君のせいじゃないよ。君は、悪くない。責任もない。ただ、自分への愛よりも強い愛で、誰かを愛し、その誰かを失うということを君はまだ知らないだけだ。その悲しみも、その愛の重さもね。
 今の君には、知性と自信を備えた男の影は見えない。いるのは生意気で、怯えていて、若い——それだけだ。だが君は、天才だ。それは認める。天分の深さは、計りようがない。
 それでも君は、たった一枚の羽根で、傲慢にも僕という人間を切り裂いた。

 ……孤独だろう? 僕が、そう言ったからか。


 『 君の舐めた苦しみは、よくわかる 』


 そう言われて、どんな気分がする?
 どうでもいい。僕にとっては。君から学ぶ事は何もない。そんなことは本に書いてあるからね。
 けれど君自身の話なら喜んで聞こう。君という人間には、興味があるから。


 *


 ヒーローたちと敵勢力の全面戦争は終わったとされている。
 街に戻った灯りの数だけを見れば、たしかに、社会は以前よりも明るくなったのだろう。だが、その光が何と引き換えに点されたのかをわざわざ口にする者はいない。
 ヒーローの名を、外した者たちがいる。帰ってこなかった者たちもいる。そして戻ってきたはずなのに、以前と同じ場所には立てなくなった者もいた。

 ウィングヒーロー・ホークス。個性——剛翼。

 その名は今も記録の中に残っている。血と火の交錯する、数え切れぬ犠牲の上に成り立つ前線に立ち、勝利に寄与した英雄として。
 だが彼自身はもう翼を持たない。身体に何かが欠けている、というより、最初からそこにあったはずの感覚が、いつの間にか失われていた。

 その季の訪れはいつも遅れがちにやってくる。朝の空気がようやく肌に引っかかりはじめたころには、街はすでに次の季節の支度を終えて、夏の名残だけが、置き去りにされている。乾いた風がビルの谷間を抜けて、歩道に落ちた葉を転がしていく。色づくにはまだ早いそれらは、踏まれても音を立てず、ただ形を変えて足元に散っていた。
 日差しは高いままで、影だけが不自然に長い。そのちぐはぐさが、この月の性格だった。上着を羽織るべきか迷う温度。袖を通さずにいる理由を誰かに説明する必要のない時間。
 夏の延長のように見えて確かに何かが終わっている。そんな感触だけが、街のあちこちに、薄く残っていた。

 その日、彼は、ある収容施設へ向かっていた。行き先を確認するまでもない。足は何度も通った道を迷いなく選んでいる。——あとは。そこまで考えて、思考は自然に止まる。続きを言葉にする必要はなかった。そうしなくても、今日の予定は変わらないからだ。
 手続きは簡潔だった。名を告げると、監視係の男がわずかに肩をすくめる。

「新公安委員会の会長さんも、懲りませんね」

 揶揄とも忠告とも取れる口調だったが彼は気にした様子を見せない。視線だけを軽く返し曖昧に笑う。

「あはは。なかなか了承してくれなくて参っちゃいますよ〜」

 まあ、諦めないんですけどね?と、軽い調子で言いながら、片手をひらりと翳す。その仕草に以前からの癖がそのまま残っていることを本人は意識していない。
 面会室へ向かう廊下は静かで足音だけが不必要に響いた。扉の取っ手は冷たい。ガチャリと短い音を立てて開くと、室内には、透明の板を隔てて椅子が二つ、向かい合っているだけだった。彼は椅子に腰を下ろして、背もたれに体重を預ける。待つ、というほどの時間はかからない。
 やがて、手錠をかけられた一人の女性が監視の足音とともに現れ無言で向かいの椅子に座った。彼は、その動きを目で追いながら、呼吸の間合いだけを測っていた。

「——んで、早速ですけど。俺の誘いに乗る気は、まだなさそうすかぁ?」

 カウンターに頬杖をついたまま、彼は笑った。面会室の空気に無理なく馴染む軽さだけを選んだつもりなのだろう。声の調子も語尾の伸ばし方もここへ来るたびに使っているものだ。

「しつこい男は嫌われるよ」

 返事は淡々としていた。視線は合わない。最初から、こちらを見るつもりがない、と決めているような態度だった。
 彼はわざとらしく両手を上げる。少し大げさに抗議するような仕草で。

「ええ〜?しつこいは心外だなぁ。いや、自覚はあるけど」

 言い終える前に椅子の背もたれへ体を預ける。力を抜いた姿勢。口元には、いつもの軽い笑みを残したまま、言葉を続けた。

「でもさ、俺がここに来んの何回目でしたっけ。もう数えるのやめたくらいには通ってるわけで」

 面会室は相変わらず無機質で白い蛍光灯の光が均一に落ち、パイプ椅子と、仕切りがあるだけの狭い空間。壁の丸時計は午後二時を指している。窓はなく、空調の低い唸りだけが、一定の間隔で耳に触れた。
 看守は扉の外で待機している。二人の間には、境界線のように透明なアクリル板が一枚動かずに立っていた。彼はスーツの襟元をわずかに緩め、その向こう側にある顔をまっすぐに見た。視線を逸らされていること自体は、もう特別なことではない。

「俺さ、別に暇じゃないんだよ?」

 指先で、目の前の面会カウンターを軽く叩く。トン、トン、と、意味のない音。

「新しい公安の仕組みも作んなきゃだし、上との折衝も山ほどあるしさ」

 笑っているのは口元だけだった。そのまま間を詰めるように、言葉を重ねる。

「それでも来てるってことは——わかるでしょ。あなたの実力が、必要なんだって」
「……わざわざ公安の会長様が、直々に、ね」

 彼女は、ここでようやく、視線を持ち上げた。アクリル板に指先を這わせながら、どこか、探るように目を細める。手錠の金属が噛み合い、短い音だけをその場に残した。

「……ねぇ。本音は?」
「本音? なんです?それ」
「会長さんの目、いつも笑ってるのに。今日は、全然、笑ってないよ?」

 その言葉が落ちた瞬間、彼の視界が、わずかに狭まった。ほんの一瞬、目元の力が抜ける。自分でも、気づかないほどの短さで。しかしすぐに、いつもの表情に戻す。ただその切り替えにかかった時間が、今日はほんの少しだけ長かった。

「名前さん、そういうとこ、目敏いですよね」

 カウンターの上で、彼の指が止まった。空調の低い唸りが、やけに近くで鳴っているように聞こえる。彼は気だるげに頬杖をつき視線をわずかに落とした。

「本音、ねぇ」

 あえて間を置く。それでも沈黙が伸びることを彼女は急かさない。

「……ぶっちゃけると、怖いんですよ」

 声の高さがほんの半音ぶん下がった。それだけで、冗談の続きを期待する空気は消えた。

「俺、今——個性ないじゃないですか」

 言いながら、彼は自分の手の中を見た。何かを確かめるようでもあり見ないようにしてきたものに、視線が触れてしまったようでもある。

「飛べない。速くもない。ただの人間です。委員長の椅子にしがみついてるだけで、明日には、全部ひっくり返されるかもしれない」

 顔を上げる。口元は笑っている。けれど、その奥で視線だけが、わずかに揺れていた。

「だから、信頼できる人間が欲しい」
「……」
「打算だって言われたら、それまでですけど……嘘は、言ってないですよ」

 言葉を選ぶ時間は短かった。彼はいつもの癖でニヤリと口角を上げる。軽さを戻そうとする仕草だったが、どこか途中で止まっていた。

「……そう。怖いの。」

 彼女の声は静かだった。否定も同情も含まないそのままの調子。

「だから、私を引き入れたい」
「ええ」
「でも。実際はきっと、怖くないよ。私がいなくても、あなたならやれる」

 彼は一瞬、目を見開いた。それから、ふっ、と息を吐き、首を横に振る。

「やれる、やれないの話じゃないんだって」

 声にいつもの芝居がかった明るさはなかった。言い切るというよりも、どこか、噛み砕くような言い方だった。

「名前さんなら、分かるでしょ」
「……」
「……トゥワイスのこと」

 少し間を置いて続けた彼が、その名前を自分で口にした瞬間に、表情がわずかに歪んだ。ほんの微かに、唇の端が引き攣る。すぐに戻せる程度の変化だったが、彼自身は気づいていなかった。

「あいつも、俺のこと信じてくれてた」

 言葉が思ったよりもまっすぐ落ちた。その直後に続くはずの一文を、彼は一拍ほど遅らせる。

「……でも俺は、あいつを殺した」

 言い切ったあと、ふと天井を見上げる。黄土色の髪が蛍光灯の下で白っぽく照らされ影の輪郭が曖昧になる。そこに視線を預けたまま、しばらく戻ってこなかった。

「もう、同じことはしたくないんですよ」
「……」
「仲間(・・)を疑う側には、回りたくない」

 言葉のあとに沈黙が落ちる。声は低く、ずっと抑えられていた。彼女は何も言わない。むしろ、その無音が、彼には都合がよかった。ホークスは天井から視線を下ろした。今度は逃げなかった。

「……だから、名前さんが要る」
「……」
「剛翼を持たない背中を、預けられる相手が」
「……」
「これは、取引じゃないですよ。単なる……俺のわがままです」

 そうやって彼は、少し間を置いてから言った。目が合う。その一瞬、互いにどちらも視線を外さなかった。

「……。ひとつ、聞いても?」

 彼女の声は静かだった。彼は姿勢を正し小さく頷く。

「どうぞ。なんでも」
「どうしてそこまで私みたいな元ヴィランを君は無条件に信用できるの?」

 区切らず放たれたその言葉に彼はすぐには答えなかった。少し考えるように目を閉じ、それからゆっくりと開く。

「無条件、か」

 その言葉を口にしたまま数秒が過ぎる。廊下の向こうで誰かの足音が遠ざかっていく音がした。彼は指を組み面会カウンターの上に置く。それは逃げ場を作らない配置だった。

「正直に言うと、最初は信用なんかしてなかったですよ。敵連合の情報を抜くために、近づいた」

 声の調子は、淡々としている。あっさりとした言い方だった。まるで、昨日の出来事を整理するような口ぶりで。

「でもね?こうして対面してるうちに分かったんですよ」

 そこでわずかに間を置く。彼女を見る。彼は、彼女の反応を待たずに、言葉を重ねた。

「あなた、筋が通らないことには絶対に従わないでしょ」
「……」
「死柄木の命令でもおかしいと思ったら噛みつくタイプだった。荼毘と揉めた事だってあったじゃないですか」

 ホークスは身を少し前に乗り出した。アクリル板越しに二人の距離が、ほんの数センチ縮まる。それ以上は、踏み込まないまま。

「そういう人間は、裏切らない。損得じゃなくて自分の中のルールで動く」
「……」
「俺にはそういうの、眩しく見えるんですよね」

 最後に少しだけ笑った。今度のそれは形だけのものではなかった。目元まで緩み本人も意識していないところで、息がわずかに軽くなる。

「……人を堕とす(・・・)のが、上手いよね」
「へ?」
「そうやってさ、色仕掛けとかもやるタイプ?」

 一瞬だけ沈黙が落ちる。それから彼は思い切り目を見開き次の瞬間、堪えきれずに吹き出した。

「色仕掛けって! 俺が!?」

 ぶ、はっはっは!と、腹を抱えるほどの勢いで笑い、目尻に滲んだ涙を乱暴に拭う。さっきまで張りつめていた空気が、一瞬で霧散した。

「いやぁ……名前さん、ほんとおもろいね。そういう返し方もするんだぁ」

 彼が笑うと、面会室の温度が二、三度上がったような錯覚があった。彼は呼吸が整うのを待ってから、わざとらしく胸に手を当ててみせた。

「残念ながら俺は、そういうタイプじゃないですよ。口が上手いとは、よく言われますけどね」

 そう言い切りながらホークスは、自分の台詞が場に落ちるまでの時間を測っていた。冗談として流される余地を、わざと残す。彼にとっては、癖のようなものだ。
 片目を閉じてウインクする仕草も、ほとんど、反射に近い。鏡を見ずとも、身体が覚えている。軽く、抜けるように。相手が警戒する前に距離を詰めるための動き。

「本気で落とすつもりなら、もっと、手順を踏みますって。……こう、スマートに——ね?」

 口角は上げたまま声だけを少し低くする。芝居がかった変化だと自覚しているが、だからこそ、制御できる。彼女の反応を、逃さず拾うために。
 彼女は目を細めた。笑ってはいない。拒んでもいない。面白がるより、値踏みするような静かな視線が、彼の表情をなぞった。

「へえ?——じゃあ、どんなふうに��スマート�≠ネの?」

 誘いでも、挑発でもない、温度の読めない問いかけ。彼は一瞬だけ、答えの選択肢を並べる。どこまで踏み込むか。どこで、止めるか。顎に人差し指を添え、思案するふりをしながら声を整える。

「んー......例えば、ですねぇ。まず、相手の好みを把握するしょー?食べ物とか、よく行く場所とか……あと、人間関係も」

 言葉は滑らかに続く。自分でも驚くほど説明が具体的だと気づきながら。

「で、そこに��たまたま�°渚�わせる。一度じゃ足りない。何度か重ねて偶然だと思わせるくらいまで」

 彼女はずっと、黙ったまま聞いている。視線の動きだけで、理解していることが伝わってくる。

「気づいた頃には、あら不思議。選択肢が減ってるんですよ。もう逃げ場がなぁーいみたいな?」
「……」
「っていうより……戻る理由がなくなる感じですかね」

 指先で空をなぞると、緩やかな弧が描かれた。説明というより、長年身についた手順をなぞっている感覚に近い。
 言い終えてから、彼はわずかに、首を傾げた。今のは、やりすぎただろうか。軽口の範囲を少し越えた気もする。彼女の反応を待ちながら内心で舌打ちする。余計なことまで、正直に語りすぎたかもしれない——そんな予感だけが、遅れて胸に残っていた。

「……あれ。なんで俺、こんな具体的に語ってんだろ」

 短い沈黙。自分の言葉に引っかかったような、妙な間が落ちる。彼は咳払いをひとつして、声の調子を戻した。

「まあ、あくまで一般論ですから。一般論。参考までに、ってやつ」
「じゃあ、私は——」
「……?」
「その��スマートに堕とされかけてる側�≠セね」

 彼の動きが止まった。瞬きひとつ分の間。次の瞬間に浮かべるはずだった笑顔が完全に行き場を失う。元ナンバーツーヒーローの営業スマイルがここまで綺麗に固まるのは、この面会期間中でも初めてだった。耳の先が、じわりと、熱を帯びていく。その変化にきっと本人だけがまだ気づいていない。

「……え、」

 口を開いたものの、続くはずの言葉が見当たらない。珍しく、彼の視線が宙を彷徨った。

「いや、それは、その……話の流れで……」

 冗談への切り返しすら浮かばない様子だった。新ヒーロー公安委員会会長——。二十代、前半。数え切れない修羅場を潜り抜けてきた男がたった一人の元・敵からの「堕とされかけてる」という一言だけで、こうも露骨に均衡を崩すとは。
 ホークスはスーツの袖口を指で引き、無理やり笑みの形を作ろうとする。けれど頬に残る熱が、それを端から裏切っていた。小さく、息を整えるようにして、ぼそりと付け足す。

「……名前さんさぁ、そういうこと言うから怖いんですよ」
「だって。さりげなく私の好きな物を聞いてきて次にはそれをちゃんと覚えて持ってくるし」
「……っ」
「自覚あった?それとも、もしかして無自覚?」

 ホークスは、片手で顔を覆った。指の隙間から覗く横顔はもはや誤魔化しようのないほど赤い。無意識だったのだと彼自身も今ようやく理解したらしい。あれほど「スマートにね」などと語っておきながら、自分がすでにそれを、実践していたことに、つい今、気づいたような顔だった。

「……無自覚、でした」

 覆っていた手を下ろす。観念したような、しかしどこか、納得のいかない表情で。

「いや待って。だって、好き嫌い知らないと差し入れの選びようがないじゃないですか。実用的な理由ですよ、あくまで」

 言い訳が重なるほど、事態は深みに嵌っていく典型例だった。面会カウンターの脇には、今回も彼が持ってきた紙袋が置かれている。彼女の好みを正確になぞった菓子。わざわざ取り寄せた銘柄であることも彼女はとっくに承知している。彼は頭を掻き、短く息を吐いた。

「あー......もう。これ以上喋ると余計なこと言いそうなんで、今日はこの辺で」

 パイプ椅子から立ち上がりかけて、ふと横目で彼女を見やる。

「……また、来ます」
「もう、来なくていいよ」

 腰を浮かせたまま、動きが止まる。さっきまで残っていた頬の赤みは引き、代わりにやわらかな笑みがそこにあった。胡散臭さも営業用の仮面もない。今までのどれとも違う、静かな表情。
 ホークスは椅子を離れて、ドアへ向かいながら背中越しに言った。

「来なくていいって言われて、はいそうですかって帰る人間が、公務員(・・・)やれると思います?」
「……」
「俺は、強欲(・・)なんでね。手強いですよ」

 軽口の形をしていながら、その声には、揺るがない芯があった。ドアノブに手を掛けて、最後にもう一度だけ振り返る。

「あと、さっきの——自覚なかったのは本当(マジ)ですから」

 扉が閉まる。革靴の音が、廊下の奥へと遠ざかっていく。面会室に残ったのは彼女と、紙袋と、彼がそこにいた、痕跡のような匂いだけだった。
 彼女は一人になった室内でアクリル板に指先を滑らせる。もう誰もいない向こう側を理由もなく見つめながら。


 *


 それから数日後。彼女のもとに、一通の封書が届いた。差出人は新・公安委員会事務局。中には書類が数枚と別紙で添えられたメモが一枚入っていた。新公安委員会会長直筆らしいその紙片には簡潔すぎるほどの文面が並んでいる。

『明日の休憩時間に鶏そば持っていきます。
 施設の食事制限に引っかかったら、俺が
 怒られるんで内緒で食べましょ、面会室で』

 少しだけ丸みのある癖字の横に、なぜか、下手くそなイラストが描き添えられていた。
 鶏……らしき、生き物。いや、鶏にしては何かがおかしい。バランスも決していいとは言い難いレベルの。

(なにこれ。……鳥? かな。)

 鳥かどうかすら怪しい。くちばしのような突起があるため辛うじて鳥類と判断できなくもないがよく見れば足が三本もある。翼は左右で大きさが違い、目を細めると団扇にも見えてくる。

 翌日、昼の十二時ちょうど。彼は約束通り姿を現した。今度は私服だった。彼女がこれまで目にしてきたのは、いつもスーツ姿の彼だけだ。黒っぽいジャケットの下は白いTシャツで、額には、高そうなサングラスを引っ掛けている。そして、その手には、見慣れたサイズの紙袋が、ひとつ。面接室のドアを開けるなり、彼は開口一番、こう言った。

「ただの鳥じゃないですよ、あれ。鳳凰です」

 聞いてもいないのに弁明が始まった。やはり、自分でもあとから見て怪しいと思ったのだろう。彼は面会カウンターに紙袋を置きながら、どこか楽しげに続ける。

「福岡の店のやつ、取り寄せました〜。ここの、マジで美味いんで。あと、あの絵は……まあこの鶏そばの味で、全部カバーってことで」

 今日もホークスは向かいの椅子を迷いなく選びそこに腰を落とした。距離は近すぎず、遠すぎず。彼女が逃げ場を意識しないぎりぎりの線。そして反射のように口角を持ち上げる。

「あ〜、今、なんか言いかけましたよねぇ?」

 探るというより、拾い上げるような声だった。彼女の沈黙に意味があるかどうかを測るように。

「で? やっぱ鳥だったの?って思いました?」

 彼女は少し間を置いてから目を伏せて、言葉を選ぶ様子もなく、ため息混じりに口にした。

「だって。やっぱ鳥だったんだなぁ、って」

 その瞬間、ホークスの肩が目に見えてがくりと落ちた。大げさなくらいわかりやすく。息を吐く音まで添えて。

「鳳凰。ほう・おう。フェニックス。不死鳥ですからね?」

 訂正というより抵抗に近い。翼をイメージしているのか、彼は両手を広げてみせた。翼をなぞるような仕草。自分でも、笑ってしまいそうになるほど昔の癖が抜けていない。その動きに彼自身も一瞬だけ引き戻される。
 背中に、確かにあった重さ。羽ばたくたびに、空気を裂く感触。——もう、そこには何もない。服の下は平らで痕跡すら残っていない。それでもこうして腕を広げればまだ��あったこと�≠セけは思い出せてしまう。

「……まあ、確かに。ちょっと可愛い感じに描いちゃったのは、認めますけど」

 言葉を軽くしながら彼は、彼女の顔を見やる。からかわれているのか親しみなのか、その境目は相変わらず曖昧だ。彼女は彼を、過去として見ているのか。それとも今もなお何かを期待しているのか。どちら側に転んでもいいように、この男はまた笑った。昔よりも少しだけ慎重な笑い方で。

「ほら、それより本題。冷める前に食べましょ」

 蓋を開けた瞬間に、鶏ガラと醤油の香りが面会室に広がる。透き通ったスープに細麺、その上には、ほろほろと、崩れそうな鶏肉。福岡の老舗の味を再現した、という触れ込みに、嘘はなさそうだった。彼は慣れた手つきで、アクリル板の隅にある小さな扉に鍵を差し込み、そこを開けて割り箸と器をこちら側へ滑らせる。

「一応、スプーンも持ってきたんで。手錠つけたままでも、食べられるように」

 必要だったら言ってくださいね、と、付け足す。その横顔を、蛍光灯の白い光がいつも通り平等に照らしていた。こういう細かな配慮を、あくまで『実用的』だと言い張る男の顔だ。

「……あのさ。やっぱり色々突っ込んでいい?」
「ん? なんです?」
「まず、そこ。開くんだね」
「えっ? ああー! この小さい扉?」
「で、どうしてそこの鍵、持ってるの?」
「え? ああ……」

 ホークスは一瞬だけ斜め上に視線を投げてから絵に描いたように、にこりと笑った。それ以上は語らないという、合図のように。

「ほらほら、そんなこといいから食べて食べて」

 彼女は、小さく息を吐き、パイプ椅子から立ち上がる。そして、器と箸を手に取ると、また席に戻った。

「ずいぶんと、スパダリ極めてるんだね」

 その一言に彼はぱちくりと瞬きをした。まるで予想外の方向からボールが飛んできたかのような顔で、一拍ほど遅れて、首を傾げる。

「こういうのが好きかなと思いまして」
「ん? どういう意味?」
「んー......男を、蔑んでそうだから?」

 あまりにも雑な分析に彼女は一瞬、言葉を失った。蔑む、という単語の選び方が、もう失礼だ。だが抗議するより先に彼は自分の器の蓋を開け、うまそ〜!と子どもみたいに鼻を鳴らしている。

「——って、あれ。違いました?」

 悪びれる様子もなく、彼は、箸で麺を持ち上げ、そのまま話を続ける。視線は器に落ちたままで。

「なんか……男性を?足蹴にしてそうな雰囲気、あったんで」

 我ながら失礼だとは思う。偏見だ。けれど撤回するほどの後悔もない。口に出してしまったものは仕方がない、という顔で、彼はそのまま、麺をすすった。ずる、と音が立つ。彼女が、言い返す言葉を探している気配が、向かい側から伝わってくる。

「うまぁ〜! やっぱ、これこれぇ!」

 満足げな声。個性を失ってからも、味覚だけは変わらなかったらしい。空を飛ばなくなった分、身体を酷使しなくなったぶん、こういう、素朴な地元の味が、余計に沁みるのかもしれなかった。
 ヒーロースーツを脱いだ彼の姿は驚くほど肩の力が抜けて見えた。任務も緊張もひとまず置いてきたような佇まいだ。
 二十三歳。数字としては、ずっと前から知っていたが、こうして麺をすすり無防備に感想をこぼしている姿を見ていると、その年齢がようやく、現実味を帯びてくる。
 彼は箸を止め顔を上げた。今度はきちんと彼女を見る。さっきの言葉が、どう受け取られたか。笑い飛ばされるか、呆れられるか。あるいは——その答えを待つ間だけ、彼の表情から軽さが少しだけ引いた。

「どうですか、味」
「う〜ん」
「お口に、合わない?」
「……美味しそうに食べる君を見てたら、なんか美味しく感じるよ」

 その瞬間ホークスの動きが止まった。麺を口に運ぶ途中で固まり、ずず、とスープを吸い損ねた、間抜けな音だけが宙に残る。それから、手にしていた器をゆっくりとカウンターに置いて、視線を落としたまま、小さく息を吐いた。

「……名前さんってさ」

 何か続きそうで、結局、言葉は飲み込まれる。代わりにこめかみを指で押さえて深呼吸ひとつ、独り言のように、ぽつりと零した。

「はぁ……。自覚ないの、どっちだよ……」

 先日、彼女に向けた言葉を、そっくりそのまま自分に返している形になっていることに彼自身は気づいていない。その呟きは、彼女のところまで届かず、ただ空調音に紛れて消えた。

「へっ? 私が、なに?」

 彼は小さく首を振り、その話題をなかった事にするようにまた麺へと意識を戻した。箸を動かす速さだけが、先ほどよりわずかに増している。

「なんでもないです。ただの独り言なんで」

 それ以上は触れさせないための合図のようでもあった。彼女がまた何か言おうとする気配を感じ取ると、彼は勢いよく麺を口に運ぶ。

「……むせるよ?そんな、一気にかきこんだら」

 忠告は予言になった。間に合わなかった。次の瞬間、喉の奥に引っかかり「げほっ……!」と、派手に咳き込む。

「……ほら。言ったでしょ」
「……っ」

 声をかけられたと同時にホークスは慌てて顔を上げた。目尻に滲んだ涙を誤魔化すように、ポケットからハンカチを引き抜き、口元を押さえる。視界の端で彼女が身を乗り出して「大丈夫?」と覗き込んできた問いかけには、言葉を返せない。代わりに、こくこくと、何度も小さく頷く。

「だ……大丈夫、ですっ……」

 どう見ても大丈夫ではない。自分でも説得力がないとわかっている。息が整いきらないまま彼女のため息が聞こえた。それから、呆れと、心配が半々に混じった声で呟かれる。

「もう……。見てるこっちが心配になるよ。おばちゃん、君が心配」
「お、おばちゃん!?」
「そう、おばちゃん」
「俺と、そんなに変わらないでしょ……?」

 思わず裏返ってしまった声を整えつつも、そう言うと、彼女は肩をすくめて見せた。

「なんていうか……体感の問題」

 ハンカチで口元を拭きつつ、ホークスは恨めしそうに眉を下げる。

「体感て。俺、まだ二十代ですよ。ぴちぴちの」

 『ぴちぴち』と、主張する男は、どう贔屓目に見ても、保護対象だった。自分で言っておいて、少し遅れて恥ずかしさが来たらしい。目元は赤いまま主張だけが空回りする。それでも彼女は反論せず、器へと視線を落としたまま、口元をわずかに緩めていた。その表情を見た瞬間、彼は悟る。
 ——ああ、これはもう、勝ち目がない。
 保護される側に回ってしまった感覚が胸の奥に静かに残った。

「はぁ……なんか今日、ずっとやられっぱなしな気がする」
「そう? 私は、これくらいが楽しいけどね」

 その言葉を受け取った瞬間、彼の表情がふっと緩んだ。作り笑いでも照れ隠しでもない。面会室という無機質な箱の中で、そんな会話が成立していること自体が嬉しい、とでも言いたげな、素直すぎる顔だった。彼は残りのスープを啜り、器の底を、確かめるように覗き込みながら、ぽつりと呟く。

「じゃあ、もっと来ようかな」

 以前に「もう来なくていいよ」と言われた男の台詞とは思えない図太さだ。いや、最初から彼は来るつもりでしか、いなかったのかもしれない。言葉を拒絶として受け取らず単なる会話の一部として処理する、彼特有の柔らかな強引さ。
 ホークスは空になった器を見つめながら当然のように続ける。

「次は、替え玉も用意しときますね」

 もう、次の約束をしている。この男の中では、彼女を公安に引き入れるという、本来の目的が、いつの間にか別の何かに置き換わり始めている。その変化に本人がどこまで自覚的なのかは分からない。ただ、彼女と時間を共有することが理由を必要としない行為になりつつあることだけは確かだった。

「ホークスと、私の関係ってさ……どの枠なんだろうね」

 彼女の食べ終えた器を小窓から引き寄せ、空の器を重ねていた彼の手が、ほんの一瞬止まる。
 また来た、と内心で思った。こういう問いを、彼女はいつだって何でもない調子で投げてくる。前回は「あなたの目、笑ってないよ?」だった。そして今回は「どの枠」。核心を突く刃を、冗談みたいな手つきで差し出してくるのだからたまらない。
 彼は器を袋に戻しながらわざと少し間を置いてから答えた。

「枠、ねぇ」
「……」
「元・敵と、元・二重スパイの監視者ってのが、公式の答えでしょうけど」

 そんな建前を聞きたいわけじゃないことは二人とも分かっている。空調の音だけがやけに大きく感じられた。彼は手を膝の上に置いた。いつもの軽い笑みは消えている。

「……正直に、言っていいですか」

 少しだけ声を落とした。冗談に逃がす余地を、自分から狭めていくような調子で。

「どうぞ?」

 促され、彼は天井を仰いだ。白い蛍光灯の光がぼんやりと視界に滲む。眩しいはずなのに、目を逸らす気になれなかった。

「俺にも……よくわかんないんです。最近」

 言葉にした途端、その曖昧さが自分の中で重くなる。

「最初は本当にスカウトだったんですよ。純粋に戦力として、欲しかっただけで」

 彼女は何も言わない。その沈黙が続きを促している気がした。

「……それだけだった、はずなんだけどなぁ」

 最後まで言い切れなかった言葉が、宙に浮いたまま、落ちてこない。ホークスは視線を戻して、いつものように口角を上げて彼女を見る。

「ほんと。なんなんでしょうね、これ」

 軽く言ったつもりだった。けれど、返ってきた声は、思いのほか穏やかだった。

「私はね、これかな?って思ってるのがあるよ」
「……なんですか」

 わずかに、身構える。答えを聞く準備ができているかどうか、自分でもわからないまま。

「友達の友達。それくらいの、距離」

 ホークスはがくりとカウンターに突っ伏した。勢いはあったが演技なのか本気なのか、自分でも判別がつかない。鈍い音が響き、額が天板に押しつけられる。

「……ああ……」

 くぐもった声が漏れる。背中が、わずかに上下している。笑っているのか息を整えているのか、それすら曖昧だ。冗談で受け止めるには少しだけ重い。けれど、真正面から否定するほどの余力もない。彼は、そのまま動かず、天板の冷たさを額に感じながら自分が思っていたより、ずっと手前で立ち止まっていたことを噛みしめていた。

「友達の……友達……」

 彼の肩が、小刻みに揺れていた。一瞬、泣いているのかと思わせるほどだったが、よく見れば、違う。声を殺した笑いだった。ただし愉快さとは程遠い。喉の奥で何かがひしゃげたような受け身の笑い。そして、のろのろと顔を上げる。前髪は乱れ、額には薄らと、赤い痕が残っていた。

「いや……うん。そう、ですよね。うん」

 頷きが二度続いたのは相手にではなく、自分に向けた、確認だった。まるで、そう言い聞かせるみたいに。少ししてからホークスは、前髪を指で梳きながら言葉を足す。

「俺のほうは、もうちょい近いと思ってたんですけどね。勝手に」
「……まあ、友達の友達って、結局のところ他人だからね」

 喉の奥でぐっと音が詰まった。追い打ちだった。笑顔のまま躊躇なく急所を突いてくる。ある意味、トゥワイスや荼毘より厄介かもしれない。そんな考えが、冗談にもならない重さでよぎる。ホークスは椅子の背にもたれ、肺の奥まで空気を吐き出した。

「……名前さん」

 声が低くなった。軽口用に調整された音域ではない。

「それ、わざと言ってますよね?」

 目を細めて笑ってはいるが、その奥には、どうしようもなく切実な色が混じっていた。

「俺が、どういうつもりで通い詰めてるか。分かってて他人って言うの、けっこうキツいですよ」

 面会室の空気が、わずかに、張り詰める。白い蛍光灯の下、言葉だけが妙に、生々しく浮いた。それを察したのか、あるいは察したからこそか、彼女はいつもの調子で返す。

「スカウト(・・・・)でしょ? だいぶ、しつこめの」

 ホークスは、ふっと短く笑った。その笑いには諦めと覚悟が同居していた。逃げ道を塞いでから前に出る人間の、それだ。

「スカウトですよ。最初は」

 言葉を区切りながら、彼は告げた。自分に言い聞かせるようでもあり、彼女に確認を求めるようでもある。

「でも、今は違う」

 言い切った。今度は、迷わなかった。立場も、秩序も、頭の片隅へと押しやる。膝の上で握った拳に、知らず力がこもる。

「しつこい男だって思われてんなら、それでいいですよ。実際、そうですしね」

 彼女はまた何も返してはこなかった。けれど、その沈黙が、拒絶だとは思えなかった。喉の奥がわずかに詰まる。

「ただ……他人は、違う」
「……」
「他人には……なりたくないんです」

 言い終えたあと、音が消えた。壁の時計だけが淡々と、役目を果たす。秒針が進む音を、彼は五つ数えた。

「……出た。スマートな口説き文句」

 思いがけず軽い声が返ってくる。その言葉に、彼は一瞬、きょとんとした。次いで、力の抜けた笑いが漏れる。否定はしなかった。できなかったのかもしれない。後頭部をぽり、と掻きながら、ホークスは、視線を落とす。さっきまでの覚悟が、急に照れの影を帯びる。

「口説き文句かぁ。そう、聞こえました?」
「まあね」

 軽く受け流したつもりでも胸の奥ではまだ熱が残っている。彼は、それを誤魔化すように、もう一度だけ、小さく笑った。

「困ったな。ぜんぶ本気なんだけど、こうやって返されると、何も刺さらないですね」

 自嘲めいた笑いを浮かべながらも目だけは真剣だった。冗談で流されることに、慣れていないというより、流されたくないという顔。彼女は何も言わなかった。笑いも茶化しもない。ただ、アクリル板の向こうの彼を見ていた。その沈黙がこれまで交わされたどんな言葉よりも雄弁で——。
 彼は、その静けさに少しだけ戸惑ったように、声をかけた。

「……名前さん?」

 呼びかけても、すぐに返事はなかった。彼女の視線はどこか別の場所に置かれたままで考え事をしているのか、それとも考えないようにしているのか、その境目が読めない。しばらくして、ようやく——。

「……あ、ごめん。なに?」

 遅れて戻ってきた声に彼は少しだけ面食らった表情を見せた。

「いや……急に黙るから」

 いつもなら、間髪入れずに何かしら投げ返してくる。切れ味のある皮肉か、余裕のある冗談か。そういう反応が来ない沈黙は彼にとって初めての手応えだったのかもしれない。
 だがホークスは、それ以上踏み込まなかった。空気の変化を感じ取ったとき、引くこともできる男だった。あえて「よっこらしょ」と言って立ち上がり、紙袋を手に持ち替えながら言う。

「ま、今日はこのへんにしときます」
「……」
「次に来るとき、替え玉持ってきますから。覚悟しといてください。じゃ。」
「あのさ——」

 椅子から立ち上がり背を向けた彼に彼女が声を投げる。ホークスの足が止まった。ほんの少し、間を置いてから、振り返る。

「なんです?」
「君が、どんなに頑張って通い詰めてくれても、心は変わらないからさ。自分の仕事優先してね」

 静かな声だった。拒絶にしては柔らかく気遣いにしては冷たい。線を引いているのに相手の足元を気にかけてしまうような、そんな言い方。
 ホークスはその場に立ったまま動かなかった。数秒。彼の目からすっと感情の色が引いていく。無表情ではない。ただ、読み取れる手がかりが、消えた顔だった。空いた手をポケットに突っ込みしばらくしてから口を開く。

「それ、俺にもう会いたくないって意味ですか」

 声は、平坦だった。感情を押し殺した調子で、問いの形だけをなぞっている。けれど、その奥に滲んだ切迫は隠しきれていない。返答を待つ前に彼は小さく笑った。自分で自分の弱さに気づいてしまった者の、逃げ道を探すような笑い方で。

「仕事を優先しろって言って貰えるのは、ありがたいですね。部下にもぜひ聞かせたいくらいだ」

 軽口に戻したつもりの声には、いつもの切れがなかった。調子を取り戻そうとするほどわずかな歪みが残る。それ以上は何も言わない。言えば、踏み込みすぎると、わかっている。ホークスは、ゆっくり彼女に背を向けた。歩幅は一定で迷いを見せないように整えられている。

「じゃあ……また。」

 それだけだった。いつものように、「来ます」とは言わない。次を確約する言葉も、置いていかない。
 ドアが閉まる音が、面会室に落ちた。人の気配だけが消え、静けさが戻ってくる。

 ——「また」。その二文字が意味するものを、確かめる術はなかった。約束なのか、あるいは、別れの作法に過ぎないのか。どちらとも言い切れないまま、言葉だけが宙に残る。それでも彼が、振り返らなかったのは、もしも立ち止まり、もう一度、顔を向けてしまえば。その曖昧な二文字に縋ってしまいそうだったからだ。
 答えを持たないまま、元・ヒーローは去った。そして面会室にはまだ名づけられない余韻だけが静かに息づいていた。


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