朝、最初に触れた空気が、指先にひやりとした薄い膜を残した。乾いているのに、体内のどこかだけ、静かに湿っているような不思議な冷たさ。吐いた息がかすかに白くほどけて、それがすぐに消えるのを見て、ああ……もうそんな季節なんだなぁと、ようやく納得する。
街はまだ師走の輪郭をはっきりとは持っていないくせに、あちこちで先回りしたみたいに光っていて、駅前の樹木には細い電飾が巻きつけられ、コンビニの入口には季節限定の箱菓子が積み上がっている。急ぎ足の人波の中に理由のない焦りが混じり始めるのも、この時期特有の空気だ。
——十二月。数字だけのそれが、やけに輪郭を持って見えた。理由なんて、わかっているのに、わからないふりをするみたいに、一度だけ瞬きをする。年末が近いから忙しくなる、とか。寒さが厳しくなるとか。そういういくらでも用意できる理由のどれにも触れずに、私はスマートフォンをそっと伏せた。
年末が近づくと人は理由もなく誰かを思い出すらしい。テレビの特集でそんなことを言っていた気がする。もしそれが本当ならきっと私は理由がありすぎる側で。そしてたぶん、彼——あのヒーローは、理由がなくても、平気で思い出してくる側の人だろう。だからいつだって私たちは、何気ない一言が予定にも記録にも残らないまま静かに積み重なっていく。十二月は、そういうものが、増える月。名前のつかないまま、増えていくものばかりを、きちんと抱えきれなくなるくらいに。
*
気がつけば、最後にホークスとやり取りをしてからいくつかの夜を跨いでいた。スマホの画面の上で止まったままの通知は時間だけを正確に積み上げていくのに、そこに続くはずの言葉は一向に現れない。忙しいのだろうと、最初は自然にそう思えたし、実際それは彼の立場を知っていれば、疑う余地のない理由でもあった。
��ヒーロー�≠ニいう職業は連絡が途切れること自体に説明を必要としない。むしろ、繋がらないことのほうが、正常な場合だってある。頭では、わかっている。理解もしている。それでも未読のままで沈んだままの画面を指先でなぞるたびに、どこかに引っかかるものがあった。ほんのわずかな、けれど、無視するには、確かに存在している違和感。それは不安と呼ぶには輪郭が曖昧で安心だと決めつけるには少しだけ、居心地の悪い感覚だった。
返事を催促するほどの理由もない。問い詰める立場でもない。ただ沈黙が長すぎる。それだけのことが、ゆっくりと内側に堆積していく。
業務の合間、何度目かもわからない確認をして結局また画面を閉じた。変化のない表示に意味を見出すことにも少しだけ慣れてきてしまっている自分に気づいてわずかに視線を落とした、そんな折だった。
「……あ、塚内さん。お疲れ様です」
カウンター越しに顔を上げると、見慣れた警察関係者の姿が視界に入る。この職場にいる以上、警察とのやり取りは日常の一部で珍しいことではない。それでも彼が一人で来ることは多くなく、ましてや迷いのない足取りで、まっすぐこちらへ向かってくるその様子に、理由のわからない引っかかりが生まれる。ごく、小さな違和感が、胸の内側で静かに形を持った。
「お疲れ様。久しぶりだったよね、元気?」
柔らかくかけられた声音に、条件反射のように背筋を正す。業務の外にある温度をきちんと切り分けるための、無意識の癖だ。
「ええ、お久しぶりです。どうかしましたか?」
「ああ、うん。これさ、壊れちゃったみたいで。修理、お願いできる?」
差し出された端末に視線を落とした、その瞬間だった。色。厚み。角の、ほんの少しだけ欠けた薄型のケース。触れなくてもわかる。見間違える余地なんて、どこにもない。ホークスの端末だ。
ああ、そういうことか——と、内側で、静かに何かが繋がる。未読のままで止まっていた通知。返ってこなかった言葉。積み上がっていた沈黙の時間の正体。理由としては十分すぎるほど納得がいくのに、それでも胸の奥は思ったほど、軽くはならなかった。
「……承知しました」
意識して平坦に整えた声で応じ彼の端末を受け取る。指先に触れた表面には、細かな傷が増えていた。いつもなら、もう少しだけ扱いに気を遣うはずの人なのにと思う。そういう余裕がなかったのだと、遅れて理解する。
「数日前、ちょっとした事件があってね」
塚内さんは、世間話の延長のような調子を保ちつつも、こちらの反応を、さりげなく測るような視線を向けながら、そう言った。
「え……どんな、事件だったんですか」
「うん……近くにいた子どもを助けようとして、その子の個性が暴走しちゃってさ」
「……」
「巻き込まれる形でホークスが個性事故に遭ってしまってね」
「……そう、だったんですね」
言葉は思いのほか滑らかに出た。驚きより先に腑に落ちる感覚が来る。彼ならきっとそうする。状況の是非よりも先に——危険を計算する前に、手が伸びてしまう。ホークスという男はそういうヒーローだ。
「ホークスとは、親しいんだって?」
不意に向けられたその問いに、わずかに呼吸が引っかかり思わず塚内さんを見返してしまった。「……いえ、その、仕事の関係で。やり取りは、ありますけど」などと、曖昧に輪郭をぼかすと、塚内さんは、小さく笑った。
「まあ、そんなところだろうね。本人からも少し聞いてるよ」
なにを、どこまで、とは聞けなかった。それを確かめる勇気はなく、聞いてしまえば定義しないまま保ってきたこの距離に、名前がついてしまいそうで——。
「個性のほうはまだ解除条件がはっきりしなくてさぁ……ほんと、参っちゃうよ」
その一言が、静かに胸の奥へ沈む。私は静かに手に持っていた端末を、作業台に置いた。
「……ホークスは、今どちらに?福岡ですか?」
「いや、こっちにいるよ。ただ——」
塚内さんはわずかに声の調子を落としてから、先を続けた。
「少し扱いが難しい個性でね。解除条件がわかるまでは、あまり近づかないほうがいい。念のため伝えておく」
難しい個性。近づかないほうがいい——。
その言葉は強くもなく、けれど確実に、身体の内側に沈み込んできた。拒絶でも、制限でもないのに、境界線としては十分すぎるほど明確だったから。
「……わかりました」
それで、会話としては成立する。受付としても保全課の職員としても、必要な情報はすべて受け取っている。けれど、手元に残った端末だけが、やけに重く感じられた。本来はただの機器のはずなのにそこに触れているだけで彼の不在の時間をそのまま握っているような気がした。
一通りの確認を終えると塚内さんが踵を返す。その背中を見送りながら、ふと思いつく。私は、端末を軽く持ち上げて、塚内さんを呼び止めた。
「これ……!修理が終わったら、私がホークスに届けますよ」
言葉にした瞬間、自分でもわずかに遅れてその選択の偏りに気づく。業務としては必ずしも私が行く必要はない。引き渡しの手段は、いくらでもあるし手続きだって整っている。それでも、口に出たのは、その形だった。
塚内さんの足が止まる。振り返るまでのほんの短い間。測るような沈黙がひとつ落ちてそれから少しだけ、困ったような、含みを持たせた笑みが向けられる。
「……愛の力は、偉大だなぁ」
「……! そういうのじゃ、ないです……」
反射的に返した声は思ったよりも平坦で、自分でも少しだけ安堵した。揺れていることを悟られずに済んだ気がしたからだ。しかしどうだろう。彼の職業を思えばこの場に来た時点で、こちらの内側の乱れなどとっくに見透かされていたのかもしれない。それでも何も言わずにいるあたりが、かえって厄介で。塚内さんは、そんなこちら側の逡巡を知ってか知らずか、肩をすくめて、小さく笑った。
「まあ、無理はしないで」
「……」
「あくまで自己責任で、ね」
それだけ言い残して塚内さんはまた私に、背を向ける。自動ドアが閉まる音がして空間がひとつ静かになる。私はカウンターの上の端末にそっと視線を落とした。黒い画面は、何も映さないまま沈黙している。通知も既読もどこにも現れない。まるで、触れていない時間だけが、そこに残っているみたいだった。
助けようとしただけなのに。守ろうとしただけなのに。そういう選択をする人だと知っている。知っていて、たぶん、それを肯定してしまう側に自分がいることも。
彼の不在は劇的な形では訪れない。こんな風に日常の隙間へゆっくりと染み込んでくる。いつもなら当たり前に続いていたはずのやり取り。軽く交わされるはずだった言葉。そのどれもが静かに欠けているだけで、こんなにも輪郭を持つのだと遅れて気づく。
『 無理はしないで。あくまで自己責任で 』
さっきの塚内さんの言葉が、胸の奥でわずかに重みを持つ。境界線としては、十分すぎるほどに明確で、守る理由だって、きちんと揃っている。それでも。その内側に留まる自分を最後まで想像しきれなかった。壊れた端末を手にしたとき最初に思い浮かんだのは業務連絡の文面ではなくて。ちゃんと、無事でいるだろうか、という、あまりにも私的で、言葉にするまでもない問いだった。それを、はっきりと自覚した瞬間に、胸の奥で、かすかに何かが軋んだ気がした。
*
翌日。私は、有給を申請して、仕事を休んだ。理由は書こうと思えばいくらでも整えられたはずなのに、どれもがどこか的外れで、結局は簡単な文面だけを残して提出を済ませた。修理を終えた端末を手にしたまま席に座り続ける自分を、どうしても、想像できなかった。
外に出ると空気は前日よりもさらに乾いていて指先が、わずかにひりつく。吐く息は白く、形を保ったまましばらく漂ってから、ほどけるように消えていった。時間だけが確実に進んでいる事をそんな些細な現象で思い知らされる。
ホークスのセーフハウスは、変わらずに静かな場所にあった。生活音も、人の気配も、外側にはほとんど漏れてこない。
インターホンを押す。数秒待つが応答はない。もう一度だけ念のために押してみる。同じだけの沈黙が返ってくる。しかし、ここまでは、想定の範囲内だった。彼の生活は不規則で、在宅かどうかも一定ではない。それでも、なぜか帰る選択肢だけが浮かばない。
以前と同じようにエレベータに乗り彼の部屋の前に立ち、ドアに手をかける。押すと、抵抗なくあっさりと開いた。鍵のかかっていない感触が、妙に現実味を持って指先に残る。
部屋の中へと踏み込んだ瞬間に、まず光が足りないと思った。カーテンはすべて閉じられていて昼間だというのに、室内は薄く沈んでいる。その暗さの中で、床に散らばるものがいやでも視界に入る。羽だ。彼の、剛翼の羽。踏み場を選ばずに落ちていて、整えられた形跡は、どこにもない。抜け落ちたものをそのままにしているというより気に留める余裕すらなかったみたいに。胸の奥でかすかに何かが音を立てる。
「……ホー、クス?」
呼びかけても、返事はない。靴を脱ぎ、一歩、室内へ入る。羽根を避けながら進むけれど、量が多すぎて、どうしてもいくつかは踏んでしまう。その乾いた音が、静かに床に響いた。リビングもいつもとは少し違っていた。最低限の整頓が保たれているはずの空間に、物が積み重なり、ソファには上着が無造作に投げられている。床には空の缶が転がり、そのどれもがほんの少しずつ生活の輪郭を崩している。
そして、寝室の方から、音がした。羽が擦れるような音。空気を切る重たい羽音。規則性のないそれは静けさの中でかえって際立っていて理由もなく、胸の内側がざわつく。
私はそのまま足を進めた。扉は半開きで、隙間からは、暗い室内が覗いている。その中を覗いた瞬間、視界に飛び込んできたのは、剛翼だった。部屋の中央に立つ彼の背から制御の利かない羽が四方へ広がっている。壁にも床にもベッドにも、無秩序に突き刺さり、あるいは散っている。空間そのものが、彼の内側の乱れを、そのまま映しているみたいだった。
「……っ、はぁ、はぁ……はぁ——っ、」
呼吸が荒い。肩が上下している。視線が、落ち着かない。自分の身体を、うまく、扱えていないようにも見えた。そのとき、彼の瞳が、こちらを捉える。鋭い、と思った。いつもの軽さも、冗談めいた余裕もない。まるで、獲物を射抜くような研ぎ澄まされた視線——。荒い呼吸の音が部屋の静けさを乱している。それでも。私は反射的に、もう一歩、近づいていた。
「ホークス……」
「——こっちに、来ないでくださいっ!」
遮るように放たれた声は、鋭く、けれどどこか崩れそうでもあった。拒絶というより制止に近い響き。切羽詰まったまま、ぎりぎりのところで、形を保っている。背中の羽がざわりと鳴る。私はその場で、ぴたりと足を止めた。
「……ご、ごめん」
理由を問う余裕はなくて、でも、謝るしかなかった。ただ、今ここで、踏み込まないことだけを選ぶ。ホークスは私から視線を逸らさないまま、呼吸を、整えようとしているようだった。乱れたままの息が、うまく噛み合わずにこぼれていく。近づけば危険だと彼自身が一番わかっているのかその必死さが、声の端々に滲んでいる。
「すみま、せん……今は、だめです……」
低く押し殺された声にわずかな震えが混じる。触れない。越えない。これまでに彼が守ってきた境界が今は別のかたちで、私たちの間に引かれていた。
私は足を止めたまま、手の中の端末を胸元へと引き寄せる。ただ届けに来ただけのはずなのに、その距離が、思っていた以上に遠かった。私は、その場から一歩も近づかずに、ゆっくりと、膝を折った。床に散らばる羽根を避けながら、寝室とリビングの境目、彼の視界の端にかかるあたりへそっと、その端末を置いた。
「あの……スマホ。直ってる、から」
必要最低限の音量で、それだけを伝える。彼の視線が、私ではなく端末へ落ちる。一瞬、呼吸が詰まる気配があって、羽がざわりと揺れ、数枚がまた、床へと落ちた。
「……置いといて、ください」
低い声。拒絶ではなく、自制。触れれば何かが崩れることを、必死に、押しとどめているような響きだった。私は「うん」と、短く返して、それ以上は動かない。前には出ない。沈黙が落ちる。
「……ごめんなさい」
不意に彼がそう言った。謝罪の向きが私なのか状況なのか、自分自身なのかはわからない。この状況ではすぐには掴めない。それでも、反射的に問いが口をつく。「……何が?」と言うと、彼は一瞬だけ視線を揺らし、それからわずかに天井を仰いだ。
「……全部、です」
荒れた呼吸の合間に、言葉を選ぶ気配がある。
「何もしなくても剛翼が動くんです。止めようとすると……余計に、強くなって——」
言葉が、途切れる。その隙間で、壁に刺さっていた赤い羽根が一本、力を失ったようにひらりと落ちた。苦笑に似た気配が口の端にだけ浮かんですぐに消える。
「感情、距離感、判断が……全部、直結してて」
「……」
「特に……守ろうとすると、ひどい」
その一言が、思っていたよりも深く沈む。胸の奥が、わずかに縮む。
「近づかないほうがいいって、わかってるのに。そう思えば、思うほど……」
剛翼がばさりと空気を押し返すように鳴った。その一振りだけで、場の気配が、わずかに歪む。反射的に私は、目を閉じていた。
「——制御、できなくなる」
言い切られたその言葉はどこか諦めに似ていてけれども、完全には手放していない響きを含んでいた。私は何も言えず、その場に座ったまま、床に視線を落とす。散らばった羽根の一枚一枚が、彼の状態を、そのまま映しているみたいだった。
近づかないほうがいい——。昨日、受け取った忠告の意味が今ようやく言葉ではなく感覚として沈み込んでくる。踏み込めば壊れるものがあるとはっきり、わかってしまう距離。それでも、離れきれない場所に、自分がいることも。
「だから……今は俺に、近づかないでください」
「……」
「ほんとに……危ないんで」
言い切る直前でホークスの声がわずかに震えた気がした。拒むためではなく、保つための声だとすぐにわかる。自分の内側で暴れているものを、外に溢さないための、ぎりぎりの制止。
私は「……うん」と、頷いて、それからほんの少しだけ、間を置いてから言った。
「でも、帰らないよ」
その言葉が落ちた瞬間、場の空気が、ぴたりと静止した。ホークスがゆっくりとこちらを見る。その視線にはまだ鋭さが残っているのに、そこへ混じる戸惑いのほうが今は、はっきりと伝わってくる。
「近づかない。触らない。ここから、動かない」
順に、並べていく。それは考えて出てきた言葉ではない。ただ——守るべき条件を、ひとつずつ丁寧に差し出すだけのもの。
「でも、端末は置いたし。話せる距離にはいる」
沈黙が、そっと降りる。さっきまで荒れていた羽音が、わずかに収まった。そして掠れた声で、独り言みたいに零された言葉は——。
「……それ、ずるいでしょ」
「知ってる」
私は、迷うことなく答えた。それでも視線は、床に、落としたままで。
「でも……ホークスが一人で全部抱えるほうが、もっと、ずるい」
言いながら、自分でもその言葉の輪郭をそっと確かめる。責めているわけでも正したいわけでもない。ただそのまま放っておく事ができなかっただけだと、どこかで理解している。
彼はしばらく、何も言わなかった。荒れていた個性の剛翼は完全には止まらない。けれど先ほどまでのように空間を裂く事もなく動きは明らかに緩やかになっている。
「……行かんで」
ほとんど息に紛れるような声だった。意識して発した言葉というより、こぼれてしまったものに近い。私は顔を上げずに、そのまま応じる。
「行かない。ずっと、ここにいる」
それだけで、十分だった。彼の呼吸が、ほんのわずかに整う気配。触れない。越えない。距離はそのままに保たれているのにさっきよりも確かに近い場所にいるような感覚だけが残る。
ここにいるという選択だけが、今の彼をつなぎ止めていた。何も、変わっていないはずなのに、それでも少しだけ均衡の形が変わった気がした。
しばらくして私たちは、ソファに腰を下ろしていた。気づけば時計の針はすでに夜へと差し掛かっている。カーテンは今も閉じられたままで外の色はひとつも入り込んでこない。それでも室内に置かれた小さなデジタル表示だけが確かに時間の経過を告げていた。一定の距離は保っているはずなのに空気だけが妙に張りつめていて、わずかな動きすら拾い上げてしまいそうな緊張が、部屋の中に薄く漂っている。
彼の呼吸は、先よりは落ち着いて整っている。けれど、その表情には、いつもの軽やかな笑みはどこにもなくて。代わりにあるのは、隠そうともしない露骨な苛立ちとどこか居場所の定まらない視線だけ。そんな中でふいに真横から、こちらを射抜くように見据えられる。
「それ、だれから受け取ったんですか。スマホ」
ホークスは顎をしゃくるようにしてテーブルを示した。それは鋭く、刺すような声音だった。
「え……あ、塚内さんから。昨日さ、持ってきてくれたんだよね、私とホークスが面識あったの、知ってたみたいで」
答えながら、自分の声がわずかに慎重になっていることに気づく。選ぶ必要のない言葉まで無意識に選んでいる。彼は一瞬だけ視線を伏せ、それから眉間にかすかな皺を寄せたまま、テーブルの上のスマートフォンへと、目を走らせた。状況を切り分けるような、いつもの癖だ。こんな時でもそういう習性だけは、出てしまうらしい。
「……なんだ、塚内さんね」
わざわざ添えられた「なんだ」に、抑えきれていない感情が滲んでいる気がした。
「ホークス」
「はい」
「怪我、してるよ。ちょっと、見せて」
「……大したことないですって」
そっけない返し。こちらを見ようとしないまま彼はわずかに、身体を引く。気遣っているのか、余裕がないのか、それともただ疲れているのか。判別のつかない曖昧さが、余計に距離を広げる。間接照明だけの室内で、翼を持つ身体がわずかに縮こまって見えた。ヒーローという言葉が、現実から浮いてしまうほどに。
私は立ち上がり、積み上がった洗濯物の中から一枚、タオルを引き抜く。そのまま、キッチンへ向かい水を含ませる。ただそれだけの動作なのに背中にかすかな緊張が走る。静かではあるのに、どこか不安定で、いつ均衡が崩れても、おかしくない気配。
「……ねぇ、ホークス」
「はい」
「みんな、あなたのこと、強いって思ってる」
「……」
「当たり前みたいに頼って……でも。そんなホークスを、守ってくれる人って、いるの?」
返事はない。沈黙が落ちる。私はそのまま彼の元に戻り、そっと手を取った。指先は思っていたよりも荒れていて、関節の皮膚は擦り切れ、いくつかの爪は、欠けている。思った以上に男らしく大きな手のひらに、自分の手はすっぽりと隠れてしまう。その中に残っている乾いた血の感触が、妙に現実的で、やけに生々しかった。言葉を選ぶ余裕もなく、自分でも驚くほどまっすぐに出る。
「私ね、ホークスのこと守りたいって思ってる」
我ながら、ずいぶんと身勝手な言葉だと思う。身の丈に合っていないことくらいわかっている。それでも引き返す気にはなれなかった。口にせずには、いられなかった。
「いつも飛び回って傷つくことも気にしないで、この国を守ろうとしてる、ヒーローのこと」
「……」
「それができるのは、私じゃないって、ちゃんとわかってる。でも……少しは、思っちゃうの」
言い終えて、私はわずかに息を吐いた。彼は、何も言わない。ただ、握られた手にわずかな力がこもる。
「だから……手当ぐらい、させて」
断りも入れないまま、彼の前髪に指をかける。かき上げた金色の髪は、わずかにほこりを含んでいて、指先にかすかな抵抗を残した。
「ね、こっち向いて——」
膝をついてタオルを近づけたその瞬間だった。彼の手が私の手首を掴んだ。反射的に視線を上げると、背後の照明が彼の瞳の奥で鈍く反射する。夜闇に潜む、鷹の目のようで、普段の柔らかさはなくてどこか本能に近い色。思わず息が止まる。次の瞬間、距離が消える。言葉になるはずだった音は途中で途切れて、代わりに唇が触れた。躊躇のない、まっすぐすぎる接触。押し返す間もなく引き寄せられる。太い腕が腰を絡め取り後頭部に添えられた手が、逃げ場をなくす。
後ずさる勢いのまま、身体がソファへと、沈み込んだ。背に触れる冷たさと同時に、彼の体温が覆いかぶさる。触れないと決めた距離は、あまりにも簡単に崩れた。
「わっ、ちょっと、待って、……こらっ」
「すみません」
謝罪の言葉だけが律儀に落ちてくるのに、その唇は、一向に引かない。離れるどころか、むしろ埋めるように近づいてくる体温に、呼吸の間隔が崩れていく。腰に回った手が、わずかに動いて、布越しに触れる感覚が、現実味を帯びる。身体の重みが、逃げ場を奪うように重なる。
——おかしい。その違和感は、触れられていることそのものよりももっと別のところにあった。こんなふうに、制御を失う人ではない。踏み込む時でさえ、どこかに必ず余白を残す人だったはずだ。なのに今はまるで。内側の境界、そのものが曖昧になっているみたいに。
その瞬間ひとつの仮説が浮かぶ。理性ではなくその手前の部分を揺さぶるような——そんな個性事故。同時に、遅れて思い出す。昨日、帰り際に塚内さんが零した、あの言葉が。
『個性が解除されたらその間の記憶は残らない。 子どもの親御さんから、確認は取れてる』
この時間も。この距離も。彼の中にはなかったことになる可能性がある。そう思った途端、胸の奥が一瞬にして、すっと冷えた。
「……ほ、ホークス、」
「はい」
呼びかける声は思ったよりも掠れていた。彼は返事だけは律儀で、その短さが余計に今の状態を物語っている気がした。首元に感じる熱と、肌をなぞる気配に言葉を続けるための呼吸が追いつかない。それでも、呼吸が追いつかないまま現実に引き戻すための言葉を、必死に探し出す。
「あ、あの……ちょっと、落ち着こう、よ」
それは、自分に向けたものでもあった。ほんのわずかに彼の動きが止まる。視線が揺れて焦点を探すように彷徨う。その隙を逃さず私は手にしていた濡れタオルを、彼の顔へ押し当てた。唐突な冷たさに、彼の呼吸が一瞬だけ詰まる。
「——ゴム、あるの?」
「はい?」
あけすけな問いだったと自分でも思う。けれど今の彼が衝動に傾ききる前に現実の言葉で止めるしかなかった。
「ないなら、ほら、ダメだよ。できない」
「……いや、はい。そもそも、あの、えっと……すみません」
今度の謝罪は、さっきよりも少しだけ、輪郭を持っていた。私が「うん」と、短く返すと、彼はようやく身を引いて距離を取り戻した。そのまま身体を起こし私の手を引いて、互いにソファへと座り直す。崩れた均衡をもう一度かろうじて整え直すみたいに。タオルで顔を乱暴に拭いながら、彼は立ち上がり、部屋の奥へと消える。しばらくして絆創膏らしき物を持って戻ってきたときにはどこか、気配が沈んでいた。そして、もう一度、ソファに腰を下ろし、タオルに顔を埋めるようにうつむく。間接照明の下、その背中は相変わらず大きいのに、どこか所在なさげに、居場所を持て余しているみたいに見えた。
「……それ、どうするの」
探るように落とした声は、自分でも思っていたより静かで、どこか場に馴染まない響きを持っていた。返事はない。沈黙だけが伸びてさっきまで確かにそこにあった熱の名残だけが、宙に、取り残されている。言葉にしなければなかったことにできるのに。それでも、あえて触れてしまった。
「あの、手で……お手伝い、しよっか?」
「はい……!?」
ホークスは勢いよく顔を上げる。タオルの跡が頬にうっすらと残っていて、乾きかけた血の色と混じりながらその端正な顔が見る間に赤くなる。自分でもどこか、あまりにも遠慮のなさすぎる、遠回しな言い方だったかなとは思う。それでも、それ以上は言葉にできなかった。
「ほら……いつでも呼んでって、前も言ったし」
「やっ、ちょっと待って……それ、今ここで出す話じゃ、ないでしょ」
戸惑いと少しの照れと、わずかな焦り。そんないくつかの感情が自分でもうまく分離しきれないまま滲んでいるような声だった。
「あ、いや……別に、一人でなんとかするなら、それでも、いいんだけど、さ」
「……」
「そのあと、なんかちょっと……いたたまれないかな、って思って」
言いながら自分の言葉の置き方がどこか不器用だと気づく。取り繕おうとしたはずなのに余計に不自然になっている。
彼は何も言わない。ただ、視線だけが揺れて、それをどこに落とせばいいのかわからないまま、また、宙を彷徨っている。
「……さすがに、それは」
言いかけて、言葉が途切れる。否定したいのに完全には切り捨てきれないそんな曖昧さが滲む。
「え……本気で言ってます?」
揺れる声。理性と動揺が、ぎりぎりのところで押し合っている。私は「もう、どっちなの」と、軽く息をついて半ば呆れたように零す。その一言で張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩んだ。さっきまでの切迫した気配が、わずかに遠のく。極端な緊張のあと、人は急に現実へ引き戻されるものだ。
ふと、どこかで聞いたことのある話が、遅れて頭をよぎる。生き延びた直後の身体は、どこか、均衡を失っていて、だからこそ、別の衝動に傾くことがあるのだと。それが人間でもヒーローでも変わらないのだとしたら——。今日までこの国のために身を削ってきた彼がほんの一瞬、そういう方向へ揺れたとしても不思議ではないのかもしれない。そこに、たまたま私がいた。ただ、それだけのこと。そう整理しようとしても胸の奥に残るものは消えない。言葉にしないまま抱えた方が、たぶん正しい種類の感情だろう。
そもそもこの責任は私にもわずかにあるのだと思う。近づかないほうがいい、と忠告されていたのに、それでも足を運んだのだから。だからこその、さっきの提案だったのだと思う。何かを軽くするための、どこかずれた選び方。それでも他にもっと穏当な形があったのではないか。そう思い至った時点で、ほんの少しだけ、遅れていた。
「あの……恥ずかしいんで」
そう前置きをして、彼は間接照明のスイッチを落とした。闇が、静かに降りる。視線の置き場が失われる代わりに距離や気配や感覚だけが際立ちやけに、鮮明になる。私は言葉にできないまま、彼のそばに留まって今ではヒーローの性器を握りしめている。触れ合いのかたちは、変わったはずなのに関係の輪郭はむしろ、曖昧になっていく。だからこそ、視線を彷徨わせた末に、カーテンの模様へと逃がした。布越しに滲む街灯の光が規則的な柄の上でぼやけている。その単調さに必死に意識を預けながら今起きていることを、どうにか現実として、受け止めようとしていた。
いっそ、このまま一線を越えてしまったほうが自然だったのかもしれない。そう思う自分とここで踏みとどまろうとする自分が、胸の奥で静かに言い争っている。越えないと決めてきた線はまだ消えていない。ただ、その直前で私たちは途方に暮れるほど、近い場所に立ってしまっている。
「……ッ、はぁ。……ね、」
「ん」
「俺も……触って、いいです?」
「ダメ。ぜったい、ダメ」
「触り、たい」
「調子に……乗らないで、」
「……名前さん——お願いやけん」
「ダメだってば。もう、引きちぎるよ」
やり取りだけを切り取れば軽いのに、声の奥にある温度は冗談に収まりきらない。彼の目は真剣だったから。
ホークスは、ソファに寄りかかっていた身体を起こし、わずかに、距離を詰めようとする。その動きがさっきまでの均衡を崩しかねないものだと瞬時に理解する。逃げるのではなく、止める。
私は、手に力を込めて素早く迷いのない動きで応じた。彼の息が、短く詰まる音が落ちて、熱い吐息が私の前髪にかかる。鋭さは残っているのに踏み越えきれないその戸惑いが、暗がりの中でもはっきりと伝わってきた。
「……今は、違うから」
「……っ」
「これは、……救助、みたいなもの」
声を抑えてそう言うと、彼は一瞬だけ、視線を逸らし、それから、苦笑に近い息をこぼした。
「……はい、……っすね」
返事は素直で、ほんのわずかに、遅れて届く。距離は変わらないまま、空気だけが静かに揺れている。その揺れを壊さないように、私は息をひそめた。そして、彼が喉の奥で声を押し殺す気配を確かめてから、ようやく、そっと力を抜いた。
もっと触れたい気持ちは、確かにある。でも、それを許すかどうかを決めるのは、今は私の役目だったから。彼はトップヒーローで私は一般人。それでも、この瞬間だけは立場ではなく、判断が関係を支えている。彼が最後の一歩を踏み出さなかったことで、線は、かろうじて保たれている。それが、安堵なのか惜しさなのかはまだ言葉にはならない。ただ、この距離が今は正しいのだと、互いに理解している気配だけが残っていて。その沈黙が、部屋の中で静かに息をしていた。
*
脱衣所で手を洗い、鏡に浮いた曇りを、指先でなぞる。ぬるま湯の温度が、何かをきれいに洗い流してくれるわけではないとわかっていながら、それでも、指の先を必要以上に、擦ってしまう。落とすべきものがどこに付着しているのか、自分でもよく、わからなかった。
リビングの明かりがいつの間にかすべて点いている。その不意の明るさに、思わず足が止まる。引き返そうかと一瞬だけ思う。けれどこの部屋に他に逃げ場はない。息を吸って吐いて。気持ちの整理のつかないまま、私はそのまま足を進めた。リビングに戻ると、フローリングの上に見慣れた緋色の背中があった。膝を抱えて座るその姿は、あまりにも普通で、それでも沈黙の密度だけが、どこか不自然に重たい。
「……塚内さんと、仲良いんすか」
声が落ちる。問いの内容よりもその端に微かに混じる棘のほうに、先に意識が向いた。途端に、さっきの出来事が、遅れて重さを持つ。このまま顔を合わせずに帰って、時間が経ったらまた何もなかったように、笑い合えばいい。数日も会わなければこのヒーローと私はまた、いつもの距離に戻れるのではないかと。そうやって距離を整えてきたはずなのに、その選択をしなかった自分が、今、ここに立っている。その事実が妙に居心地を悪くする。
「仲がいいってほど、話したことないよ」
立ち止まったままで答えると、言葉はどこか、不格好に滑り出た。整える前に出てしまった弁解のような響き。その瞬間に、彼が立ち上がった。こちらに近づいてくる足音。照明の光が遮られ、影が私を覆う。——あ、と、遅れて気づく。私の正面に、ヒーローが立ちはだかっている。
「こんな、知らん男の匂いさせてさぁ……」
言葉と同時に、距離が詰まる。今度は、影だけではなく、体温そのものが、覆いかぶさるように近づいてきた。彼の顔が私の髪に埋もれ指が確かめるように絡んだ。煙草とわずかにスパイシーな香料の残り香。それが誰のものなのか、一瞬だけ考える。少なくとも、昨日の塚内さんではない。駅前か、電車の中で擦れ違った誰かか——そんな曖昧な記憶の断片に紛れた匂い。自分ではもう、意識の外に追いやっていたはずのそれを彼だけが拾い上げる。そして喉の奥で低く押し殺すような声が落ちた。
「……イヤなんすよ」
「……」
「あなたが、他のやつに触られるのも、そういう目で、見られるのも」
震えているのは、きっと、怒りだけじゃない。何かを必死に噛み砕こうとしているような不器用な揺れがそこにはある。腕も指も強くて。でも、どこか頼りない。光の下でさえ何かに怯えているみたいに見えるのが、この人らしくなかった。
私はそっと彼の頭に手を添える。逞しい身体の中にある、隠しきれない不安定さが、輪郭として伝わってきて——そのどちらもが、妙に愛しいと思ってしまう自分に、少しだけ戸惑うと同時に、私のほうが、罪を犯した気さえしてしまう。
「もう……親友離れができないヒーローだなあ」
冗談めかして言った、その直後だった。彼が、勢いよく距離を取る。次の瞬間、両腕を掴まれて思わず身体が強張る。しかしその手は、離される気配を見せない。そして、強い声が、まっすぐに落ちてきた。
「親友なら、あげんことせんでしょ!」
夜の静かな部屋に、その音だけが響く。思わず瞬きをして、それから、少しだけ視線を逸らす。
私は「夜だよ、静かにして」と、手を柔らかくほどいて、そのまま彼の横を抜けた。何も言葉は返ってこない。ただ、明るいままの室内が静かにそこにあるだけだった。キッチンへ行き、蛇口をひねる。コップに注がれた水はぬるくて現実的な温度をしている。一口、飲む。喉を通る感覚は、はっきりしているのに胸の内側は、少しも静まらないままだった。
「……誰にでも、やってあげるんですか」
背後から落ちてきた声は主語も目的語も欠いたまま、それでも輪郭だけは、はっきりとこちらへ届いた。それだけで、なにを問われているのか、どこを指しているのか。言葉にされない部分までわかってしまう。照明を映した、綺麗な琥珀色の瞳の揺れが、そのまま、胸の奥へと波紋のように広がっていく。
「……しないよ」
短く答えると彼は口を真一文字に結んで、言葉では返さずに代わりに小さく息を抜いてわずかに肩を落とす。その変化を正面から受け止めることができなくて、視線が自然と逸れた。
「私だって、しばらくそういうのないよ。最近は振られてばっかだし……最後までいく前に終わる関係ばっかり」
「……」
「ていうか、ホークスが一番、知ってるでしょ。私の恋愛遍歴、ほとんど報告してるんだから」
言葉を重ねるほどにどこか弁解じみていくのがわかる。それでも止められず、軽さの形を借りて整えようとする。衣擦れの音。彼が、顔を上げた気配だけを感じながら、私は、あえて気づかないふりをする。その視線を受け止めるには今の自分は少し頼りない。だから彼の手の中にあるタオルを取り上げ、そのまま脱衣所へ向かう。
タオルを軽く洗い、今度はぬるま湯を湿らせてから戻ってきたときに、背中に投げられた声は、さっきよりも棘が少しだけ丸くなっていた。それでも、拗ねていることだけは、明確だった。
「……塚内さんと知り合いだったなんて、聞いてないです」
「だね。言ってないもん」
今度は水ではなくコーヒーを二つ淹れて、そのひとつを彼に差し出し、自分もソファに腰を落とす。カップを持つ手にわずかな熱が伝わる。口をつけると苦味だけがはっきりして、それでも味も香りも、うまくは掴めない。
「隠してたと?」
「別に、言う必要がなかったでしょ」
「なにか、隠しておきたい理由でも?」
「隠し事されたみたいで寂しくなっちゃった?」
「茶化さんで」
やり取りだけを見れば軽口の延長みたいなのにどこかで、噛み合っていない。冷静なふりをしているのにどちらも少しずつ子どもじみたところへ寄っていく。どうしてこんなに引っかかっているのか。理由はわからないわけじゃない。ただそれを正面から受け止めるには、この関係はあまりに曖昧だった。彼はカップを両手で包み込んだまま底を見つめている。コーヒーよりも、その視線のほうが、よほど冷えて見えた。
ふと、この部屋に初めて来た頃を、思い出す。ひとつしかなかったマグカップ。不揃いの食器。あとから少しずつ増えていった日用品たちはどれも形も色も揃っていなくて、それでも並べられていた。偶然の寄せ集めなのに、どこかで成立している感じが、私たちの関係に似ていた。
整ってはいない。けれどいつも隣には置かれている。偶然だった。でも、必要だった。
「はぁ……」
思わず重い息が落ちる。私は今、何を辿ろうとしているのだろう。彼と出会ったころの自分に、何か言い残したいみたいな、妙な感覚。
��親友�≠ニいう言葉が一番、扱いやすかった。そうしておけば踏み込みすぎずに済むし引き返す理由も用意できる。親友だからこそ言わない事が許される。干渉しない事で守られる距離もある。その都合のよさに甘えていたのは——たぶん私のほうだ。
「……ごめんごめん」
私は鼻先で笑うように、マグに指をかけたまま少しだけ身を乗り出して続けた。
「塚内さん、長く付き合ってる彼女がいるらしいから。親友に、話すほどのことじゃなかったの」
「……
少しの間を置いて彼がぽつりと呟く。その言い方は、あまりに静かで、あまりに、冷たかった。まるでその言葉を今この瞬間に、剥がすみたいに発音される。本来ならその距離を守る側のはずの彼が、あえてそこに引っかかる。それは、ただの言葉じゃなくて、どこかで境界を揺らそうとする意志みたいに響いた。
床に落ちていた視線が、ゆっくりと、こちらへ向けられる。その動きひとつにさえ感情の温度が含まれていて、私はそれに触れないよう、内心で薄く身を固めた。
あの日。視覚を排して身体の重力だけを失ったみたいに浮かんだ夜——。触れたのはほんの一瞬だったのに、あのときの唇の温度だけが、やけに鮮明に残っている。
わかっていた。目を背けたところで、なかったことにはならないと。それでも私は、気づかないふりを選び続けている。視線には、温度がある。そして、その温度には、いつだって意味がある。けれど、そこに触れてしまえば、きっと何かが、決壊する。だから見ないまま、口だけを開いた。
「ホークスこそ、相変わらずモテモテじゃん」
「……はい?」
「見たよー?最近、よくテレビとかにも出てる、可愛い系の、若い人気のモデルさん」
「……」
「ホークスのことすご〜く熱烈に推してるって」
言いながら自分の声が思っていたよりも冷たく響くのを感じた。こんなタイミングで、持ち出す話題じゃないことくらいわかっている。それでも口にしたのはたぶんこれ以上踏み込まないための少し雑な防衛だった。
珍しく舌打ちが短く落ちる。それが正しい反応だと思った。自分が悪者になることで心の防壁を立て直そうとする癖がある。自分から距離を歪めておいて、その歪みに責任を持たない。そういうやり方でしか均衡を保てないときが私にはある。だから震えながらも、相手を大事に扱おうとする彼の手つきに応える資格が、こんな自分なんかにあるとは思えなかった。
「えー? なぁに?……もう、機嫌悪いなあ」
努めて明るく言ってみせる。返事はない。私は彼の前に立ちそっと頬に触れる。出会った頃から変わらない柔らかさの中にほんの少しだけ輪郭の強さが増しているのがわかる。
時間は確実に流れているのに変わらないものも確かにある。
「疲れたよね。眠いなら、少し寝たらいいよ」
頬をつまむとホークスは鬱陶しそうにその手を払った。けれど、その反応すらもどこか愛しくて少しだけ安心する私はきっともう頭がおかしいのだと思う。
やっと視線が交わる。眉を寄せて下唇をわずかに突き出す顔は、年相応の表情で、さっきまでの切迫した気配とは、別のものだった。それでも、拗ねたような苛立ちだけがまだ、残っている。
「子供扱いせんでください」
「親友扱いしてるんだよ」
「……」
彼の言葉は、その先へは続かなかった。私は、小さく息を吐いて彼の手にタオルを持たせてからソファを指差した。ホークスは何も言わず、そのまま素直に横になった。その隙に、彼がほとんど口をつけていないままのマグカップを手に取り、キッチンへと運ぶ。蛇口をひねると緩い水が手の甲を、流れていく。静かすぎる空間に、その水音だけが、かすかに響いていた。
ふと振り返ると彼は動いていなかった。眠っているのか、ただ目を閉じているだけなのか判別はつかない。食器を洗い終え私はリビングの灯りを落とす。部屋が暗くなる。その闇を背に、帰ろうとした、そのとき——。
「初めて……ご飯、誘ったとき」
背後から届いたその声は、暗がりの中でふいに鳴った小さな鈴のようにはっきりと耳に届いた。振り向くと彼は仰向けのまま片腕で目元を覆っている。あの夜、彼が、三十八度超えの熱を出したときと同じ姿勢。眠ってなど、いなかったのだ。
「受け入れてくれて、嬉しかった」
「……」
「何度もスマホ壊す俺なんかに、ちゃんと、向き合ってくれるあなたのこと、尊敬してます」
飾らない声だった。まっすぐで取り繕うこともなく、感情を包み隠さず、そのまま差し出される言葉。
「幸せになって欲しいって、思いよーったい」
「うん」
その返事には、いくつもの意味が折り重なっていた。受け止めることしかできないまま、言葉は行き場を失う。応えることも、否定することも、今の私には選べなかった。暗い部屋の中で、手を伸ばせば触れられる距離に、私たちはいる。近いはずなのに、その近さがかえって、輪郭を曖昧にしていく。
「私たちは、仕事相手でしょ。ヒーローが端末を壊して、私が直す人。それだけのこと」
「……」
「あと——ホークスと私は、親友。」
そう口にしたとき自分の中にぽっかりと空いた空白を、私は初めて、明確に自覚した気がした。手を取り合って戦うわけでもなく同じ場所に立つわけでもない。それでも、何かに抗うようにしてこの距離を守ってきた。もしかすると��親友�≠ニいう名前のもとで、何かと戦っていたのかもしれない。その言葉はただの関係性の説明じゃなくてどこかで選び続けてきた形そのものだった。
この距離を、この関係を守ろうとする。親友という括りが誓いにすら思えてしまうのは、私だけなのだろうか。それ以上でも、それ以下でもないはずなのに。そう思っていたはずなのに……どうしてこんなにも、胸の内側が騒がしいのか、まだうまく言葉にならなかった。
夜は、いつ明けるのだろう。このまま静かに、終わってしまえばいいと、どこかで願いながら。
「信用してるし、頼りにしてるよ」
囁くように落とした言葉に彼のまつげが微かに揺れた気がした。けれど、その瞳は閉じたままでこちらを見ようとはしない。
「誰からも頼りにされるヒーロー・ホークスを、支えたいなって思ってる」
「……」
「大切な親友で、大切なヒーローだから」
語尾の「だから」が思っていたよりも柔らかくまるで、子守唄のように響いた気がした。私は、そっと彼の頭に触れた。指の腹で、癖のある髪をなぞる。根元に触れるたび、わずかに熱が伝わる気がした。そのまま、背に広がる羽にも触れる。赤い羽根は彼そのものを象徴する色でその質感の奥に、言葉にされない時間が、積もっているのを感じる。祈るような気持ちで撫でていたそのときだった。不意に、手首を掴まれる。
「……親友だから、ですか」
さっきまで横になっていたはずの彼が、上体を起こしていた。カーテン越しの街灯が、その輪郭だけを淡く縁取る。照明ではない、外からの光。それに照らされたヒーローは、どこか、現実から切り離されたみたいに見えた。
「顧客じゃなかったら、親友じゃなかったら……俺のことなんて、どうでもよかったんですか」
静かに、続く声。その言葉が降りてきた瞬間、胸の奥で、何かがゆっくり沈んでいく音がした。
「お弁当、作ってくれたり……飲みに行ったり、こうしてセーフハウスに来たり、優しくしたり」
「……」
「さっきみたいな、あんなっ——あんなこと……してくれたり……しなかったって、言うんすか」
言葉を選びきれずに途中で揺れる。思い出してしまったらしい。声が震えていた。その不器用さが、かえって真っ直ぐだった。いや、声だけじゃない。彼の目が、熱のあるものに、揺れていた。手首を握る力が、少しだけ強くなる。
「信じられん、冗談でしょ……」
「……」
「今までの、ぜんぶ……ただの、同情だったってことですか」
距離が近い。近すぎて彼の瞳の奥に自分の顔が映っているのが見えた。そこに映る私は、きっと曖昧な顔をしている。言葉の届かないところで、ずっと迷い続けている結局どこにも辿り着けないままの女の顔が。彼の声が、わずかに低くなる。
「親友じゃなかったら……抱きしめるのも、キスするのも、拒んどったと……?」
その問いには答えがない。いや、答えたくないのだ。ただその沈黙が彼にとっての肯定になってしまったのだろう。手首を引かれる。思わずバランスを崩して視界がぐらりと傾き背中がソファに沈む。デジャブだ。次の瞬間には彼の影が大きくのしかかっていた。荒い息と、静かな熱が、降りかかるように感じられる。彼はそのまま片手で、ポケットに手を入れ、何かを探りはじめた。
「……あります」
静かな声。そう呟いて取り出したのは、小さな正方形のパッケージだった。その、よく見覚えのある光沢のビニールの縁が、やたらと生々しい。
「え、それ……」
「ないなら、できないって言ってたんで」
さっきの慌てて話題を逸らすために私が言った戯れ言を、彼は真に受けてしまっていたらしい。軽く流した言葉だったのに。それを、彼は拾っていた。それしか掴めるものがなかったみたいに。きっと、それしか、彼の中で許される希望の糸がなかったのだ。
「��あったらできる�≠チて、ことですよね」
「そんな、極端すぎるってば……」
「自分で言ったんでしょ。しましょうよ、俺と」
浮かべた表情は笑っているようでいて、どこか悲しげな微笑の形。彼は、私の曖昧な言葉にならない選択に、静かに賭けている。
「え……なに、持ち歩いてるの?」
あまりにもまっすぐで少しだけ場違いに見えてしまって思わず言葉を逸らす。彼は、間を置いてから答えた。
「……公安からの、指示です」
「なにそれ。ちょっと、心配が勝っちゃうよ」
「……」
「あと、普通におもしろい」
「わ、笑わんで」
「ごめんごめん」
さっきまで張りつめていた空気が、ほんの少しだけ緩む。肩がふっと揺れた。拗ねたような彼の反応がおかしくて私は静かに息を吐く。それでも完全には解けないまま——。
この距離が、少しずつ少しずつ、ほぐれていくのか。それとも、あるいはこのまま、張り詰めた糸の上を歩き続けるのか。もしくは、あっさりと終焉を迎えるのか。それはまだ、だれにもわからない。ただひとつだけ確かに思う。彼の真面目な瞳が、目を背けたくなるほど、真剣だったこと。誰かを求める姿がこんなにも真っ直ぐで不器用でそして、温かかったこと。
「ぜんぶ、私が悪いんだよね……」
彼が体重をかけないようにしている、そのわずかな隙間を頼りに、私は静かに身体を滑らせた。布が擦れる音が静けさに溶け、重なった体温から解放された肌に、夜の冷たさが忍び寄る。
私は背中を丸めるようにして上体を起こしそのままゆっくりと床に座る。彼は、それを止めなかった。無理に引き留めるでもなく、ただこちらの動きに合わせるように、静かに身体を起こして、律儀に、私の目の前で正座の姿勢をとる。向かい合う。その距離には、拒絶と呼ぶにはあまりにも穏やかな、けれど、確かに引き直された��線�≠ェあった。
言葉を探す。空気が薄い。カーテンの隙間から滲む光は、夜でも朝でもない、曖昧な色で部屋の輪郭をぼんやりと洗っている。私は、言葉を選びながら、ゆっくりと続ける。
「いろいろとさ、こういうの……軽く扱いすぎたよね」
「……」
「ほんと、私のせいだと思う。ごめんね」
そう言って頭を下げた。深く、息を隠すみたいに。これは言い訳でも、説明でもなくて。ただ、自分の中で形になってしまった責任の置き場所をようやく見つけたみたいな感覚だった。
親友だからって何をしたって許されるわけじゃない。自分の甘さが彼を惑わせた。きっともっと言えば私自身がそれを望んでいた部分さえあるのかもしれなかった。
曖昧な距離のまま、都合よく関係を保ってきたのは、きっと私のほうだ。親しさと、それ以外の境界を意図的に、ぼかしていた。その結果を今になって彼に押しつけている。そういう形になってしまっている。
「でも、私なんかで解消しても意味ないし……」
自分でも、言葉の選び方がどこか、不器用だと思う。それでも、自分に言い聞かせるみたいに、語尾を落とす。そうでもしないと、また同じことを繰り返してしまいそうで。踏みとどまるための形だけ整えた理屈。��正しい大人�≠フ顔を、なんとか保とうとする。けれど、本当は——どうして拒めなかったのか。どうして、受け入れてしまいそうになったのか。その理由を、私はまだ見たくなかった。知らないふりをしたまま全部わかっている顔をして。
「こういうのは、ちゃんと……好きな人と、するべきだと思う。……ね?」
と、自分に言い聞かせるように言葉を結んだ。彼を見る。苦い顔をして私を睨むようにまっすぐこちらを見ている視線に私はよそよそしい笑みを返す。その、瞬間だった。
「やけん! 俺は、名前さんのことが——っ」
言葉が空気を裂いた。強く真っ直ぐで、迷いのない音。夜と朝の境目にある部屋にその声だけが鮮やかに響く。
窓の外で鳴き始めていた鳥が、驚いたように、羽ばたいた音が聞こえた気がした。遠ざかる羽音だけが、しばらく残る。その余韻の中で私は息を止めたままでいた。
「え……」
それ以上の音が、どうしても出てこなかった。彼の目が、まっすぐにこちらを捉えている。逃げ場のない視線。言葉も態度も、何ひとつ返せないまま固まっている私を見て、彼はわずかに、目を細めた。その仕草には苛立ちと、諦めと、ほんの少しの期待が混ざっているように見えた。部屋の中は、ゆっくりと朝に近づいていく。薄い光が、輪郭をなぞる。隠していた部分が、静かに露わになっていく。
「……なんすか、その顔」
「いや、え……? なに、は。え……」
思わずしどろもどろになる。自分でも情けないと思うほど、素っ頓狂で、頼りない声だった。
「いや、すんません……」
彼はふっと鼻で笑ったような短い息を吐いて、正座していた足を崩した。それから、手を後ろにつき、天井を仰ぐ。
「あー......」
長く引き延ばした声が腹の底から溜め込まれたものを無理やり、外へ押し出すようだった。その姿が、あまりにも人間らしくて、なんだか、胸が詰まった。ホークスはそのまま、あぐらをかいてこちらへ向き直る。その一連の動作に、どこか、『終わらせよう』とする気配が混じる。
その、瞬間だった。ばさ、と乾いた音がした。床に落ちたのは彼の個性の赤い羽だった。一本や二本ではない。まるで何かの支配が一斉に解けたように、背から崩れ落ちるように散った。彼は、不思議そうに、自分の手の中を見つめていた。
「……え?」
「……」
「なんで……名前さんが、ここに?」
その声音は、さっきまでの彼とはまるで違う。戸惑いだけをそのまま差し出したような、緩んだ響き。心臓が、大きく跳ねる。
ホークスは、あたりをきょろきょろと見渡して今にも「さっきまで寝てたんですけど」みたいなことを言い出しそうでもあった。
「……ホークス?」
「はい……え、ていうか俺、何してました?」
「……」
「……ん? ちょ、痛っ……」
彼は自分の傷に手を当て、痛む場所を確かめている。額にはうっすら汗が滲んでいるのに、あの暴走に近かった熱はもうどこにも残っていない。
「わっ!血!?名前さん、怪我してないです?」
「……」
「え、てか。まじで、どうしてここに……?」
「……」
「……あら?これ、俺のスマホ? あれ、壊れてましたっけ?」
「……」
「あー、はいはい。なるほど?わざわざ、届けに来てくれたんす? 優しいすね〜、あざす」
——記憶が、ない。その事実を私はゆっくりと理解する。言葉にするよりも先に身体の奥で納得してしまう。彼は額を押さえわずかに眉を寄せている。痛みだけが身体の中に残っているみたいにして。
私は、何も言えなかった。この、空白を埋める言葉をまだ持っていない。ただひとつだけ確かなことがある。今この瞬間、彼にかかった個性は、完全に解けたのだということ。けれどその理由はきっと誰にもわからない。そして彼は、その間のことを何ひとつ覚えていない。それは、少しだけ救いで、同時に、どうしようもなく、寂しいことだった。
ホークスは自分のスマホを手に取り、しばらくぼんやりと見つめる。やがて、何かを思い出したように動き出した。
「そうだ……塚内さんに、報告だけ」
そう言って、ソファに腰を下ろしスマホを耳に当てる。どこかぎこちない動きだ。記憶の空白を埋めるために、日常をなぞっているみたいな。
私はその様子をただ呆然と見つめたあと視線を落として、ゆっくりと立ち上がる。玄関へ向かう足取りは誰にも気づかれたくない逃走者のように静かで、慎重だった。それでも靴を履くわずかな音だけが、不釣り合いなほど大きく響く。
その気配を拾ったのか、塚内さんと何か神妙な面持ちで話していたホークスがふと顔を上げた。
「え、名前さん?」
彼の声に返事をしないまま私はドアノブに手をかける。その一瞬の空白に、彼の手が私の手首をとらえた。もう、ここまで来たのか。相変わらず速すぎる男だ。
「え、ちょっと、待って……!帰るんですか?」
無垢な声音。それがいちばん堪える。こちらの胸の内など何も知らず、ただ素直に、今の状況に戸惑っている人の目。何も知らずに、何も起きていないと思っている人の手の温度。
——違うのに。私は今日、彼のすべてを、受け止める覚悟をした。傷も怒りも迷いも、衝動も。なのに、その時間だけが、彼の中から抜け落ちている。まるで、私だけが夢を見ていたみたいに。
唇が震える。視界はもうとっくに、涙で滲んでいる。それでも、私は笑った。
「……大丈夫。」
それだけを言って、手を振り払う。びくりと、彼の手が、わずかに遅れて離れる。目を丸くして驚いたままのその顔が、やけに幼く見えた。
何も、思い出さなくていい。何も、知らなくていい。そう思う。そう、思おうとする。けれど、その奥では別の声が、静かに暴れている。
『やけん! 俺は、名前さんのことが——っ』
あのとき、何を言おうとしたのか。その問いをぶつける資格なんて、どこにもないのに。けれど私はもう、そこには留まれなかった。
ドアを開ける。冷たい空気が一気に流れ込み、頬に触れるそれが無責任な涙ごと冷やしていく。
「名前さん! ねえ、ちょっと待ってって!」
背後で彼の足音が近づく。それでも、振り返らない。ここで止まれば——この一歩を止めたら、すべてが、崩れてしまいそうで。
エレベーターは使わずに、階段を降りる。私を呼ぶ声が少しずつ遠ざかる。やがて、完全に届かなくなる。その距離を感じて、ようやく心の底で泣いた。
忘れてほしくなかった。でももしも��親友�≠ナいるのなら、忘れてくれたほうがいいのかもしれない。そんな矛盾の中で、朝は、何事もなかったみたいに、始まっていく。