その日は久しぶりに何の予定もないただの休日だった。目覚ましをかけずに眠って、昼前にようやく起きて、洗濯機を回しながらコーヒーを淹れる。仕事の日の自分から見たら信じられないほど緩んだ生活だ。スマホを眺めながら今日くらいは仕事のことを考えないでいようと心の中で小さく決める。正午過ぎに冷蔵庫を開けてみたけれど、めぼしいものは何もない。

「……外で食べよ」

 適当に服を選んで髪を軽く整え財布だけ持って家を出る。ヒーロー社会に生きているくせに私の休日は驚くほど普通だ。街は平日よりも少しだけ人が多くて、どこか、浮ついた空気をしている。そんなことを考えながら駅前を歩いていると……

「……名字さん?」

 と、不意に呼び止められた。振り返ると相手は職場の同僚だった。仕事着ではなくラフな服装で立っている姿が、なんだか新鮮に見える。

「え、びっくり!」
「ほんと。お休みですか?」
「うん。そっちは?」
「僕もです。いや珍しいですね、こんなところで会うなんて」

 職場で見る姿とは違って、今日の彼はなんだか柔らかい雰囲気だ。肩の力が抜けた立ち方や声のトーンが、勤務中のきっちりした印象をやさしく裏返している。

「あの、これから昼なんですけど」

 そう言って彼は一拍置く。断られても構わないという予防線を声の端に忍ばせるみたいに視線をほんの少しだけ外してから、言葉を継いだ。

「もしよかったら、一緒にどうですか?」

 そのお誘いに、一瞬だけ迷う。頭の中で予定をなぞるけれど急ぐ理由も、避ける理由も見当たらない。その曖昧な空白に、休日の昼らしい余白が広がる。

「うん、いいですね」

 そう答えると、彼はほっとしたように笑った。向かったのは駅から少し外れた場所にある静かな定食屋だった。カウンターとテーブルが数席だけの、落ち着いた店。休日の昼にはちょうどいい。
 向かい合って席に着きメニューを見る。仕事の話から最近のニュース、他愛のない話題が続く。職場で顔を合わせている相手でも、こうして外で話すと少し距離が違って感じられる。
 料理を待つ間、私は何気なく店内を見渡した。そのとき、奥のテーブル席。見覚えのありすぎる後ろ姿が視界に入る。金色の髪。背中には抑えられた緋色の羽。気だるそうに椅子に座る姿勢。
 ……ホークスだ。心臓がどくんと音を立てた。しかも相手も一人じゃない。向かいには別のヒーローらしき女性が座っている。お互いにヒーロースーツ姿で間違いなく現役プロヒーローだとわかるオーラ。昼食中なのだろう。楽しそうに話している。頭の中が一瞬だけ真っ白になる。完全に、予想外だった。彼は私に背を向けている。こちらには気づいていない様子だ。
 いや、落ち着け。私と同様に仕事仲間と、昼を食べているだけだ。何もおかしくない。分かっているのに、胸の奥がいやにざわつく。さっきまで平穏だったはずの休日が、急に別の色を帯びる。

「名字さん?」

 同僚の声にはっと我に返る。笑おうとしたのに少しだけ引きつってしまった気がする。

「どうかしました?」
「あ、ううん、なんでもない」

 視線を逸らしながらもう一度だけ奥の席を盗み見る。ホークスは箸を持ったまま相手のヒーローに何かを言っている。口元はいつもの軽い笑い方だ。仕草から見て私にはやはり気づいていない。
 ——ああ。あんな顔、外でもするんだ。当たり前なのに胸がちくりとする。私の前でだけ見せる表情じゃない。その事実を改めて突きつけられた気がした。しばらくして、料理が運ばれてくる。私たちのあいだに、湯気が立ち上る。

「いただきます」
「……いただきます」

 箸を取るけれど味がよく分からない。向かいの席では同僚が何か話している。でも、半分くらいしか頭に入ってこなかった。気づけば無意識の内に奥のテーブルの様子を探ってしまう。ホークスはあいかわらず楽しげに話している。相手のヒーローが笑うと彼も肩を揺らして笑う。昼間の素の顔。私の知らない時間の彼。胸の奥に説明のつかない感情が溜まっていく。嫉妬だと認めるほど、はっきりしたものじゃない。でも、何も感じていないふりもできなかった。いつも優しくされて、甘やかされて安心していたはずなのに。こうして偶然見かけただけで、こんなに心が揺れるなんて自分でも驚いてしまう。
 どうしよう……気づいてしまった。私はもう、以前の距離感には戻れないところまで、来ているらしい。そんな中、ふと同僚が、水を飲みながら言った。

「そういえばこの辺、ヒーローたちもよく来ますよね」

 どきり、とする。胸の奥でほんの小さく鼓動が強まる。思考より先に身体が反応してしまうその速さが自分でも可笑しい。

「えっ……そ、そうなんですか」
「ええ。結構、普通にご飯食べてますよ」

 私は曖昧に笑う。表情だけでやり過ごしながら視線を、ほんの少しだけずらした。気づかれてはいけないことほどなぜか鮮明に意識してしまう。
 知っている。今まさに目の前で見ているから。ホークスは相手のヒーローに何かを言われて少しだけ困ったように笑っていた。その横顔がやけに遠く感じられて私は思わずまた、視線を落とす。
 私たちはまだ何者でもない。こんなふうに胸がざわつく資格も立場もない。それでも、同じ街の同じ昼の時間に、同じ空気を吸っていることが、なぜか、妙に現実味を帯びて、胸の奥に残る。
 こんなところでばったり会うなんて。世界は、思ったより、狭いらしい。そして私はもう、彼を『ただのヒーロー』として見られなくなっていることを、はっきり自覚してしまったのだった。

 会計を済ませて店の暖簾をくぐる。外の光が、思ったより眩しかった。昼の街はさっきまでより少し騒がしくて、車の音も人の声もやけに近い。

「ごめんなさい、ご馳走になっちゃって……」

 お礼を言いながら同僚に軽く頭を下げた、その瞬間。

「——名前さん?」

 聞き慣れすぎた声。呼ばれた気がして反射的に体が強張る。振り返るより早く胸の奥が先に気づいていた。視線を上げた先——店の入口に立っていたのは、ホークスだった。ほんの数メートルの距離。昼の光の下で見る彼はさっきまで店の奥にいた知らない時間の人ではなくいつものホークスなのに、なぜか、少しだけ違って見える。
 彼と一緒に座っていたヒーローはもういない。先に帰ったのだろうか。
 一瞬。ほんとうに、ほんの一瞬。互いに言葉を失う。彼の目がわずかに見開かれて驚きと確認と戸惑いが一度に混ざったような視線で『え、いたんだ』と、そう言っているみたいだった。私も、同じような顔をしていたと思う。さっきまで背中しか見ていなかったのに今は完全に視線が絡んでいる。逃げ場のない距離。昼間の何の物語も隠してくれない明るさ。彼は一呼吸置いてから黄色いゴーグルを押さえた。まるで癖みたいな仕草で。

「……偶然、すね?」

 なぜか、疑問系だった。少しだけ声が低い気がする。私の隣に立っていた同僚が、一瞬、状況を測るように視線を動かす。

「あ、やっぱりホークスだったのか〜!そうなのかなって。名字さん、気づいてました?」
「……え? あ、いえ。」

 答えながらも、視線はホークスから離れない。彼も、私だけを見ているわけにはいかないと気づいたように、軽く会釈する。

「どうもー。あれ? どういったご関係で?」

 ホークスがニコニコしながら、いや、ヘラヘラしながら、私の同僚に問う。

「あ、僕は名字さんと同じ職場で」
「へー。俺よく行きますけど見たことないなぁ」
「えっと、自分、受付には出ていないんですよ。修理とか、部品の裏方対応なので」
「ああ!そうだったんですねぇ〜! いやいや、いつもお世話になってまぁす♪」

 仕事用の、きちんとした顔。さっきまでのテーブルの空気とは別のヒーローの顔。その切り替えが、なぜか胸に引っかかる。すると同僚の男性が気を利かせたように言った。

「じゃあ、僕はこれで。名字さん、また会社で」
「……あ、うん。ごちそうさまでした」

 私がそう言うと彼はニコッと微笑んで会釈をし駅の方に歩き出した。残されたのは、昼の歩道と私と一人のヒーロー。急に音が遠くなる。さっきまで賑やかだった街がガラス越しみたいに感じられる。

「……気づいてました?」

 ホークスが、ぽつりと言う。責めるでもなく、冗談に逃がすでもないどちらともつかない声音で昼間の空気にそのまま置かれる。

「うん。途中で、気づいた」

 隠しても意味がない気がした。ここで誤魔化すほうが、かえって距離をつくってしまいそうで。私の言葉に彼は少しだけ困ったように笑う。その笑みは軽さを装っているくせにどこか気まずさを隠しきれていないようにも見えた。

「え〜、声かけてほしかったなぁー」
「……ごめん」
「気まずいとこ、見せちゃいました?」
「ううん、全然。ただ、びっくりしただけ」

 ほとんど反射みたいに否定していた。間を挟む余裕すらなく、言葉だけが先に出た感じで。言いながら自分の声が思ったより硬いことに気づく。彼もそれに気づいたみたいだった。視線が、私の顔をゆっくりなぞる。怒っていないか、傷ついていないかを、測るみたいな目。

「こうしてよく、出かけるんですか? 二人で」
「いや。偶然、会って」
「そうすか」

 それだけのやり取りなのに、その間に置かれた沈黙が言葉よりも饒舌だった。聞き流せないものだけが、行間に残る。彼は一度、何かを飲み込むみたいに視線を外してから改めてこちらを見る。

「俺も、任務明けで」
「そっか」

 説明はいらない。分かっている。でも分かっていることと平気でいられることは別だった。また二人のあいだに、沈黙が落ちる。昼間の沈黙は、夜よりもずっと、無防備だ。何も隠してくれないぶん、感情だけが浮き上がる。するとホークスがほんの少しだけ声の調子を落とした。

「……気に、なりました?」

 核心を、やんわり包んだ聞き方だった。私は、迷うことなく、正直にうなずく。

「少しだけね」

 少し、という言葉に嘘はない。でも、それだけじゃ足りない気もする。それに気づいたみたいにして彼の眉がわずかに動く。私は、先を続けた。

「自分でも、意外だった」
「……嫌な気分にさせてたら、すみません」
「あ、ううん。そうじゃない」

 あまりにも真っ直ぐな謝り方で、私は反射的に首を振った。否定したかったのは気分じゃなくて彼のその、構え方そのものだった。

「ホークスが誰とご飯食べてても、自由だし」

 理屈としては正しいはず。きれいに整理された答えだ。でも胸の奥は、それとは別の速度で反応していて追いつこうとしても少し遅れてしまう。私は言葉を探しながら、一度だけ息を整えた。

「ただ……私、もう、」
「……」
「前みたいじゃないんだなぁって、思って」

 彼は一瞬、ほんのわずかに目を見開いた。そのあとで理解が追いついた人の呼吸みたいに静かに息を吐く。その仕草が否定よりも先に受け取ったことを伝えてきた。

「奇遇ですね」
「……」
「……それ、俺も同意です」

 低く確かめるような声。昼の雑踏の中で、その言葉だけがやけに近い位置に落ちる。行き交う人の流れの中で私たちだけがほんの一瞬、時間から外れて、立ち止まっているみたいだった。
 ホークスはゴーグルに触れたまま、少し照れたみたいに言った。

「次——もしまた見かけたら、ちゃんと声かけてくださいね」

 その言い方が妙に優しい。まるで偶然を他人事にしない、小さな約束みたいだった。

「……うん」

 短く答えると彼はようやく、いつもの軽い笑い方に戻る。

「じゃあ、また」
「うん。また」

 背を向けて歩き出すとき、私は一度だけ、振り返った。ホークスはまだそこに立っていた。目が合う。昼の光の中で。逃げ場のないほどはっきりと。彼は目を細めて小さく手を挙げる。それだけで胸の奥に残っていたざわめきが少しだけ静かになった。偶然だったはずの昼が思った以上に深く残る。私は歩きながら思う。もう私たちは、すれ違うだけでは済まされない距離にいるのだと。

 その日の夜——。シャワーを浴び、髪を乾かし終えた頃には、部屋の空気が少しだけ、柔らいでいた。湯気の名残が肌に残ったままベッドに腰を下ろす。無意識に整えた前髪が指の間でするりと逃げた。
 何かを期待していたわけではない。ただ手持ち無沙汰の延長のようにスマホを取った、その瞬間だった。ぶぶっ、と短く震える画面。昼に別れたはずのヒーロー、ホークスの名前が、あまりにも当然の顔をして表示されている。私は理由もなくほんの少しだけ笑ってしまった。驚きでも、困惑でもなく、来ると分かっていた連絡を受け取ったときの、あの、微妙な緩み。指先で通知の届いたアプリを開きながら胸の奥がわずかに温度を取り戻していくのを、静かに自覚していた。



ホークス

昼間の人ほんとに
職場の人ですよね?





 画面を見つめたまま私はしばらく指を止めた。問い自体は穏やかなはずなのに行間に滲む疑いの温度がじわりと伝わってくる。昼の出来事が思っていた以上に彼の中で、反芻されているらしい。何度も頭の中で再生され飲み込めないまま残っている感じだろうか。



ホークス

昼間の人ほんとに
職場の人ですよね?


名前

うん
職場の人だよ





 ——送信。
 指を離した瞬間、少しだけ、肩の力が抜ける。嘘はない。だから、堂々としていればいい。それなのに、ぶぶっ——。間を置かずに既読がつく。速すぎて、逆に心が落ち着かなくなる。



ホークス

どれくらい
仲いいんですか





 思わずため息みたいな息が漏れた。まさかその角度から来るとは思っていなかった。確認というより、距離を測ろうとしている問い方だ。



ホークス

どれくらい
仲いいんですか


名前

普通だよ





 自分でも、少しだけ淡白すぎたかな、と思う。けれど、余計な補足はしたくなかった。すると、またすぐにスマートフォンが震えた。



名前

普通だよ


ホークス

普通って
どのくらいですか





 ……細かい。私はベッドにごろんと転がり天井を見上げた。白い天井に、昼の駅前の光景がうっすら重なる。同僚の穏やかな声、昼の空気。私は無意識に、自分の前髪に触れる。



名前

仕事の話するくらい?


ホークス

二人で昼ごはん
行くくらい、ですか





 昼の光の中で見せた、あの落ち着いた顔が思い浮かぶ。ゴーグルに触れながら何でもないふうを装っていたくせに。こちらが意識する前から彼のほうはずっと意識していたのかもしれない。全然何でもなくなかったらしい。



名前

今日はたまたま


ホークス

前にもあります?





 間も置かずに、すぐ返信が来た。……尋問か。私は小さく笑ってしまう。問いの数だけ彼の落ち着かなさが、透けて見える気がして。



名前

ゼロではないよ
前にも何回かは





 すると今度は数秒、間が空いた。既読がついたまま次が来ない。あれ?と少しだけ不安になる。沈黙が、画面越しに重くのしかかる。冷たく返しすぎた?そう思った瞬間——ぶぶぶぶっ。今度は数回、立て続けにスマホが震えた。



ホークス

何回かって


ホークス

二人きりで?


ホークス

仕事の日も?


ホークス

連絡、頻繁に取ります?





 画面いっぱいに並ぶ文字列。あまりの勢いに、思わず笑ってしまう。昼間の沈黙が嘘みたいだ。抑えていた分が一気に溢れてきたみたいで、可笑しくて、少しだけ愛おしい。私は体を起こして、ベッドの端に腰掛ける。今度は少しだけ丁寧に、文字をなぞる。



名前

仕事の仲間と数名でね
連絡も業務連絡くらい


名前

今日みたいなのは珍しい方


ホークス

そうすか





 一行だけ。さっきまでの熱量が、急にしぼむ。その落差に胸の奥がきゅっと縮む。安心したのかそれとも、引いたのか。私は、少し迷ってから、続けて文字を打った。



名前

心配してるの?


ホークス

心配っていうか





 既読が付いて少し間を空けてから届いたそれにまた、小さく息を吐く。ただの文章なのに歯切れの悪さが手に取るようにわかる。そして、さらに数秒後。



ホークス

思ったより
距離近く見えたんで





 胸の奥が、静かに熱を持つ。あの数メートルの距離が彼の目にはそんなふうに映っていたのか。気づいていないと思っていたけれどもしかしたら彼は私より先に、気づいていたのかもしれない。私は少しだけ慎重に指を動かす。



名前

普通だよ


名前

ホークスが
思うほどじゃない


ホークス

俺が思うほどって


ホークス

どんなふうに思ってると


ホークス

思ってます?





 今度はすぐに返ってきた。彼の指先って、どうなっているのだろう。聞く勇気はあるのに答えを受け取る覚悟が追いついていないような文面に、私は一瞬だけ迷ってから、正直な気持ちを打つ。



名前

ちょっと
妬いてるのかな、とか





 すぐに既読はついた。しかし、しばらく沈黙。画面を見つめる時間が、やけに長い。胸の奥で、小さな不安が芽を出す。踏み込みすぎたかもと。そう思いかけた、そのとき。



名前

ちょっと
妬いてるのかな、とか


ホークス

否定はしません





 一行。驚くほど素直で、逃げのない言葉。胸の奥が、静かに音を立てる。



ホークス

見かけたとき正直


ホークス

落ち着かなかったです





 続けて届く文。昼の屋外。あのざわめきの中で確かに感じた、あの視線の鋭い重さ。



ホークス

知らない時間の名前さん
見た気がして





 あの昼の数メートルの距離が、胸に蘇る。胸の奥で何かがゆっくりと静かにほどける。私は少しだけ指を止めてから文字を打つ。



名前

ホークスにだって
私が知らない時間
たくさんあるでしょ


ホークス

困ったことに
それが嫌なんですよね〜


ホークス

全部知りたいとかじゃ
ないですけど


ホークス

誰かの隣にいる
名前さん見るのは


ホークス

正直、慣れない





 胸の奥がじわじわと、温かくなる。怒っていたあの日の夜の彼とは違う。今日は隠さずにそのままの感情を差し出してきている。画面の向こうで彼はきっと、いつもの軽口を封印している。その不器用な真剣さが指先から確かに伝わってきた。



名前

自分だって女性と
食事してたくせに (笑)


名前

独占欲強めで
困っちゃうね (笑)


ホークス

否定はしません
(本日二回目)





 冗談めかして送ると、相変わらずほとんど間を置かずにそう返ってくる。その素直さと即応性が可笑しくて私は思わず小さく鼻を鳴らした。画面の向こう側で、彼が肩をすくめながら打っている姿まで想像できてしまう。



名前

安心した?


ホークス

ちょっとだけね





 ほんのわずかな間を挟んで返ってきた驚くほど正直な返事。その一言にこちらの胸までゆるむ。今日は何も隠さない夜という感じがして少しだけ嬉しかった。



ホークス

名前さんが
誰と昼飯食べたかで


ホークス

こんなにライン
飛ばしてる時点で


ホークス

俺、重いですね





 どうやら自覚はあるらしい。私はまたベッドに横になって、天井を見つめる。淡い照明の輪郭がぼやけるほど胸の奥がゆっくりと温まっていく。



名前

ちょっと可愛い


ホークス

今の、褒めてます?


名前

褒めてる


ホークス

じゃあ、もう少しだけ
聞いていいですか





 まだ続く気だ……。私は、小さく苦笑しながらスマホを持ち直して、『なに?』と、打ち返す。指先が自然と画面に戻っている自分に、少しだけ驚きながら。



名前

なに?


ホークス

次あの人とプライベートで
会う予定あります?





 私はスマホを握りしめたまま、しばらく画面を見つめる。昼の偶然が、こんなふうに夜まで尾を引くなんて思わなかった。でも、不思議と嫌じゃない。むしろ胸の奥が、ゆっくり甘くなる。私はまた、正直な気持ちを、そのまま打ち返す。



名前

ないです


ホークス

よかった





 既読がついて、ほんの数秒後に届いた、たった四文字。それだけで彼の中の張りつめていた何かがふっと解けた気がした。私はスマホを胸の上に置いて、静かに息を吐く。
 昼に目が合っただけ。それだけの出来事が夜になっても、こうして二人の間を行き来している。画面はもう動かない。けれどきっと、彼の中ではまだ、昼の光の中にいた私が少しだけ揺れたまま残っている。そしてその揺れはもう簡単には消えない距離まで、私たちは来てしまっているのだと思った。


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