机の上にはレポートの束。壁のスクリーンには九州エリアのヒーロー出動マップ。外からは、蝉の鳴き声が断続的に響いている。なのにホークスは今日、一向に手を動かす気配がない。

「……んーーーー。」

 片肘をついたまま、スマホをぐるぐると回す。
時折ちらっと画面を覗きこむたび、通知は当然のようにゼロ。ついには無意味にスリープボタンを押しては消してを繰り返している。その様子を、少し離れたテーブルの向こうから、二人のサイドキックが小声でひそひそと見ている。

「……あれ、また見とーばい」
「朝から、もうかれこれ10回は、既読ついたか確認しとー気がする」
「いや、あれはもっと行っとー。俺、朝イチから件数カウントしとったもん。22回目で諦めた」

 何事も感知する能力を持っているホークスでも今日に限っては、そんなふたりの会話は聞こえていないようで、しかし明らかに挙動がおかしい。

「えぇー。なんっで、未読のまんまなん……?」

 つぶやく声は蚊の鳴くような小ささ。だがその目には任務中の百戦錬磨とは思えないほどの迷いと、焦燥が浮かんでいた。

「まさか事故とか……!?いや、にしたっちゃ、
こげん長う放置する感じん人やなかし……」

 そう言って立ち上がったかと思えば、また腰を下ろす。今度は椅子の向きを変えて、スマホを壁にもたせかけて、睨みつけるように眺める。

「……もしかして、俺……ブロックされとー?」

 言ったそばからハッと口を手で塞ぐホークス。その動きに合わせて思わず二人のサイドキックもホークスの真似をして、オーバーリアクションを取る。そうして二人の視線がますます鋭くなる。

「てか、彼女から連絡返ってこないだけでこんなポンコツになるなんて、恋煩いしすぎやなか?」

 サイドキックのひとりが呟いたその瞬間、ホークスが、バッ!と立ち上がり背中の羽根で二人を強制的に押しのけた。

「ちょっと、二人とも仕事しましょー? ね?」
「——痛った! 羽根、刺さっとるって!」
「すんませんけど、さっきからコソコソ話、全部聞こえてますよー?」
「剛翼の威力、恐ろしかぁ……」

 そんなやり取りをしている中、スマホの通知がひとつだけ、ぽろんと鳴った。

「……!」

 即座にスマホを掴み取り画面を見るホークス。だが残念ながら届いた通知の正体は——アプリのアップデートのお知らせだった。

「……違うしっ!!」

 思わず床にスマホを叩きつけたホークスのその声が、事務所の天井に虚しく響いたのを、サイドキックたちはそっと、見なかったことにした。


 思考のどこかがずっと濡れていた。雨でもない涙でもない。ただ、この数日間、音沙汰がないという事実がこんなにも重いのかと今さらのように知る。
 スマホを開く癖は、すでに身体の一部に溶けていた。画面の向こうに彼女がいない事に慣れたくないと願いながらも、けれど同時に、もう二度と現れないんじゃないかと恐れてもいた。
 そんなときだった。ポンと小さく、それでいて鋭い音が空気を裂いた。震えた指先が、無意識にスマホの画面へと滑る。そして、そこには──。


 ――――――――――――――――

名前

ごめんね、連絡できなくて
風邪引いちゃって。



 ――――――――――――――――


 その言葉はあまりにも短くて、素っ気なくて、ほんの少し彼女らしくない気もした。けれどそれでもいい。それでもよかった。
 思わず椅子の背にもたれ、目を閉じる。それは安堵というよりも、微かに泣きたくなるような、脱力だった。肺の奥の空気が今になってようやく新しくなった気がした。指先が返信の吹き出しに迷い込む。でも何も言えなかった。「大丈夫?」と聞くには野暮すぎる。「会いたい」と送るにはあまりにも軽すぎる。結果、俺はただ一つだけ、文章を打ち込んで送った。


 ――――――――――――――――

ホークス

よかった。無理はしないで



 ――――――――――――――――


 それだけ。それ以上の言葉はもう少しだけ先にとっておこうと思ったから。


 *


 その日は朝からなんだか風の流れが悪かった。晴れているのに湿っぽい。風速は、数値上は平常でも肌に当たる感覚がちくりと鋭くて、どうにも気が立つ。
 スマホの画面は、すでに何十回目かわからない��既読なし�≠フまま。それをただ無意味に開いては閉じるを繰り返す。

「ホークス……今日もずっと、スマホ見よーね」
「俺、あのクッキーもう一個食べてよかかな?」

 サイドキックたちの囁きが、後ろから聞こえてきたが今の俺にはまるで届かない。いや、届いているけど、受け止められないだけかもしれない。
 あれから二日——またもや、まったくの音沙汰なし。熱でもぶり返してしまったのか、それともまだ寝込んでいるのか。たかだか二日、されど、二日。俺はなにかあったんじゃないかって、そればっかり考えてた。喉の奥が焼けるように乾く。彼女のいる東京までは風を切れば一時間もかからない。でもそれをすぐにしない事が俺の精一杯の距離の保ち方だった。
 そんな時、スマホがかすかに震えた。あまりに唐突な通知音に、反射的に画面を開く。そこには彼女の名前と、たった一行のメッセージ。


 ――――――――――――――――

名前

連絡、ほんと、ごめん。
夏風邪かな、長引いてるかも



 ――――――――――――――――


 胸の奥が、どくんと大きく跳ねた。たったそれだけの文字数なのに、息が詰まりそうになるほど安堵して、肩の力が、ぐにゃりと抜けた。
 画面を見つめる指が震えている。その手元に、そっと紙カップを差し出してきたのはサイドキックの一人だった。

「……コーヒー、入れたんで。どうぞ。」
「あ、ありがとうございます……」

 ふうと息を吐く。たぶん、情けない顔してる。それでもようやく返ってきたこの『ただいま』の気配に俺は思った。焦っちゃいけない。でも——ちゃんとまた前を向けるかもしれないって。その一歩が、彼女の体調の回復よりもずっと先に……俺自身の心を癒してくれていた。


 *


 熱はようやく下がりはじめていた。静かな部屋の中、まだ少し重たいまぶたの奥で、薄明かりがカーテン越しに揺れている。喉の痛みは少しだけ楽になって頭の奥に詰まっていた靄も昨夜よりはましになった。
 体調が悪いときほど誰にも会いたくないくせにやたらと、誰かの声が聞きたくなるのだと、今回ばかりは身に沁みて思い知らされた。ましてや、その��誰か�≠ェ自分の恋人であるのなら、なおのこと。
 だけど、あれからずっと私は、返信をしないでいた。わざとだった。正直にいえばスマホに手を伸ばす余裕すらなかった。熱にうなされて、夢と現実のあわいをふらふらと彷徨いながら、ずっと同じ名前ばかりを心の中で呼んでいたのに。それでも指だけが、動かなかった。
 それでも——ようやく、ほんの少しだけ身体が楽になった今朝、私は、スマホの通知を開いた。そこには相変わらず鳴り止む気配のない彼からの未読メッセージの束があって、その一つひとつが妙に可笑しくて、泣きたくなって。それでも私はなんとか、ひとことだけ、打つことができた。


 ――――――――――――――――

名前

連絡、ほんと、ごめん。
夏風邪かな、長引いてるかも



 ――――――――――――――――


 それだけだった。送信ボタンを押した後の手がほんの少しだけ震えた。
 既読がついたのは、ほんの数秒後。ああ、やっぱり、ずっと待っていてくれたんだなと、思わず胸の奥がじんと痛んだ。何かが触れたわけでも、刺されたわけでもないのにそれは、静かに沁みてくるような痛みだった。
 そして私はそのままふたたび眠りに落ちていった。夢と現実の境界も曖昧なまま、意識は、ゆるやかに沈んでいく。
 次に目を覚ましたのは、それから、数時間後のことだった。熱に浮かされた頭がぼんやりと現実を引き寄せ、私は、ゆっくりと身体を起こした。そしてその次の瞬間。目に飛び込んできた光景に思わず、呼吸が止まった。

「──ッ、え……、嘘……だ、」

 遠くから、風を切るような低い音が聞こえてきたのだ。ベランダの外——窓を隔てた空の向こうから赤い影が、まるで流れ星のようにこちらへとまっすぐ飛んできているのが見えた。
 まさか。と思ったときには、もう、遅かった。ベランダの戸が、静かにノックされた。

「——あの……コンコン。」

 ベランダ越しに控えめながらも聞き覚えのある声が届く。
 え、え……!?コンコン、って自分で言うスタイル……? いや、そうじゃなくてっ!

「……お見舞いに上がりました、ホークスです」
「知ってる!それはわかってるけど……ちょっと待って、今ほんとにすっごい顔してるからっ!」

 カーテン越しの薄明かりの向こう——いつかと同じ、でもどこか切実さを帯びた彼の声が続く。

「いえ。どんな姿でも、綺麗なので大丈夫です」
「い、いや!そういう意味じゃなくてさ……!」

 頬が熱くなる。おそらくこれは風邪特有の熱のせいだけではないだろう。

「……どうしても、あなたの、顔が見たくて」

 その言葉に、心の奥がきゅうと鳴った。喉まで出かかった何かが言葉になる前に、そっと静かに息へと変わっていった。
 ──もう、ほんとにこの人は。私はひとつ深く息を吸って足元をふらつかせながら、スリッパを突っかけた。体調はまだ完全ではない。だけど、胸のどこかがさっきよりほんの少し呼吸しやすくなっていたのは彼の声が、風のように部屋に吹き込んだからかもしれない。
 半分開いていたカーテンを開け切ると、そこに立っていたのは、やはりホークスだった。くしゃくしゃに安堵した顔であの人懐こい笑みを浮かべながら。

「……来ちゃいました。やば、ほんとに俺、ストーカー、一歩手前かも、へへっ。」
「……うん、もうとっくにアウト」

 そう言いながらも私は、自然と、笑っていた。二人のあいだの距離が、ゆっくりと、再び縮まりはじめていた。

「……ごめんなさい、急に来ちゃって。ちゃんと寝てるかどうか、それだけでも、確かめたくて」

 そう言って頭を下げる彼の背中には遠く福岡の空を飛び越えてきた風の名残りが、まだかすかにまとわりついている気がした。

「まあ……とりあえず、どうぞ。上がって?」

 小さな声でそう言うと彼は「おじゃまします」とそっと靴を脱いだ。その所作が、思ったよりもずっと静かで優しくて、なんだか胸の奥がきゅうとした。
 部屋の中に入るなり彼の視線が私の顔を探していた。私はといえばひとまずソファへと腰を下ろし、膝掛けを引き寄せながら彼の動きを見つめていた。

「顔色、やっぱりまだ良くない……無理してないです?」

 彼はリビングのテーブルの前にしゃがみ込んでまるで、私の主治医みたいにして眉をひそめる。

「ちょっとね。でも、昨日よりはまし……多分」
「体温計あります?それと、お粥とか、何か口にしました?」
「ええと……ゼリー飲料だけ。体温計は、台所にあるかも」

 そう言った途端、彼はするすると立ち上がってキッチンに向かい始めた。まるで自分の部屋みたいに自然で、なんだかおかしくなってしまう。

「勝手にごめんなさい。でも、こういうときは、黙って動くほうがいいって、ネット記事で」

 彼の口元が照れ隠しのように緩んでいた。引き出しから見つけた体温計を手に戻ってきて、私の手にそっとそれを渡す。

「ちょっと、測ってる間、水も用意しますから。脱水気味かもしれないんで」

 慣れた手つきで「開けますよ」と言い置いて、冷蔵庫からペットボトルを取り出しグラスを二つ準備するその背中が、少しだけ、逞しく見えた。

「……ありがとう。ごめんね……わざわざ飛んできてもらって」
「ほんとは怒られるかなって思ってましたけど。でも……来てよかった」

 そう言って彼はそっと私の隣に腰を下ろした。肩が触れるか触れないかの距離。体温計のアラームが鳴るまでのあいだ、その沈黙はかえって穏やかなものだった。やがて控えめにピッと体温計の音が鳴った。彼はそれを、そっと私の手から抜き取る。

「……まだちょっと熱あるなぁ。ちゃんと眠れてました?」

 彼の問いに私はちょっとだけ悩んだ末、曖昧にうなずく。

「まあ、昨日よりは……夢の中でホークスの声がしてたよ。何度も何度も」

 その言葉を聞いた彼の表情がわずかに崩れた。

「──ちゃんと届いてたんなら、少し安心した」

 彼がぽつりとそう呟いたとき、私は思わず隣に手を伸ばした。彼の指先に、自分の指を、そっと絡める。それだけで涙が出そうになった。たぶんこれは、身体が弱っているからだろう。

「……ほんと、ごめんね。何も言わずに、返事もしなくて」
「ううん、いいんです。生きててくれれば、それだけで」

 その一言はいつかの夜よりもずっと深く、私の胸を貫いた。
 カーテンの隙間から、やさしい陽が差し込んでいる。少し汗ばんだ額に、彼がそっと手を伸ばした。そこに宿る熱と優しさがようやく私の弱った心の奥まで届いていた。
 体温計の数字はやはり、平熱には届かないままだったけれど、彼の手のひらが私の額にふれた時その温もりが数字よりもずっと確かに私の不安を拭ってくれた気がした。

「もう少し、眠ります?」
「んー……だね、ちょっと、寝ようかな」
「じゃあ、もう少しだけ、ここにいさせてもらっても?」

 彼はそう言ってソファに散らばったクッションや膝掛けを器用に整えると、まるで、小さな看病ステーションでも作るようにソファの目の前に、腰を落とした。
 冷えた水のグラス、常備薬、ティッシュ——、それから、なぜか私の好きなキャラクターのパッケージのホットドリンクまで。

「……なんで、こんなもの、持ってるの?」
「いやぁ、薬局で見つけたときに、これ好きって前に言ってたかもって思い出して……当たり?」
「……うん。ちょっと、驚いたけど、嬉しい」

 そう言った私の声は、掠れていたけれど、彼はそれをふふっと誇らしげに笑って、私の頭の上にそっと手を置いた。

「もうちょっと眠ったほうがいいですよ。ほら、横になって?」
「……じゃあ、すこしだけ。」

 私はソファの背にもたれ、彼の差し出したクッションに頭を預けた。目を閉じると、カーテンの隙間から差し込む昼の光がまるで水面のきらめきのように、まぶたの裏を優しく撫でていく。
 しばらくして気配が一つすぐそばに近づいた。彼が自分の上着をそっと脱ぎ、私の足元にかけてくれる。そのまま彼自身もクッションを抱え込むようにして、私の隣に腰を落とした。

「寝づらかったら言ってくださいね」
「ねえ……なんで、そんなに優しいの」

 思わず聞こえるか聞こえないかの声で呟いたら彼の返事はなかった。ただそっと肩先が触れた。
 いつのまにか、そのわずかな接触が、心地よい重さとなって眠気を深くしていった。彼の呼吸は静かでまるで子守唄のようだった。
 そして、私の意識が柔らかな眠りに沈んでいく直前、誰かがそっと、手を握ってくれたような、そんな気配がした。


 *


 夢の中でも、大好きな彼の声がしていた。あたたかい、と思った。布団ではなく、毛布の端でもなく、もっとずっとやわらかく、寄り添うような熱が、私の腕の近くにあって。目を開ける前から私はそれがなんであるかを、うすうす、いや——ちゃんとわかっていた。
 まばたきをひとつして、天井を見上げる。次にそっと横に顔を向けた。彼がいた。私のすぐ隣。ソファの端、少しだけ傾いた姿勢で、背もたれに寄りかかりながら、彼は眠っていた。髪の一房が額にかかっていて首のラインは少し不自然に折れている。けれど彼の顔はどこか無防備でなんだか少年みたいに穏やかだった。小さく寝息を立てている。静かで、整ったリズム。聞き慣れたはずのその呼吸がこんなにも安らかな音に感じるのは、たぶん私が、ほんの少し、彼のことを許し始めているからなのかもしれない。
 私は上半身を少しだけ起こして、そっと、膝を抱えた。まだ熱は抜けきっていないけれど、心の底にあった氷みたいなものが少しだけ、ひと欠片ずつ溶けていく気がした。

 彼は、来てくれた。あんなに忙しい人なのに。どれだけ心配だったか、どれだけ会いたかったかそしてどれだけ言葉にならない想いを詰め込んで今こうして、私のそばで眠っているのか。
 私だけが知っている、ヒーローの素顔。そっと手を伸ばして、彼の髪にふれようとした。けれどその数センチ手前で私はふと動きを止めた。まだ触れない。触れてしまったらきっと何かが戻ってしまう気がして。でも、今はそれでもいいのかもしれない。
 私は小さく息を吸って、目を閉じた。そして、彼の寝息と重なるように、もう一度、短い眠りに落ちていく。

 あなたの隣がこんなにも静かであたたかいならもうすこしだけ、この夢から覚めなくてもいい。
 睫毛が震えたのを見て、私はすぐに目を閉じたふりをした。小さな寝返りのような動作があってそれからゆっくりと起き上がる気配がする。けれど彼は私を起こさない。ソファの端に肘をついてじっとこちらを見つめる気配だけが空気のなかに残った。

「……起きてますよね」

 囁くような声だった。私は観念してそっと目を開ける。

「うん……。さっきからずっと、見てたよね?」

 彼は私の返しに、照れたように目を細めた。

「いやあ……寝顔、可愛くて。見惚れてた、ってやつです」
「……やめて、そういうの」

 そう言いながらも、どこか顔が熱くなっている自分がいて、それに気づかれないよう、私はクッションの端を握りしめた。

「体調……ちょっと良さそうで、よかったです」
「ん、熱は下がったと思う。寝かせてくれてありがとう。ホークスこそ、首とか痛くない?」
「バっキバキっすよ。寝方、間違えました」
「え、ごめん」
「嘘です。大丈夫ですよ」

 二人で小さく笑う。その、なんでもない時間がなんだか宝物のように思えた。彼は立ち上がって上着を整えながら言った。

「……そろそろ行きます。色々ぶん投げて来ちゃったんで。でも、またちゃんと会いに来ます」
「うん」
「次来るときは、元気なあなたに会いたい。そのときは、ちゃんとベッドで添い寝してもらってもいいですか?」

 少し俯いて言った彼のその声がなんだかとても遠慮がちで、私はそっと笑った。

「そのときの、私の機嫌次第だね」
「え、マジかぁ……じゃあ、がんばります、俺」

 ほんの数秒沈黙があって、でもそれは心地よいものだった。彼が玄関に向かいかけたとき、私は思わず、その背中に声をかけた。

「……来てくれて、ありがとう。」

 彼は振り返り、ふわりとした笑みを浮かべる。

「来ないわけ、ないでしょ。……好きなんで。」

 その言葉を最後に、彼は玄関のドアを開けた。扉の向こう、彼はまた、空に出て行くのだろう。またしばらく会えないかもしれないけれど、それでも今日は、これでいい。
 閉じたドアを見つめて私は静かに息を吐いた。心のなかの熱が、やっと、穏やかな色に変わっていく気がした。


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