その日は何かが少しずつ狂っていた。夜勤明けで帰宅したときにはいつもなら窓際の陽だまりに丸くなっているはずの小さな背中がどこにも見当たらなかった。呼んでも返事はない。餌皿はそのまま、ベランダの網戸が少しだけ開いていて嫌な予感が、背筋を走るように這い上がってきた。
「……どこ? ねえ、どこにいるのー?」
あの子の名前を何度も呼びながら、狭い部屋を行ったり来たりして鍵を確認して階段を駆け下りて。それでも、どこにもいなかった。小さな命が自分の不注意で、世界のどこかに散ってしまったかもしれない。通報をかけるわけにもいかない。
パニックだった。部屋中を探し回りベランダ、玄関、押し入れの奥、洗濯機の裏。しかし、どこにもいない。名前を何度呼んでも、返事は返ってこない。いつもなら数秒でひょこり顔を出すはずの、小さな命が──。
私は、無我夢中でスマートフォンを握り、写真フォルダから愛猫の最近のショットを選びメッセージアプリを開いた。宛先は職場の同僚、近所の友人、元ルームメイト。電話帳に入っている知り合いを片っ端から入力した。しかし、あるひとの連絡先を見て迷ったのは一瞬。ただ、そのときの私には、どうにかして見つけなければという想いしかなかった。
【飼い猫が行方不明です。ベランダから外に出た可能性あり。小柄な白猫、首輪なし。写真を添付します。どんな些細なことでもいいので、見かけたら連絡ください。お願いします!】
送信ボタンを押したあと、わたしはただ呆然とスマホを握りしめていた。そして数分後。突然、着信が鳴った。画面に浮かんだのは最近になって見慣れた名前──ホークス。仕事の連絡でも緊急対応でもない。私が私的な事情で送ったメッセージに対して、彼のほうからかけてきたのだと気づいた瞬間、心臓がざわついた。
「もしもし……?」
『あ、俺です……メール、見ましたよ。飼い猫、いなくなったって』
息をのんだ。通報じゃない。任務でもない。
ただ、あの人の意思で、かけてきてくれた電話。
「あ、うん。申し訳ないけど、電話帳に入ってるほぼ全員に送っちゃって……」
彼の声は、いつもの柔らかさを湛えていた。
けれど、こちらのわずかな呼吸の乱れを察したのだろう。少しだけ間を置いてから彼はそっと探るように問いかけてきた。
『あなたは? 大丈夫?』
「え?あ、ううん……ダメ。なんか、今にも心が折れそうで……」
『え、っと……それで、いなくなってどれくらいです?』
「わからないの……さっき帰ってきたらいなくて、ベランダの鍵が……ゆるんでて。たぶん……外に」
声が震えていたのが、自分でもわかった。私は一度だけ息を呑んだ。その瞬間、彼は少しだけ、声のトーンを落として、静かに言った。
『……今、どこですか?場所、送ってください。今から行きます、俺』
「……えっ?……でも、そんな──」
『いいから。放っておけないし。俺、こういうのわりと得意なんで』
「で、でも……」
『高所・細所・無音捜索ね。今日非番ですけど』
電話越しの声は相変わらず軽やかで、でもその裏にはたしかな決意が滲んでいた。冗談のように言いながらも、彼の中で何かが動いている。私の小さな不安さえも引き受けようとしてくれているように思えた。
『いつも的確な指示で誘導してくれる英雄のために、ちょっとくらいヒーローっぽいこと、させてくださいよ』
「ホークス……」
『──まずは会ってから、一緒に探しましょう。それからまた、会わない関係に戻ればいい』
「……」
『……でしょ?』
その言い方が、あまりにもまっすぐで。冗談も軽口もない彼の声を私は初めてそのまま胸で受け止めた。私は「ありがとう」と返し、通話はそれだけで切れた。数分後、マンションの窓から風が入ってきて同時にインターホンがなった。急いでサンダルを履いてドアを開けるとそこには本当に彼がいた。まるで、羽音のように、彼は現れた。そうして私たちは初めて、真正面から対面したのだった。ヒーロースーツではなく私服姿に、いつものゴーグルを外したその人は想像よりもずっと静かで、それでも、街のどこにも馴染まない風のような存在感をまとって立っていた。
「こんにちは……いや、はじめまして、ですよね?こうして顔を、合わせるのは」
「う、うん……はじめまして」
「……なんか、ちょっと緊張しますね」
初めて、顔を見せ合っての挨拶だった。けれどそれは不思議なほど馴染み深くて違和感はまるでなかった。彼は、少し冗談めかした笑みを浮かべながらもその表情にはやわらかな温度があった。画面越しのヒーロー・ホークスとはどこか違う、より静かで、あたたかな空気をまとっていた。
「……凄腕のオペレーターさんって、こーんな顔、してたんですねー」
「え、それ、褒めてる?」
「うん。めちゃくちゃ褒めてますよ?タイプです俺の」
私が苦笑いすると、彼はもう一度だけ、ふっと真顔に戻ってから言った。
「絶対、見つけますから。俺に任せてください」
その声は、どこまでもまっすぐで、頼りがいがあって、それでいて無防備だった。私はなんだか急に照れ臭くなり、こくんと、一度だけ頷いた。気恥ずかしさをごまかすようにスマートフォンを取り出し、飼い猫の写真を数枚見せながら部屋の中で、あの子がよくいる場所を説明する。
「いつもなら……ここ。ベランダの陽だまりで、丸くなってるんだけど」
そう言ってカーテンの揺れる窓辺を指差した。けれどそこは相変わらず空っぽだった。呼びかけても、やはり気配はない。
ホークスと一緒に名前を繰り返し呼びながら、クローゼットの隙間、家具の影、冷蔵庫の裏──浴室、洗濯機の下。考えうるすべての隙間を確認しても、小さな白い背中はどこにも見当たらなかった。
「……どこか近くに、いるとは思うんだけど」
「うーん、どこ行っちゃったんすかねー」
「ここからは、ごめん。一緒にさ……外、探してもらえる、かな?」
ふとした一拍のあとで私はそう口にしていた。
「もちろんです。そのために俺、来たんで」
彼が自然に返してくれるその言葉が、想像していたより、ずっとやさしくて安心感をもたらしてくれた。
「ほんと、ごめん、非番なのにね……」
「謝らないで。さあ、探しに行きましょう」
軽やかに、けれど確かに背中を向けて玄関へと向かう彼の背を、私は、一瞬だけ見つめていた。急いで支度を整え玄関の扉を閉めて鍵をかけると彼は私の視線と並ぶようにそっと立った。ほんの数分前まで通話の向こうにいた人が、今こうしてすぐ隣にいる。その現実は、どこか夢のようで、けれど妙に心臓の鼓動だけがはっきりと早まっていた。
「なんか、本当に残念。こんな状況で会うことになるなんて……」
小さく呟いた言葉に彼は肩をすくめて笑った。
「そうです?俺は、全然気にしてないですよー」
ふたりで並んでマンションの階段を降りながら自然と会話が零れていく。
「だって、本当は電話だけって決めてたのに」
「まあ、最悪の��初デート�≠ナはありますねえ」
その言い回しに思わず、吹き出してしまった。しかし笑ってしまえば少しだけ空気が軽くなる。
「初デートかぁ。いや、それを言うなら、もっとひどいのもあったよー?」
「え、たとえば? どんなです?」
彼が意外にも、興味ありげに聞くものだから、少しだけ考えるふりをしてみせる。
「んー、正直よく覚えてないかも。デートなんて久しくしてないし」
「二、三週間くらい?」
「えっ? ううん。一年近くに、なるかなぁ」
その瞬間、階段の途中で彼の足音が一瞬ぴたりと止まった。私も足を止めて反射的に振り返る。
「え、まさか!?嘘でしょ、え……じゃあ、誰とセックスしてるんです!?」
「セッ……って。あはは、若いねぇ、
わざと軽く睨むと彼は尚もあからさまに驚いた顔で、でも、悪びれずに続けた。
「いや、だって!え、そっちの方も一年ご無沙汰ってことですかっ!?」
「い、いや……ま、まあ……。そう言うことに、なるかな……」
「ひとりでも?」
「──ちょ!! やめてよ!」
階段を下りながらのふざけ合いは、どこかぎこちなくて、でも、あたたかかった。そのなかに、少しずつ��はじめまして�≠フ距離がほぐれていくような気配があった。そして、ようやく外に出た瞬間、夏の終わりの風が肌を撫でた。
「──じゃあ、まずは私、マンションの裏手から回ってみる。逃げたとしたら、そっちが開けてて音も少ないから」
「了解。じゃあ俺、上からも見てみますよ。羽、周囲に散らして索敵してみます」
その言葉に、思わず私は振り返って、彼を凝視する。
「え──。す、ごい……」
「へ?」
「いや、ほんとに��ホークス�≠ネんだなぁ〜って。ごめん……変なこと言って」
「あはは、いいですよ。あなたが言うと、なんかすごく、嬉しいです」
そう返す彼の横顔には、どこか照れたような、でも真剣な笑みが浮かんでいた。私はその言葉に微笑み返し、そのまま、ゆっくりと歩き出した。どこかにいるはずの小さな命を風と声と目と足で──ふたりの力で、探すために。
私はマンションの裏手を確認するため、そして彼が上空へふわりと舞い上がった、まさに、そのときだった。
──ガシャァァンッ!!
突然、路地の向こうで、けたたましい金属音が鳴り響いた。金属の軋み、ブレーキの悲鳴、それから聞こえる、ガラスの砕ける音。反射的に顔を上げると、路地の先でワゴン車が電柱に衝突し、柱が大きく傾いていた。
「ホークス、今の──!」
すでに上空を旋回していた彼は、わずかに声の調子を変えて応えた。
「車の衝突音ですね……。名前さん、」
「はいっ、」
「仕事用の端末持ってます?俺のは、あなたとの通信に使いたい。なので、ちょっと貸してもらえますか?」
私はハッとして、ポケットに入れてきた仕事用端末を取り出す。常に持ち歩いておく癖が今日ばかりは役に立った。画面のロックを急いで外し彼にそれを手渡す。
「ロック外したから、普通に使えると思う」
「……ありがとう。待っててください、すぐ、確認してきます」
そう言って彼は私にひと声かけてすでに高度を上げていた。その動きに一切の迷いはなかった。彼はもう、命を救う者のそれになっていたのだ。私は深く息を吸い私用スマートフォンを操作して通報情報と周辺交通カメラの照会に入る。数秒後スマホに、着信が届いた。名前を確認するまでもなく、即座に通話ボタンを押す。
「もしもしっ? ホークス? どう……?」
『やばい……近くの住宅、裏庭にプールがある。電線の先が、そこに向かって垂れてます』
「えっ!?」
『……しかも、子どもがいる。二人、水の中に』
思わず、足がすくむ。けれど、すぐに落ち着いて思考を切り替えた。
「送電、止められないよね?」
『いや、無理ですね、すぐには──。非番なんで権利がない』
「……だよね。」
『名前さんは危ないので、そこにいて』
その声の奥にある焦燥と集中。その両方を私は音で読み取った。ホークスは、同時に私の端末を使ってあの場所──ヒーロー緊急支援センターへ連絡をとっていた。私がいつも働いている、命の交差点。
『こちらホークス──報告。路地で一台のワゴン車が電柱に衝突。電柱は傾き配線が垂れてます。感電の危険あり。近くに子どもがいる。プールで遊んでる、二人です』
その言葉を電話越しに聞きながら、私は思わず、「プールだとしたら…」とひとり呟いてなんとかならないかと思考を巡らせる。それでもなお彼は淡々と状況説明を進めていた。
『私邸の、裏庭……いえ、ビニール製じゃない、本物の──しっかりと、水を張ってるタイプの』
その瞬間、胸の内側が、凍るように冷たくなったのを感じた。
「……ホークス、電線の先端、金属はむき出しになってる?」
彼がセンターと通話中だと、わかってはいた。でも、私は口にせずにはいられなかった。しかし彼は、すぐに反応を示した。
『なってます!』
「すぐ動いて!それ、あと1メートルで水面!」
『──了解!名前さん、音声、繋げたままでいてください』
「え?」
『マニュアル通りじゃ間に合わん……俺が行く』
「待って!気は確か!? マッチョなヒーローの指南書に、そう書いてあるわけ?!」
『なんそれ。そんな本あるわけないでしょ……』
それでも彼の声には迷いなど、微塵も感じられなかった。
「肉眼では見えなくてもその電線から6600ボルトの電圧がかかってるんだよ!? もし、少しでも触れたら──」
『即死、ですねえ〜』
私の言葉を遮って、彼が明るげにそう言った。私は、声が震えてそれ以上、言葉が出てこない。すると彼はあの、いつもの、でも少し低くなった声音で言った。
『大丈夫ですよ』
「え……」
『だって俺、ヒーローですから』
その言葉が、なぜか胸の奥に刺さった。冗談のようで、冗談ではない──彼の本気と自分を鼓舞するような必死さが滲んでいた。
私はスマホを持ち替え、緊急通報ラインに切り替える。そして電力会社へ遮断要請を送信した。
「ホークス!」
『はーい』
「プールの南側、裏門が開いてる!そこ、子どもたちに聞こえるように、声を!」
『わかった──!』
通話の向こうで、風が唸る。着地して駆け出す音と子どもたちのはしゃぐ声が混ざり、そして、彼の声が、ぐっと近づいた。
『ねぇー、君たちー!』
『わぁ〜!ホークスだぁ! ほんもの〜!?』
『どーも、そーだよ。あのさ、すぐ水から出て、こっちに来て。今ね、すっごく危ないんだ』
私は彼の声の向こうにある空気を感じ取りながら、電柱番号を照会し、確実に伝える。すでに、遮断要請は送ってある。あと、数秒──。
「電力会社に遮断要請、今、送った!5秒で繋ぐ、ホークス、少しでも時間を稼いで!」
『了解! 電話越しのヒーロー!』
緊張に肩が強張る。通話の向こうから、子どもたちの声と水音、そして、電線の揺れる金属音。
「ホークス……!」
『来た──っ!……掴んだ!』
直後、子どもたちの悲鳴と、どさりと草むらに倒れる音。私は一瞬、呼吸を忘れた。けれど……
『──大丈夫、二人とも無事です!』
その声を聞いた瞬間、私は肩の力が抜けてその場にしゃがみ込んだ。胸の奥が、やっとふたたび鼓動を打ち始める。
『──電線も、もう動かない。停電、来ました』
「遮断……間に合ったね……」
私はこのとき、ようやく全身に血が巡った気がした。
『……凄腕のオペレーターさん。やっぱりあなたって、すごいですね』
「え?」
『あなたの指示がなかったら、俺、突っ込んで、感電してたかも』
「……」
『本気で、焼き鳥になるとこでしたぁー』
その口調は軽くても、真剣さがしっかりと滲み出ていた。想いはきっと、同じだったのだろうと思う。
「私の方こそ。マニュアルじゃなくて、あなたの��声�≠�……信じられたから、動けた」
一瞬、ふたりの間に静かな沈黙が流れる。でもそれははじめて顔を合わせたふたりが交わすにはあまりに穏やかで、あたたかな、沈黙だった。
『あ、でも──猫ちゃん! まだ、見つけてないじゃん』
急にトーンを戻した彼の声に思わず笑いがこぼれそうになる。緊張感に張りつめていた空気が、ふっとほどけた。
「……そうでした」
『よし。今度こそ猫ちゃんを。俺ちょっと、本気出しますよ』
そう言っていたかと思いきや、次の瞬間、彼が軽やかに私のもとへと戻ってきた。
「やったね」
驚く間も無く、彼がそう言って差し出してきた手のひらに、自然とこちらの手を重ねてしまう。ハイタッチ、のはずだった。だが、握ったままの手を彼はなかなか離そうとしなかった。不思議に思いながらも「なに?」と問いかけると、彼は、視線を逸らしてぽつりと呟いた。
「いや……別に。」
そしてようやくゆっくりと手をほどいた。そのあとの空気はどこか気まずくもあり、しかしどこか穏やかで、胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「なんか爽快な気分。普段は遠く離れた電話口で聞いてるだけだから」
「あー、たしかに。」
「あなたたちヒーローはさ、毎日、こんな気分を味わってるんだよね」
「いや?大活躍でしたよ? あなたが、ね。」
「……ありがとう」
彼は、少し照れくさそうに笑ったあと、視線を遠くに向けて言った。
「──それじゃあ、次はあなたの家族の番だ。」
そう言って、彼は飛び立つことなく、私の横に並んで歩き始める。いつもなら空の高みへと姿を消す背中が今日だけは同じ高さで隣にいる。それがなんだか不思議で、うれしかった。二人で歩きながら、会話は自然と深まっていく。
「あのさ、さっき『何?』って聞きましたよね、手、握ったとき」
「あ、うん……」
「実は──手を、見てた」
「手?」
「そう。緊急事態の現場では体中にアドレナリンが駆け巡って、そういうときって集中力も途切れないし、痛みもあまり感じない」
「……うん?」
「いわゆる、超人の気分。大体の人がそうなる」
彼の語る現場の身体感覚に、思わず足が止まりそうになる。だが、二人の歩みはそのまま続いていた。
「俺も最初に人を救った時は一時間くらい震えが止まらなかった。でもあなたの手は震えてなかった。まるで、オールマイト並みの落ち着きです」
「普段から、ストレスには慣れてるから……」
「まあ、そっか。そうですよね」
短く交わした言葉のなかに、何かが沁み込んでいく。
「それに、ホークスといると、落ち着くし……」
その言葉の直後、ポケットの中でスマホが震えた。見ると着信は、マンションの大家さんからのものだった。私はすぐに応答し会話を交わす。そのとき、彼が小さく声を上げた。
「いた……。いましたよ!」
彼の視線の先、ベランダの外側。壁沿いのひさしの上で、小さな白い身体が、丸くなっていた。か細く鳴いたその声に胸が締めつけられる。彼の羽根でそっと抱え上げられたその子を私は両手で受け取った。温もりが、確かに腕の中にあった。
「ありがとう、ホークス。ほんと、ありがとう」
「いえ、俺はなにも特別なことはしてないんで」
そう言いながら彼は視線を逸らす。その横顔がどこか少し寂しげに見えたのは、私の気のせいだろうか。
「これまで……こんなに長い時間、寝たい女性と一緒にいながら、寝なかったことないですよー、俺。最長記録、更新ですね」
「また、そういうこと言う」
沈黙が落ちた。でもそれは、重苦しいものではなかった。互いに何かを感じ合う、静かな、沈黙だった。
「それじゃあ──また、元に戻りましょ。電話のおしゃべり友達に」
「……どうして?」
問い返す彼の声にはわずかな戸惑いが混ざっていた。
「ホークスだってそう言ってたでしょ?さっき」
「そりゃ、一応……言いはしましたけどぉ……」
「あなたと一緒にいるのは、とても楽しかった。でも──こういうのをこれからも続けてたら……いつか、間違いが起きる」
それでも私の声は、いつになく穏やかだった。
「今日のことは心から感謝してる。この子にしてくれたことだけじゃない。私にも、よくしてくれた。自分を少し、取り戻せた気がする」
「……」
「久しぶりにあなたが外の世界を味合わせてくれたから。仕事のこととか、モヤモヤした気持ちを忘れられた」
「……お役に、立てたなら……よかったです」
「ほんとうにありがとう、ホークス。」
その名をこの距離で呼ぶのは、きっと、初めてだった。それは「おやすみ」の電話越しとはまったく違う響き。彼の瞳がほんの少しだけ熱を帯びたのがわかった。私たちは導かれるように自然と見つめ合い、強く抱きしめ合った。それは恋愛の形とは少し違っていたけれど、深く、互いを尊ぶ温度があった。
「……また、何かあったら呼んでください。って言うと、なんか変な感じですね」
「……」
「でも……あなたの声を待ってるのは、たぶん、俺の方なんで」
その言葉が胸を打つ。彼は私からそっと距離を取り名残惜しげな仕草ひとつ見せず慣れた動きでふわりと宙へと身を浮かせた。そして最後にもう一度だけ、こちらを振り返る。
「また──連絡します。」
「……うん。」
「名前さん、ありがとう。」
そう言い残して、彼は空へ戻っていった。彼の背中が見えなくなる直前、小さな羽根がひとつ、私の足元に落ちた。それはまるで、何かの合図のようで、私はそれをそっと拾い上げて、胸元に、そっとしまった。
この日、私は二つの命を見た。一つは小さくて大切な家族の命。そしてもう一つは——目の前の人が、ほんとうに命をつなぐ人なんだとはじめて自分の目で見たその証明。
顔の見える��ヒーロー�≠ヘ思ったよりもずっとあたたかくて、まっすぐだった。