その日の夜。時計の針が、午前0時に届こうとする直前枕元に置いたスマートフォンが震えた。画面には、『ホークス』の名前。鳴り響く着信を取ってスマホを耳に当てると、任務終わりらしい彼の、疲れを含んだ声が耳に響いた。
『あ"〜……やっと終わりましたよー。もう足パンパンですっ』
「おつかれさま。大変だったね」
『……ごめんなさい、寝てましたよね?』
「ううん、起きてたよ。大丈夫」
そのままいつもの軽口交じりの世間話が続き、私は自然な流れで何気なく口にした。
「——あ、そうだ。ねえねえ?」
『んー、はいはい?』
「イレイザーヘッドから送別会してもらうことになったの」
その言葉が宙を舞ったとき、電話の向こう側の空気が一瞬にして変わった。
『…………はい?』
低く落ちる声に、背筋がすっと冷える。だが、努めて冷静に淡々と言葉を返す。
「え、だから……イレイザーヘッドが送別会でもどうか、って——」
『聞こえましたよ』
その声はヒーロー活動中に悪い輩を追い詰めるときのものに近かった。琥珀色の瞳が、電話口の向こうで鋭く細められている気がした。
『それで?』
「え?あぁー、ぜひ——って……」
『……なんで、即答してんですか』
「え」
『なんで軽々しく言うんです!?そーいうの!』
羽根のざわめきが、耳の奥に響く錯覚がした。彼は激しい怒りを隠しきれず声を張って続けた。
『俺がどれだけあなたを誰にも触れさせたくないって思ってるか!まだわかってないんですか!』
「え、あ、あの……」
『あなたねぇ!自分の酒癖の悪さ、自覚した方がいいですよ!?もう俺のいないとこで飲酒は禁止ってあれほど……約束したでしょっ!』
「え!? そんな約束したっけ……?」
『…………しました』
「嘘はよくないねえ」
『〜〜っ、とっ——と・に・か・くっ!!』
電話口のトップヒーローは半ば説教じみた口調でまくしたてる。私はベッドから下りてソファに移動したのち腰を沈めたまま片手で額を押さえて思わず苦笑を漏らした。まるで保護者だ。いや、保護者以上に、過保護かもしれない。
『とにかく、です!』
「は、はい……」
『俺がいない場ではもう酒の席とか、男とか……そういうのほんっとうに無理ですからね!絶対になしですから!』
「え……でも、だって相手、イレイザーだよ?」
『だから何ですか、男やなかと?あのヒーロー、女性でしたっけ?』
「そうじゃなくてさ。それにセンターのみんなも別日だけど、送別会してくれるって言ってるし」
『……』
「そういうの、全部はさすがに断れないよ……」
電話の向こうで一瞬、言葉が止まった。やがてかすれた声が漏れる。
『そんなの……ずるいじゃないですかぁぁ……』
「へ?」
『俺だって……ほんとは一番に祝いたいのに……なのに俺、
声がだんだん鼻にかかって泣き出しそうなのがわかる。電話越しにも彼が悶えている様子が手に取るように伝わってきて、私は思わず吹き出してしまった。
『もーぅ……笑ってる場合やなかばい……』
「ごめんごめん。ちょっと、泣かないでよ……」
『泣いてませんっ……でも……ぐぅ……なんか、悔しいんですよぉ……』
受話口から聞こえる鼻声に私は思わず目を瞬かせる。彼がここまで素直に感情を露わにするのは珍しいことかもしれない。
『っぐ……いいですかぁ、俺ほんとに怒ってるんですからねぇっ!』
「……」
『あなたは自分の酒癖の悪さを全っっ然わかってない!もうほんとに最悪なんですよぉぉぉ〜!』
まくしたてる声が子どものように必死すぎて、場違いにも可愛らしくて笑ってしまう。
「えぇ……そこまで言う?」
『俺を煽り倒して来た日のこともう忘れたと?』
「うっ……」
『だって酔うとすぐ顔赤くなって、目がとろんとして……それで甘えた声で寄りかかってくるじゃないですか!』
「……」
『んで、こっちが止めても『ねぇ〜、啓悟くぅん抱っこぉ』とか言いながら愛らしく笑うし……』
「……」
『しかも、その……やけに色っぽくなるし……!気づいてます? あれ、もう凶器なんですよ!?俺がどれだけ理性保つの大変か……っ!』
ああ、そんなこともあったかもしれない……。切実すぎる言葉に思わず唇が震える。怒っているというより、彼は必死に自分を守ろうとしているだけにも聞こえた。だが——
「あの……それ、ぜんぶ褒めてくれてない?」
『はぁ!?違います!全面否定です!!でも……ほんと可愛いんですよぉ……』
電話口で鼻をすする音。泣きながら必死に否定しているのに語られるのは私の魅力ばかり……。私は堪えきれずまた吹き出して笑ってしまった。
「……ほらぁ、やっぱり褒めてるだけじゃん」
『違うんですってばぁ!俺は怒ってるんですぅ』
「はいはい、ありがとね」
私は苦笑しながら、彼の必死な言葉を軽く受け流した。けれど電話の向こうの彼は一瞬、黙ったあと、なおも涙声で噛みついてきた。
『まだ話終わっとらんっ!!』
「……えぇ、もう十分伝わったけど」
『伝わってない!俺の苦労と心労とあなたの酔っ払い問題は、まだまだ山ほどあるんですから!』
いったいどれほど根に持っているのか受話口の向こうで声を張り上げる彼の姿を想像して、私は思わず肩をすくめる。
「……はいはい、わかったわかった」
『はいはいじゃなくて!あのね、あなたが酔うとまず声のトーンが一段階甘くなるんですよ』
「……」
『——でっ!肩にぽすっと頭のせて、それがもう破壊級の反則で……』
彼の力説は切実さよりも熱弁の色が強く、私は返す言葉を探せず、ついには黙り込んでしまう。
『しかも!しかもですよっ!?気が抜けた笑い方するでしょ?あれ、無防備すぎて周囲の人間全員勘違いしますからね!?』
確かに……心当たりが、なくもない。だがそこまで言われる筋合いがあるだろうかと、心の奥で苦笑が込み上げる。
『俺は一晩中、その勘違い野郎どもを羽根で威嚇して回ってるんですから!』
「え……。羽根、で?」
「はい!しかもバレんよう超高速で! 俺、どんだけ苦労してると思ってんですかぁぁぁ!』
福岡から剛翼を飛ばしていたという事?そんなボディガードが付いているとはつゆ知らず……。だが、そこまで真剣に訴える彼が可笑しくてもう限界だった。いったい彼はいつの話をしているのだろうか。私の同窓会の話?それとも前に一緒に行った、ヒーロー懇親会のことかもしれないが、なんかもう詳しく知りたくもなかった。
受話器を耳から少し離して、私は笑いを必死でこらえる。延々と続く彼の訴えは結局ただ「酔っても可愛い」と繰り返しているだけにしか聞こえず、こんな風にしか受け止められない私はやはり、彼に絆されていて、頭が湧いているのだろうか。
『あなたねぇ!!こんなトップヒーローを手玉に取って、ちゃんと理解してんですかぁ!?』
「……」
『俺がどんだけ、ど・ん・だ・けっ!苦労してると思ってんですかぁぁぁ!』
涙声で延々と語り続けたあと、彼は大きく息を吸い込んで、ようやく話のまとめに入った。
『……結論です!』
「え?」
『もう、一生酔わんでくださいっ!』
「はぁ!? 無茶言わないでよ!」
『無茶じゃなかっ!俺の心臓と理性の寿命を守るためには、それしかないんですぅ!』
電話口で、ぐずぐずと訴えるトップヒーロー。涙ぐみながら無茶なことを言い出すホークスが、どうしようもなく可笑しくて、愛しかった。
「はいはい。じゃあ……今度はあなたの隣限定で酔いますね」
苦笑しながらそう返すと受話器の向こうで彼がふっと鼻を鳴らした。それは、拗ねと安堵が入り混じった、子どもみたいな音だった。
『……絶対ですよ? 約束しましたからね?』
「はいはい。約束ね、トップヒーローさん」
とりあえずその日は何とかそれで幕を閉じた。結果、イレイザーとの送別会は「ソフトドリンクだけを飲むこと」という条件つきでようやくホークスからの了承をもらうことができた。可笑しさと少しの重みが残るやり取りだったけれど彼なりの独占欲も、愛情の裏返しなのだと、私の中ではしっかりと胸に落ちていた。
*
そして迎えた、送別会の日。有休消化で休みをもらっていた私は、朝からゆったりとした時間を過ごしていた。荷造りの途中で手を止め淹れたてのコーヒーを啜っていたところに不意にスマホが震える。画面に浮かんだ名前は、ホークス。
「——もしもし?」
何か文句でも言われるかと、やや身構えながら電話に出る。けれど返ってきた声は意外なほど、落ち着いていた。
『……あ、もしもーし。今、大丈夫ですかー?』
「うん、大丈夫」
『今日はイレイザーヘッドと二人きりで飲み会、でしたよね』
少しばかり棘のあるその言い方に、思わず息を呑む。わざわざ釘を刺すために、こうして電話をしてきたのかと勘ぐる。
「なにー?それを言うためにわざわざ電話かけてきたの?」
『ん〜半分正解、半分はずれってとこですかね』
軽く笑うような声のあと近くで腰を落ち着けた気配がする。そうして、カチリ、と飲み物の缶を開ける音が耳に届いた。
『彼の調子、その後どうです?』
「……え?」
一瞬、質問の意図が掴めず私が言葉を探すより早く、彼は続きを差し込んできた。
『俺が雷に打たれたとき、最後に通信してたのはあなたとイレイザーヘッドですよね?……後で、報告書を読んで知りました』
記憶の奥に焼き付いた光景が蘇る。途端に胸の奥がざわめき、うまく言葉が出てこない。
『人が目の前で負傷するって、思った以上に心に残るものです。そして仲間なら、なおさら』
「……彼は、強い人だから。タフだからきっと、乗り越えられる」
『強くても、それがイコール、必ずしもひとりで背負えるってわけじゃないですよ?』
「……」
『ああいう経験は誰かと分け合わなきゃ消化しきれないこともある』
彼の声は普段よりも低く、その中には優しさをにじませていた。
「……じゃあ、あの日一緒にいた人と、話せってこと?」
『ええ。二人とも、ね』
「なんか……今日のホークス、いつもより優しくない?」
『え?そーです? でもさ、俺で癒せない部分があるなら、それを埋められる相手がいるのも大事なのかなって思ったんですよ』
その言葉に、胸が揺れる。思わず拗ねるように言い返す。
「私は、イレイザーと手を握って、気持ちを語り合ったりはしないよ?」
『それは良かった。あなたの手は、俺以外に触れさせません』
「はぁ……」
呆れたように吐息を漏らす。けれどその独占欲の奥に潜む不安と相反するように私を思いやろうとする気持ちを思えば、胸の奥にじんわりと、熱が帯びる。
『でも、名前さん。気持ちを語ること自体は悪いことじゃないですよ』
その声はやたらと真剣で優しくて、木漏れ日のように穏やかに耳に残った。そして彼は、小さく息を吐き、けれど、すぐに声色をいつものように軽く変える。
『……っと、なんか俺、珍しく説教臭いっすね。キャラ崩壊しそうです』
「ほんとだよ。ちょっと驚いた」
『やっぱ俺は華麗に飛んで、軽口ばっか言ってる方が似合ってますよねー?』
「……まあ、そうかも?」
『お、そこは否定してくれないんですねぇ?ま、いいや』
わざとおどけた調子で笑う声が重くなりかけた空気をふっと和らげた。私の口元も気がつけば、自然と緩んでいた。
『そんじゃ、まあ……今日の飲み会、5分おきにメッセージくださいね?』
「無理です」
『え〜? じゃあ、7分おきでいいです』
「ふふっ、お子ちゃまヒーロー」
『はいはい、お子ちゃまですよどーせ。じゃあ、気をつけて。楽しんできてくださいね』
「うん、ありがとう」
『名前さん、今日も大好きです』
軽い調子で言いながらも、最後の一言に確かな温度があった。通話が切れると同時に、胸の奥にじんわりと残ったのは、彼の声の余韻だった。
*
彼との電話を切ったあと飲み会は夕方からだしそれまでは、支度でも整えて過ごそうかと考えていた。ところが、予定よりもずっと早くスマホが震えた。画面に表示されたのは、数時間後に会う予定の相手の名前。不思議に思いながらも届いたメッセージを開けば、短い文章が綴られている。

悪い
買い物に付き合ってほしい
短いその一文を見つめていると不思議な緊張感が胸に灯った。何を買うつもりなのか肝心なことは一切書かれていない。ただ彼の口調を知る私はそれが冗談や軽い誘いではないことだけははっきりと伝わってきた。急ぎの用事か何かだろうか?いくら想像しても答えは出ない。私は、軽くため息を吐き、鞄を肩にかけて玄関を出た。
早すぎる午後の日差しに目を細めながら駅へと向かう道を歩いていると胸の奥にかすかなざわめきが残る。いったい何を買うつもりなんだろう。答えのないまま、その小さな謎を抱えて私は足を速めた。
待ち合わせ場所には思ったより早く着いてしまった。時間を潰すあてもなく、駅前の広場で行き交う人々を眺める。吹き抜ける風が少し冷たく、腕をさすりながら見上げた視線の先には、ビルの壁面に設置された大型ビジョンがあった。そこに映し出されていたのはヒーローたちの最新のニュース。ひときわ目を引いたのは若々しい声と共に映る制服姿の少年少女たちの戦闘シーンだった。炎が迸り氷が瞬く轟焦凍。拳を振るうその背中には逞しくなった緑谷出久の姿。その横で切り裂くように疾走する爆豪勝己——イレイザーヘッドの教え子たちだ。彼らを彼が育てたのだと思うと、不思議な感慨が胸に広がる。
眩しい光に包まれながら彼らの活躍は未来そのものを映しているようだった。すると映像が切り替わり、拍手と歓声が街のスピーカー越しに流れた。私は無意識のうちに息を止めて見入っていたのだろう、ふと我に返ったとき背後から落ち着いた声が降りてきた。
「そんなに心配そうに見つめなくてもあいつらは元気にやってるよ」
驚いて振り返ると、そこにイレイザーヘッドが立っていた。全身黒に身を包んで、長い髪が少し揺れている。だが表情はいつも通り、感情を読み取らせない。人混みの中でも、彼は不思議と目を引いた。
「イレイザーヘッド……」
「悪い、待たせたな」
ただそれだけを言い、彼は私の隣に立つ。街のざわめきに溶け込むように、自然な動作で。私は首を横に振り、少し笑ってみせた。
「いえ——私も、今来たところで」
大型ビジョンではまだ彼の教え子たちが勝利のポーズを取っていた。けれど、目の前の彼は振り返りもせず、まっすぐ、私のほうだけを見ていた。しばしの沈黙のあと彼がふっと視線を街の方へと流して、雑踏の中でも声量を張ることなくいつも通りの低い調子で言う。
「餞別になにか渡したかったが失敗したくない」
「……」
「なので本人から直接選んでもらった方が早いと思ってな」
あまりにも率直すぎる物言いに、私は一瞬返す言葉を失った。思わず彼の横顔を見上げる。無精ひげの影に隠れた表情は淡々としていて、照れも気負いも感じさせない。
「そういうのちゃんと考えてくれてたんですね」
「当然でしょうが。それが礼儀ってもんだろ」
「ふうん……でも、その、なんだか意外で……」
「最後くらい、しっかり見送りたい」
その声音には、相変わらず温度が少ないのに、不思議と、あたたかさを感じた。街の喧噪が遠のいたように思えたのは、きっとそのせいだろう。
ショーウィンドウに並ぶバッグや小物を眺めながら、彼と並んで歩いていたときだった。突然、私のスマホがぶるぶると震え出す。画面を見ると
『ホークス』の名前が並び、その下には連続で、着信履歴が点々と積み重なっている。
——うわ、鬼電。私は思わず顔を引きつらせ、イレイザーにちらりと視線を送った。彼は気だるげに片手をポケットに突っ込んだまま、低い声で言う。
「……うるさい。さっさと出ろ」
「は、はい……すみません……」
小さく断りを入れて通話ボタンを押すと、開口一番、荒々しい声が飛び込んできた。
『あ!やっと出たっ!なんで無視してんすか!』
「ご、ごめん……なんか急に、バタバタしてて」
『5分おきに連絡くださいって言いましたよね!任務終わってスマホ見たら一件も届いてなかったんですが!?』
「えっ!あれって、電話切ったあとからもう始まってたの……?」
『当たり前でしょ! もー!信じられんっ!!』
「ごめんごめん。ちょっとイレイザーと会うのが早まっちゃってさ……」
『…………』
ハッ!——しまった。言った瞬間に空気が変わったのがわかって私は慌てて口を挟もうとしたがもう時すでに遅し、であった。
『……はぁああああ!?なに勝手に二人で前倒し合流してんすかっ!!』
「ま、まえだおし……ごーりゅうって、何それ」
『前倒し合流でしょうが!ほんと、隠し事大好きですよねっ、あなたって人はっ!』
声がいつもより一オクターブ高い。周囲の人が振り向くんじゃないかと心配になるほどの勢いで彼は電話口で怒鳴り散らしていた。さっき電話を切った時はとても落ち着いた大人の男性味を感じた気がしたのだが、気のせいだったのだろうか。
『説明してくださいっ! 会うのが早まったってなん!?俺は聞いてない!!』
私は苦笑しながら、ちらっと隣のイレイザーを見る。彼は「やれやれ」とでも言いたげに目元を指で押さえて深く溜め息をついていた。
「ち、ちがうの。ほら、餞別くれるって——」
言った瞬間に、電話の向こうで今度は、爆発音みたいな声が響いた。
『はぁぁぁぁあああああああ!?!?!?!?』
思わずスマホを、耳から離す。鼓膜が破れるかと思うほどの怒鳴り声が響き渡り、もちろんそれはスピーカーにせずとも私のスマホから漏れていて周囲の視線を、一身に浴びる羽目になった。
『俺が! 俺が!!誰よりも先に餞別あげる予定だったのにっ!!』
「……」
『なんでっ、なんでっ……他のヒーローなんかに先越されてるんすかぁぁぁぁ!!!』
電話口の彼は完全に取り乱している。荒い呼吸と羽ばたき音まで聞こえてきて、まるで今すぐにでも、ここまで飛んできそうな勢いだ。
『ちょ、落ち着いて?違うの、べつにそういうんじゃ——」
『違わないです!! 俺の心臓にクリーンヒットなんですけど!?いや、もうむしろ直撃で心停止レベル!!』
私は額を押さえながら、ちらりと隣に立つイレイザーヘッドを見て助けを求める。彼は、眉間を揉みながら呆れきった声でぽつり「子どもか……あいつは」と漏らした。
『も〜う、無理です!限界! 今すぐそこに行きますからっ!!』
電話の向こうで羽根の風切り音が混じる。本当に飛び立とうとしているらしく、私は慌てて声を張り上げた。
「待って待って待って! ほんとに来なくていいから! 大丈夫だから!」
『大丈夫じゃないですってっ! 俺が行かないと心配で心配で——』
「お願い、落ち着いて! 今は任務に集中して!じゃないと私、福岡行き延期するよ!?」
沈黙が走ったあと、かすかにすすり泣くような呼吸が聞こえた。それから彼はしぶしぶ絞り出すように言う。
『……ほんとに、怒んないでくださいよぉぉ』
「怒ってない怒ってない。ね、ほら……ヒーロー活動がんばってきて? ねっ?」
なんとか落ち着かせて、半ば無理矢理に通話を切ると、私は大きく息を吐いた。隣でずっと成り行きを見ていたイレイザーが、静かに口を開く。
「……どうしてお前はそうなんだ」
「え?」
きょとんと振り向くと、彼は、片眉をわずかに動かし、淡々と続けた。
「わざわざ馬鹿正直に一から百まであったことを言わんでいい。もっと上手く立ち回れ」
「へっ?」
「俺との予定が早まったと正直に言わなきゃこうならなかったと、なぜわからんかねぇ」
「えっ?……うーん」
そんなことを言われても彼とは嘘はつかない、隠し事はしないと前々から約束しているし……と私はどう返せばいいのか分からず唇を噛みながら考え込む。イレイザーはそんな私を横目に見やりわずかに口元を緩めた。
「まあ、それがお前たちの付き合い方なんだろうけどな」
その言葉は、諦めとも理解ともつかない、妙に優しい響きを持っていた。