呼吸やっ!」
目の前でファットさんが必死に声を張り上げているのがぼやけて見える。けれど声は遠く、頭の中で水音のようにぼやけていく。そのとき——。
「……騒がしいね、どうしたんだ」
低く響く声がして、扉の向こうから長身の影が現れた。紺色のデニムスーツに、端正な立ち姿。ベストジーニストさんだった。
「……ジーニスト、さん……っ?」
夢の中のはずなのにその姿はあまりにも鮮やかで現実的で、まるでここが現実世界なんじゃないかと錯覚する。彼はすぐに俺の肩を支え苦しげに開いた胸元を手際よく押さえた。
「落ち着こう——呼吸を意識しろ。大丈夫だ」
同時刻——ERでは看護婦たちがホークスの胸にパッドを当て、リズムを確認していた。
「酸素レベルが急激に落ちてる!」
「反応なし、ドクターを呼びます!」
「呼吸器を付けても酸素濃度が90パーセントしかありません!」
「最大吸気圧で呼吸音なし。手動に切り替え!」
「呼吸停止! 挿管準備!」
「何してるの! 酸素流量上げて!」
機械的な声が飛び交い、青白いライトの下で、処置が進んでいく。ファットガムは、祈るように拳を握りしめ、モニターを見つめていた。
「頼むでぇ、ホークス……戻ってこいっ!」
荒い息を繰り返している中、ジーニストさんの腕が、俺の背中に回される。支えられるだけで、不思議と、意識が繋ぎ止められる。
「息を整えよう。私の声に合わせて——吸って、吐いて」
その声に従うように必死で息を繰り返す。するとわずかに胸に、空気が満ちる感覚が戻ってきた。視界も徐々にクリアになっていく。
「……そうだ、その調子だ。大丈夫だよ」
視界がかすかに明るさを取り戻す。見上げた先でジーニストさんの瞳が真剣に俺を見据えていた。
「……脈、戻りました!」
「心拍再開!」
看護師が叫ぶ。乱れていたモニターの波形が、ゆっくりと規則正しいリズムを描き始めた。
「よし……繋ぎ止めたぞ」
医師たちが安堵の息を吐く一方でファットガムは両膝に手をつきながら、深く息をついた。
「ほんま……無茶しよってからに」
俺は何が起こったのか理解できぬまま、天井の一点を見つめていた。ジーニストさんに支えられ呼吸が安定していく。けれど、まだ胸の奥に燻る痛みは残っていた。
「……ジーニストさん、なんで……」
言葉を絞り出すとジーニストさんはただ淡々と返す。
「なぜ? 必要だから来たんだよ。それだけだ」
その声音はどこか現実の彼の冷静さと重なっていた。夢と現実の境目が、ますます曖昧になっていく。
胸の奥のざわめきがようやく落ち着いてきた頃俺たちはとりあえず、向かい合って、ソファに座り直した。ジーニストさんがじっと俺を見据えやや冷たいけれど、揺るがない声を落とす。
「——して、君は窒息するふりをしていたのか」
「いや、すんません……なんだかよくわかんないんですけど、急に肺が動かなくなった感じで……息苦しくなったんです」
「で、今は」
「……あー、大丈夫っすね。もう治りました」
肩で息をしながらそう答えるとジーニストさんの隣で腕を組んでいたファットさんが、額の汗を拭いながら深く息を吐いた。
「エンデヴァーのことを話してたら急にこうなったんや……何か、関係があるんかいな?」
ジーニストさんは答えず、ただ顎に指先をあて、思案するように、目を伏せた。その沈黙の重さに耐えられず、俺は思わず呟いた。
「……病院に、行ってみればよかね」
自分でも説明できない感覚だった。ただそこへ行けば答えがあるような、そんな直感に突き動かされていた。俺は、おもむろに立ち上がってファットさんのセーフハウスの玄関に向かう。横目にファットさんとジーニストさんが顔を見合わせているのが見えた。そして二人は何も言わずに俺のあとを着いて来てくれた。
夜の街は妙に静かで、車のエンジン音も人々の足音もまるで遠い膜の向こうにあるようだった。俺はまるで導かれるようにまっすぐ足を運んだ。やがて辿り着いたのは俺がかつて——いや現実で確かに運び込まれたはずの病院。白く光る大きな建物の入り口。その自動ドアの先から規則正しい機械音と、忙しない足音が漏れてくる。その場で一旦、足を止めた俺は無意識に拳を握りしめた。
「……ここに、俺がいるんですよね」
背後に立っているファットさんも、ジーニストさんも何も答えなかった。ただ、重苦しい沈黙をまとったまま、俺と一緒に病院の入口を見つめていた。
「出発点に、戻ってみるのがいい気がする」
胸の奥にざわめきを抱えたまま、俺はそう口にした。ファットさんとジーニストさんの二人が、黙って頷く気配。俺たちは夜に浮かぶ白い建物の自動ドアをくぐり病院の中へと足を踏み入れた。蛍光灯の明かりが異様に白く、消毒液の匂いが、やけに濃い。
「こいつのパラレルワールドでは、そういう設定なんやろうなぁ」
ファットさんがぼやくようにそう呟いた。俺は顔だけで振り返り、苦笑を浮かべる。
「俺、なんかわかんないですけど……多分あまり時間が無い気がして。妙な焦りっていうか」
するとファットさんは、大げさに目を見開いて手を叩いた。
「お!出たなァ〜、時間切れを使ったストーリー展開や!」
「……」
場違いな軽口に思わず目を細めたがジーニストさんが口を開いた瞬間に、空気はまた冷たく引き締まった。
「君は先ほど、呼吸困難に陥った。もしもあれがただのパニック発作ではなかったら」
思わず足を止めた。ジーニストさんは俺の横に並んで立ち止まり、正面を見据えたままでさらに続けた。
「ここが、異世界だと決めつけているようだが、そうではなく……」
「……」
「もしここが——昏睡している、君の頭の中だとしたら」
一気に喉がつまる。今言われたことを、自分はあえて、考えないようにしていたからだ。背筋に悪寒が走り、思わず拳を握りしめた。
「まだあちらの世界の君の身体と繋がっていると仮定してみよう」
「……」
「向こうの世界で呼吸ができなければ、もちろんこちら側の世界でも……」
言葉を失う。けれど、胸の奥で妙に腑に落ちる感覚があった。「そりゃ焦るわな」と、ファットさんが腕を組み、低く唸るように言う。
「じゃあ、その時間が無いと感じる原因は——」
俺は渇ききった喉から息を吐き出すようにゆっくり口を開いて、そう呟いた。
「たぶん俺の体がもう、もたないってことすね」
そこで、不意に視界の端に見覚えのある背中を捉えた。
「——エンデヴァー、さん……?」
厚い肩幅と、揺るぎない歩幅。ナンバーワンの背だと、直感で理解した。その背中が、病院内の角を曲がって消えていく。
「お二人ともありがとうございました!俺、行きますねっ!」
俺は慌てて、ファットさんとジーニストさんに振り返って叫び、その大きすぎる背中を追った。
病院の廊下を進むと一枚のドアが現れる。手に汗を滲ませながら取っ手を掴み、恐る恐る、押し開ける。そこは、薬品棚がずらりと並んだ薄暗い部屋だった。あたりを見渡しながら歩いて、奥に進んで行くと、背後から突如、低い声が響いた。
「こんなところで会うとは、意外な再会だな」
振り返ると確かにそこには、ヒーロースーツを纏ったナンバーワンヒーローエンデヴァーさんがいた。
「エンデヴァーさん……あなた、ヒーロー辞めたんですって? こんなとこで、何を」
「ここは、貴様の夢の中だ。俺はこうして死後の世界を謳歌している」
「なるほど……じゃあやっぱ俺、死んだんすね」
「正確には、まだだ」
エンデヴァーさんの影が棚に伸び、薬瓶をぼんやり照らしていた。消毒液の匂いがやけに強く、なぜだか心臓がドクンと、ひとつ跳ねる。
「ここは、天国っていうにはひどすぎますけど。俺、地獄は信じてない主義なんで」
「……」
「でも、じゃあここは?煉獄か何かです?待合室みたいな? 次、あなたが死にますってお呼びがかかるまで待つ場所?」
「……」
「それともなんです?何かの罰?お仕置き?反省して罪を償わないと、次に進めない感じで?」
「まあ、聞け。まずは落ち着け」
短く制され、俺は少しムッとしつつも無意識にいつもしているように口を噤んだ。
「ここは現実ではない。ここは虚構。」
そう言ってエンデヴァーさんは重々しい手つきで二つの棚を自力で寄せてその奥に隠されていた重い扉らしきものを押し開いた。その奥に広がるのは、真っ白な壁と、真ん中にはひとつのベッド。機械の音に囲まれた一室。そこにはそのベッドに横たわり無防備に眠り続ける誰かの姿があった。
「だが——長居をすれば、ここが現実になる」
「……つまり?」
「見ろ、貴様はまだ生きている」
エンデヴァーさんの言葉に促され、視線を落として目を凝らした瞬間、息が詰まった。ベッドに横たわっているのは自分自身だった。顔色は蒼白で、無数のチューブに繋がれ、かろうじて呼吸を繰り返している。——俺が二人?膝が震え、声が掠れる。
「ど、どうして……俺が、もう一人……」
「ここは、お前の潜在意識だ」
「俺の……状況は?どう、なってんです……?」
「それは捉え方による。生と死、どちらに向かうかは、貴様次第ということだ」
喉が焼けつくように乾いていた。目を、何度も何度も瞬かせて、口をぱくぱくと動かすが、声がうまく出てこない。それでもようやく出た声は、なんとも情けないほど頼りなく小さな声だった。
「……わからない、です」
「……」
「最初は、こっちがいいと思ったりもしました、多分。でも、名前さんが——彼女が困ってた」
「それは、こちらの世界でなら、なんとかなるだろうな」
「え? 助けられるんですか?救えます?俺に」
「知らん。ただ、この世界は物理の法則や論理に縛られていない。全て、お前次第だろう」
「……皮肉っすね。なんか、妙な気分です」
しばらくぼんやりとベッドに横たわる自分自身を眺めていた。見慣れたはずの顔がどこか別人のように静かで眠りの底に沈んでいる。そんな自分を見つめながら、気づけば無意識に言葉が漏れていた。
「俺の父親は犯罪者で母親も俺なんか産まなきゃいいと思ってた。なのに、この世界では優しい」
自分の声だけが静かで、この異質すぎる部屋に虚しく落ちる。
「俺、ずっと、厄介者扱いされてる気分だったんですよねぇ、昔から」
胸の奥に沈殿していた澱が、少しずつ表に溢れ出していく。耳に届くのは呼吸と心臓の音だけ。
「でも、この世界ではどうしてか期待通りの目で見てもらえる。尊重してもらえる……」
「違う」
不意に低い声が空気を裂いた。重く鋭い響きが背筋を打つ。エンデヴァーさんの眼差しは、炎のように揺らめきながら、逃げ場を与えない。
「他人の評価が一番大事なのか」
「え……?」
「貴様は、何も学んでいない」
短く吐き出されたその言葉は宣告のように胸に突き刺さる。まるで自分の奥底に隠していた弱さを暴かれたかのようで視線を逸らすことも反論のための言葉を探すことさえもできなかった。